よりよい未来の話をしよう

伝統工芸に新たな革新の息吹。京都から生まれるイノベーション

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「千年の都、京都」。歴史の趣を残す京都には、日本文化の源泉が数多く存在している。茶道や華道をはじめ、能・狂言、日本舞踊など、1000年を超える歴史の中でさまざまな「和」の文化が育まれ、人々の生活に溶け込み、継承されてきた。そして、こうした文化を支えるための伝統工芸産業も、長い歴史の中で紡がれ、ともに発展を続けてきた。

しかしながら、伝統を守り抜くのは容易いことではない。日本の伝統工芸産業は、需要の減少や後継者不足などの問題を抱えており、取り巻く状況は厳しいと言える。そんななか、いま京都の伝統工芸産業では、未来を切り拓くイノベーティブな取り組みが活気づいている。

京都に新しい風を吹かせているのは、「GO ON(ゴオン)」。(※1)伝統工芸の後継者6名が立ち上げたプロジェクトユニットだ。伝統工芸に新たな革新の息吹をもたらす彼らの挑戦は、どのようなものなのだろうか。

※1 GO ON オフィシャルサイト https://www.go-on-project.com/jp/

「“職人”を憧れの職業に」
京都発、挑戦者たちが生み出すイノベーション

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京都を拠点とする伝統工芸のプロジェクトユニット「GO ON」が始動したのは2012年。メンバーは、西陣織「細尾」の細尾真孝さん(※2)、竹工芸「公長齋小菅」の小菅達之さん(※3)、木工芸「中川木工芸」の中川周士さん(※4)、茶筒「開化堂」の八木隆裕さん(※5)、京金網「金網つじ」の辻徹さん(※6)、茶陶「朝日焼」の松林豊斎さん(※7)。京都の伝統工芸を担う6名の後継者が結集し、「“職人”を憧れの職業に」という想いをミッションに掲げて活動している。

伝統工芸を取り巻く環境を見てみると、日本の伝統工芸品の生産額は1983年をピークに5分の1まで減少しており、さらには高い技術を持つ職人たちの高齢化と後継者不足が深刻な問題となっている。日本の古き良き伝統文化の灯を絶やさぬためには、先人たちが積み重ねてきた技術をアップデートしながら次世代に継承していくことが必要である。

こうしたなか、立ち上がった6名の後継者たち。「GO ON」の名称には、受け継がれてきた伝統を未来に向けて継承し続ける意思と、先代たちへの「御恩」の意が込められていると言う。彼らは、伝統工芸の技術と誇り高き精神を受け継ぎながらも、これまでない領域とコラボレーションすることで伝統工芸に新たな光を当てている。では、伝統と革新が織りなすGO ONの活動を具体的にみてみよう。

※2 (西陣織)株式会社 細尾 https://hosoo.co.jp/
※3   (竹工芸)株式会社 公長齋小菅  http://www.kohchosai.co.jp/
※4 (木工芸)中川木工芸 https://nakagawa.works/index.html
※5 (茶筒)株式会社開化堂 https://www.kaikado.jp/
※6 (京金網)株式会社金網つじ https://kanaamitsuji.com/
※7 (茶陶)朝日焼 https://asahiyaki.com/

「未来の豊かな暮らし」 GO ON × Panasonic Design 

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2015年より開始したパナソニック株式会社アプライアンス社デザインセンターとのプロジェクト(※8)では、伝統工芸の素材や技巧をテクノロジーと融合させ、人々の記憶や五感に響くプロトタイプを作成している。伝統工芸の持つ技術や考え方を、便利で快適な現代人の生活を彩る家電製品の開発に落とし込むことで、新たな価値を探ろうとするものだ。

たとえば、茶筒で有名な京都の老舗「開化堂」とパナソニックの共同開発で生まれたのが、ワイヤレススピーカー「響筒(きょうづつ)」だ。明治初期から続く茶筒の老舗がスピーカーまで作っているのだから驚きだ。
開化堂の茶筒といえば、その見た目の美しさや佇まいはもちろん、職人技を感じる高い密閉性が特徴である。響筒は、蓋の開閉が音のON/OFFと連動しており、蓋を持ち上げると徐々に音が鳴り始め、閉じると重力に従ってゆっくりと、上品に音がフェードアウトしていく。開化堂の茶筒の蓋の優雅な動きとともに、手のひらで音の響きを感じるこのスピーカーは、特別な音楽体験をもたらしてくれる。

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このプロジェクトでは、ほかにも伝統とテクノロジーを融合したさまざまな作品がつくられている。数百年の歴史を背負いながら、職人の手によってつくられる細やかで奥深い日本のものづくり。長い歴史の中で育まれた美意識、感性、文化に触れる体験は、人々の心を動かし、生活に豊かさを与えてくれる。彼らが挑戦する新しいモノづくりは、幅広いジャンルとの架け橋となり、既存の概念を超えることで伝統工芸の可能性を広げているのだ。

※8 パナソニック株式会社「GO ON × Panasonic Design | Panasonic」
https://panasonic.co.jp/design/goon/

「新時代の京の美意識」 GO ON × ホテルオークラ京都 岡崎別邸 

最近の活動では、2022年1月20日(木)に新たに開業した「ホテルオークラ京都 岡崎別邸」とのコラボレーションがある。(※9)GO ONのオールメンバーがホテルとコラボレーションするのは、今回が初めての試みだ。このホテルは、大人の隠れ家を思わせ、静謐(せいひつ)なひとときを感じられるホテルで、現代的な京の美を楽しむことができる。

館内には、GO ONが手掛けるさまざまな意匠が取り入れられている。エントランスには、職人が繊細な銅線を1本1本丁寧に編み込んだ「金網つじ」の照明があり、レセプションから客室、そしてダイニングに向かう壁面には、西陣織の老舗「細尾」が手掛けるウォールが設置されている。エレベーターホールの壁面を飾るのは「公長齋小菅」による簾虫籠(すむしこ)であり、そして客室廊下に設えたルームナンバーが記された照明は、「開化堂」の茶筒と同様の製法で作られ、経年美化を感じられるようになっている。このほかにも、客室内の「細尾」の西陣織など、GO ONの新しい工芸品で満たされたスモールラグジュアリーな空間が誕生している。

※9 ホテルオークラ京都 岡崎別邸
https://okazakibettei.hotelokurakyoto.com

伝統は革新の積み重ねであり、常に時代を反映する

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既存の枠を超え、幅広いジャンルとの結節点を拡げていく「GO ON」。柔軟な視点で新たな挑戦を行う彼らの活動はイノベーションを巻き起こし、伝統工芸の未来や可能性を広げている。伝統工芸のいま、そしてこれからの未来についてGO ONにお話を伺った。

日本の伝統工芸が抱える問題や現状について、どのように感じていますか?

職人の高齢化や社会の変化により、工芸を生業とする人口は減っています。たとえば、京都でも西陣織だとこの40年でマーケットは10分の1になっていますし、250件あった桶屋は3件になっています。しかし昨今状況は変化し、大量生産・大量消費の時代は終わりを告げようとしています。そんななか、良いものを長く使える工芸のものづくりは、時代をリードするものだと考えます。伝統工芸はクリエイティブであり、成長産業であると考えています。

京都は伝統文化の街であるとともに、新たな革新が多く生まれている街でもあります。京都という街の風土や気質について、感じていることはありますか?

未来を考えるときには、過去を振り返ると大きなヒントがあります。そういう意味においても、京都は振り返るべき過去がたくさん残されていますし、深いものづくりができる背景があると思います。歴史のあることを長い間続けていくことは、革新の連続です。京都には、長期的なものづくりを継続する中で生まれてきた革新がたくさんあるのだと思います。

受け継がれてきた伝統を守るために大切にしていることや、いまの時代における伝統工芸の存在意義について考えていることを教えてください。 

自分たちが受け継いだ技術や歴史を守りながら、時代に合わせたコミュニケーションを取ることを大切にしています。「開化堂」では、当代が受け継いでからお茶筒のみならずコーヒー缶やカフェを手掛けたり、「中川木工芸」では、木桶の技術でシャンパンクーラーを作ったりしています。ものづくりの本質を変えずに、新たな広い視野で考え、伝統工芸のさらなる可能性を探っていくことを常に考えています。

これからの伝統工芸の発展には何が必要か、伝統工芸の未来についての考えをお聞かせください。

人の手によって丁寧に作られたものは、人の情操に働きかける何かがあります。また、伝統は革新の積み重ねであり、常に時代を反映するものでもあり、人の心を惹きつけます。固定観念にとらわれず、自由に挑戦しアプローチしていく事が大切であると考えています。

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歴史と伝統を大切にしながら、新しい視点を交えて革新を積み重ねていくGO ON。暮らしの豊かさ、心の豊かさが求められている現代において、繊細で奥深い日本のものづくりに触れる体験は、人々の心を動かし生活に優雅さをもたらしてくれる。伝統産業の固定観念を変えていく彼らのイノベーティブな取り組みは、次世代の若者が伝統工芸の世界に足を踏み入れるきっかけにもなるだろう。伝統工芸の可能性を模索し、次世代へ繋げる彼らの活動に、これからも目が離せない。


取材・文:篠ゆりえ
編集:大沼芙実子