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「もし自分が着るんだったら」から始まる福祉 平林景さんインタビュー

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フリルのついたシャツに長い巻きスカートの男性がSNSのタイムラインに現れた時には、思わず何度も画像をタップしてしまった。筆者が見たその投稿の主は、平林景さん。「福祉業界のおしゃれ番長」を名乗り、一般社団法人日本障がい者ファッション協会(以下、JPFA)の代表を務める。

筆者の頭の中にあった「福祉」のイメージとは程遠いスタイリッシュさと華やかさに驚いた。平林さんが着用していたのはJPFAが開発するbottom’all(ボトモール)という今までになかった新しいボトムスのブランドだ。巻きスカート型で車椅子のユーザーなど障がいのある人でも使用しやすく、性別や年齢にもとらわれずに使用することのできるアイテムだ。2022年のパリでのショー開催を目標のひとつに活動をしている。

もともと美容師や美容学校での仕事をしていた平林さんが福祉業界でこのようなチャレンジを始めた理由とは?また、より多くの人が福祉や多様性への視点を持つにはどうしたらいいのだろうか。平林さんに話を伺った。

車椅子のモデルがパリコレのランウェイに出たことがない

実は、bottom’allはアイテムが出来上がるよりも先に、パリ・コレクション(以下、パリコレ)に出展するという目標が先に決まっていたという。ブランドを立ち上げるきっかけとなったのは平林さんが知人から聞いた「車椅子の方がパリコレでランウェイに出たことがない」という情報だった。各ブランドの個性的なデザインを楽しむことのできるファッションショーだが、確かにランウェイを歩くモデルのグラデーションはまだまだ狭いままだ。bottom’allの立ち上げ以前にも福祉業界での経験を持っていた平林さんにとって、それは衝撃でもあり挑戦の始まりになった。

「もともと車椅子の方と知り合いだったわけではありません。でも、車椅子の方がパリでランウェイに出たことがないと知人から聞いて、とても驚きました。障がいのネガティブなイメージがクローズアップされたように聞こえたんですよね。だからこそ、車椅子の方でも着られるかっこいいファッションを作ることによって障がいのイメージを変えるきっかけにもなるだろうと思って挑戦し始めました。」

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初めの巻きスカートは、実際に車椅子ユーザー当事者の声を元に浮かんだアイデアだ。知人を辿って出会った車椅子ユーザーからのヒアリングから、誰もがアクセスしやすい洋服の形として、体の不自由な人でも着脱のしやすい巻きスカートの形に定まった。そして、この巻きスカートの開発やネーミングには、JPFAの副代表でもあり兵庫教育大学大学院学校教育研究科・准教授の小川修史さんや大学の学生たちとのディスカッションも活かされている。

「巻きスカートのアイデアは、着脱のしやすさや性別や障がいの有無などにとらわれないアクセスのしやすさからいいなと思って出てきました。でも、変な話なんですけど、男性で「明日からスカートで」と言われたらまだ抵抗がある方も多いと思うんですよね。だからネーミングは大事だなと思っていて。そんな時に学生が出してくれたのがbottom’allという言葉だったんです。年齢性別に関係なく、体の特徴の観点からも誰もがアクセスしやすい、作りたいもののイメージと合致していて「うまいな!」と思いました。」

当事者に聞いてみないと分からないこともたくさんある

そんな経緯で生まれたbottom’allのアイテムは、黒を基調としたスタイリッシュなデザインのものが多い。理由を聞いてみると、平林さんは「機能性を備えた上でカジュアルなものは今までにもちょこちょこあったけれど、モードなものはほとんどなかった」と語る。ふと目を向けてみると合点がいくが、意外と当事者以外が気付きにくいのも事実である。こうしたニーズを拾うためにも、bottom’allの商品作りでは、当事者からの視点を意識的に取り入れるようにしている。

「当事者の視点にアクセスすることで、ようやく分かることや生まれるものが多くあります。なので、活動を通して出会ってきた当事者の方にはSNSや直接のやり取りでよく話を聞くようにしています。勝手な思い込みで「こうした方がいいだろう」と思って聞いてみると、「いや、そうじゃなくて…」と言われることもあるので、聞いてみないと本当に分からないんですよ。だから、どんなことに困っているのか、どんなものがあったらいいのか直接聞いて、1度作ってもう1回聞く。そしてダメだったらもう1回作り直せばいいんです。」

過去には、デザインの利便性からデニム生地の巻きスカートも作ったことがあるという平林さん。普段着としての使いやすさをイメージしたものだったが、意外にも一部の車椅子ユーザーからは機能性の面で喜ぶ声が上がった。なぜなら、柔らかい物を巻き込みやすい車椅子の車輪に対して硬いデニム生地は巻き込まれないからだという。これも当事者の視点に立たないと気づくことができないだろう。障がい者支援に限らず、私たちはつい「〜してあげよう」「この方が助かるだろう」と善意から思い込みをしてしまいがちだ。もちろん自分で勉強する姿勢や態度は重要だが、本当の利便性は徹底した当事者視点、つまり当事者に聞く・確認することから生まれるのかもしれない。

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福祉業界はブランディングが苦手

さらに、bottom’allが特徴的なのは、商品の利用者だけではなく作り手の支援にも目を向けていることだ。bottom’allの商品は、障がい者就労支援施設の利用者によって作られている。もともと商品を売ることは考えていなかったという平林さんだが、雇用の面でもできることがあると気づき、販売を始めた。

「もともとはコレクションを作ることで、大手企業さんが参入してきてくれたらいいなという思いが強くありました。ただ、障がい者就労支援施設で作ることによってできることもあると気づいて自分たちで商品を売ろうと決めたんですよね。その上で、施設の利用者さんはマルチタスクよりも、同じ工程を繰り返してクオリティを上げていく方が得意な方が多いので、できるだけ1つのパターンを1つの事業所にオーダーするなどの工夫をしています。利用者さんは技術が身につけば社員として雇用してもらえるようになったり、企業も高いクオリティの技術者を雇用できるので、そう言った意味でも可能性を秘めたプロジェクトだと思っています。」

もちろん、施設の利用者が受け取る手間賃である「工賃」の問題解決にも積極的だ。障がい者就労支援施設では、最低賃金よりも安い金額での賃金の支払いがなされることも多く、問題視されている。事業者側が正しい方法でクオリティを上げていく工夫や、クオリティに見合った賃金を支払うことは問題の改善に大きく寄与する。ただ一方で、商品を売るにあたってクオリティアップだけではない工夫も必要だと平林さんは語る。

「いいものを作れば高く売れると言うわけじゃないんですよね。例えばいい肉でも、ある店だと2000円だけどそれが別の店で出したら2万円というのと同じで、ブランディングは大事だと思います。そこが福祉業界のすごく苦手なゾーンなんじゃないかなとも思うんですよね。よく障がい者の方が作ったクッキーを1袋100円で売りますとかありますが、でもそれを1袋1000円にすることだって、売り方によっては可能なんですよね。僕らがやるべきはそこなんじゃないかなと思っています。」

受け入れられなくても受け止められる土壌を作りたい

自身は車椅子のユーザーではなくとも積極的に活動に取り組む平林さん。JPFAの活動のメンバーは誰も報酬を受け取っておらず、商品の売り上げはすべて障害者就労支援施設への工賃やパリコレへの資金となっている。多様性が謳(うた)われる現代世界において、他者へ視線が向いた活動はより重要になっていくだろうが、どうすればそのような視点が持てるのだろうか。

「全世界で「多様性」という言葉が出ていますが、多様性とは必ずしも全てを受け入れるということではないと思っています。いろいろな人がいるので、全員が全員「それいいよね!」って気持ち悪いですよね。でも、全部受け入れる必要はないけど、受け止められる人が増えていけばいいなと思っています。「私はそれ好きじゃないけど、それもありよね」って。そのためには、受け止められるような土壌、つまり目にする機会を増やして慣れていけばいいと思うんです。」

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取材中の平林さん(編集部撮影)

「例えば車椅子だったら、街中にもっと車椅子があって、カフェの中で車椅子が普通に椅子として使われてたりしたらいいですよね。実際に乗ってみると分かることもたくさんあるので、より身近に触れられるようになっていたらいいなと。そうすると、「もし自分が使うんだったら」とか「もし自分が乗るんだったら」とかそういった視点を持ってかっこいいものを作る人がきっと増えていくじゃないですか。車椅子以外の分野でも同じことが言えると思います。今のユニバーサルデザインは機能性が重視されがちだけれど、機能性もあってかっこいい、それが次のユニバーサルデザインだと思っています。だから僕たちも障がい者の方だけではなくて自分たちも着たいし、障がい者の方も着られる、そんな観点でものを作っていきたいです。」

現在bottom’allは、目標のひとつである2022年のパリコレへの出演に向けて着々と準備を進めている。「『福祉×オシャレ』で世の中を変える」というミッションの達成に向けて、大きなプロジェクトに乗り出した。

「京都市からもご協力をいただいて、公演の会場を押さえる準備や、実際の商品作りを進めているところです。パリコレは目的ではなく、あくまでも目的は「『福祉×オシャレ』で世の中を変える」ことです。ファッションの面白いところは理屈抜きに一瞬で固定観念を変えていけるところだと思っています。「うわ!かっこいい」、「なんか分からないけれどおしゃれだ」など、今ある障がいや福祉のイメージを逆転させるきっかけになりたいと思っています。そして、これを事例のひとつとして、他の企業や団体も取り組んでくれるようになったら嬉しいです。」

平林さんの活動の原動力は「どうにかしてあげなきゃ」「やってあげなきゃ」といった気持ちとは少し異なるようだ。「こんなものがあったらかっこいい」や「自分だったらこういうものが欲しい」と、当事者の視点に立とうとしたからこそ生まれる鮮やかでポジティブな発想の転換に惹きつけられる。2021年10月に行ったジェイアール名古屋タカシマヤでのポップアップには、車椅子ユーザーよりも当事者ではない人が多く訪れたという。これまでの福祉のイメージとは一味違うbottom’allの活動には多くの人を動かす可能性が秘められているだろう。

 

平林景(ひらばやし・けい)
1977年、大阪府生まれ。元・美容師。学校法人三幸学園に十四年勤務し、専門学校の教員や、東京未来大学こどもみらい園・副園長、東京未来大学みらいフリースクール・副スクール長を兼務。2017年1月、独立。放課後等デイサービスを起業した後、2019年11月、一般社団法人日本障がい者ファッション協会(JPFA)を設立、代表理事に就任。「福祉業界のオシャレ番長」として学校や医療・福祉現場などで講演活動中。

取材・文:白鳥菜都
編集:竹内瑞貴
撮影:Kohei Oka