「エンジニア」と聞くとどんな人物をイメージするだろう。なんとなく、スマートな男性を思い浮かべてしまった人も多いのではないだろうか。試しに「エンジニア」と入力して画像検索をしてみると、写真でもイラストでも、眼鏡をかけパソコンへと向かう男性の画像がたくさん出てきた。
恥ずかしながら筆者も数年前までは、エンジニアといえば「男性の仕事」というイメージを無意識のうちに持っていた。このイメージはいったいどこから来るのだろうか。
エンジニアは男性ばかり?
まずはじめに、エンジニア職に就いている人口の内訳を調べてみた。一般社団法人情報サービス産業協会の調査によると、2019年時点で、ITエンジニアは男性79.6%、女性20.4%といった偏りを見せている。
※出典:一般社団法人情報サービス産業協会「2019年版 情報サービス産業 基本統計調査」
https://www.jisa.or.jp/Portals/0/report/basic2019.pdf
さらにこの調査によると、エンジニアだけに限らずIT業界全体では従業員の男女比は8:2とも言われている。社会の動きをいち早く取り込む印象のあるIT業界だが、実際にはまだまだジェンダーギャップが大きいのだ。では、なぜエンジニアとして、あるいはIT業界で働く女性が少ないのだろうか。
理由はいくつか考えられるが、よく挙げられるのがその労働環境のイメージである。長年、人材不足が叫ばれるエンジニア職では長時間労働に陥る場合が少なくないと言われている。一方で、職場によっては働く時間の柔軟性が高かったり、コロナ禍におけるリモートワークへの対応がいち早く進む分野であったりと、働く環境としての評価が変わってきてもいる。
この点に関しては、他の職種もそうであるように、職場によって違いがあるため一概には言えない。ただし、共働き家庭であっても女性の家事負担が大きい日本社会においては、女性にとって、男性よりも労働時間が特に大きな観点になる可能性はあるだろう。
また、別の重要な理由として高校進学や大学進学の時点でかかるバイアスも考えられる。特にエンジニアは技術職であり、学生時代に技術を身につけた上で、新卒でエンジニアになるという人が少なくない。
日本においては、中学校、高校、大学と進学を重ねるごとに理系の進路を選択する女性が少なくなっていく。「女子は理系科目が苦手」「女の子なんだから」といった声を子どもの頃に大人からかけられた経験のある女性もいるかもしれない。女性にとって、職業選択の前に学問上の進路選択の時点で、エンジニアという選択肢が遠のいているのである。
IT業界の偏りが社会基盤の偏りへ
デジタル化が進む社会において、もはやITが社会の基盤のひとつとなったことは疑いようもない。しかし、前述の通り、その基盤を作る組織において大きなジェンダーギャップが生じているのである。
同じように、社会の基盤を作る分野でありながらジェンダーギャップが激しいのが法曹界だ。政治家や裁判官、検察官、弁護士など中心となって法律を作る業界にはジェンダーギャップがあり、現代の多様な人々が属する社会に多くの問題をもたらしている。出来上がったものを使用する人間が多様であるのに対して、作る側に多様性がないことは後々大きな問題につながっていくのだ。これは、法曹界だけではなく、広告業界などでも問題視されている点だろう。そして、IT業界も例外ではないのである。
すでに述べたように、現状、エンジニア、およびIT業界には女性の割合が少ない。それはつまり、それだけ女性のロールモデルが少ないということである。ロールモデルの不在によって、それらの業界のジェンダーギャップは拡大していく恐れがある。偏りは偏りを生み、人材不足が叫ばれるなかでも一向に女性の参入が進まない分野になってしまうのである。
IT業界のジェンダーギャップを是正する動き
ここまで日本のIT業界の現状について述べてきたが、業界内部からもこの問題を危険視して、IT業界のジェンダーギャップ是正に取り組もうとする動きが生まれてきている。
例えば、IT業界を牽引する大手企業の一つである日本マイクロソフト株式会社は、女性エンジニアのためのコミュニティ「Women In Technology」を開催している。この取り組みは、女性エンジニアの活躍の場を増やすことを目的としている。先輩の女性エンジニアからの教育活動や、イベントなどを通じて、女性同志のネットワークを広げていこうとしている。
参照:https://partner.microsoft.com/ja-jp/community/wit?wt.mc_id=CORP_Blog_wit
また、日本国内でこの問題に精力的に取り組んでいるのが「一般社団法人 Waffle」である。「Waffle」は10代の女子向けのイベントや学習環境の提供を行うことで、根本からIT業界のジェンダーギャップ是正に取り組もうとしている。ロールモデルの不在、進路選択時に理系の選択肢がなくなってしまうといった問題に対して、この活動は有効であろう。さらに、Amazon Web Service(AWS)とのコラボイベントなども開催し、業界を牽引する大手企業をも巻き込んでこの問題を解決しようとしているのだ。
参照:https://waffle-waffle.org
「エンジニア」は男性の仕事?
エンジニアは男性の仕事であるという、偏見が社会の中にうっすらと存在する。しかし、その仕事内容は、性別と関係なくできるものだ。
そして、ITはいまや誰にとっても身近な存在になりつつある。多くの人が使用するものは、それだけ多くの観点から考慮される必要がある。作り手の多様性は、使う側の多様性を支えることとなるのである。多様性が担保されることによって、多くの人にとって心地よくいられる社会が達成されるだけでなく、活発で対等な議論が生まれ、より創造的な社会の実現へと近づいていく。
国内外含め、企業はこの問題を重要視して動き始めている。根本からこの問題を解決するためには、企業の動きだけではなく、私たちと身近な子どもや学生との会話がきっかけを生むこともあるのかもしれない。
取材・文:白鳥菜都
編集:森ゆり