私たちの生活に、インターネットをはじめとした情報通信技術(ICT)は欠かせない。もはやICT技術はインフラであり、情報にアクセスできるか否かが命に直結することもあるだろう。しかし、それらの情報はまだ「使える人」と「使えない人」の間に壁があると言われている。この記事では「デジタルデバイド」と呼ばれるその状況について、考えていきたい。
デジタルデバイドとは
デジタルデバイドとは、日本語で「情報格差」を意味し、インターネットやICT技術の普及に伴い、その利用における格差が生じる状況を指す。インターネットが普及した1996年、当時の米国副大統領アル・ゴア氏が用いたのが最初だと言われる。
デジタルデバイドの定義
デジタルデバイドは「インターネットをはじめとする情報通信技術やサービスの恩恵を受けることのできる人と、できない人の間に生じる格差」を指す。IT技術が普及しているいま、その利活用が難しいことは、純粋な情報の格差だけでなく教育や経済、社会的な格差を生み出す要因ともなる。
デジタルデバイドは大きく「国際間」「国内」「個人/集団」の3つに分けられるという。それぞれの概要と、加えてビジネスの観点からどうか考えてみたい。
国際間デジタルデバイド
主に「先進国」と「途上国」など、国や地域の間で起こる格差を言う。先進国では子どもの頃から学校でパソコンなどICT機器を扱う経験が得られる。一方、途上国内では経済的発展が遅れていることにより情報インフラを整えることができない、教育が行き届いていないためデジタルリテラシーを向上させることができないといった背景から、ICT技術に触れるハードルが高まり格差が生じている。
これらの問題は、主に経済的な格差が原因で生じるが、ICT技術の利活用が進まないことで同国の経済発展を阻み、さらに格差が開いてしまう。
国内デジタルデバイド
国内でも、「田舎」と「都会」でインターネットの使い方や浸透度が異なるなど、格差が生じるケースもある。ネットインフラの整備など利便性の面では近年だいぶ整備されてきており、最近ではインフラよりも「使う人」側に起因する差が顕著になっているようだ。
たとえば、高齢化率が高い傾向にある田舎では、高齢者がICT技術を活用するハードルが依然として高いため、比例してICT技術を活用しない人の割合が増えることなどがある。それは必然的にそのエリアのデジタル化を妨げる(=「進める必要がない」という状態を維持させてしまう)ため、緊急の情報発信がアナログなままになり、適時適切に届かないといった問題を引き起こす可能性もある。
個人/集団デジタルデバイド
エリアという区分以外にも、個人やある特性を持つ集団の間で生じる格差もある。国内デジタルデバイドで例に挙げた地域間格差は高齢化に起因すると考えるものであったが、まさにこれは「年齢(高齢者)」という特性で個人を大別したときに発生するデジタルデバイドだと言える。
そのほかにも、学歴や収入などの社会的要件によってICT技術に触れる経験の差があったり、障がいなどの身体的特性によって機器の利用が困難になったりするケースもある。こういった個人または集団の社会的/身体的特性によって生じるデジタルデバイドも、大きな問題である。
ビジネスにおけるデバイド
集団におけるデジタルデバイドは、ビジネスの世界でも見受けられる。会社にとってICT技術の活用は必須であるが、まず社内のICT化の状況によって効率性や生産性の度合いに差が生まれる。あるいはICT化が進んでいたとしても、それを社員が使いこなすための教育に十分なリソースが割けているかどうかによっても変わってくるだろう。
資金力や人的リソースにある程度余裕があり、システム導入や社員教育に投資ができる大企業に対し、中小企業等ではICT化が遅れる傾向にあることも指摘されている。以下は資本金規模別のクラウドサービスの利用状況だが、このデータを見てもその傾向が伺えると言えるだろう。
デジタル活用とデジタルデバイドの変遷
冒頭で述べた通り、デジタルデバイドという言葉は1996年に米国副大統領によって初めて語られた。日本で用いられるようになったのは、2000年の九州・沖縄サミットで採択された「IT憲章」の中だった。デジタル化が進み、インターネットが普及していくなかで、徐々にその活用知識・能力の差が社会生活のなかで歪みに繋がっていくことが懸念されるようになった。
そのような背景から、教育分野においては2000年代以降、学校の授業でコンピュータやネットワークに接するカリキュラムが本格的に開始された。2019年には児童生徒1人につき1台の端末と各学校に高速大容量通信ネットワークを整備するための予算が閣議決定された。文部科学省は「GIGAスクール構想」を掲げこの状況を「令和の時代における学校のスタンダード」だと述べ、ネットリテラシー向上のための教育と合わせて重視していく方針が語られている。(※1)
教育分野以外にも、年齢による格差をなくすべく国が主導して高齢者に向けたIT講座を設けたり、障がい者のデジタル活用に向けた法整備が進んでいくなど、各分野で取り組みが進められている。
デジタルデバイドをなくすべく、国全体のデジタルリテラシーを一定水準以上に向上させようとしているのが、現在の日本社会におけるデジタルデバイドへの取り組み状況と言えるだろう。
※1 参考:文部科学省「GIGAスクール構想について」
https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_0001111.htm
デジタルデバイドの要因
改めて、デジタルデバイドはなぜ起きるのだろうか。大きな要因をいくつか考えてみたい。
経済的要因
まず1つは、収入が少ないといった経済的な状況である。インターネットの整備や、パソコン・スマートフォンといった通信機器の利用に割ける経済的余裕がない場合は、どうしてもICT技術の利用が難しくなる。総務省が実施した「令和5年通信利用動向調査」(※2)では、世帯年収別のインターネット利用状況を公開している。
2021年・2022年ともに、年収が400万円以上の世帯では9割程度の世帯がインターネットを利用しているのに対し、400万円未満になるとその数は8割弱に減少し、200万円未満では6割前後という結果になっている。
※2 参考:総務省「令和5年通信利用動向調査の結果」https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/240607_1.pdf
教育的要因
それまでに受けてきた教育によって、個人のITリテラシーに差が生まれることも要因の1つだ。
デジタルデバイド解消に向け、教育面では改革が続けられていることは先に述べた通りだ。しかし現状としては、まだ地域や学校によって差がある状況だ。文部科学省が実施した「令和4年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査」では、都道府県別に教員がICT活用を指導する能力を測っており、地域によって差が見られる。もっとも指導する能力が高いのは愛媛県の96.9%、逆に最も能力が低いのは三重県と島根県の73.1%であった。(※3)
ICT技術について等しく学び、リテラシーを高める機会となる学校教育は重要で、ここで一定の差が生まれてしまうとその後の社会生活の中でうまくICT技術を使いこなせず、デジタルデバイドにつながる可能性がある。
※3 参考:文部科学省「令和4年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)」
https://www.mext.go.jp/content/20231031-mxt_jogai01-000030617_1.pdf
身体的要因
身体的な特性から、ICT技術の活用にハードルを抱える人もいるだろう。
身体障がいや精神障がいにより、現在普及しているICT機器を扱うことが憚られ(はばかられ)たり、情報を理解・認識することに困難を抱えたりすることがある。そのような障壁があると、ICT技術を活用する機会に恵まれず、情報格差を抱えることになる。
現在は法整備をはじめアクセシビリティ向上の取り組みが進められており、その解消を目指す機運が高まっているが、とくに知的障がいのある人にとっては、まだハードルが高い状況が続いていると見受けられる。
▼障がい者とインターネット活用の現状について記載した記事はこちら
デジタルデバイドによって引き起こる問題
デジタルデバイドが生じることで、社会にはどんな影響があるのだろうか。
さらなる格差の創出
まずデジタルデバイドが発端となり、さらなる格差の連鎖を生む可能性がある。
教育の格差
ICT技術の活用が当たり前の現代社会では、その環境整備やリテラシーによって、教育機会に差が生まれてしまう。
最近では、新型コロナウイルスの影響で、改めてこの格差が可視化されたとも言えよう。コロナ禍では、自宅から参加するオンライン授業が全国的に始まった。日本国内の学校で、自宅のインターネット環境やタブレット端末の活用認知度の差によって、生徒がスムーズに授業が受けられるか否かの差があったそうだ。
また、イギリスの比較的貧困地域のある学校では、ノートPCを持っている家庭は約18%のみで、デジタルコンテンツを利用できる機器はスマートフォンのみの家庭が60%だったという。自分のPCで学習ができる生徒とそうではない生徒では、かなりの差が生じてしまう。
このような背景から、ICT機器の活用機会がなく苦手な場合、対面の授業よりも質問がしにくく授業の理解度に差が出ることもあるだろう。
その生徒にとって、デジタルリテラシーが向上しない限りこの状況が改善されることはなく、使いこなせている生徒との学力格差に繋がりかねない。また、貧困によりインターネット環境やICT機器の整備が難しい家庭では、貧富の差が教育の差につながり、教育を十分に受けられないまま大人になることで社会で活躍できる幅が狭まってしまい、貧困の連鎖が断ち切れないケースもあるだろう。
就業機会の格差
教育格差の延長によるデジタルリテラシーの欠如から、就業機会を損なう可能性も大いにある。まず近年では、オンラインツールを用いて面接等が行われるケースも多く、その環境が整っていない限り選考に参加することが難しい。
就職をしてからも、デジタルリテラシーが低いことで、他の社員より生産性が低いとみなされてしまったり、アウトプットに差が出てしまったり、その延長で任せてもらえる役割の幅が限定され、収入が上がらないといったこともありえるだろう。
緊急時の対応に関する格差
災害など緊急時の対応についても、情報があるか否かによってその安全性に大きな差が生まれる。地震や津波が起きた際、インターネットで素早く情報をキャッチすることで、いま何が起きているのか、どんな危険が迫っているのか、次にどんな行動を取るべきなのかの判断が可能になる。
2011年に起きた東日本大震災では、電話通信に大きな制限が生まれたが、代わりに利用できたSNSが情報共有や安否確認のツールとして活用された(同時に、インターネットが使えず情報共有の機会が失われた避難所があったり、SNS上でさまざまなデマが書き込まれ混乱を招いたりといった課題も見られた)。
またコロナ禍のワクチン接種では、高齢者を中心に「インターネット予約の方法が分からない」という声が相次ぎ、電話回線がパンクする自治体も多かった。予約のタイミングによって、接種が遅れた人もいただろう。
こういったケースでは、情報にスムーズにアクセスできないことが、命の危険性につながることもあると言える。
IT人材の流出
ICTインフラが整いその利活用が日常になっている国や地域では、活用の頻度が高く技術も進歩していくため、必然的に優秀なIT人材が育っていく。同時に国内に優秀なIT人材がいても、国内でさらに成長・活躍できる環境がなければ、他国に仕事を求めて流出することになるだろう。国内の競争力を高めていくためにも、優秀な人材確保は重要である。
誤情報等によるトラブルの増加
デジタルリテラシーを高めるということは、機器やインターネットの使い方を知ることだけではない。それらを通じて得た情報をどのように活用するか、という知識も身につける必要がある。
AI技術が目覚ましい現代社会では、一見正しいような誤情報を普及させることが容易になっている。また、SNS等を通じて誰でも匿名で発言・拡散できる状況では、デマや誹謗中傷を容易に広げることができてしまう。2023年に総務省が実施した調査(※4)で「情報の真偽を見分ける自信」についての設問で、「自信がある」と回答した人は全体で3割程度にとどまっており、まだその知識・能力に不安がある人が多い現状が見てとれた。
情報発信へのハードルが下がることによって、誰かが傷付けられ、命を落とす例も珍しくない。「これは本当に正しいのか?」という視点を持つことや、情報のもつ攻撃性をよく認識して活用する力が問われている。
そのほかにも、とくにSNSにおいては自分の好む情報以外が弾かれてしまう「フィルターバブル」や、自分と似た意見にばかり触れてしまうようになる「エコーチェンバー」と呼ばれる現象も問題視されている。
※4 参考:総務省 「令和4年度国内外における偽情報に関する意識調査-報告書-」https://www.soumu.go.jp/main_content/000889637.pdf
▼インターネットに関して、品田遊さんに聞いたインタビューはこちら
デジタルデバイド解消に向けた取り組み
デジタルデバイドの解消に向け、国内外ではさまざまな取り組みが進行中だ。具体的な例を見てみたい。
国際的な取り組みと政策
国際間デジタルデバイドへの対応
先進国と途上国の間のデジタルデバイドをはじめ、国家間におけるデジタルデバイドへの対応は、国際連合の1専門機関である国際電気通信連合(ITU)が主導している。開発途上国における電気通信分野の開発支援を行っており、開発プロジェクトの実施のほか、人材育成や統計調査等の活動を行っている。
また、インターネットの利用コストを下げ、多くの人が利用できる環境を作ることを目的に活動している組織もある。Alliance for Affordable Internet (A4AI) は、民間部門や政府、市民などで構成されるイニシアチブで、世界中のすべての人が手頃な価格でインターネットを利用できるよう、研究活動や政策提言を展開している。とくにアフリカ、アジア、ラテンアメリカなどの具体的な地域では、政府や民間セクター等と連携しながら、手頃な価格で利用できるインターネット導入に向け現地の取り組みも主導しているそうだ。
日本の国際協力
日本も、国際協力の一環として発展途上国のデジタル化支援を行っている。例を挙げると、JICA(国際協力機構)はインド太平洋地域を主な対象に、デジタル人材の育成や情報通信環境の整備、国民のITリテラシー向上をはじめとする各国のサイバーセキュリティ対応の能力強化支援等を行っている。(※5)
※5 参考:JICA「デジタル化の促進」
https://www.jica.go.jp/activities/issues/digital/index.html
デジタル先進国の例
2022年の世界デジタル競争力ランキング(※6)で1位、2023年の同ランキングでは4位(※7)になったデンマークの例を見てみよう。1960年代から行政サービスのデジタル化が進められ、現在も行政機関からの連絡を電子的に受領するサービスの利用率が9割を超えるというから驚きだ。
しかし一方、そんな同国でもデジタルデバイドは課題視されている。格差が見られる属性としては、高齢者や他国からの移民(言語が理解できないという壁がある)、身体や知能的な障がいを抱える人など、日本でも認識されている対象が主だ。それだけでなく、「行政から届く情報に無関心な若者」もデジタルデバイドの対象と着目されているという。
課題解決に向けてデンマークでは属性に合わせた施策を実施しており、ICT機器の扱い等にハードルを抱える高齢者や移民、障がい者等には個別対応や講習の実施。ICT機器への抵抗がほとんどない若者に対しては、YouTubeや専門サイト等のICT技術を活用して利用の呼びかけを行っているそうだ。(※8)
※6 参考:JETRO「世界デジタル競争力ランキング、日本は29位に低下」https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/10/1128218948d5f5df.html
※7 参考:JETRO「世界デジタル競争力ランキング、スイス5位、日本は32位へ後退」https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/12/57c3775c09f83ce1.html
※8 参考:みずほリサーチ&テクノロジーズ「ーデンマーク型の行政サービスデザインからの示唆ー行政のデジタル化」
https://www.mizuho-rt.co.jp/publication/column/2022/0124.html
国内における取り組みと政策
日本国内でもデジタルデバイドの解消に向け、国や行政が主導で様々な取組が行われている。
まず高齢者や障がい者に向けた、スマートフォンやパソコン等のデジタル機器の利活用に関する講習がある。機器の操作方法に関するものをはじめ、SNSの活用やオンライン会議の体験、キャッシュレス決済の勉強会など、日常生活での利用が求められる場面の多い内容をピンポイントに教える講座も増えているようだ。
また、身体的・社会的属性によってICT機器にアクセスしづらい人を対象に、情報バリアフリーの推進も進められている。国はその利活用のための研究開発支援を行ったり、2021年から聴覚障がい者のための「電話リレーサービス」(※9)を社会インフラと位置づけ、広報や利用登録促進などを行ったりしている。
民間企業でもデジタルデバイド解消に向けた動きがある。KDDI株式会社では、auの全国各店舗で「スマホ教室」を実施したり、高知県と連携しスマートフォンの普及と利活用促進の取り組みを進めたりしている。加えて、日本国内で場所を問わずインターネットが繋がることを目指し、スペースX社と連携し、Starlink(スターリンク)という衛星ブロードバンドインターネットの導入を開始した。(※10)
▼Starlinkにも触れている記事はこちらまた、ソフトバンク株式会社は2024年1月に発生した能登半島地震の際、衛星通信サービス「Starlink Business」を100台無償で提供したそうだ。(※11)通信インフラはもはやなくてはならないものであり、企業がこのような緊急災害時にも、迅速に支援をすることが今後も重要になっていくだろう。
※9 用語:電話リレーサービスとは、手話通訳者などが通訳オペレータとして、聴覚障がい者等による手話・文字を通訳し、電話をかけることで、聴覚障がい者などと聴覚障がい者など以外の方との意思疎通を仲介するサービス。
※10 参考:KDDIトビラ「特集 Starlinkと実現する『空が見えれば、どこでもつながる』」https://tobira.kddi.com/pickup/space/
※11 参考:ソフトバンク株式会社「『Starlink Business』の機材100台を無償提供」https://www.softbank.jp/corp/news/info/2024/20240110_01/
まとめ
もはや現代社会のインフラとなったICT技術。これらをインフラとして各所に整備し、そのうえで利用する人は自分自身でその技術を活用できる環境を整え、さらにすごいスピードで進化するAI等の技術と便利ゆえの危険性も認識しながら生活すること。それが現代の情報社会に生きるうえで求められていることだろう。
改めてデジタルデバイドの要因や課題を見てみると、だれもに遍く開かれたインフラであるべきにも関わらず、利用者側の能力やリテラシーが問われるその構図に、複雑な状況を感じてしまう。誰も取り残すことのないインフラであるべく、デジタルデバイドの解消が進んでいくことを期待したい。
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文:大沼芙実子
編集: 吉岡葵