- Xジェンダーの不定性(ジェンダー・フルイド)とは
- ジェンダーはどのように構築され、発展するのか
- Xジェンダーの不定性(ジェンダー・フルイド)とトランスジェンダーの違い
- Xジェンダーの不定性(ジェンダー・フルイド)とメンタルヘルス
- Xジェンダーの不定性(ジェンダー・フルイド)の人々をどのようにサポートするのか
- まとめ
Xジェンダーの不定性(ジェンダー・フルイド)とは
Xジェンダーの不定性とは、文字通り「Xジェンダー」と「不定性」を組み合わせた単語であり、ジェンダー・フルイド(英語:Gender fluid)とも言われる。
本記事では、Xジェンダーのアイデンティティの中でも特に「不定性」に焦点を当て、その歴史的背景、発展、トランスジェンダーとの違い、そしてメンタルヘルスへの影響やサポートの必要性について考察する。
Xジェンダーの不定性=ジェンダーフルイド
Xジェンダーとは、男女という性別の二元論におさまらない性自認のあり方を指している。そして、Xジェンダーは、中性、両性、無性、不定性の4つのアイデンティティに分けることができ、その中でも「不定性」とは日々の状況や心理状態によって性自認が流動的になることを指す。
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「ジェンダー・フルイド」とは、時間や状況に応じて自分のジェンダーが変わる、または流動的であると感じる人々を指す。ジェンダー・フルイドのアイデンティティは、個々の経験によって異なり、その日の気分や状況によって、男性的なアイデンティティ、女性的なアイデンティティ、あるいはその両方、もしくはそのどちらでもないアイデンティティを持つことがある。
Xジェンダーとの関係性
それでは、Xジェンダーとジェンダー・フルイドはどのような関係性にあるのだろうか。まず、「Xジェンダー」は、日本独自のジェンダー概念であり、従来の男性・女性という二項対立的な枠組みに当てはまらない人々を指している。ジェンダー研究に取り組む東京女子大学・渡辺隆行教授によれば、Xジェンダーとは「男女どちらでもない、あるいは男女どちらでもある、あるいは性という概念すらもたない性自認をもっており、その性自認が流動することもある人」(※1)をさす。
Xジェンダーとジェンダーフルイドは密接な関係にあるものの、同義ではない。前述のようにXジェンダー概念においては、中性、両性、無性、不定性という4つのアイデンティティが区分されることがあり、ジェンダーフルイドはXジェンダーの「不定性」を指している。
各区分独自の特徴を持っており、Xジェンダー全体が必ずしも流動的であるわけではない。
※1 出典:渡辺 隆行「男女どちらかに規定されないXジェンダーの多様な性自認に起因する被服体験の質的体験」(2022)p.35
https://www.jstage.jst.go.jp/article/senshoshi/63/1/63_35/_pdf/-char/ja
歴史と背景
ジェンダーに関する議論は、長い間、男性と女性の二元論的な枠組みに基づいて解釈されてきた。しかし、1970年代〜80年代にかけてLGBTQによる運動が活発化し、これまで「病理」や「特殊な逸脱的存在」(※2)として扱われてきた性的マイノリティの人々への理解が進んできた。
Xジェンダーの概念は、日本において比較的新しいものだが、そのルーツは世界的なジェンダー解放運動やLGBTQ+コミュニティの歴史に深く根ざしている。1970年代から80年代にかけて、ジェンダーに関する議論が活発化し、1990年代以降、特にインターネットの普及により、世界中の人々が自分のジェンダーを再考する機会を得た。日本では、「Xジェンダー」という言葉が初めて登場したのは2000年代初頭で、関西のグループを発端にして広まっていったとされている。(※3)
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※2 参考:兼子歩「LGBTQの歴史をたどる史料集“Archives of Sexuality and Gender”」(2022) p.78
https://meiji.repo.nii.ac.jp/records/14321
※3 参考:武内今日子「Xジェンダーはなぜ名乗られたのか―カテゴリーの力能を規定する社会的文脈に着目して―」(2020) p.134
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kantoh/2020/33/2020_133/_article/-char/ja/
ジェンダーはどのように構築され、発展するのか
そもそも、ジェンダーというのは男か女しか存在せず、それも身体的特徴によって絶対的に決定されるものなのだろうか。そのような前提を覆す研究はあらゆる分野において登場している。ここでは、ジェンダーが「作られ」「変化していく」ものであるという認識について考察する。
社会的・文化的な影響
実存主義の思想を掲げた作家・哲学者ボーヴォワールによる「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という有名な一節がある。このことはつまり、ジェンダーというものが単なる生物的なものではなく、社会によって構築されることを意味している。(※4)
女性に限らずジェンダーの概念は、社会や文化の影響を強く受けている。伝統的な社会では、ジェンダーは生物学的な性別に基づいて固定されていると考えられてきたが、現代社会においてはジェンダーは社会的構築物であり、個人の経験や社会的な役割に応じてジェンダーに求められる役割や認識は変化しうるものと理解されている。
社会が「女性」らしさや「男性」らしさを、個々人に要求し、個人がそれを内面化することで「女性」や「男性」が構築されていく。もちろん生物学的に与えられた性別は存在しているものの、それを「女性」「男性」に当てはめ、何らかの要求をするというのは社会によってなされるものである。
男と女という性別に対して要求すること、期待することは地域や国、文化圏によって異なっておりこのことからも男女というものが何か絶対的な概念ではないということがわかるだろう。
※4 参考:NHK 100分 de 名著 名著、げすとこらむ 上野千鶴子「老いてなにが悪い!」
https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/111_beauvoir/guestcolumn.html
インターネット技術発展の影響
また、技術の進化もジェンダーの理解に影響を与えている。インターネットの普及は、ジェンダーに関する情報やコミュニティへのアクセスを容易にし、個々人が自分のジェンダーアイデンティティを探求する手助けとなった。また、性別適合手術やホルモン療法の進展及びアクセスの改善も、ジェンダーに対する理解を深める要因となっていると言える。
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Xジェンダーの不定性(ジェンダー・フルイド)とトランスジェンダーの違い
Xジェンダーとトランスジェンダーはしばしば混同されるものの、2つは異なる概念である。まず、トランスジェンダーは、「生物学的・身体的な性、出生時の戸籍上の性と、性自認が一致しない人」を指している。(※5)
一方、Xジェンダーの不定性を持つ人々は、男性でも女性でもない、またはその両方のアイデンティティを持つ場合がある。また、ジェンダーの流動性を経験し、日によってそのジェンダーが変わることがある。出生時の性別とは性自認が異なるものの自認している性があるというトランスジェンダーとは異なっている。
※5 参考:厚生労働省 「職場におけるダイバーシティ推進事業 報告書Ⅱ.職場と性的指向・性自認をめぐる現状」(令和2年9月16日 訂正)
https://www.mhlw.go.jp/content/000625158.pdf
Xジェンダーの不定性(ジェンダー・フルイド)とメンタルヘルス
次に、ジェンダー・フルイドとメンタルヘルスの関係性について見ていこう。ジェンダー・フルイドであるということは日常生活においてどのような影響があるのだろうか。
社会的なプレッシャーと孤立感
ノンバイナリーやジェンダーフルイドの人々は、バイナリーのアイデンティティを持つ人々よりもメンタルヘルスにおける課題が多いことがわかっている。ジェンダーアイデンティティごとにメンタルヘルスの問題に差がつくのは、性自認を決定しない・できない人々が、周囲の人々に自分の経験や性別を伝えなければならない時に直面する特有の課題によるものだとされている。(※6)
仮に、出生児に与えられたジェンダーに適合した外見を有しており、身体的なジェンダーとの不一致を理由にした被害を受けることは少なかったとしても、周囲から独自の経験を認識してもらったり、承認してもらったりすることが難しい可能性もある。(※6)
つまり、状況によって性自認が変化するという特徴を持つジェンダー・フルイドにおいて、社会からの共感を得ることは簡単ではないと言える。メディアやSNSでジェンダー・フルイドに対する否定的な言説が多発すれば、彼らの自尊心が傷つけられることは容易に想像できる。また、恋人の有無を尋ねられることなど恋愛や結婚に関する「あるべき」姿を押し付けられていくことで彼らはプレッシャーを感じたり、悩みを相談できないことに孤立感を抱いたりすることも十分に考えられるだろう。
※6 参考:Lisa M. Diamond「Gender Fluidity and Nonbinary Gender Identities Among Children and Adolescents」(2020)
性別二元論が与える影響
ジェンダー・フルイドは、Xジェンダーの中でも性自認が流動的になる人々のことを指しているが、前提としてXジェンダーの概念は性別二元論にとらわれないアイデンティティである。
しかし、やはり社会では「男」か「女」のどちらかの選択を迫られる場合が多いのが現実である。出生時の性と自認している性が違う場合、社会は「では『女』ではなく『男』なのか」あるいは「『女』ではなく『男』なのか」というような二元論に基づいた反応を見せる可能性が高いだろう。
そのような場合、男女二元論の立場を取らないXジェンダーであることは課題に直面することになる。武内今日子助教はXジェンダーの人々が直面する課題について以下のように記している。
性別適合手術をしない点で性別違和の “軽度 ”な状態として理解されやすい一方、男女の二値的な性別観念が社会的に強固であるために、男女に当てはまらない性自認自体を伝えて配慮を求めることには困難
(※7)
※7 引用:武内今日子「『Xジェンダーであること』の自己呈示――親とパートナーへのカミングアウトをめぐる語りから」(2021)p.95
https://teapot.lib.ocha.ac.jp/records/2000115
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Xジェンダーの不定性(ジェンダー・フルイド)の人々をどのようにサポートするのか
ジェンダー・フルイドの人々が直面する課題について見てきた。それでは、上記のような課題を抱えやすい人々に対して社会はどのようなサポートが可能であろうか。
制度・インフラ的なサポート
まずは、制度的なサポートが必要である。基本的なことだが、書類やサービスの提供画面において性別の選択必須化をなくすことや、「そのほか」「回答したくない」といった選択肢を提示することも方法の1つである。
また、医療機関においては問診票の性別欄に戸惑ったり、戸籍上の名前を呼ばれることに抵抗感があったりといったような課題に直面することがある。結果として、病院の受診自体を避け、重症化する可能性もある(※8)。
このような事態を避けるために、医療機関においては患者を名前ではなく番号で呼ぶことや、当事者は自身の社会的背景を共有した信頼できる医師に診察を頼むことといった解決法が挙げられるだろう。ただ、理解がある医師に属人的にその役割を担わせるのではなく、医療機関内での性的マイノリティの人々へのガイドラインを作成することやその遵守などが必要である。
さらには、インフラ面でもサポートも必要になってくるだろう。学校や職場、公共交通機関においてオールジェンダートイレを設置することを始めとして「男」と「女」の二択以外でも選択できるインフラを導入していく必要がある。
※8 参考:船橋市公式ホームページ「みんなに知ってもらいたい性の多様性『医療編』」
https://www.city.funabashi.lg.jp/kurashi/danjyokyoudou/002/p059899_d/fil/iryouhenn.pdf
社会的な認知と教育
ジェンダー・フルイドだけではなく、性的マイノリティの人々に対するサポートとしては、社会的な認知の拡大と教育が欠かせない。特有の性のあり方について、何も知らない状態では彼らに対する偏見や差別がなくなることはない。多様な性のあり方があること、主にどのようなアイデンティティが存在しているのかということが、共生社会の第一歩につながる。
学校教育の場や職場において、授業や研修といった形でさまざまな性のあり方について学べる機会が必要だろう。その際に、カミングアウトはしていなくても性的マイノリティであることを自認している当事者がいることを想定しながら教育の前後のケアを行うことも必要である。
まとめ
Xジェンダーの不定性(ジェンダー・フルイド)は今でも支配的な男女二元論を再考する上でも、重要なジェンダー概念の1つである。「男」か「女」に当てはめなくても人々が平穏に暮らしていく社会を作るために人々は何ができるのか、制度的な部分から日常的な部分に至るまで、引き続き検討していく必要があるだろう。
文:小野里 涼
編集:吉岡 葵