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わたしの歴史と、インターネット|漫画家・さかなこうじと、SNSから拡がるキャリア

いまや誰もが当たり前に利用しているインターネット。だが、そんなインターネットの存在がもしかしたらその人の歴史や社会に、大きく関わっている可能性があるかもしれない…。この連載では、様々な方面で活躍する方のこれまでの歴史についてインタビューしながら「インターネット」との関わりについて紐解く。いま活躍するあの人は、いったいどんな軌跡を、インターネットとともに歩んできたのだろう?

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仕事に疲弊し、駅に座るサラリーマンの男性。その横を通り過ぎる女子高生が次々に披露する可愛いアイテムに、彼は思わず目を奪われてしまうーー。

そんなことから始まる漫画『今日、駅で見た可愛い女の子。』(フレックスコミックス)。Webコミック誌COMICポラリスで連載中の本作はコミカルな展開と登場する懐かしいコスメや雑貨に注目が集まっており、Xに投稿されると毎回数万を超えるいいねを集めている。

作者のさかなこうじさんは、SNSで声がかかったことから漫画家のキャリアをスタートさせたという。SNS時代に活躍するさかなさんのリアルな声を訊いた。

さかなこうじさんの著作

趣味から繋がるインターネット

SNSで人気を博するさかなさんが、はじめてインターネットに触れたのはいつでしたか?

小学校高学年くらいですね。その頃から絵が好きで、インターネットを通じて、イラストを描いているひとのホームページを巡っていました。好きなアニメがあったので、それを検索していたらファンページを見つけたんです。当時はインターネットで絵を見るか、ソリティアをするためだけにパソコンを使っていました(笑)。

その頃は、自分で描いた絵を投稿することもあったのですか?

私自身は小学生だったので、自由帳に絵を描くくらいでした。中学生の頃にホームページを作ってみようかなと思ったのですが、不器用だったのでできなくて。自分で絵を発信し始めたのは、高校生くらいからです。その頃からSNSが普及していたので、ホームページを作らなくてもイラストを投稿できたことが、自分のなかの投稿へのハードルを下げてくれました。

インターネット上で、他の方と交流もされることはありましたか?

当時SNSで好きなキャラクターの絵を描いていたのですが、いいねをし合って、会話ができて、実際に会うこともありました。その頃pixiv(※1)で出会った友人には、いまでも付き合いのある方もいますし、Xで繋がっている方もいます。

実際に会うことは、ドキドキしませんでしたか?

どんな人が来るのかなという気持ちもありましたが、前提として趣味が同じなので、話は合いますよね。それに絵を描いているもの同士、お互いリスペクトの気持ちがあるんです。尊敬し合えたら、モラルの価値観が同じものとして、対等にコミュニケーションし合えるのかなと思います。

※1 用語 pixiv:ピクシブ株式会社が運営する、イラストや漫画、小説を投稿し閲覧できるSNS。誰でも気軽に作品を投稿でき、それに対してコメントを送ることもできる。2007年にサービスを開始し、2023年には総登録ユーザー数が1億を突破した。

SNSから芽吹いた漫画家のキャリア

その頃から、夢は漫画家だったんですか?

中学、高校のときは絵は趣味の範囲内だったので、職業としては考えていませんでした。その後、新卒で入社予定だった会社が、入社前に倒産してしまって。しばらくフリーターをしていました。

時間がたくさん取れたので絵や漫画を描き続けていたら、pixivで私の絵を見た出版社の方が声をかけてくれたんです。そこで、連載が決まりました。漫画家になろう!と思ってなったタイプではなくて、好きが高じてずっと描いていて、運よく出版社に声をかけていただいたかたちですね。

倒産は大変でしたね…。でも苦境を乗り越えたからこそ、いまのさかなさんがあるのかもしれません。当時インターネットでスカウトされることはよくあることだったのでしょうか。

いまは当たり前になっているのですが、10年前はとても珍しかったようですね。後から他の出版社の方にその話をすると驚かれました。

その頃からSNSで沢山のフォロワーを抱えていらっしゃったのでしょうか。

いえ、当時の私はフォロワーも全然おらず、本当に運が良かっただけですね。その頃、pixivで好きなアニメのキャラクターを描いていたんですけど、声をかけてくれた担当さんも、同じキャラクターが好きだったんです。

差し支えなければ、どんなキャラクターか聞いてもいいですか?

セーラームーンの敵役だった、フィッシュ・アイです。女の子の見た目ですが、中身は男の子というキャラクターでした。そんなこともあって担当さんと意気投合しましたね。そこから芳文社の発行する雑誌『まんがタイムファミリー』でゲスト連載をスタートさせることになりました。

出版社に持ち込む楽しさを知った

連載がはじまった頃に、漫画家としてキャリアを歩もうと決意されたんですか?

漫画家になろう!と思ったわけではないのですが、先ほどの連載が終了した後は、色々な出版社に漫画を持ち込んでいましたね。仕事というよりも、チャレンジすることが楽しくて。担当さんとお話しすると、自分ひとりだと出てこないような、客観的な意見をたくさん頂けたんです。漫画の感想を貰いに行きたい!と色んな出版社に持ち込んで、そのなかから結果的に作品に結びついたケースもあります。

さかなさんは当時地方在住とのことですが、漫画の持ち込みは出版社に出向いていたんですか?

コミケ(※2)のように、同人誌を売るマーケットイベントがあって、そこに出版社の方々も出張編集部としてズラッと窓口を設けられていたんです。そこで感想が欲しい私は、片っ端から漫画を見てもらっていました。

その後のやりとりは、オンラインが中心。漫画もデータで送れますし、色んな場所にいても仕事のやりとりが出来ることは、この仕事の利点だと思います。でも、都内の喫茶店やレストランで、編集者と漫画家が話している風景に憧れはあります(笑)。

※2 用語 コミケ:コミックマーケットの略。1年に2回開催される、世界最大級の同人誌の即売会。

さかなさんが漫画を描くにあたって、影響を受けた作品や作家さんはいますか?

私は高橋留美子先生が好きで。『らんま1/2』(小学館)や『うる星やつら』(小学館)を見て育っているので、根っからコメディやギャグが染みついていると思います。あとは『吼えろペン』(小学館)の島本和彦先生。熱意のある漫画が好きなんです。小さなことでも「これはこうだー!」と主人公が叫んでいるような勢いがあって。この時代にこんなにもページから熱量を感じられる漫画って逆に新しいんじゃないかなと思って、参考にさせてもらっています。面白いのでぜひ読んでみてください!

さかなさんが影響を受けた作品

『今日、駅で見た可愛い女の子。』でも、サラリーマンの亀山が心の中で叫んでいるシーンが印象的です。

それはまさに島本先生から影響を受けていますね。私は繊細な描写の漫画は描けないので、テンションの高い漫画を突き詰めていけたらいいなと思っています。

投稿がバズり、連載へ

現在連載中の『今日、駅で見た可愛い女の子。』は、サラリーマンと高校生との静かな交流が面白いですよね。執筆のきっかけはなんだったんですか?

実は、最初にこのテーマで漫画を描いたのは自分の誕生日のときでした。毎年誕生日には旅行をしていたのですがコロナ禍で行けなくなってしまって、代わりに何かしたいと思ったときに、この作品を描きました。

でも思い立ったのが当日だったので、長編の漫画は描けず、4ページに収まる漫画にしようと考えました。そこで思い出したのが、最近の自分自身の体験でした。

それはどんな体験だったのですか?

美容クリニックに行った帰りに、駅のホームで目の前を通り過ぎて行った大学生くらいの女の子たちの肌の綺麗さに衝撃を受けたんです(笑)。私はわざわざ美容クリニックに通っているのに、彼女たちの肌は自然に発光していてプルプルで…凄いなと圧倒されてしまったので、その体験を書こうと思いました。亀山は私自身ですね。

そこから、連載に至るまではどのような経緯があったのですか?

SNSに載せたこの漫画を見て、COMICポラリスの編集担当さんが連絡をくださったんです。商業連載になるにあたっても、とくにストーリーや作風の変更はなく、自由にさせていただいているのでとても感謝しています。

短い漫画にギャップを

漫画では、サラリーマンである亀山が、中高生に人気のアイテムに心を奪われる姿が印象的です。この登場人物にした意図はありますか?

女の子が女の子を見ている絵でも同じ展開は描けるのですが、それだと普通すぎるなと思って、ギャップをつけるためにサラリーマンのキャラクターにしました。でも、そういったものに心を奪われる感情は、男女問わずあると思います。

さらに漫画では、亀山が女の子だと思って見ているひかるちゃんも、実は男子学生だったというオチが付いていますよね。読者側としても先入観を持って読んでいたことにハッとさせられます。

これは、最初はそのまま女の子の想定でしたが、最後の1ページにインパクトが欲しくて、逆転させてみたんです。でも、最近は実際に綺麗な男性がたくさんいますよね。化粧品売り場でもスラッと綺麗な男性をよく見かけます。

今後、亀山とひかるちゃんは交わることはあるのでしょうか…?

どうでしょう…?最初の方で少し話すシーンで、ひかるちゃんは亀山を公認しています。ひかるちゃんは、亀山が自分のアイテムを羨ましがって見ていることを知っているのですが、そこまでかもしれませんね。そのあたりは、担当さんとも相談しながら考えています。

SNSで拡がる話題

この漫画で登場する雑貨や商品は、まさに「平成女児」(※3)と言われるような懐かしいアイテムばかりですよね。そのアイデアはどこから出ているのですか?

毎回、思い出から引き出しています(笑)。担当さんといつも、あの頃何が流行ってたっけ…と言いながら決めていますね。読者の方からの意見を参考にすることもあります。

漫画に登場する商品や雑貨は、メーカーや作者側からの反応も含めて、毎回Xで話題となっていますよね。

実際に存在するアイテムは、事前にブランドやメーカーに確認を取っているのですが、快く許可してくださるところが多く、驚いています。読者さんからの「懐かしい!」というリプライを見て、「そうだよね!」と私も共感しています。

最近だと、『たまごっち』とコラボできたことはとても嬉しかったですね。当時の私はたまごっちを持っていない側の人間だったので。子どもの頃に叶えられなかった夢がこうして大人になって実現するってエモいな、と思いました。最近たまごっちのゲームも手に入れて、初めて育てました!

アイテムだけでなく、毎回ほっこりと心温まるストーリーも人気の理由だと思います。

本編が1話8ページなので、そもそも、色んな展開はできないんですよね。皆さん、癒されるために読んでくれているのかなと思うので、プラスの感情になって貰えるようなストーリーにしています。

また、言葉の使い方なども、担当さんにもチェックしてもらいながら誤解を生まない表現になるよう、気をつけています。いま「バズる」ということがひとつの基準になっていますよね。沢山見られる可能性があるからこそ、言葉や表現は細かく見ています。

紙での連載も経験されているさかなさんですが、ウェブと誌面で漫画を出すときの違いは感じられますか?

インターネットやSNSで漫画を出したときの、反応の数と速さには驚きますね。リポストや引用してもらって拡散していただくような広がりも、インターネットならではだと思います。その返事ひとつひとつにも目を通してますね!

ネガティブな意見を見るときもあるのでしょうか?

いただいた意見を見て、反省して修正することもありますが、好みは人それぞれ。聞くべき意見と聞かなくて良い意見は分けられるので、とくに気にしていないですね。

※3 解説 平成女児:2000年代の平成時代に小学生の間で流行っていた雑貨やアイテム、またそれを取り入れていた子どもたちのことを総称する言葉。彼・彼女らが大人になったことで懐かしむブームが起こった。またZ世代マーケティング会社株式会社AMFが主催する「JC・JK流行語大賞」でもノミネートされ、現在の若い層にも注目されている。

これからの漫画家の可能性

SNS漫画の黎明期からキャリアを築いてきたさかなさんですが、漫画家として、いまの時代をどう感じますか?

自分で手軽に投稿と削除ができるので発信しやすくなりましたよね。インターネットで投稿できる機会ができたことで、皆にチャンスができたなと感じます。

さかなさんご自身は、これからやってみたいことはありますか?

漫画に関しては、やれることはなんでもやってみたいですね。いまは忙しいのですが、引き続き、持ち込みもやりたい。また時間が出来れば、同人誌を作ってみたいとも思っています。プライベートだと…近所にクラシックバレエの教室があって、通いたいと思っています。やっぱり漫画家は運動不足なので(笑)。

★『今日、駅で見た可愛い女の子。』、フレックスコミックスより、最新刊の4巻が好評発売中。ぜひあわせてご注目ください!

<今回のインターネット・ポイント>

2000年代以降、インターネットが普及し個人でホームページやSNSで発信ができるようになったことで、出版社などのメディアを通さずとも、ネット上で多くの人に自分の漫画やイラストを見てもらえる機会が増加しました。

さかなこうじさんが利用されていたpixivは、2007年にイラストレーションを投稿するSNSとしてサービスを開始。個々人が作成するホームページと違い、ひとつのハブで様々な作品を見られる点が大きなメリットとなりました。現在pixivは海外でもサービスを展開しており、利用者が年々増え続けています。

また2014年に始まったKADOKAWAグループが主催する「次に来るマンガ大賞」では、開始当初よりWebマンガ部門が創設されており、2023年には『今日駅で見た可愛い女の子。』もノミネートされています。また、ノミネート作品のなかには単行本化からアニメ化、キャラクターグッズ化までに発展する作品もあります。とくにSNSは、ダイレクトに読者の反応が得られる場所として、漫画家の可能性を拡げるツールとなっています。

さかなこうじ
2012年、『まんがタイムファミリー』(芳文社)で4コマ漫画『鬼さんこちら!』を連載しデビュー。その後、『俺のプロレスネタ、誰も食いつかないんだが』(新潮社)や『三成さんは京都を許さない -琵琶湖ノ水ヲ止メヨ-』(新潮社)など、ユニークな題材の漫画で注目を集める。現在、Webコミック誌のCOMICポラリスで『今日、駅で見た可愛い女の子。』を連載中。また人気小説をコミカライズした連載『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)で構成を担当している。
X @osushi_survival

 

取材、文:conomi matsuura
編集:安井一輝
写真:さかなこうじさんご提供

 

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