
火災や水害、震災など多くの自然災害に見舞われる日本。近年は、気候変動の影響もあり、被害が甚大となる場合も多い。
そんな災害大国の日本に住む私たちは、災害についてどこまで知っているだろうか。とくに若者は災害への関心度が低いという調査結果を受け、若者に向けて、災害について知っておきたい内容を紹介する連載「若者のための災害バイブル」を開始する。
今回は、お笑い芸人で元消防士のワタリ119さんに、「若者である私たちは、災害に備えて何から始めたらいいですか?」と相談してみた。
消防士のお仕事の裏側や、いますぐできる防災Tipsまで幅広く教えてくれたワタリ119さんは、「災害時にも活躍できる力を持つ若者にこそ、自分だけでなく、周りに気を配る目線を持ってほしい」という。同世代の若者として、私たちはどう災害に向き合っていくべきなのだろうか?
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人を助ける仕事がしたい。バットマンやヒーローに憧れ消防士へ
ワタリ119さんは、高校卒業後に消防士になられました。小さい頃から消防士を目指していたんですか?
明確に目指すようになったのは高校生のときです。なりたいものを考えたときに、自分は人を助けるヒーローが好きだなと思いました。思えば幼稚園のときの夢も、当時テレビでやっていた「救急戦隊ゴーゴーファイブ」のレッド。「人を助ける仕事って何があるんだろう?」と考えたときに、出てきた選択肢が消防士でした。消防士って火を消すイメージが強いんですけど、救助・救急にも関わるし、人命救助に直結しているものだなと。そこから消防士になりたいと思うようになりました。
他にも消防士を選んだ理由があって、僕はバットマンが好きなんですけど、バットマンってどんなに悪いやつでも、絶対人を殺さないんですよ。そのポリシーも大好きで。「目の前の人が誰であろうと、絶対その人を助ける」という姿勢からも、やっぱり消防士だなと思いました。

消防士を選んだのには、熱い思いがあったんですね。実際に消防士になってみて、どうでしたか?
すごく充実してました。イメージ通りというか、すごくやりがいがありましたね。自分がやりたかった仕事ができているな!という実感がありました。
消火や救助のイメージはありつつ、「消防士の仕事」が具体的にどんなことをしているのか、断片的にしか分かっていないかもしれません…。たとえば、訓練ではどんなことをするんですか?
火災などの本番を想定しチームで役割分担して実施する訓練や、資機材や道具を使う準備のための訓練、あとは体力錬成などがあります。
訓練の内容や頻度は隊長の判断なので、隊によっても全然違います。いざというときに備えてなるべく訓練をしておこう、というケースもあれば、本番で動けるようにほどほどにしておこう、という場合もあります。僕は時間があれば訓練したいタイプだったので、隊長に「今日、訓練お願いできますか…?」とよく提案をしてました。隊長には厳しい人もいるので、結構緊張もしながら…(笑)。
緊張が伝わります(笑)。土地によって、自然災害が起きやすいかなど特徴が全然違うと思います。訓練内容は地域によって違うんですか?
そうですね、その消防署が所属する地域によって想定する災害は違います。たとえば、山が近い地域だったら山岳救助訓練があるとか。
僕は札幌内でもいくつかの消防署に異動しました。都市部ではNBC災害(※1)を想定したテロや化学剤に備えた訓練をしたり、田舎の方では身近に消火用設備がない地区での大規模林野火災を想定した訓練をしたりしました。ひとことで訓練と言っても、かなり幅広い種類があるんですよね。

チームワークでの対応が求められるお仕事ですよね。
そう、連携が本当に大事なんです。だから、同じ署にいる人たちとは本当に家族みたいになるんですよ。勤務中も24時間一緒にいるので、隊長は「この人は視野が広いな」とか「この人はこういうことが苦手なんだな」とか、良いチーム構成ができるよう、周りの人をよく観察していたと思います。
あとはお互いの声かけとかコミュニケーションも大切ですね。たとえば、救急隊ってすごく出動が多いんですよ。全然帰ってこないときは出動が続いているときなので、「じゃあ、ご飯を作っておいてあげよう」みたいな。お母さんじゃないですけど(笑)。そういう小さい気配りの連続でしたね。
※1 NBC災害:核(nuclear)、生物剤(biological)、化学剤(chemical)による特殊災害。事故やテロリズム、事件など幅広い範囲が含まれる。
防災を発信する側として学び直したいと、防災士を取得
その後、消防士からお笑い芸人に転身されました。きっかけはなんだったのでしょう?
消防士の途中頃から「現場が不向きかもしれないな」と思うようになったのが理由です。あがり症なので、これから隊長になったときに冷静に判断ができるのかな…と思うと自信がなくなってしまって。お笑いにも興味があったので、芸人を目指すことにしました。
ただ、消防士を辞めても「人を助けること」には関わりたくて。色んな方法があると思ったんですが、芸人になって発信力を持てるようになれば、災害に関する発信もできるし、もっと防災や予防の観点も広めていくことができる。なおかつ人を笑わせて、それで元気になってくれる人がいたら、人を助ける方法がまた広がるんじゃないかと思いました。

芸名やネタに消防士の経歴が含まれているのも、その背景があるんでしょうか。
そうですね。芸名には絶対消防士の要素を入れたいと思っていて、「レスキュー慶太」か「ワタリ119」の二択でした。なかでも「ワタリ119」の方が「消防と救急は119番」ということを覚えてくれる人が多いんじゃないかと思って、いまの芸名にしました。
実際に、僕の芸名から119番を認識してくれる人もいるんで、本当に嬉しいです。この間は「『ワタリ119=消防』で覚えていたから、救急を119と思わずテストで間違えた!」という声もありました。僕、「消防も救急も119番」って、ちゃんとセットで言ってますよ!(笑)
正直、ネタをやるときは「元消防士」の肩書きが制約になることもあります。そこから外れたコントもできないし。でもここだけは変えたくなくて、ぶれずにずっと大切にしています。
2023年には防災士(※2)の資格も取得されていますよね。
芸人になってから「元消防士」としてイベントなどで話すなかで、情けないんですが、うろ覚えになっている知識があることに気づきました。「防災についてちゃんと発信したいからこそ、もう一度ちゃんと勉強しなきゃ」と思ったんですよね。
加えて、消防士のとき、僕は消火や救急搬送の対応をすることはあっても「避難した後」のサポートをすることはなかったんです。だから避難者のことについて、実はちゃんと勉強をしたことがなくて。「あ、僕、避難者側の気持ちを一切分かっていない」とハッとして、防災士の資格を取りました。
※2 防災士:”自助”“共助”“協働”を原則として、社会の様々な場で防災力を高める活動が期待され、そのための十分な意識と一定の知識・技能を修得したことを、特定非営利活動法人 日本防災士機構が認証した人。2025年2月末日時点で、防災士の数は31万人を超える。

新たなチャレンジ「お笑いライブ×防災」
2024年1月の能登半島地震のときや、2025年3月の大船渡の林野火災のときも、Xで避難者の方に向けた投稿をされていました。
防災士の資格をとってから、避難所にいる方に向けての情報発信もするようになりました。
そもそも「芸人になって情報を発信したい!」と思っていたのに、SNSで発信するのがすごく苦手で、最初の方は全然できなかったんです。気にしいなので、失言しちゃったり勘違いを生んでしまったりしたらどうしよう、と不安で。
でもだんだんと僕の投稿を見て「役に立ちました」というお礼のメッセージをいただくことも出てきて、「ちゃんと伝わってる人いるんだな」と自信につながりました。「実際、この知識がどのくらいの人の役に立つのかな?」と迷うこともありますけど、少しでも誰かの役に立てたら嬉しいので、些細なことでも発信するのはやっぱり大事だなと思っています。
避難生活に役立ちそうなものいくつかのせておきました。
— ワタリ119 (@j0s9watari119) 2024年1月2日
皆さんのご無事を願ってます。 pic.twitter.com/FoOVIEMj0Z
お笑いライブの中でも、救命講習や避難訓練を実施しています。そんな掛け合わせがあるのか!と思いました。
大人になってから救命や防災を学ぶ機会って、意外と少ないですよね。小さいときに学校で習ったとしても、真面目な授業で終わることが多いから覚えていない人も多いと感じます。
そんな状況で「どうしたら多くの人が学んでくれるんだろう?」と思ったときに、お笑いと防災って掛け合わせられないかな?と思ったんです。防災単体だとなかなか興味を持ってもらえないから、「スポーツ×防災」とか、他のことと結びつけて発信する動きが最近結構あるんですよね。だから僕はお笑いだ!と思って。
それでライブをやってみたんですけど、課題はめちゃくちゃありました。

どんな課題があったのでしょう?
救命講習は、現役の消防士の方に来ていただきつつ、ただ講習をするのではなく笑いと絡めたんです。救急救命をしながら他の芸人さんにボケてもらって、僕が突っ込んで、正しい救命法を教えるという流れです。ただ、出演する芸人さんからは「どの程度ボケて良いかが難しい。不謹慎になっていないか不安」という声がありました。確かにな…と思い、今後より良いやり方を考えていきたいと思っています。
それでも「大事なことだから、絶対に続けた方がいい」と言ってくれる先輩もいましたし、今年は継続的に実施する仕組みを作っていきたいと考えています。お笑いライブとしての面白さはもちろん維持しつつ、日頃学ぶ機会がない人たちにもぜひ来てほしいんですよね。難しいけど、トライしていきたいです。
救命講習会ありがとうございました!!!
— ワタリ119 (@j0s9watari119) 2024年1月19日
バタバタしましたがやれてよかったです!!
継続的にこのライブを続けていけるように
頑張ります!!#ワタリ救命講習会 pic.twitter.com/T0HFN1Omsd
若者こそ、災害が起きたときに率先して動いていこう
少し目線を広げて、若者世代の私たちは、災害に備えてどんなことを考えておくと良いと思いますか?
僕ら20〜30代の人たちが、体力的にも一番動けますよね。だからこそ災害があったときにも「自分だけ助かればいい」ではなく、他の人にも目を向けてほしいとは思います。
とくに都心だと、なかなか防災意識を持つことが難しかったり、地域の人とのコミュニケーションがなかったり、他助・共助の意識を持つのが難しいと思います。正直、東京で大きな地震が起きたら、僕でさえ自分や近しい人たちのことだけで精いっぱいになっちゃう気がします。でもだからこそ、若者全員が意識を持っておいてほしいと思うんです。
その一歩目として、たとえば地域の避難訓練があったら、1回でいいから参加してみてほしいです。面倒くさいかもしれないけれど、視野を広げてみてほしい。「いざとなったときに人を助けるのは僕たち世代なんだよ」っていう自覚を、僕も含めてみんなで持っていきたいと思うし、これは僕自身の課題でもあると思っています。

そのために、日常生活の中で始められること、おすすめの行動などはありますか?
防災に関するいろいろなことを、日常生活に結びつけることが1番大事だと思っています。
たとえば、1日の中で通るルートがありますよね。その道中で「いま災害が起きたら、何をするか?」を考えるんです。避難区域はどこだろう?とか、AEDってどこにあるんだろう?とか、近くの川が氾濫したらどう行動しよう?何を持っていたら安心するだろう?とか。日常の些細な意識なんですけど、これは1番大事だと思います。
あとは、災害が発生したときの備えとして、最低限必要なものを普段行動するときのカバンに入れておくのもおすすめです。「防災ボトル」もいいですが、かさばらない、もっと初歩的なところから始めようと思って、僕はクリアファイルにしました。入れ替えもしやすくて便利ですよ。まだ研究段階ですが、いまはこれです。

▼ワタリ119さんお手製の「防災クリアファイル」の中身
上段左上から
・新聞紙(防寒対策に)
・大きめのゴミ袋(袋としてだけでなく、広げてシートにしたり、サランラップの代わりにも。日常でも「ゴミ袋、あるよ」とさりげなく周りの人の役に立てる)
下段左から
・非常用ブランケット
・除菌ウェットシート
・ジップロック(何かと便利。日常でも、余ったケータリングの持ち帰りにも使える)/ビニール手袋

ジップロックの中身は、ビニール手袋と新品のジップロックのセット

▼防災クリアファイルを含め、ワタリ119さんが日常で絶対持ち歩いているグッズ
防災クリアファイル以外のグッズ
・写真上:タオル(スポーツタオルなど、長いものがおすすめ。三角巾の代替などでも使える)
・写真左下:充電器(絶対2個持ち歩く。多いに越したことはない)、耳栓(ロケ移動中の睡眠用に使えるが、災害時には避難所等のストレス対策にも)
あと、防災リュックに絶対入れて欲しいのはサランラップです。
災害時に重要なのは、そこにあるものを使って人を助けること。正解はないし、ちょっと工作に近いところがあります。大喜利、モノボケっぽいところもあります(笑)。その意味でサランラップは、他のものと混ぜ合わせていろんな使い方ができて最強です。
以前文章で載せた防災時に使えるサランラップの活用動画です🙇♂️
— ワタリ119 (@j0s9watari119) 2024年1月9日
動画で見たいとの意見があったので手短な動画にしました。
下のリンクから動画ダウンロードできますので必要としてる方に送っていただけると幸いです!https://t.co/G8H311q64P pic.twitter.com/u9Y3R3h791
実際に災害が発生したときには、自分の生活ルーティンを崩さないのが大事です。避難のときにみなさん忘れがちなのが、精神的なケアです。せっかく生き残っても、避難所生活のストレスなどでメンタル不調に陥ってしまう人って、意外に多いと思います。僕も最近、盲点だったなと気づいて、もう少しそこにフォーカスして発信していきたいなと思っています。
#IAT熱血5時間生テレビ
— ワタリ119 (@j0s9watari119) 2025年3月1日
ありがとうございました!今年も参加できて何よりです!
途中、大船渡山火事について触れる場面がいくつかありましたが伝えきれなかった部分をざっとですが、メモに残しました。
被災され避難所での生活を余儀なくされた方々に、少しでも役立てていただければと思います。 pic.twitter.com/8jQbuRjHDM
ルーティンを崩さず精神を安定させることで、自分だけでなく、周りの人にも気配りができていきそうですね。最後に、今後ワタリ119さんが挑戦したいことを教えてください。
2025年は初めから走ってばかりなので、お笑い芸人として、もっと人を笑わせていきます!もう1歩突き抜けることができたら、「人を助ける」ことにつながる情報発信ももっと意味が出てくると思いますし。2025年はより飛躍していきます。

ワタリ119
1993年10月24日生まれ。北海道伊達市出身。高校卒業後に札幌市で消防士として4年間勤務し、退職後の2015年にワタナベコメディスクールに入学。『R-1グランプリ2020』ファイナリスト。多数の番組やライブなどに出演するほか、元消防士としての経験を活かした活動も行っている。
取材・文:大沼芙実子
編集:前田昌輝
写真:服部芽生
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