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【大島育宙のドラマ時評】愛の、がっこう。論|なぜカヲルと愛実の、愛の力に熱狂し続けられたのか

恋愛ドラマは夏に進化する。この夏を牽引したのは『愛の、がっこう。』だった。「教師とホストの禁断の恋」という軽妙に見える包装紙を開けると、視聴者を毎週楽しませる精巧な工夫が凝らされている。脚本・井上由美子、演出・西谷弘。『昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜』(2014年)のタッグがまた金字塔を築いた。

ラウールを適材適所に落とし込んだ妙味

木村文乃が溢れ出る華やかさをメガネやファッションでこれでもかと抑え、恋愛経験の少ない不器用な高校教師を盤石に演じる。愛実(木村文乃)は未成年の教え子を保護するためホストクラブに迎えに行き、カヲル(ラウール)に出逢う。

現代のホストらしくLINEなどの連絡手段で頻繁に営業をかけるのかと思いきや、カヲルはしない。文字の読み書きが非常に苦手な発達性ディスレクシアであることを引け目に感じ、文字を避けて生きている。それでも彼にホスト業が勤まることに、ラウール持ち前の圧倒的な華が説得力を持たせる。長い手足で華麗に舞うように喋る。完全無欠の陽気とスター性。劇中のセリフでもズバ抜けたプロポーションであることが明言され、ラウールとカヲルは設定上も身体を共有することが示唆される。

ミラノ・パリコレでも通用した彼のグローバル基準のルックスを、日本の地上波ドラマの設定に落とし込んだ適材適所が、まずはこのドラマの最大の功績であることに異論は出ないのではないか。22時台の俳優陣の中にいてもやはり華々しすぎる異彩の人に、正面から「華々しすぎる異彩」の役を演じてもらうのが正解だった。

他のキャスティングも、ただ演技巧者を配しただけではない必然を感じる。特に男性陣は、ラウールを取り巻くように、高身長で細身でスタイリッシュな面々が連なる。190センチを越える体格のラウールが輝きを放ちながらも浮遊するほどは異質に見えないように、酒向芳、中島歩、沢村一樹ら180センチ台半ばの男優が集結した。彼らは軒並み有害な男性性(トキシック・マスキュリニティ)を帯びた性格を醸しながら登場する。人生の選択肢が少なかった青年ホストが選び取ってしまうかもしれない未来像としての反面教師たちのようにも映る。大手企業や銀行に勤めるエリートや経営者として、男性優位社会で生きる腹を括りすぎている彼らに比べると、カヲルはまだ生き様に迷っているように見える。

どこまで意図されたキャスティングかはわからないが、この高身長男性俳優固めの効果は最終話でも浮き彫りになる。カヲルはホストを辞めて別の進路を模索する。美容専門学校の試験や面接を受ける場面では、高校生らしい受験生と並んであまりにも大きい身体で浮いていて、絵的に一瞬で面白さが出ていた。トップアイドルが高校生から「おっさん」となじられてドキッとするところも、夢の世界に生きているホストとアイドルの微妙な重なりに刺されるようで痛快だ。彼がホスト業で培ってきた派手なコミュニケーションのスキルと癖は次の職業で間違いなくメリットにもデメリットにもなる。それでも彼は愛嬌と真心でなんとかやっていくのだろう、という爽やかで人間味溢れる予感が漂う。

©フジテレビ

本作に描かれた、緩やかなどんでん返し

現代の日本でロミオとジュリエットを再現しようとした時、どんな壁があるか。教育の格差と目に見えづらい学習障害に着目したのがまず慧眼だが、そのアイデアだけに頼らなかった抜かりのなさ、整地の徹底っぷりに喝采を送りたい。重要なのは、現代のロミオとジュリエットが所属する2つの世界の設定だ。

愛実は家父長制、パターナリズムの権化のような父に束縛されたまま35歳に育った。教師として勤務するのはカトリックの女子校であり、彼女は家庭でも職場でも「真面目で貞淑な女性」という枷に徹底的に閉じ込められている。一度鳥籠から飛び立とうと恋に溺れるも、うまくいかずに自殺未遂に至ってしまった過去を持つ。

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カヲルは源氏名で、彼は鷹森大雅という本名を持つ。文字の読み書きが非常に苦手な学習障害があり、自分の名前もうまく書けない。愛実は彼に寄り添い、手取り足取り文字を教える。勉強ができないのは自己責任だと言われて育ち、教育や丁寧な訓練を受けられなかった機会格差に当事者が気づくのは難しい。自分の容姿や身体の魅力、文字を使わない口頭のコミュニケーションの能力を使って夜の世界を生き抜いてきた彼もまた「男らしさ」を誇張することしか生業がないと思って生きてきた。

2人が生きてきたのは一見すると対照的な世界のようだが、「男女の役割を誇張して生きるしかないと思い込まされている」という意味ではそっくりな世界だ。別の世界にいると思っていたジュリエットとロミオが、実は同じ世界に閉じ込められていた、という緩やかなどんでん返しを意識下で視聴者は受け取り、2人の恋路を心から応援してしまう。

男女二元論の強調を強迫観念的に内面化してきた2人を木村文乃、ラウールがパブリックイメージを時にはフリにして、時には追い風にしながら真っ直ぐに演じ切る。そんな世界観を補強するように(劇中での色気の発揮はキャラクターごとに異なるが)、田中みな実、りょう、筒井真理子、吉瀬美智子といったセクシーなイメージの女性俳優陣まで勢揃いの壮観だ。(ドラマ本編の論考からはさすがに逸れるのでここでは詳述を控えるが、カヲルの母親を演じるりょうはラウールの母親役にぴったりの相貌で、近年の親子役の歴史に残るキャスティングだと思う。そのくらいビジュアルイメージについて考えこだわり抜かれたドラマであることの1つの証左と言いたい。)

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活写されるのは誇張したような男らしさ、女らしさのキャラクターだけではない。愛実の同僚の男性教師・佐倉(味方良介)は自身が異性愛者でないことを愛実に開示し、恋愛感情ではなく同業者としての無償の協力を申し出る。カヲルの後輩ホスト・竹千代(坂口涼太郎)も、粗暴な男性性ではない繊細な可愛げで視聴者の熱烈な人気を集めた。前時代的な異性愛規範が充満するそれぞれの職場にも、客観性を与えるようなキャラクターが1人ずついてくれるのが、このドラマの安心感でもあり、むしろ現代社会を映すリアリティでもあった。

このように、あらゆる舞台設定と人物設定が、愛実とカヲルをご都合主義でなく、時代的必然と納得を伴って追い込み、また助ける動線として機能している。ハンディキャップを涙や悲恋の道具として消費することに視聴者が年々敏感になっていく時代。それでも、苦しみも愛も周到な因果関係で繋がるようにシームレスに丹念に描くことで、2人を心から応援する熱狂を生んだ。 

性別を強調した世界で生きる道を狭められてきた2人がめぐり逢い、与え合うことで人生を切り開いていく冒険譚なのだ。カヲルは消耗し過ぎない新たな職業に進路を定め、愛実は重すぎる親の庇護から一念発起して独立する。2人が一緒に「愛とは何か」を能動的に模索し学んでいく2人だけの愛の学校は周囲の人にも伝播し、影響を与えていく。

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人は一発逆転的には変わらないのではないか

特に丹念に描かれたのは、2人の過剰な男性キャラクターだ。

1人は中島歩演じる「川原某(なにがし)」という劇中の陰口ネーミングのまま親しまれた愛実の婚約者だ。端正で濃密な顔だちと重低音ボイスがあまりに印象的な中島歩は数々の「男性性そのもの」のような役柄を、映画やドラマで担ってきた。もはやそんなキャラクターのベストアルバム、否、サビメドレーとでも言うような濃厚な有害男性を演じて反響を呼んだ。

もう1人は愛実の父・誠治(酒向芳)だ。リビングで趣味のボトルシップの作業に手を動かしながら吐き捨てるようにこぼす一言一言、一挙手一投足、果ては毎秒の目線の角度に至るまで、モラハラ・パワハラ・マチズモの気質を爆発させ続ける。『最愛』(TBS系、2021年)でも子への愛に執着する父を演じた酒向芳が、怪物級の圧巻の演技で愛実とその母(筒井真理子)をいびり続けた。ラウールと至近距離で直立対峙して引けを取らない体躯と、30代一人娘の父親役の説得力を併せ持った俳優は、酒向芳をおいて他にはあり得ない。唯一無二のベストキャスティングだ。

この2人が他責性、保身主義、ご都合主義的男尊女卑で塗り固められたような、絶妙なリアリティの有害な男性性を体現し続けてくれたおかげで、私たちは愛実を心から応援できたし、カヲルに「こうはならないでくれ」と祈れた。有毒な振る舞いが幾重もの鎖のように巻きつけられたからこそ、愛の力で解き放つ愛実とカヲルに熱狂できる。

©フジテレビ

一方で、この2人の過剰男性もドラマ終盤には変質したように描かれ、「好きになった」と愛着を公言する視聴者も続出した。川原は誠治の異常さに気づいて愛実に助言し、誠治はラストシーンでエプロンをつけて台所に立つ。しかしこれで彼らが一転、心底フェミニストに転身したとするほど、メルヘンな世界として描写されていないと私には思えてならない。

愛実が川原に「自分が自分じゃなくなるって思ったら、その時は無理をしないで」と無償の博愛を贈るのに対し、川原は相変わらず自分の人生の話ばかりだ。この程度の転身で、彼がカヲルを殴って大怪我させたことを忘れてはいけない。

誠治もまた、妻の怒りに怯んで都合よく家事に手を出しているだけで、あくまでボトルシップに変わる新たな趣味、もっと言えばマイブームのように勤しんでいるようにも見える。人は一発逆転的には変わらないのではないか、という空気がこのドラマにはある。

そう。そう簡単じゃないのだ。簡単に何かが、急にできるようにはならない。難しくて書けない文字が、一発で書けるようになる魔法なんてないから、とにかく自分のできる形で繰り返し書き直すのだ。「愛」の字を砂浜に何十個も書き直すように、寄り添ってくれる人と、正しいやり方で、愚直にリライトを繰り返して、人は一歩一歩成長していく。

©フジテレビ

木曜劇場『愛の、がっこう。』
動画配信サービス「FOD」にて全話配信中
FOD:https://fod.fujitv.co.jp/title/80ku/ 

Blu-ray&DVD-BOX 2026年5月15日発売!

▼併せて読みたい、夏クール話題作『しあわせな結婚』論

 

大島育宙(おおしま・やすおき)
1992年生。東京大学法学部卒業。テレビ、ラジオ、YouTube、Podcastでエンタメ時評を展開する。2017年、お笑いコンビ「XXCLUB(チョメチョメクラブ)」でデビュー。フジテレビ「週刊フジテレビ批評」にコメンテーターとしてレギュラー出演中。Eテレ「#バズ英語 〜SNSで世界をみよう〜」では毎週映画監督などへの英語インタビューを担当。「5時に夢中!」他にコメンテーターとして不定期出演。TBSラジオ「こねくと!」火曜日レギュラー。「ザ・テレビジョン」ドラマアカデミー賞審査員も務める。

 

寄稿:大島育宙
編集:吉岡葵
素材提供:フジテレビ

 

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