よりよい未来の話をしよう

俳優、モデル、編集者。全部が「わたし」だから 山本奈衣瑠さん インタビュー

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「私はアクティビストではないけど、ただ、モデルやお芝居のお仕事をしながら自分にできることは何だろうと思って、雑誌を作りました」

モデル、俳優、そしてフリーマガジン『EA magazine(エア マガジン)』の編集長としても知られる、山本奈衣瑠(以下、奈衣瑠さん)さんは言う。

「それがソーシャルグッドかどうかはあんまり考えていません。皆んなと同じように日常生活を必死に生きているなかで感じたことを、自分の言葉に乗せて伝えられたらいいなと思いながらやっています」

「あしたメディア in Podcast」にもゲストとして参加した奈衣瑠さん。今回は、「社会を前進させるために“私”にできること」というテーマでお話を伺った。インタビューをしながら見えてきたのは、自身の感情や考えを、臆することなく真っ直ぐに伝える奈衣瑠さんの強さだった。

「社会にとって良いことなんて、何一つ知らなかった」

モデルとしてキャリアをスタートした奈衣瑠さん。現在は俳優業にも活躍の幅を広げ、3月には初の主演を務めた長編映画作品『猫は逃げた』(今泉力哉監督)の公開を控えている。多岐に渡って活動するなかでも、編集長を務める『EA magazine』を通じた発信が注目されている。

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「20代の初めの頃なんて、社会課題について向き合おうとか、選挙に行こうとかは全く考えていなかったです。でも、年を重ねるにつれていろんな人と出会い、考え方も変化してきて、何か私にもできることってあるのかな、という想いが次第に芽生えてきました」と語る奈衣瑠さん。

そんな想いに駆り立てられ、自身も積極的に社会課題について発言したり、日々考えていることを外に見える形でアウトプットし始めたという。彼女が行動を起こし始めた背景には、どんなきっかけがあったのだろうか?

「私、学生の頃はギャルだったんですけど、社会にとっていいことなんて一つも知らなくて。でも、大人になってから何か分からないことがあった時に「これってどういうこと?」と周りの友達に聞くと、「なんで知らないの?」と言わずに当たり前のように教えてくれたんです。肯定しながら、分からないことって恥ずかしいことじゃないよって言ってくれたのがとても心に残っていて。それが全てのきっかけでした」

年を重ねると、見栄やプライドが邪魔して「知らない」「分からない」ことがあったとしても、素直に言えないことがある。奈衣瑠さんには、そんな恐れや不安はないのだろうか。

「「分からない」って言える勇気も大事だし、それを受け止めてあげる方の気持ちもすごく大事だと思っています。人生の中で何かを知るタイミングは人それぞれだと思うので、別にその時知らなくたっていいじゃないですか」

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自分にとっての“大切”から始めてみる

周りの友達や普段目にするニュースなど、環境が変化するなかで少しずつ自分自身も変わっていったという奈衣瑠さん。『EA magazine』を作ろうと思ったきっかけについて聞いてみた。
「私が何か発言したり作品を作ったりすることって、結局は自分のためにやっていて、過去の過ちとか、恥とか、何もできていなかった昔の自分を肯定したい気持ちもあります。それから、自分ができることを考えて『EA magazine』を作りました」

現在vol.2まで刊行されている『EA magazine』は、公式ウェブサイトやポップアップショップを通じて無料配布されているフリーマガジンだ。vol.1は「女性のエンパワーメント」をコンセプトにしたNIKEのPOPUPイベントに合わせて制作され、同社のイベント会場での配布のほか、全国のNIKE STOREにて配布された。続くvol.2もイベント等で無料で配布されている。手の込んだマガジンでありながらも、値段をつけず配布するのには訳があった。

「特別な情報が多く集まっていそうな東京だけではなく、それ以外の場所に、どうすれば大事な情報を届けることが出来るかを考えています。「ネットがあるから届くでしょ」と思われるかもしれないけど、実際はそんなことなくて。情報を自ら欲している人にしか届いていないんですよね。そうじゃない人たちに、どうすれば当たり前に、空気を吸うように情報を届けることができるか。

例えば、地元の友達や一緒にギャルをしていた子達だと、もう子どもがいたり主婦になっている子もいます。彼女たちは子どもを持つ親としての疑問や不満を持っているけれど、それを世の中に出していいんだよって誰にも言ってもらえてないんじゃないかと思って。お金とか住んでいる地域とか関係なく、疑問を持ったときに一緒に考えられる場所や機会があったらいいなと思って無料にしました」

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インターネットがあれば、何でも調べられる昨今。だが、知らず知らずのうちに情報の取捨選択が行われているからこそ、自らの知識や思考が及ばないところにあるモノや人への想像力が必要だ。そして誰もが情報の受け手であると同時に、簡単に自分の意見を発信できる時代。奈衣瑠さんは、「誰かが何か間違えてしまったときとか、変なことを言ってしまったとき、自分の知識を武器としてその人に突き付けてしまうんじゃなくて、「これってこうらしいよ」って教えてあげて、ちゃんと帰ってこられる場所を用意してあげるべき」と言う。

とはいえ、溢れんばかりの情報と忙しない毎日に、何を信じ、どこに向かって進めばいいのか分からず翻弄されてしまうこともある。そんなときこそ、奈衣瑠さんは「“自分を知る”ことが大切」だと語る。

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「自分のことが分かっていれば、相手の意見を聞いて、「あなたはそう思うんだね。私はこう思うんだ」って対立せずに尊重できるんです。自分は何ができるか、できないかを知っていれば他の人と分担して助け合える。自分が逃げられる道も分かるし、自分の心が安らぐ方法も分かるし、自分が頑張る方法も分かってきます。自分のことを知るって難しいと思ってしまうかもしれないけれど、どんな季節が好きで、どんな匂いが好きで、何を美しいと思うか、何が嫌いなのか、何が着心地が悪いのかとか、そういうことから始めるのでいいと思います」

仕事終わりの駅から家までの道中、奈衣瑠さんは日々、「自分にとっての大切なもの」に思いを巡らせるそうだ。

「その人にしか分からないことや、他の人にシェアする必要が全くないものについて考えることが、私は自分のことを知ることだと思っていて。些細な怒りとか疑問とか喜び、その先に社会課題が繋がっていることだってあります。給料安いなとか、なんで女性だからってこんな扱い方されているのかなとか。そういう意味でも、小さなきらめきが、実は大きな問題に繋がってるんじゃないかと思います」

モデルであり、俳優であり、編集者である私からの問いを届けたい

最後に、今回初の長編映画主演ということで、撮影を終えた感想についてもお聞きした。

「今回初めてちゃんと主演をやらせて頂いたのですが、映画業界ってもっと激しいというか、雑なものだと思っていました。でも、今回『猫は逃げた』で今泉組に入って先入観がなくなりました。肌を露出するシーンもあったので、どのくらいケアされるのだろうかと不安だったのですが、スタッフさんの動きを見ていると、とても丁寧にケアしてくださいました。この組は安心できる場所で、私が今から何をやっても受け入れますよと言ってくれているんだなと感じました」

現場では、撮影スタッフの気遣い度合いに驚く場面もあったという奈衣瑠さん。活躍のフィールドが広がるほどに視点も増え、次なる目標も見えてきたのでは?と問うと、意外な答えが返ってきた。

「何をしたいかと問われると、これからも精一杯頑張りたいですって普通の答えになっちゃう(笑)。でも、私はモデルをしたり、お芝居をしたりしながら、今社会にある課題について世の中に自分自身の言葉で「これってどうしたらいいのかな?」と“問い”にして発信していきたいです。入り口は何であれ、私が頑張れば頑張るほど、私が疑問に思ってることが今は出会えていない誰かに届く可能性があるから。それが私にできることなんじゃないかなって思います」

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俳優、モデル、編集者。いろいろな肩書を背負ったとて、変わらない芯を持つ「山本奈衣瑠」から、目が離せない。

山本奈衣瑠
モデルとしてキャリアをスタート。雑誌やCM、ショーと活躍する。2019年より、俳優業への転身を図りモデル事務所を退所し、以降は演技を学びながらフリーで活動していた。その傍ら、自ら編集長を務めるフリーマガジン「EA magazine」を創刊、クリエイターとしても精力的に活動している。2022年3月18日〜公開の映画『猫は逃げた』の主演に抜擢され、映像界でも注目を集める存在となっている。


取材・文:柴崎真直
編集:白鳥菜都
写真:服部芽生