よりよい未来の話をしよう

OriHimeは“もう1つの身体” 分身ロボットが切り拓く未来とは

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いま、“身体”を介さないコミュニケーションや働き方が始まっている。東京・日本橋にある『分身ロボットカフェ DAWN ver.β』(※1)がまさにその実験場だ。店内では『OriHime』と呼ばれる手のひらより少し大きなサイズの可愛らしいロボットや、『OriHime-D』と呼ばれる全長約120cmの自走できるロボットが、来店客と会話をしたり、オススメのメニューを紹介したり、コーヒーを提供したりと忙しそうに働いている。いったい、このロボットたちは何者なのだろうか?

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じつは、OriHimeを操作しているのは、日本各地から遠隔で操作する「パイロット」たち。障がいなどの理由から外出が難しい方々が、パイロットとして分身ロボット『OriHime』を遠隔操作し、店内で接客サービスを提供している。OriHimeは顔や体の向き、手などを柔軟に動かし、相手とコミュニケーションをとることができる。まさにパイロットから見て、もう1人の自分の“身体”、ハードウェアと言えるだろう。

このOriHimeを開発し、カフェを運営しているのが株式会社オリィ研究所(※2)だ。同社は「孤独化の要因となる『移動』『対話』『役割』などの課題をテクノロジーで解決し、これからの時代の新たな「社会参加」を実現すること」をミッションに、2012年に創業した。創業者である吉藤オリィ氏が過去に経験した「孤独の辛さ」が発端となり、孤独を解消し、社会の可能性を拡張するための事業を続けている。

その他にも、OriHimeはコロナ禍で広まったテレワークの中でのコミュニケーションや、遠方で開催される大切な人の結婚式にどうしても現地で参列できない場合の分身出席など、様々なニーズに応えたサービスを展開している。「孤独」という感情は誰しも向き合ったことのある困難だと思うが、“分身”を通じてコミュニケーションが多様化することで、孤独の辛さが和らぐ未来がすぐそこまで来ている。

しかし実際、“分身”とはどのような感覚なのだろうか。また、現在パイロットとしてOriHimeを使用している方には、どんな生活の変化が生まれているのだろう?実際にOriHimeパイロットとして働く、永廣 柾人さんにお話を伺った。

※1 『分身ロボットカフェ DAWN ver.β』https://dawn2021.orylab.com/
※2 株式会社オリィ研究所 https://orylab.com/

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永廣さんとOriHime。永廣さんは1歳のときに脊髄性筋萎縮症(SMA)という指定難病の診断を受け、寝たきりの生活を続けている。

ネガティブな考えを吹っ飛ばした、ロボットカフェの募集

まず、『OriHime』との出会いと、パイロットになられた経緯について教えてください。

たまたまテレビで創業者のオリィさんを見たのが最初の出会いでした。『OriHime』というロボットを使って、外出をするのが難しい人も家にいながら社会参加ができるというのを知り、「新しいものが出たな」と思っていました。しばらくして、福祉機器の国際展示会、国際福祉機器展に参加した際、オリィさんがOriHimeと一緒に展示ブースを出しているのを見つけ、「あ、テレビで見た『OriHime』だ!」と思い、お話しさせてもらいました。

それからしばらくして、カフェの求人に出会いました。当時は自分のような障がいのある方と一緒にサークル活動をしていたのですが、25歳にもなってアルバイト経験もなくてまずいかなと感じ、ちょうど一念発起して就活を始めたところでした。在宅ワークが徐々に広まっていたので、寝たきりでもいけるかなあ、と軽い気持ちで始めたのですが、始めてみると簡単ではなくて。障がい者が在宅で仕事をする求人は少なく、就職斡旋サービスの担当者にも「ちょっと難しいです」と言われ、「ああ、やっぱり寝たきりだと難しいんだな」と落ち込んでいた時期だったんです。

そんなときにたまたま見つけたのが、「分身ロボットカフェをやります」というオリィさんがSNSで出していた募集。「これは!」と思いましたね。ロボットを遠隔操作して、障がいのある方がカフェの店員をやるというコンセプトはこれまでなかったことでしたから。興味津々で魅了されて、「自分でも働けるかな」と思い応募しました。

思えば、それまではいろいろなことにネガティブな考えを持つことが多かったのですが、その募集を見たときはなぜか突然、「応募しても失うものがあるわけでもないし、無料だし、応募しようかな!」と、すごく前向きになったんです。そしてありがたいことに選んでいただいて。そこからいまの人生につながりました。

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2018年に実施した、初回の「分身ロボットカフェ DAWN ver.β(ドーン・バージョン・ベータ)」の様子

初めて分身ロボットカフェで働いてみて、いかがでしたか?

それまで全く社会人経験がなく、コミュニケーションも得意ではなかったので、お客様とどんな話をしたら良いか悩みながら、失敗もたくさんありました。でもお客様は暖かい目で見守ってくださいましたし、スタッフの皆さんもパイロットのみなさんも、仲間でそれぞれの事情もわかっているので、すごく気遣ってくれました。たとえば当日急遽体調不良があったとしても、「体調第一だから気にしないで!」「じゃあ私が代わりに行きますね」とお互いに支え合うことができました。初めてのお仕事がカフェでよかったな、と思っています。そこからずっと、楽しく働いています。

『OriHime』越しに見える、パイロット個々人の個性

カフェで仕事をする際、OriHimeを介したコミュニケーションのなかで、パイロット同士の特徴が見えたり、仕事のしかたを参考にしたりといったことはあるのでしょうか?

OriHimeを介したとしても、パイロット(※3)個々人の特徴はすごく分かります。元バリスタのさえちゃんは、声が透き通るような感じで、お話しするとその空間が癒されると感じます。それを言うと本人は緊張して照れてしまいますが。(笑)また、翻訳者のコーキさんは、ギャグが好きなムードメーカーです。パイロットもよく、どかっと笑わされて、楽しいです。個性豊かで面白い方ばかりですよ。

接客面で学ぶことも多いです。最初は10人程だったパイロットも、いまはもう70人まで増えました。新しいパイロットさんは優秀な方が多く、すぐに接客が上手くなってお客様と友達みたいに話されます。そんな接客の様子を見ていると、「こうすればもっと上手く話せるな」と思うこともあるし、「僕もうかうかしてはいられない!」と思うこともありますね。

※3 分身ロボットカフェDawn ver.β で働く、OriHimeパイロットの皆さん
https://dawn2021.orylab.com/pilots/

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『OriHime』はまさに、“もうひとつの身体”という感覚

実際には、どのようにOriHimeを操作されるのですか?

指とあごを使って操作しています。左手の親指とあごのタッチセンサーでマウスの左右をクリックしたり、右手の中指で小型トラックボールを触ってカーソルを動かしたり。あと、指が疲れて動かしづらくなったら、視線入力に切り替えることもあります。これらの動きでパソコンを全部操作します。

パイロットを始める前から、このスタイルでパソコンを使っていました。子どものときはコントローラーを使ってテレビゲームをやっていたんですけど、進行性の病気なので手を動かすのがだんだん難しくなってきまして。色々試して、いまのスタイルを確立したのは高校生のときです。当時通っていた病院の先生と一緒に操作しやすいものを探していきました。

前から馴染みのある操作スタイルのまま、OriHimeの操作にもすぐ順応できたんですね。

パソコン操作は問題なかったです。ただ最初は、接客中にお話に集中するとOriHimeでジェスチャーすることを忘れてしまって、お客様から「あんまり動かないんだね」という声をいただくことがありました。OriHimeがジェスチャーをすると、お客様も反応がすごくよくて、「可愛い」と喜んでもらえるので、いまは話しながら動けるように意識しています。

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『OriHime』の操作画面 ※筆者撮影

操作しているときはどのような感覚なのですか?

「Zoomなどのウェブ会議サービスと同じじゃない?」と思う方も多いんですが、OriHimeはそこに存在感があります。ジェスチャーがあることで、お客様とより話しやすくなりますね。私は寝たきりで腕が上がらないのですが、OriHimeは腕を上げるほか、バンザイもできます。自分自身よりも性能が良いんですよね。自分の意思で自由に動かせるので、まさに「分身」という意味ですごく使いやすい。もう1つの身体だなという感覚がありますね。

あとは感情表現もOriHimeの方がしやすいです。カメラをつけるのが苦手なので、ウェブ会議に参加する際は声だけで表現をしています。声でも感情は表れますが、ジェスチャーはないのでOriHimeに比べると難しく感じます。その点でもOriHimeは最適なツールだと感じますね。

分身だけでなく生身がもう1つ欲しい! やりたいことがたくさん見つかった

OriHimeパイロットになったことで、生活に変化はありましたか?

1番大きな変化は、仲間がたくさんできたことです。自分の人生にとって大きな転換点でした。これまで寝たきりだと自分では何もできなくて、常に人の手を借りている状態でした。生まれつきの病気なので、障がいや身体に対する後ろめたさはあまり感じていないですが、寝たきりである事実は変わらない。やりたいことも色々あったのですが、「自分には無理だな」と無意識に諦めていたと思います。それがカフェで働いてからは、寝たきりでもお客様に喜んでもらい、役に立てる体験ができていますし、一緒に働いている仲間とも障がいを意識することなく、ざっくばらんに雑談もできています。そういった体験が私にとってはすごくプラスでした。学生時代は、車椅子で机の狭い間を通って移動することも難しく、友達と話すことも容易でなかったのですが、カフェのおかげで仲間がたくさんできました。

いま、仲間と趣味でゲームを作って販売しているんです(※4)。まさかね、仕事をきっかけに趣味のゲームを作るなんて、やりたかったことにまで活動の幅が広がるなんて思っていなかったんです。仲間で1つの目標を目指せば、必ずしも不可能なことってないのかな、と思えるようになりましたね。

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OriHimeを通じて、あるいはそれ以外でも、これからどんなことにチャレンジしたいと考えていますか?

カフェをきっかけにチャレンジする機会が増えたので、生身がもう1つ欲しいくらい、色々やりたいことがあります(笑)。
OriHimeでできるようになったことだと、「OriHimeサッカー」というものを通じて、実際にスポーツ体験ができました。中学時代は手が多少動いたので、電動車椅子で車椅子サッカーをやっていたんですが、操作の特性上、ボールに勢いよく当たって腕がずれてしまったら、電動車椅子を暴走させてしまうかもしれない。それが怖くて、ゴールキーパーの役回りをすることが多かったんですね。それがOriHimeサッカーになると、衝突しても痛みもないし、事故も気にしなくていい。ゴールを目指してサッカーを純粋に楽しめたのは、初めての経験でした。だから、他にもOriHimeを介して、身体を使う様々なスポーツをやりたいと思います。

それから、いま仲間とロボットアームも作っています。もともと、私と同じ病気の女の子の「将来の夢は料理人」、という話がきっかけになって研究を始めました。ロボットアームを使ってオムレツを焼いたのですが、料理をしたこともなかったのでそもそも作り方がわからなくて。YouTubeで調べながら「あーなるほどね、この動き、ロボットアームでやるの難しくね?」みたいな話をしながら、アームでもできるように改善しながら作りました(笑)。IHも遠隔操作して、火の通り具合を見ながら火力調整もできます。他にも色々な料理を作りたいし、応用すれば手の代わりとしてできることが増えるはずです。このロボットアームで趣味のプラモデルも作ってみたいですし、サバイバルゲームもやってみたい。身体を作ったあらゆることをやってみたいと思いますね。

※4 永廣さんが作ったゲーム 「ねたぼく -寝たきりな僕はアンドロイドの君と出会う-」
https://store.steampowered.com/app/1259660/_/?l=japanese

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『OriHime』との出会いで、身体的な制約だけでなく、無意識に自身に課していた心理的な制約も取り払われたと言う永廣さん。「人生足りない!」とお話しされるほど好奇心にあふれたアグレッシブな姿勢に、前向きな力をたくさんいただいた。

社会のコミュニケーションスタイルはコロナ禍で大きく変容している。しかしテクノロジーの進化で今後より一層多様になっていき、いま「困難」と捉えられている様々なできごとが「希望」や「可能性」に変わる日が、もうすでにそこまで来ているのではないだろうか。


取材・文:大沼芙実子
編集:柴崎真直