
性的マイノリティの人々が自らのセクシュアリティを公表することを「カミングアウト」という。一方で、本人の意に反して他者が性的指向や性自認を暴露する「アウティング」の問題が浮き彫りになっている。
本記事では、カミングアウトとアウティングの定義や違いを明確にするとともに、それぞれの背景にある社会的状況や課題について考察する。
カミングアウトとは何か
カミングアウトとは、自らのセクシュアリティや立場を他者に明かす行為および過程を指す。特に性的指向や性自認に関する公表として使用されることが一般的であり、自己決定に基づく行為である。
カミングアウトは、自分のアイデンティティを受け入れ、他者との関係性の中で自分らしく生きるための重要なプロセスであるとともに、社会的な理解と支援を得るための手段でもある。しかし、差別や偏見の存在する社会においては、カミングアウトがリスクを伴う行為となることも少なくない。
カミングアウトの語源と背景
カミングアウトという言葉は、「coming out of the closet(クローゼットの中から出てくる)」という英語表現に由来する。クローゼットとは、自身の性的指向等を隠して生きること(クローゼットの中にいること)を表す比喩表現であり、そこから「出てくる」ことがカミングアウトを意味するようになった。
HIV問題への社会的認識の高まりとともに、セクシュアル・マイノリティの存在が可視化されるようになり、カミングアウトという行為が注目されるようになった。
カミングアウトの対象となる属性
カミングアウトの対象となる属性は多岐にわたる。代表的なものとしては、性的指向(同性愛、両性愛など)、性自認(トランスジェンダー、Xジェンダーなど)などが挙げられる。一方で、日本ではHIV感染、病気(精神疾患、慢性疾患など)、障害、宗教、政治的立場などに関してもカミングアウトという言葉が使われることもある。
これらの属性は、社会のなかで少数派であったり、ステレオタイプや偏見の対象とされたりすることが多く、当事者にとって他者に開示することが困難な場合がある。カミングアウトは、そうした属性を隠さずに生きるための重要な一歩となる。
▼関連記事を読む
カミングアウトの認知度と社会的理解

日本におけるカミングアウトの認知度は高まりつつあるものの、セクシュアル・マイノリティに対する理解は十分とは言えない。厚生労働省の調査(※1)によると、カミングアウトという言葉の認知度は「シスジェンダーの異性愛者(性的マイノリティの知人あり)」では 89.8%、「シスジェンダーの異性愛者(性的マイノリティの知人なし)」では79.7%に達している。しかし、その反対語であるアウティング(本人の同意なく性的指向等を暴露すること)の認知度は「シスジェンダーの異性愛者(性的マイノリティの知人あり)」では 15.4%、「シスジェンダーの異性愛者(性的マイノリティの知人なし)」では6.7%にとどまっている。
この認知度の差は、日本社会における性の多様性への理解の不足を示唆するものであり、セクシュアル・マイノリティに対する差別や偏見がいまだ根強く存在していることの表れでもある。カミングアウトをめぐる課題の解決には、社会全体の意識変革が不可欠である。
※1 出典:厚生労働省『令和元年度 厚生労働省委託事業 職場におけるダイバーシティ推進事業 報告書』
https://www.mhlw.go.jp/content/000673032.pdf
▼「カミングアウト」関連記事
アウティングとは何か
アウティングとは、本人の意に反して、その人の性的指向や性自認などを第三者に暴露・公表する行為を指す。
アウティングは、本人の自己決定権を侵害し、プライバシーを著しく損なう人権侵害行為であり、社会的に大きな問題となっている。また、アウティングされた当事者は、不当な差別や偏見、ハラスメントなどの被害に遭うリスクが高く、深刻な精神的苦痛を受けることが少なくない。
アウティングの実態と社会的影響
アウティングは、学校や職場、地域社会など、あらゆる場面で起こり得る。特に、2015年に発生した一橋大学でのアウティング事件は大きな社会的反響を呼び、アウティングの問題が広く認知されるきっかけとなった。
アウティングは、当事者の尊厳を著しく傷つけ、日常生活や人間関係に深刻な悪影響を及ぼす。アウティングされた当事者は、不安感や孤独感、自己否定感などに苛まれ、強いストレスを感じているだろう。また、当事者の就労や就学、社会参加の機会を奪い、経済的基盤を脅かすことにもつながりかねない。
加えて、アウティングは、社会全体に性的マイノリティに対する差別や偏見を助長し、多様性を尊重する価値観の醸成を阻害する。アウティングを放置することは、誰もが自分らしく生きられる社会の実現を妨げることに他ならない。
アウティングの法的位置づけと対応
アウティングは法的にどのように位置付けられ、どのような対応がなされているのだろうか。アウティングに関する法制度の整備は、近年徐々に進められつつある。2018年には、東京都国立市において、全国で初めてアウティング禁止を盛り込んだ条例が施行された。(※2)
また、2022年には、改正労働施策総合推進法の施行により、事業主に対し、アウティングを含む職場でのハラスメント防止対策の実施が義務付けられた。(※1)現在、全国21の自治体がアウティング禁止を条例で規定するに至っている。(※2)
司法の場でも、アウティングは違法な行為として認定されつつある。

アウティングの防止に向けた取り組み
最後に、アウティングの防止に向けた取り組みについて見ていきたい。アウティングを防ぐためには、社会のあらゆるレベルで多角的なアプローチを行うことが不可欠である。
国や自治体には、アウティング禁止の法制化をさらに進め、実効性のある対策を講じることが求められる。また、企業や各種団体は、アウティング防止のための研修やガイドラインの整備、相談体制の充実などに取り組む必要がある。
学校教育の場でも、性の多様性についての理解を深め、アウティングの人権侵害性を学ぶ機会を設けることが重要である。社会の隅々にまで、アウティングを生まない土壌を作っていかなければならない。
※2 出典:(一財)地方自治研究機構『性の多様性に関する条例』
http://www.rilg.or.jp/htdocs/img/reiki/002_lgbt.htm
▼「アウティング」関連記事
カミングアウトとアウティングの違い
カミングアウトとアウティングは、性的指向や性自認を他者に明かす行為として似て非なるものである。両者の違いを、複数の観点から見ていく。
自発性の有無による違い
カミングアウトとアウティングの最も大きな違いは、自発性の有無にある。カミングアウトは本人が自らの意思で行うものであるのに対し、アウティングは本人の意思に反して、第三者によって行われるものである。
つまり、カミングアウトは自らのアイデンティティを他者に開示する能動的な行為であるのに対し、アウティングは本人の意思を無視して、プライバシーを侵害する受動的な被害と言える。
公表の範囲と方法の違い
カミングアウトとアウティングには、公表の範囲と方法にも大きな違いがある。カミングアウトは、本人が信頼できる相手を選んで行われることが多い。
一方、アウティングは、本人の意図しない相手に、本人の知らない方法で行われることが多い。例えば、噂話やSNS上での暴露、メディアを通じた報道などがそれにあたる。つまり、カミングアウトがプライバシーの一部を自発的に開示する行為であるのに対し、アウティングはプライバシーを一方的に侵害する行為と言える。
本人の意思と権利への影響の違い
カミングアウトは、本人の自己決定権に基づいて行われるものであり、自らのアイデンティティを肯定し、他者との関係性を深めるための行為である。それゆえ、カミングアウトは本人の尊厳と権利を肯定し、力づける効果を持つ。
対照的に、アウティングは本人の意思を無視し、プライバシーを侵害するものである。そのため、本人の尊厳と権利を否定し自信を奪うことに繋がってしまう。また、アウティングによって本人が受ける精神的苦痛は、名誉毀損やプライバシー侵害と同様に、人格権の侵害となる。
社会的意義と影響の違い
カミングアウトは、性的マイノリティの可視化と社会的理解の促進に寄与するものであり、多様性の尊重と包摂の実現に向けた重要なステップである。著名人のカミングアウトは社会の意識変革を促し、法制度の整備にもつながってきた。
他方、アウティングは性的マイノリティに対する差別や偏見を助長し、社会的排除を招く恐れがある。特に、運動や活動に従事する当事者へのアウティングは、社会運動の萎縮効果をもたらす危険性が指摘されている。(※1)したがって、アウティング防止のための法整備と意識啓発が急務であり、自治体レベルでの条例制定も進められている。(※2)
▼関連記事を読む
カミングアウトの意義と課題
カミングアウトは以前よりも広く知られ、実施するマイノリティ当事者も増えている。一方で課題もある。
カミングアウトの個人的意義
カミングアウトは、自己の性的指向や性自認を隠すことなく、ありのままの自分を受け入れてもらえる環境を求める行為である。(※1)それは、自己肯定感や自尊心を高め、心理的な安心感をもたらすとともに、周囲との信頼関係を深める効果もある。
しかしながら、カミングアウトには勇気が必要であり、周囲からのネガティブな反応への懸念や不利益な待遇を受ける可能性への不安など、さまざまな障壁が存在する。特に日本では、性的マイノリティに対する理解不足や差別・偏見が根強く残っており、カミングアウトを躊躇する人も少なくない。
カミングアウトの社会的意義
カミングアウトは、性的マイノリティの存在を可視化し、性の多様性のあり方について社会的な理解を深める契機となる。著名人のカミングアウトは、メディアで大きく取り上げられ、性の多様性への関心を高める効果がある。
また、カミングアウトは、性的マイノリティの権利擁護や平等の実現に向けた社会的な議論を促進する。アウティングの問題が注目されるようになったのも、カミングアウトの広がりと無関係ではない。
カミングアウトの課題と障壁
カミングアウトの最大の障壁は、偏見や差別への恐れである。特に職場においては、キャリアや処遇への悪影響を懸念してカミングアウトを躊躇する人が多い。(※3)日本では、性的マイノリティに対する理解や受容の度合いがまだ十分とは言えず、カミングアウトしづらい環境にある。
また、カミングアウトした情報が本人の意図しない形で拡散するリスクもある。アウティングは、プライバシー権や人格権の侵害であり、法的にも問題視されているが、まだ社会的な認知度は低い。(※1)もちろん、全員がカミングアウトしなければならないわけではないが、カミングアウトしたいと望む人が安心してカミングアウトできる環境を整備することが喫緊の課題と言える。
カミングアウトを支える環境づくり
カミングアウトを支える環境づくりには、制度的な対応と社会的な意識改革の両面が必要である。アウティング禁止の法制化や差別禁止条例の整備など、性的マイノリティの権利を守る法的な枠組みを強化することが求められる。
同時に、性の多様性への理解を深め、偏見や差別のない社会を実現するための啓発活動も欠かせない。学校教育や企業研修などを通じて、性的マイノリティへの理解を促進し、カミングアウトしやすい環境を整えていく必要がある。また、職場における相談体制の充実や外部機関との連携など、組織的なサポート体制の構築も重要である。
カミングアウトは、性的マイノリティの人々が自分らしく生きるための重要なステップであり、多様性を尊重する社会の実現に不可欠な営みである。一人ひとりがカミングアウトの意義を理解し、それを支える環境づくりに取り組んでいくことが、これからますます重要になるだろう。
※3 出典:デロイトトーマツグループ「LGBT+ Inclusion @ Work: A Global Outlook 日本版レポート」
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/about-deloitte/articles/news-releases/nr20230731.html
まとめ
カミングアウトとアウティングは、一見似た言葉だが、その意味合いは大きく異なる。カミングアウトは自らの意思で性的指向や性自認を開示する行為であるのに対し、アウティングは本人の同意なしに第三者によって暴露される人権侵害である。
日本社会では、カミングアウトの認知度は高まりつつあるものの、セクシュアル・マイノリティへの理解は十分とは言えない。偏見や差別への恐れから、職場などでカミングアウトをためらう当事者は少なくない。アウティングは、当事者の尊厳を傷つけ、社会生活に深刻な悪影響を及ぼす。
アウティング防止のためには、法制度の整備と社会的な意識変革の両面からのアプローチが必要だ。国や自治体によるアウティング禁止の法制化、企業などにおける研修やガイドラインの整備が求められる。同時に、学校教育などを通じて性の多様性への理解を深め、アウティングを許さない意識を社会全体で共有していくことが重要である。
文・編集:あしたメディア編集部
最新記事のお知らせは公式SNS(Instagram)でも配信しています。
こちらもぜひチェックしてください!
