いまや誰もが当たり前に利用しているインターネット。だが、そんなインターネットの存在がもしかしたらその人の歴史や社会に、大きく関わっている可能性があるかもしれない…。この連載では、様々な方面で活躍する方のこれまでの歴史についてインタビューしながら「インターネット」との関わりについて紐解く。いま活躍するあの人は、いったいどんな軌跡を、インターネットとともに歩んできたのだろう?
▼これまでの記事はこちら
今回お話を伺うのは、VRアーティストのせきぐちあいみさん。彼女はこれまで演劇、ダンス、YouTuberと、多様なことに挑戦しながら、現在は仮想空間内に3次元の立体的な作品を生み出すVRアーティストの第一人者として世界で活躍している。最新のテクノロジーを駆使して従来の芸術概念を拡張する彼女に、インターネットとの関係性やVRの可能性について話を伺った。
インターネットの原体験
せきぐちさんは、10代の頃からインターネットを積極的に活用していたそうですね。インターネットを使い始めたきっかけはどんなことだったのでしょうか?
高校生の時、情報科の入学をきっかけに、自分でインターネットを契約したんです。それこそ初めて契約したのがBIGLOBEの回線で、ダイヤルアップ接続(※1)でインターネットに接続していました。ピーヒョロヒョロって音が鳴って接続するまで時間がかかるんですけど、その音も思い出です。
インターネットが繋がったことで、世界中の人の存在が身近に感じられたし、視野が広がって、魔法の道具を手に入れた感覚でした。
なぜ情報科に進学を決意されたのですか?
中学生の頃はいじめに遭っていたこともあり、学校自体が嫌いで高校に進学したくないと考えていました。でも、母から「高校だけは出て」と言われ、やむを得ず、「何か役に立ちそうかな」と考えて情報科に進みました。入ってみたら、自分にとって大きなターニングポイントになったんです。
インターネットによって未知の世界に繋がって、興味を持ったことや、やりたいことを調べられることは、わたしの人生にとって豊かな広がりでした。それまでは何を調べるにも手間やお金がかかって、調べられる範囲も限られていた。けれどインターネットの登場によって大きく状況が変わったので、比喩じゃなくて本当に魔法の道具だと感じました。
自分のパスワードがあったことも嬉しかったです。いまとなっては当たり前のことだけど、インターネットは世界を広げてくれるものだったので、わたしにとってパスワードは魔法の呪文のようでした。
当時、はまっていたWebサイトなどがあれば教えてください。
インターネットそのものが楽しくて、色々なサイトを見たり使ったりしていました。自分でサイトを作ることもあって、学校でホームページ作成の授業があり、架空の鳩のホームページを作っていました(笑)。
それからライブドアブログ(※2)の更新も始めました。自分のことを発信して知らない人が見てくれたり、自分なりに誰かが笑ってくれる文章を考えて毎日投稿すると人気ランキングの順位が上がったりして、面白かったです。
※1 用語「ダイヤルアップ接続」:1990年代に主流であったインターネットの接続方法。電話回線を使用していたため、現在主流の光回線よりも通信速度が遅く、通信料等のコストも高かった。
※2 用語「ライブドアブログ」:2003年に提供が開始されたブログサービス。現在はLINE株式会社によって運営されている。
活躍の秘訣は「三方よし」
インターネットの活用が初めて仕事になった時のことについて教えてください。
高校生の頃に始めたブログがランキングの上位になって、ガムの宣伝依頼をいただきました。そこからもっと自分のことを知ってもらうために、YouTubeで動画投稿を始めました。当時「YouTuber」という言葉はなかったんですけど、途中から広告システムが始まり、クリエイターとして活動をしていました。活動していくうちにインターネットを通じて、企業から出演依頼や制作依頼の連絡がくるようになりました。
ご自身が楽しんでやられていたことが、自然と仕事につながっていったんですね。
そうですね。YouTubeで活動しているうちに、「三方よし」が叶えば、何でも仕事になると気づきました。仕事は誰かの不満を解消することや、何かをより快適にすることで対価をもらうもの。なので「自分が楽しい」「見ている人も楽しい」「企業が嬉しい」の3つが自然に循環がされていると仕事になるんだなと。
だから、例えば今はない仕事でも、「三方よし」が叶えば成立するということを、インターネットの活動を通じて実感しました。
YouTuberやタレントとしての活動から、VRアーティストとして道を歩もうと決意したきっかけを教えてください。
ある仕事でVRを体験させてもらうことがあったんです。VR元年と言われる2016年のことです。VRに触れた瞬間に、「楽しい!」と思いました。
こんなに楽しいことは誰が見ても楽しいし、新しい世界を切り拓いていくことが仕事になると感じました。初めてVRに触れてから2週間ぐらいで、VRアーティストを名乗り始めましたね。
2週間って早いですね!
それまでの経験から、自分で名乗ることって大事だなと思っていたんです。分かりやすい肩書きがあった方が自分もプロ意識を持てるし、相手も依頼しやすいかなと。
約1か月で人前でVRアートを描くようになりました。それから約3か月でほぼスケジュールがVRアーティストとしての仕事で埋まって、気がついたら本当にVRアーティストになっていました。それもインターネットのおかげだと思っています。SNSに作品を投稿したり、YouTubeにVRアートを描く様子を投稿したりしていたら、そこから仕事の問い合わせがくるようになりました。
I've been 3D Painting in VR since 2016.
— せきぐちあいみ Aimi أيمي (@sekiguchiaimi) November 4, 2022
I creating artwork and VR live painting in various countries and Metaverse🌐https://t.co/BcftzW9Txg#VRArtist #Metaverse pic.twitter.com/c6iGAULTZc
とはいえ、アーティストとして仕事を成り立たせるなら、それなりのクオリティが求められますよね。当時の心境をお聞かせください。
そうですね。でも、いずれVRアーティストになる確信はあったので、あまり恐れず作品を公開していました。
わたしが短い期間でVRアーティストになれた理由は、ブログをやったり、YouTubeをやったり、ダンスをやったり、舞台をやったりと、昔から本当にいろんなことをやっているからだと思います。YouTubeをやっていたから360°で3DのVRアートを分かりやすく編集して描けるし、舞台をやっていたから、ライブペイントの構成も練ることができるし、ダンスをやっていたから、ダイナミックに描いて表現することができる。
ひとつひとつの点を真剣にやっているとそれが繋がっていくと思うんですよね。だから仕事に関係ないかとか、役に立つかどうかは気にしないで、挑戦してみるということはいまでも意識しています。インターネットが普及したことで、新しい挑戦が当たり前の世界になってきていると思うので、皆さんもぜひいろいろ挑戦してみて、夢中になれるものに出会って欲しいです。
せきぐちさんは今、日本だけではなく、海外でもVRアーティストとして活動されています。VRアートの評価や反応は国内と海外では異なりますか?
反応の差はないです。国籍や老若男女関わらず、新しいものを見たというリアクションですね。だからこそ、VRアートが言語の壁を超えて、人間の心に届くものという確信を持てました。
VRとわたしたち
せきぐちさんのお話を聞いていると、自分でもVRに挑戦してみたくなってきました。初めてVRに挑戦するときにおすすめの機材があれば教えてください。
約4万円と、VR機器の中では高品質でありながら比較的手頃な価格で手に入る、「Meta Quest 3S」(※3)がおすすめです。絵を描いたり、ゲームをしたり、新しい体験ができます。機器を揃えるのに8万円と考えたら高価ですが、宇宙旅行にも行けるし、知らない人と一緒に運動したり踊ったりしながら、新しい世界を自分で作ることもできると考えたら、大きな価値がありますよね。自分の世界を広げてくれる可能性に、お金を使ってもいいんじゃないかと思います。
色々な可能性を見せてくれる一方で、メタバースやVRの使用にはリスクもあるのでしょうか?
確かにリスクもあります。今後、メタバースやVRが広がったときに、著作権や人権が侵害されてしまう場面が増えるのではないか、など予想される課題はあります。
たとえば、ある空間を3Dスキャンしてメタバース上に持ってきた際に、その空間に存在しているポスターの肖像権の所在について、どのように定義するかといった課題です。
そういったリスクに対して、日本のガイドラインがどうあるべきかはまだ検討中です。私も内閣府や経済産業省などの会議に参加し、日本としてより良いメタバースがどうあるべきか議論しています。オンラインで繋がるので、いずれ世界的に話し合っていかないといけないテーマだと思っていますが、まずは日本のアーティストやクリエイターが発展していくために、国内から必要なことをみんなで考えている段階です。
VRはアートとしての活用以外に、実生活で役立つこともありますか?
そうですね。医療や福祉の現場での利用が考えられます。具体的には車椅子や病気で外出が制限されている人たちを、行きたかった場所や見たことのない世界に連れていくことができる。
実際に行きたい場所へ行けたらベストだけど、擬似的にでも行きたい場所に行けることや、会いたい人に会えることも大事なことです。ただ画面越しに会話するのではなくて、目の前に3Dの状態で現れて、身振り手振りがあって、わたしたちの脳も「会っている」と認識する。そういった体験は人生にとって豊かなことですよね。
いずれは全員が一緒のメタバース空間で遊べる環境ができたらいいなと思います。身体に障害があったり、性別における生きづらさを抱えている人を解放できるのではないでしょうか。医療福祉に限らず、VR機器とインターネットが人の人生をより広げてくれると信じています。いま販売されているVR機器は重くて、高価なので、みなさんがVRデバイスを日常的に使用するのはもう少し先だと思いますが、みんながVRを活用する世界は必ず来ます。
今後挑戦したいことがあれば、教えてください。
人の無意識や潜在意識に作用する作品を作れるといいですね。世界の子どもたちをメタバースでつないだり、砂漠に未来都市を出現させたり、未知の領域を作っていきたいです。
未知なる領域を作りたいからこそ、現実と未知の架け橋になる衣装にもこだわっていて、目に見えている3次元から興味を引くことも大切にしています。興味を持たせる要素がないと、未知の領域に到達できないので、生きている人間がどう動くかは大事ですね。
いま「三方よし」が仕事になっている実感はあるので、さらに「よし」を広げて、「五方よし」「七方よし」を目指したいですね。自分も楽しい、見ている人も楽しい、そこに関わる企業やスタッフも楽しい、その地域も楽しい、その業界も楽しいと感じるものを作っていきたいです。
※3 用語「Meta Quest 3S」:Metaが2024年の10月に発売したVR/MRヘッドセット。仮想現実(VR)と現実世界を融合させた混合現実(MR)体験を提供する。
<今回のインターネット・ポイント>
せきぐちさんがVRアーティストとして活動を始めた2016年は、VR技術が発展し、VR機器が消費者市場にも流通したことから「VR元年」と呼ばれています。コンピューターが作り出したバーチャル世界「メタバース」に入り込むことで、様々なことが仮想で体験できるようになりました。メタバースは2次元中心だったインターネットに新たな次元を加えた「3次元のインターネット」として捉えられています。
2016年から現在に至るまで、VRやメタバースは徐々にその認知を拡大させながら、わたしたちの生活に馴染み始めています。社会的なニーズに合わせて、今後ますます進化が期待されます。日常生活に定着するのはまだ先になりそうですが、せきぐちさんはVRアーティストとして現実世界と仮想世界を接続させ、わたしたちの生活を変革させる可能性を常に模索しています。
せきぐち あいみ
1987年生まれ。VRアートを制作したり、ライブパフォーマンスを行うVRアーティストとして世界で活躍中。2021年3月に、自身のNFTアート(※4)がオークションで約1300万円で落札され、2021 Forbes JAPAN100に選出。自身の作品をSNSに投稿しながら、VRの新たな可能性を模索している。
※4 用語「NFTアート」:ブロックチェーンを活用したNFT(Non-Fugible Token:非代替性トークン)と呼ばれる技術を活用したデジタルアート
取材・文:安井一輝
写真:近藤沙菜
編集:白鳥菜都