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インクルーシブ教育の実践例は?問題点と特別支援教育の関係とは

インクルーシブ教育は、すべての子どもが平等に教育を受けることができる環境を提供するものである。これは障害の有無にかかわらず、すべての人々が学習の機会を共有し、相手と学び合うことを推奨することを指す。

またインクルーシブ教育は、個々の学生のニーズに応じた柔軟な教育プログラムを提供し、多様な背景や能力を持つすべての人々が最適な学習環境で成長できるよう支援するものである。小・中学校における通常学級や通級を活用した指導、特別支援学級、特別支援学校といった、連続性のある「多様な学びの場」を用意することが重要である。(※1)

本記事では、インクルーシブ教育の定義から具体的な実践例やその過程で直面する問題点、特別な支援教育との関係、そしてインクルーシブ教育を成功させるための重要なポイントについても解説していく。

※1 参考:文部科学省「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)概要」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1321668.htm

インクルーシブ教育とは

現在、世界のあらゆる国で「インクルーシブ教育」理念の実現に向けた取り組みが求められている。ここでは、インクルーシブ教育を概念的に理解するための内容を紹介する。

インクルーシブ教育の定義

インクルーシブ教育は、すべての生徒が平等に教育を受ける権利を保障する、革新的な教育方針である。障害の有無や言語、文化、社会的背景の違いにかかわらず、多様な背景を持つすべての生徒を対象としたものだ。この教育モデルは、個々のニーズに応じて独自の教育プログラムを提供し、すべての生徒が最適な学習環境で成長できるようサポートする。

インクルーシブ教育の実践により、多様性が尊重される教室環境が実現され、各生徒が最大限に能力を発揮できるようになることが期待されている。特に、異なる文化や言語を持つ生徒が共に学ぶことで、相互理解が深まり、「共感」と「協力」の精神が育まれるだろう。

これにより、学生はグローバルな視野を持つことができ、未来の社会で活躍するための基礎を築くことができる。インクルーシブ教育は単なる教育方針にとどまらず、社会全体の包摂性と平等を推進する重要な取り組みとして注目を集めているのだ。

インクルーシブ教育の歴史

インクルーシブ教育の概念は、1980年代末頃アメリカで登場した。それ以前は、障害を持つ子どもたちは特別な施設で教育を受けることが一般的であった。しかし、教育の平等と人権を重視する社会の動きが進むなかで、すべての子どもが共に学ぶことの重要性が認識されるようになった。

1994年にかかげられた「サラマンカ宣言」は、インクルーシブ教育を推進する国際的な枠組みを提供し、多くの国でインクルーシブ教育という理念が取り入れられるきっかけとなったのである。(※2)

※2 参考:障害福祉研究情報システム「第3章 国際状況:サラマンカから国連障害者権利条約へ」https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/education_for_all/chapter3.html

インクルーシブ教育の目標

サラマンカ宣言のなかで提唱された、インクルーシブ教育の主な目標は以下である。(※3)

  1. すべての子どもは教育を受ける権利と、維持する機会を与えられる必要がある
  2. すべての子どもはユニークな特性、関心、能力および学習のニーズをもつ
  3. 教育システムは、多様な特性やニーズを考慮にいれて計画・立案され、教育計画が実施される必要がある
  4. 特別な教育的ニーズをもつ子どもは、彼らのニーズに合致できる児童中心の教育学の枠内で調整する、通常の学校にアクセスしなければならない
  5. インクルーシブ志向をもつ通常の学校こそ、差別的態度と戦い、すべての人を喜んで受け入れる地域社会をつくり上げ、インクルーシブ社会を築き上げ、万人のための教育を達成する最も効果的な手段である。さらに多くの子どもたちに効果的な教育を提供し、全教育システムの効率を高め、ついには費用対効果の高いものとする

※3 参考:国立特別支援教育総合研究所「サラマンカ声明」https://www.nise.go.jp/blog/2000/05/b1_h060600_01.html

インクルーシブ教育の理念

インクルーシブ教育は、すべての子どもの学びを保障することを理念としており、すべての子どもが自己の能力を最大限に発揮し、共に成長することを目指す。学校は、バリアフリーだけでなく、カリキュラムや教育方法の柔軟性も考慮し、すべての子どもが参加しやすい環境を整えることが求められる。

▼インクルーシブ教育について詳しく知る

インクルーシブ教育の実践例

ここからは、インクルーシブ教育を実際に取り入れた例について紹介する。また、授業で障壁を取り除く具体的な工夫についても、解説していく。

教室でのインクルーシブ教育の実践

教室内でのインクルーシブ教育の実践は、授業環境の整備、教材の工夫、教師のサポート体制の充実など多岐にわたる。例えば、座席の配置を工夫して視覚障害のある学生が見やすいようにしたり、画面拡大や色の調整、読み上げを行うソフトウェアを活用したりして学習をサポートすることなどである。(※4)

※4 参考:文部科学省「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)別表」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1323312.htm

グループ活動の導入

グループ活動は、インクルーシブ教育の重要な要素だ。異なる背景や能力を持つ学生同士が協力し合い、共通の目標に向かって取り組むことで、相互理解と協力の精神を育むことができる。その監督者には、学生の能力・性格・相性など配慮し座席やグルーピングを工夫する配慮が求められるのだ。

ICTの活用

ICTも、インクルーシブ教育において重要な役割を担う。例えば、音声認識ソフトウェアやスクリーンリーダーを活用することで、視覚や聴覚に障害がある学生も学習に参加することができる。また、オンライン学習プラットフォームは、プライベートスペースで学習を強化し、特別な支援が必要な学生にも役立つのだ。

東京学芸大学附属小金井小学校では、困りごとのある子どもたちの学習支援や1人ひとりの特性や得意不得意を見極めて、「個に応じた学び」を実現する手段としてICTの活用をめざした。そのなかで、読み書きが困難な生徒に対して読み上げアプリを活用した教育を行ったところ、その児童にとって効果的な学びを創出することに成功した。(※5)

※5 参考: Business with Lenovo「導入事例 東京学芸大学附属小金井小学校」
https://www.lenovojp.com/business/case/116/

インクルーシブサポーター

インクルーシブサポーターとは、インクルーシブ教育をサポートする存在で、インクルーシブ教育が普及する上で欠かせない存在だ。彼らは、障害を持つ学生だけではなく全ての学生の学習をサポートし、必要な支援を提供する。また、一般教員を支援する教育プランも作成し、すべての学生が最適な学習環境で学べるよう支援していく立場になるのだ。

人口3万9570人のうち外国人住民が3,220人を占める、「12人に1人が外国人」という神奈川県の愛川町では、全小中学校にインクルーシブサポーターを配置している。(※6)

なお、ここでのインクルーシブサポーターの活動は、外国にルーツを持つ学生や特別支援の学生だけではなく、日本人の普通の学生も含まれており、日々の学校生活における些細な困りごとにも対応できる体制で行っているようだ。(※7)

※6 参考:ポケットに愛川「愛川ライフのパスポート【教育】愛川町の教育のモットーは『豊かな人材の育成』」(2019年12月18日)
https://pocketniaikawa.com/p_004/
※7 参考:東洋経済「外国人12人に1人の町が始めた、『一歩進んだインクルーシブ教育』の中身」(2023年8月8日)
https://toyokeizai.net/articles/-/691580

インクルーシブ教育の問題点

昨今はインクルーシブ教育システムが確立しており、基礎的な環境の整備や教職員の専門性向上が図られようとしている。ただし、現状の環境はまだ不十分であり、改善が求められている状態なのだ。ここでは、障害のある子どもや周囲の子どもたちが直面する課題について、社会学的視点から検討する。

インクルーシブ教育を必要とする子どもへの影響や問題

地域や学校によっては、物理的に配慮が困難なケースが多く見受けられる。例えば、財政の制約や施設の老朽化により、バリアフリーの整備が進んでいない場合、特に障害の程度が重い子どもは入学を断念せざるを得ないこともあるだろう。

また、エレベーターがない学校では、車椅子を使用する子どもにとって移動することが難しい場合もある。その結果、障害のある学生は他の学生と同様の指導を受けることができず、学習面や社会的な発達が阻害される恐れがある。これらの問題は、教育の不平等を助長し、障害のある子どもが社会から孤立する要因となりうるのだ。

▼「情報バリアフリー」について詳しく知る

周囲の子どもへの影響や問題

障害のある子どもが普通学級で共に学ぶことに対し、合理的配慮が必要であることから、授業の進度に影響が出ることに懸念を抱く声も少なからず存在するだろう。障害の有無だけでなく、異なる背景や能力の子どもたちと一緒に学習することに対しても、懸念の声が上がる場合がある。

この過程で教育現場が適切に対応できず、結果的に差別や偏見が生まれる可能性もあるかもしれない。これらの偏見から脱却するためには、異なる背景や能力を持つ生徒同士が相互に理解し、尊重し合うための努力や意識改革が重要になる。

インクルーシブサポーターと教師の境界線

インクルーシブサポーターとしての資格は、特に定められているわけではない。そのため、経験者や幼稚園教諭・保育士、教員免許状や看護師資格の保有者を歓迎する自治体が多いようだ。また多くの場合、採用は会計年度単位の臨時職員や非常勤職員となっており、チームとして機能するためには資質の向上が問われることになる。

さらに、特別な支援が必要な児童生徒への支援について責任を負っているのは、あくまでも学級担任等であり、その補助をすることがインクルーシブサポーターの基本的な役割となる。

インクルーシブ教育と特別支援教育

2022年には、国連が日本政府に「障害児を分離した特別支援教育の中止」を要請し、「インクルーシブ教育」に向けた行動計画の策定を求めたことも、教育界では波紋を呼んだ。(※8)「インクルーシブ教育」と、従来の「特別支援教育」は、いったいどのような違いがあるのだろうか。

※8 参考:産経新聞「障害児の分離教育中止要請 国連が日本に初勧告」(2022年10月17日)https://www.sankei.com/article/20221017-H5HOBC5GBRLU7BZ7ZSPTUJVXRA/?outputType=theme_nie

特別支援教育の役割とインクルーシブ教育との違い

特別支援教育について文部科学省は以下のように定義している。

障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち、幼児児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行うもの

(※9)

一方、インクルーシブ教育とは、すべての生徒が平等に教育を受ける権利があるという考えにもとづき、障害のある児童も、ない児童も、共に教育を受けること、すなわち「共生社会」の実現を目指している。

※9 参考:文部科学省「特別支援教育」
https://www.mext.go.jp/a_menu/01_m.htm

コクリコ「【発達障害】特別支援学級とインクルーシブ教育の壁…文科省通達で広がる波紋 」(https://cocreco.kodansha.co.jp/cocreco/general/childcare/ePjzl)をもとに筆者作成

特別支援教育からインクルーシブ教育へ

インクルーシブ教育を実践するために、主に3つの視点での教育が必要となる。

1つは、障害者が一般的な教育制度から排除されず、共に学ぶ機会が与えられることである。インクルーシブ教育を通じて、すべての学生が同じ教室で学び、相互理解と共感が深まっていくことで、障害を持つ子どもも個別のニーズに対応した支援を受け、学習機会の平等が保障されることに繋がるだろう。

2つめに、自分が生活している地域で初等から中等教育までの機会が与えられることである。身近な場所で教育を受けることで、通学の負担が軽減され、家族や地域社会のサポートを受けやすくなる。また、地元の学校に通うことで地域との結びつきが強まり、地域社会の一員としての意識が育まれる。このような教育環境は、子どもたちの学びと成長を支える基盤となるだろう。

最後に、学校や教育機関は障害を持つ学生に対して合理的な配慮を行い、教員の確保、設備の整備、個別の教育支援計画や指導計画に対応した柔軟な教育など、彼らが学習しやすい環境を提供する必要がある。こういった視点を踏まえ、早期にインクルーシブ教育に移行することが望まれる。

インクルーシブ教育を普及させるためのポイント

日本が課題を乗り越え、本来あるべきインクルーシブ教育を普及させていくには、子どもが障害の有無にかかわらず安心して大人になっていけるように、私たちが働きかける必要がある。では具体的にどのような行動が求められるのだろうか。

教職員と学校、保護者の環境整備

インクルーシブ教育を実践するためには、教職員全員がインクルーシブ教育の理念を理解し、具体的な推進計画を策定することにより、学校全体でインクルーシブ教育を推進する体制を整えることや、全ての生徒が平等に学びやすい環境を提供することが重要だ。

具体的には、年初に管理職の先生がリーダーシップを持って理念を言語化し、教職員が納得して共感することなどが挙げられる。基本軸がしっかりとしていれば、教員が迷ったときも基本に立ち戻ることができるのではないだろうか。そしてこの理念を子どもや保護者のみならず、地域全体で共有することにより、インクルーシブ文化が促進される。

合理的配慮の提供

障害がある人に対し、1人ひとりのニーズに応じて適切な支援や措置を講じることを「合理的配慮」という。例えば、視覚障害のある生徒が、盲導犬の介助を受けて授業に参加できるようにすることは、合理的配慮となる。

合理的配慮は「この障害に対してこの対応をすればいい」という画一的なものではなく、生徒一人ひとりの困りごとを解決して学習の場が奪われないように、個別で考えていく必要がある。

また、合理的配慮の決定・提供の際には組織の均衡を崩さず、過度の負担にならないようにする必要もある。そのため、組織のなかで綿密なコミュニケーションをとり、適切な配慮を採択することで、かかわるすべての人にとって、インクルーシブな環境整備に繋がるのだ。

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まとめ

インクルーシブ教育で最も重要なのは、障害の有無にかかわらず、すべての子どもが共に学ぶ環境をつくることだ。「ただ同じ教室で学ぶだけ」ではなく、前項で述べたような基礎的な環境整備と合理的な配慮を提供し、無理のない学習環境を整えることが鍵となってくる。

教育者は研修に参加し、そこで得た知識や経験を活用することが求められる。子どもたちが互いに尊重し合い、共生できる社会のため、学生を取り巻くすべての環境でさまざまな工夫が求められるのだ。

 

文:たむらみゆ
編集:吉岡葵