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Xジェンダーとは?その意味やノンバイナリー・クィアと違い、社会的な課題を解説

Xジェンダーとは?その意味やノンバイナリー・クィアと違い、社会的な課題を解説

Xジェンダーとは

Xジェンダーとはノンバイナリーやクィアと同様に性自認やジェンダーに関する用語である。ただし、伝統的な男性/女性という二元的なジェンダーの枠組みに当てはまらない性自認のあり方を表すという点でXジェンダー特有の要素を有している。

Xジェンダーの語源と歴史

Xという単語はもともと、未知なものや説明不可能なものを表現するときに使われることが多い単語だ。数学の授業の際に、答えの分からない部分をXと仮定して問題を解いた記憶がある人も多いのではないか。

ジェンダーの領域でも、「X」は説明不可能なものや未知なもの、不確定なものを表現するため使われている。例えば、シス女性とトランス女性、そして女性であると自認するあらゆる人を含めるために登場した「Womxn」という単語もその1つだ。(※1)

ただ、Xジェンダーという言葉は日本において使われる特有の単語という見解が主流である。オーストラリア国立大学のS.P.F. Dale教授が発表した「An Introduction to X-Jendā:Examining a New Gender Identity in Japan」と題される論文では「X ジェンダー」という単語は、「表向きは外来語だが、日本以外の文化的文脈では使用されていない」との記載がみられる。(※2)

つまり、Xジェンダーとは説明不可能なものを表す「X」と、区分することができないジェンダーを組み合わせた日本的な表現ということができるだろう。

※1 参考:UCI Womxn’s Center for Success「Why Womxn with a ‘X’ ?」
https://womxnscenter.uci.edu/why-womxn-with-a-x/
※2 参考:Intersections: Gender and Sexuality in Asia and the Pacific「An Introduction to X-Jendā:Examining a New Gender Identity in Japan」
http://intersections.anu.edu.au/issue31/dale.htm

Xジェンダーにおける4つの種類

Xジェンダーは、伝統的な女性と男性といった2つの性別の中にとらわれることがない。女性と男性の両方の要素を取り入れた性のあり方もあれば、そもそもどちらかに当てはまるとはっきり言うことができない場合、中性的なジェンダーを自認する場合など多様なあり方がある。その中でも、Xジェンダーは大きく分けて4つの種類に分類されることが多い。

中性

中性は、女性と男性の中間的な性自認を指す。

両性

両性は、女性的な特質と男性的な特質の両方を持ち合わせているという性自認を指す。

無性

無性は、女性と男性の中間、両方あるいは性自認が揺れ動くこともない性自認を指す。そもそもジェンダーといった枠組みを認識すること自体を回避している場合もある。

不定性

不定性は、女性と男性あるいは無性や両性、中性といったあらゆる性自認の中で揺れ動く性自認を指す。

Xジェンダーとノンバイナリー、クィアとの違い

本文冒頭で、Xジェンダーはノンバイナリーやクィアと同様に性自認やジェンダーに関する用語であると記載した。それではノンバイナリーとクィアという単語とXジェンダーの違いはどこにあるのだろうか。

Xジェンダーは性的指向と結びつかない。あくまで性自認(ジェンダーアイデンティティ)の分野に位置している。

ノンバイナリーとは

まず、ノンバイナリーとは自身の性自認が伝統的な女性、男性のどちらにも当てはまらないことを指す。バイナリー(binary)は「2つの」「2つからなる」といった意味をもち、否定詞の「ノン」がついたノンバイナリーは「2つだけではない」といった意味を持つ。2021年には、歌手の宇多田ヒカルさんが「ノンバイナリー」であることを公表して話題になった。

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Xジェンダーとノンバイナリーの具体的な違い

Xジェンダーとノンバイナリーはどちらも性自認を表す単語という点で共通している。ただ、Xジェンダーが上記のように大きく4つの分類を設けている点でノンバイナリーとは異なっている。また、単語自体の意味から考えてみるとノンバイナリーが「性別二元論を乗り越える」単語であることに対して、説明不可能な「X」を使って表現される「Xジェンダー」は性別といった枠組みを超えて、あくまで不確定で独自の性自認を表す単語であるとも言えよう。

クィアとは

次に、クィアとはあらゆるセクシュアリティを包括する言葉である。その中には、性自認や性的指向も含まれており、セクシュアリティを表現する広義の単語である。

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Xジェンダーとクィアの具体的な違い

Xジェンダーとクィアの違いは、Xジェンダーが性自認を表現する単語であることに対して、クィアは性自認だけではなく性的指向を表現する際にも使える単語であるということだ。つまり、Xジェンダーの分類で自己を表現してもその中に誰を好きになるか、あるいはならないかなどといった性的指向が含まれることはない。

Xジェンダーとクィアの具体的な違い

Xジェンダーの性的指向

前述のように、Xジェンダーは性的指向を表す単語ではなく、あくまでも性自認を表す言葉である。

Xジェンダーと性自認

Xジェンダーの性自認は前述の4つの分類で紹介した。しかし、Xジェンダーの性自認が上記の4つだけとは限らず多様な性自認が存在していることは留意すべき点だ。

Xジェンダーと性的指向

Xジェンダーはクィアのように性的指向までも表現する単語ではないため、Xジェンダーの性的指向は性自認とは別に考える必要がある。Xジェンダーであり、異性が好きな場合、同性が好きな場合、あるいはどちらの性にも性的指向が向かない、2つの性の間で揺れ動くといった例が挙げられる。

Xジェンダーの社会的認知

Xジェンダーという言葉は、1990年代ごろから日本社会で登場し始めた。(※3)しかし、単語の認知度が高いとは言い切れない。世界や日本国内では、Xジェンダーはどのような受け止め方をされているのだろうか。

※3 参考::武内今日子「Xジェンダーはなぜ名乗られたのか―カテゴリーの力能を規定する社会的文脈に着目して―」
https://researchmap.jp/take_kyo/published_papers/27348614

世界各地でのXジェンダーの認知

Xジェンダーは日本特有の言葉であることは前述した。ただ、「X」という性のあり方に関しては世界でも用いられている。国家政策に「X」が適用されている例は多くないものの、アメリカのパスポート表記に「X」の欄が追加されたことは話題となった。

2022年4月から、アメリカはパスポートで性別を選ぶ際に「男」「女」に加えて「X」を選択することが可能となった。アメリカのブリケン国務長官は声明でパスポートにおける「X」の定義を「不特定または別の性自認」と表現し「この定義は、インクルージョンを推進しながら、個人のプライバシーを尊重するものだ」と話した。(※4)

オーストリア、コロンビア、ドイツ、インド、アイルランド、オランダなどの国も条件はあるものの、パスポートに第3の性別を記載することを認めている。(※5)

性別は必ずしも男と女の二元論に当てはめられるものではなく、加えてそれは国家の政策や国民が享受する手当や手続きの中にも反映されるべきだという考え方は世界で広がっている。

※4 参考:CNN Politics「X gender marker option on passport applications to be available in April, Blinken says」
https://edition.cnn.com/2022/03/31/politics/gender-x-passport-applications/index.html
※5 参考:CNN Travel「How the letter X is changing the game for travelers — and what that could mean for the US」
https://edition.cnn.com/travel/article/countries-with-third-gender-x-passports/index.html

社会的課題と誤解

前述の世界の事例を知った後に、例えば日本がパスポートに「X」という欄を追加することを容易に想像できる人はいるだろうか。もちろん、旅券を含めてあらゆるジェンダーを包括する政策の実現のために行動を起こしている団体や個人は数えきれない。

ただ、日本ではまだまだ多様な性のあり方への認知が広がっておらず、Xジェンダーに関しても同様である。無知は日本社会においてもっとも大きな課題である。Xジェンダーに限らず、シスヘテロ(性自認が出生時の性別であり、性的指向が異性のいわゆるマジョリティ)以外の性のあり方に関しては情報量が限定的でかつ誇張された形で伝えられる場合もある。偏見や誤解も根深く存在している。

Xジェンダーに限った話で言えば、そもそもこの単語を知っている人が少ないという課題があげられるだろう。男性からXジェンダーへ越境する言葉をさすMTX(Male to X)や女性からXジェンダーへの越境をさすFTX(Female to X)といったように、Xジェンダー自体は固定的なものではなく流動的なものである。(※6)ただ、その流動性を認知しておらず、一度この人は女性/男性/Xであると認識したら、ずっとその自認が変わらないだろうといった誤解も生じる場合がある。

※6 参考:山田 苑幹「X ジェンダーを生きる─男女のいずれかというわけではない性自認をもつ人々の語りから」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaqp/18/1/18_144/_pdf/-char/ja

社会的課題と誤解

Xジェンダーがぶつかる課題

東京大学の武内今日子氏は「Xジェンダーはなぜ名乗られたのか―カテゴリーの力能を規定する社会的文脈に着目して―」と題された論文の中で商業誌『ぽこあぽこ』の内容を参照しながら、「Xを名乗る際に意識されているのは、『性別二元制』への『対抗』や『男』『女』であることの自明性の揺らぎである」と述べている。(※7)

男と女という2つの性別を対象に作られたプロダクトやサービス、インフラが作られている社会の中でXジェンダーが生きづらさを抱えることは想像に難くない。

※7 参考:武内今日子「Xジェンダーはなぜ名乗られたのか―カテゴリーの力能を規定する社会的文脈に着目して―」
https://researchmap.jp/take_kyo/published_papers/27348614

Xジェンダーであることと学校生活

自身の性を公表したり、語ったりするのは周囲に信頼できる仲間がいると思えたときや自身のセクシュアリティを自覚することができたときなど比較的大人になってからの場合が多い。

ただ、小中高といった学校生活を送っているときにも自身のセクシュアリティに関して悩むことはあるだろう。Xジェンダーの例を考えてみると、周囲の友人たちが「誰が好き」「誰に告白した」「彼氏彼女ができた」などと話をしているときに自分は男女どちらの性別も自己の内部に感じることがなかったり、性自認が男性であるときと女性であるときといった孤独で不安定な時期を過ごさないといけないことがあるだろう。学校生活を送っているときのコミュニティは大変狭く、仲間を見つけることも、助けを求めることも難しいかもしれない。

周囲の理解以前に、自分がXジェンダーであることに気がつかなかったり、そのことによって周りと馴染(なじ)めなかったり、孤独を感じるといったこともXジェンダーが抱える課題と言えるのではないか。

Xジェンダーという言葉の曖昧性

性のあり方が多様であるように、Xジェンダーも多様な性自認を包括する単語である。しかし、包括的で広範な単語であるゆえに、Xジェンダーという概念そのものの理解が非常に難しくなっている側面がある。

名古屋市中央療育センターの山田 苑幹氏は「Xジェンダーを生きる」という論文の中で、Xジェンダーという単語の多義性や複雑性について「X ジェンダーが内包しているものが多様であるが故に、「何でもあり」と捉えられてしまったり,その複雑さが理解しづらさにつながっていたりといった側面がある」と言及している。

また、同論文において山田氏はXジェンダー当事者にインタビューを行いその内容を記述しているが、その内容を踏まえた上で「Xジェンダー当事者であってもX ジェンダー概念を理解することを難しく感じていることがうかがえる。非当事者であれば、多様な X ジェンダーのあり方を理解することは、当事者以上に難しいことが推察される」と述べている。(※8)

山田氏の記述からも分かるようにXジェンダーという言葉が持つ包括性や多義性や非当事者だけではなく、当事者にとっても複雑で難解な単語になっている一面がある。そのため、自身がXジェンダーであると説明しても周囲に理解してもらえない可能性を大いに有しているといった課題もあげられるだろう。

※8 参考:山田 苑幹「X ジェンダーを生きる─男女のいずれかというわけではない性自認をもつ人々の語りから」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaqp/18/1/18_144/_pdf/-char/ja

Xジェンダーという言葉の曖昧性

まとめ

セクシュアリティのあり方は多様になり続けている。それは、最近セクシュアリティのあり方が多様になったことを意味しない。今まで自認ができなく、名前もなく、理解もない時代が少しずつ変化し、もともと多様であった性が表出化してきていることを意味する。セクシュアリティに関する単語は増えていき、解釈に時間がかかることもある。それでも、1つひとつの性のあり方に丁寧に向き合っていくことが、多様な社会を作り上げていくための近道であろう。

 

文:小野里 涼
編集:武田 大貴