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「決済」だけでない、持続可能な社会に繋げる地域通貨とは

「お支払いは、どうされますか?」

レジの前にずらっと並ぶ、決済方法を示すアイコン。

かつて「現金ですか?カードですか?」と聞かれていた時代は、電子決済の普及によって終わりを迎えた。今や都心だけでなく地方の小さなお店でも電子決済サービスの選択肢は当たり前となりつつある。

そんな電子決済サービスのひとつとして、地域が発行する“地域通貨”があることはご存知だろうか。地域通貨とは、特定の地域で使用できるお金のこと。近年では、電子決済サービスの普及を追い風に、さまざまな地域通貨が全国で盛んに発行されている。

地域通貨の存在を知らなかったという人も、実際に意識してみると、お店のレジに「〇〇ペイ」と地域の名前が書かれた決済方法を見つけることができるかもしれない。たとえば、東京都世田谷区では「せたがやPay」という地域通貨を導入している。

現在、地域通貨は決済機能のみならず、リサイクル活動をすることでポイントが貯まったり、利用することで高齢者の見守り機能を果たしたりと、各地域がユニークな特徴を付与している。地域通貨はいま、社会をより良くさせるための活動に繋げている事例が多くあるのだ。

そもそも、地域通貨とは何なのか?

地域通貨の目的は、端的に言うと地域活性化である。ある特定の地域でしか使用できない通貨を作れば、必然的にその地域で通貨がまわり、地域経済が活発になる。

地域通貨の考え方自体は、19世紀にマルクスら経済学者が提唱していたが、日本に実際に広まったのは1990年代以降である。最初は、一部地域でボランティアの対価として得られる通貨(エコマネー)として活用されていた。
さらに日本で地域通貨を広めたのは特定の地域で使用することで特典が得られる「プレミアム付き商品券」の発行だ。2014年、政府が地方創生を目的に「プレミアム付き商品券」発行支援として約2500億円の交付を発表。これにより約96%もの自治体が地域通貨として「プレミアム付き商品券」を発行した。(※1)交付金の発行終了後は、紙の商品券を発行するコスト等により一時は衰退の兆しをみせたが、近年電子決済の普及が後押しとなり、独自の地域通貨を生み出す自治体が増えているという。

しかしながら、利用者にとって特定の地域で使用することのメリットがないと誰も地域通貨を使いたがらないだろう。当たり前だが、利用する場所、人がいないと地域通貨は廃れてしまう。

いくら電子決済の普及が地域通貨のハードルを下げたといっても、それを持続可能な通貨として普及させていくことは、運営者にとって至難の業だろう。ここからは、土地柄を活かしながら、持続可能な地域通貨を目指し、さらに地域社会をより良くしていくための工夫を凝らす自治体の例をいくつか紹介する。

※1 参考:国立国会図書館 調査と情報ーISSUE BRIEFー No,1014「地域通貨の現状とこれから」
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11159896_po_IB1014.pdf?contentNo=1

商店街の多さを強みに、地域経済の活性を堅実に進める「せたがやPay」
(東京・世田谷区)

東京23区で1位の人口数を誇る世田谷区。交通の便がよく閑静な住宅街が広がる世田谷区は、関東大震災や戦争末期の空襲被害が限定的であったことなどから、昔から人の移転や流入が多く発展を続けてきた。「二子玉川」「三軒茶屋」「下北沢」など、全国区に知名度を持つ街も多く、今なおあらゆる世代から人気を集めるエリアだ。駅数は23区内で第2位。住宅地へと続く商店街が賑わう駅が多い。そんな世田谷区の地域ペイが「せたがやPay」だ。

【名称】せたがやPay https://www.setagayapay.com/
【実施地域】東京都世田谷区
【運営元】世田谷区商店街振興組合連合会、世田谷区商業課、(株)フィノバレー
【開始時期】2021年2月20日 事業開始
【現在の普及率】※2023年7月取材時点
加盟店数: 4,496店舗アプリ掲載数
利用者数: 292,626人(アプリダウンロード数)/153,831人(累計支払ユーザー数)

「せたがやPay」は、コロナ禍で在宅生活が増えた消費者の地元回帰などを目的として、2021年に電子決済による地域通貨サービスを開始した。開始直後はまだ外出自粛要請が発令される時期だったが、2年目の2022年6月頃に「せたがや全力応援祭」として利用者へのポイント還元キャンペーンを実施。このタイミングで加盟店や利用者が増加し、コロナ禍で疲弊していた商店街や消費者が再び活気を取り戻すきっかけとなった。その後もポイントによる還元キャンペーンを頻繁に行い、継続的な利用を促進することで地域経済の活性化を図っている。

また、中小企業や個人事業者が多い傾向を踏まえ、売上の換金(払戻し)のタイミングを週次・月次の選択制にしたり、手数料を一部無料化したりと、中小個店が安心して加盟しやすい取組みを進める。地域通貨において欠かすことのできない地元のお店への細やかなフォローは、運営に参加する世田谷区商店街振興組合連合会によるところも大きいだろう。加盟店も利用者も参加したくなるようなキャンペーンを打ち出すことにより、双方が利用し、地域の活性化へと繋げているのだ。

利用者にとっても、視覚的にパッと見て分かりやすいアプリを作っていたり、セブン銀行でチャージができたりするという手軽さがある。「せたがやPay」の公式Instagramアカウントでの情報発信もその工夫のひとつだ。世田谷区に100あるという商店街から、加盟店の情報を積極的に紹介。さらに商店街の取り組みや、SDGs活動、キャンペーンの報告など、細やかな情報提供を視覚的に分かりやすく行っている。

今後はより福祉の向上、子育て支援、文化やスポーツによる交流など非経済的な価値に視点をあてた活用の拡大を図っていくそうだ。まず地域の商店街と人との結びつきを強める第一歩として、加盟店を増やし、買い物をしたくなるようなキャンペーンを都度打ち出すことで着実に経済活性化への礎を築いている。

SDGsを見える化し、ソーシャルグッドな輪を広げる「あま咲きコイン」
(兵庫・尼崎市)

「あま咲きコイン」として地域通貨を発行する尼崎市は、兵庫県の東南部に位置する街。戦後より阪神工業地帯として第二次産業が栄えていた。大阪府に隣接し、神戸、京都や奈良へも乗り換えなしでアクセスできることから、ベッドタウンとしても人気が高い。

【名称】電子地域通貨 あま咲きコインhttps://www.city.amagasaki.hyogo.jp/kurashi/siminsanka/1022002/index.html
【実施地域】兵庫県尼崎市
【運営元】尼崎市、chiica あま咲きコイン事務局、(株)トラストバンク chiica事務局
【開始時期】2020年10月より実証実験開始。2021年本格導入
【現在の普及率】※2023年7月取材時点
・利用者数:10万人以上(アプリ型6万人、カード型4万人)
・加盟店数:約1300店舗
・2022年 発行ポイント数:22億ポイント以上(1ポイント=1円)

「あま咲きコイン」はボランティアや健康診断などSDGsの達成に繋がる行動に対してあま咲きコインが貯まり、そのポイントを市内加盟店で使うことで地域経済の活性化に繋げている。

ポイントが貯まるSDGsメニューは、なんとその数、約100メニュー。付与されるポイントは10p〜20,000pまで内容によって様々だ。省エネ家電への買い替えや、ボランティア活動への参加、さらには健康診断の受診やヨガ体験など、簡単なものから大規模なものまで幅広く選択できる。

ポイントによってランクが分かれており、貯まるとアプリ内のカードの色が変わる工夫も施されている。SDGsな活動が自分のポイントにも還元される仕組みは、ゲーム感覚で思わず試したくなるだろう。

また、ポイントが貯まるメニューのひとつとして「SDGs推進サポーター」「SDGsキッズ・ジュニアサポーター」への参加がある。サポーターは、SDGsについて知る説明会に参加し、そこで学んだことを周りの人へ広げることでポイントをもらうことが出来る。幅広い世代がSDGsについて考えるきっかけをつくることで「あま咲きコイン」を利用していない人への呼びかけにもサポーターが一役買っているという。

加盟店への呼びかけとしては、商店街がイベント等であま咲きコインを発行した場合は尼崎市が補助金を支給するなど、自治体ならではのサポートを行っている。

現在は地方創生に関する行政の補助金などを利用しながら普及を進めているが、今後は地域通貨として自走できるかたちを目指している。利用者が増えると必然的に、加盟店のニーズも上がるだろう。今後、消費社会に欠かせないSDGsについて考えるきっかけを与えながら、地域活性へと繋げる姿勢そのものが、持続可能な社会を目指すチャレンジになっている。

全員配布の地域通貨を、リサイクル事業へと繋げる「kamica」
(高知・香美市)

高知県香美市は県の東部に位置する、人口約2万5千人の街。日本三大鍾乳洞である龍河洞や、アンパンマンミュージアムなど、観光施設も多い。特産品として、ニラ、やっこねぎ、ゆず、ショウガなどがあり、土佐打刃物や日本酒など、伝統的な産業も豊富な市だ。しかし住民の普段の生活としては、市街地である高知市に買い物に行く人が多かったという。

【名称】kamica https://www.kamisci.biz/kamica_info/
【実施地域】高知県香美市
【運営元】香美市、香美市商工会、凸版印刷(株)
【開始時期】2021年4月
【現在の普及率】※2023年7月取材時点
・利用者数:全市民へ配布
2022年12月に全市民へ電子マネー5000円を付与した際の利用率は94.5%
・加盟店数:104店舗

地域通貨の利用者に対して、登録へのハードルを下げてもらうことはひとつの課題である。そこで高知県香美市は、まず人口約2万5千人の香美市民全員に地域通貨「kamicaカード」を配布した。カードの名称とイラストは小学生から募集している。街の人が愛着をもって使えるようなあたたかさを感じられるデザインだ。その後アプリ版をリリースしたり、電子マネーを市から予め付与したりと、まずは市民が登録して使いやすい体制を整えた。

登録や利用のハードルを下げるためのインセンティブ(ポイント付与等)は、通常は国の助成金や自治体の予算からまかなっている場合が多い。香美市は、こうした一時的な費用の捻出ではなく、持続できる資金を作るために、開始から2年後の2023年2月より、実証実験として「kamicaリサイクル事業」を始めた。

これは、市民が指定のリサイクル回収場所へアルミ缶かペットボトルを持っていくと、1本ごとにポイントが還元される仕組みだ。住民は家庭から出たゴミをポイントに変えることができ、環境に良い取り組みを積極的に実施できる。運営側は、集めた資源ごみをリサイクル協会へ持っていくことで、収入が得られる。この収入を市民に還元するポイントの原資としているのだ。双方よしの循環するシステムを作ることで補助金などに頼らず持続可能な還元システムを作っている。

高齢者の見守り機能を果たす「養老ペイ」
(岐阜・養老町)

岐阜県養老郡にある養老町は、人口約2万6千人のスモールタウン。のどかな田園風景が広がる、農業の盛んな町だ。町内での経済循環率が低いという課題から地域通貨を始めたが、様々な付加価値を提供することによって、町民の生活のトータルサポートを試みている。

【名称】養老Pay  https://www.town.yoro.gifu.jp/docs/2023062900017/
【実施地域】岐阜県養老郡養老町
【運営元】養老町、GMOペイメントゲートウェイ(株)
【開始時期】2021年3月
【現在の普及率】※2023年7月取材時点
・利用者数:約15,000人(登録数)
・加盟店数:120店舗以上
・電子商品券発行総額:約95,700,000円(A)
・利用累計額:約74,500,000円(B)
・使用率:約77.8%((B)/(A)×100)

養老Payのアプリ運用開始を、養老町プレミアム商品券電子版の発売と同時に行い、町内全世帯へのチラシ配布や新聞折込、町HPなどWEBでの地道にPR活動を実施した養老町。商品券が呼び水となり、現在では町民の約4割の人が養老Payを登録している。

当初新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、加盟店へ対面で説明できない時期もあったが、その後、1店舗1店舗、丁寧に電話やオンラインミーティングなどで説明を重ねることで地道に加盟数を増やしてきた。

こうして獲得してきた利用者に向け、現在様々な付加サービスを実装・検討し始めている。たとえば、高齢者や子ども等の決済利用が保護者に通知される見守り機能や、オンデマンドのバス利用予約、地域ポイントや健康アプリとしての活用など。見守り機能では、利用者が保護者などのメールアドレスを登録することで、決済利用の際に登録者へ通知が行く仕組みとなっている。登録者は町民以外でも問題ないため、家族が遠く離れた場所にいる高齢者も「養老Pay」によってつながりを持つことができる。

また今後実装予定の健康アプリサービスでも、高齢者に対して健康イベントに参加することでポイントなどのインセンティブを付与したり、継続した参加が見られない場合に見守りとしてアラートされる機能も検討されている。地域経済の活性化を第一の目的としながらも、それだけに止まらず、ウェルビーイングな街づくりの方法として活用し始めているのだ。

地域に目を向けることが、社会への第一歩となる。

このように、現在地域通貨は地域の商工会や自治体、銀行などが密に連携し、それぞれの地域特性をうまく取り入れながら、活性化のための取り組みを続けている。

地域通貨は、使いやすさの点で課題も多く、自走する体力も必要なため、継続が難しい通貨であるとも言われている。しかしミクロな通貨であるからこそ、独自の施策を盛り込みやすく、地域の経済や環境問題に対する課題解決へ直結しやすい。

エシカル消費という観点が普及してきた今、社会にとって「“何”を買うべきか」ということを考える人は増えてきただろう。今後は「“どこで”、“何の通貨”で買うべきか」という点でも、消費活動への選択肢は増えていきそうだ。

私たち利用者側ができることとして、自分のまわりの地域通貨に目を向け、その活動から自分ができることについて考えたい。

 

取材・文:conomi matsuura
編集:篠ゆりえ