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ウォーク批判は、ソーシャルグッドの終わりであり、始まりでもある。|コピーライター・橋口幸生コラム

女性差別をなくそう。気候変動を止めよう。多様性を受け入れよう。そんなテーマをかかげた広告をこの連載では紹介してきた。欧米の広告業界では、商品を売るだけではない、社会を前進させる広告が評価されるようになっている。「ソーシャルグッド」と呼ばれるこの動きを日本の広告業界にも広めるべく、本連載を続けてきた。

しかし、ここに来てソーシャルグッドは曲がり角に来ている。ウォーク(Woke)という言葉で、ソーシャルグッドが批判されるようになってきたのだ。

ウォークはwake(目覚める)の過去分詞形で、「目覚めた」を意味する。社会問題に「目覚めた」リベラル層を揶揄するために使うスラングだ。日本語だと「意識高い系」に近い。

ウォークは英語圏のネトウヨ的な人たちが使う類の言葉で、大人が真面目に向き合うものではない…と、個人的には思っていた。しかし最近、少し状況が変わってきた。ソーシャルグッドを志すブランドが、ウォークという言葉で批判されるようになっているのだ。

バドライトの炎上が示した、ソーシャルグッドの限界

群馬大学准教授であり、『トランスジェンダー入門』(2023、集英社新書)の共著者である高井ゆと里氏は、自身のブログにこう記載している。

トランスの人たちの貧困率は一般集団の3倍弱です。失業率はだいたいどこの国でも3倍です。深刻な心理的苦痛を感じている人の割合は、シスの異性愛男性の2~3倍もいます。トランス女性の3割はうつ病です。どこの国でも、4割くらいのトランスの人に自殺未遂の経験があります。私たちの社会は、トランスジェンダーの人たちに対してそもそも排除的であり、そもそも差別的です。これは、構造的な問題なのです

(※1)

こうした問題を解決するために、多くのメジャーブランドがトランスジェンダーをサポートする活動を実施してきた。

代表的な事例を紹介しよう。マスターカードは "TrueName™" という、ジェンダー・アイデンティティに合わせた名前を表示できるカードを開発した。

 

名前だけで、その人が男か女か分かる場合がある。筆者の名前の「ゆきお」であれば、ほとんどの人は男と判断するだろう。そしてクレジットカードには、出生証明書の名前が表示される。トランスジェンダーにとってカードでの買い物は、出生時に割り当てられた性と異なる性で暮らしていることが分かってしまう事があるのだ。しかし、自分のジェンダー・アイデンティティに合わせた名前を表示できる"True Name™" であれば、このリスクを回避できる。

「名前が原因で差別されることがある」という、性的マジョリティにとっては想像が及びにくい気づきをサービスに落とし込んだ、優れたアイデアだと言える。

次に紹介するのは、スターバックスの事例だ。

 

名前を正式に変更するためには、役所に出向いて煩雑な手続きを経なければいけない。トランスジェンダーの場合、その過程で差別されるリスクもある。このハードルがあるため、ジェンダー・アイデンティティに合った名前に変更するトランスジェンダーの数は限られている。

この問題を解決するため、 "True Name™" は自分でつけた名前をカードに表示できるようにした。スターバックスはさらに踏み込んで、法的な名前変更をサポートする取り組みを実施した。役所で行う名前変更の手続きを、スターバックス店内で行えるようにしたのだ。カップに客の名前を書く文化があるスターバックスならではのアイデアと言える。 

しかし、残念ながらこうした取り組みがつねに成功するわけではない。2023年4月にトランスジェンダーのインフルエンサーを起用したバドライトは、不買運動を起こされている。

アメリカで一番人気を誇るライトビール「バドライト」の売り上げが急減している。トランスジェンダーのインフルエンサー、ディラン・マルベイニーとのコラボが保守派の猛反発を買ったからだ。

マルベイニーは男性から女性に変わる自身の性転換プロセスをTikTok(ティックトック)で公開し、1000万人以上のフォロワーを獲得している。今年3月にトランス動画公開1周年を迎えた彼女は4月1日、バドライトから自身の顔をプリントした缶を贈られたことをインスタグラムで公表。併せてNCAA大学男子バスケットボール大会期間中にバドライトが実施した無料サービス・キャンペーンを紹介した。

右派の政治家やミュージシャンのキッド・ロック、トランプ支持者らがソーシャルメディア上でこれを一斉に批判。バドライト不買運動の狼煙を上げた。

ビールの中心的な購買層は保守派の白人男性。彼らのボイコットの威力は凄まじく、米国内で販売されているバドワイザーなどバドファミリーの他の製品の売上も軒並み落ちていることが、最新の業界データで判明した。

(中略)

保守派の不買運動が起きてから4月29日までの4週間には、バドライトの売上高は17.2%、販売数量は21.4%減少。

(中略)

「オフプレミス」、つまりレストランやバーではなく、消費者がスーパーなどで購入するバドライトの売上高はさらに減っており、4月16~22日の週では前年同期比26%減となっている。

(※2)

この状況を受けて、コラボ企画を担当した幹部は停職処分にされた。すると、今度は一部のLGBTQ当事者やその支援者からの反発が起こった。ビジネスにトランスジェンダーを利用しておきながら、立場が悪くなると見捨てるのか、という抗議の声が挙がったのだ。

バドライトを販売するAB InBev(アンハイザー・ブッシュ・インベブ)はカンヌライオンズでマーケター・オブ・ザ・イヤーを2年連続で受賞した、広告主として高い評価を受ける企業だ。オーガニック農作物を支援するなど、ソーシャルグッドな取り組みにも熱心だった。そんなAB InBevが巻き込まれた今回の騒動は、ソーシャルグッドの限界を示している。社会に良い活動であっても、ビジネスである以上、利益につながらなければ中止せざるを得ないのだ。

※1 引用:群馬大学准教授 高井ゆと里氏のブログ「ゆと里スペース」2023年5月17日https://yutorispace.hatenablog.com/entry/2023/05/17/012332
※2 引用:Newsweek「トランス女性起用で白人マッチョ男性が不買運動、バドライトの売り上げが急減」https://news.yahoo.co.jp/articles/cc5f26e82a435bd0ba908a6643805576998040b1

WOKE 批判が炙り出す、ソーシャルグッドの問題点

そんな中、出版された『WOKE CAPITALISM 「意識高い系」資本主義が民主主義を滅ぼす』(2023、東洋経済新報社)という本が話題になっている。

『WOKE CAPITALISM』は本当は「目覚めて」いないウォーク企業の欺瞞を暴く。ウォーク企業は#MeToo運動を支持する広告を出すことや、マイノリティを登用して経営体制の多様性をアピールすることは熱心だが、富の再分配や租税回避の取り締まりなど、不公正な経済体制の是正のために避けられない問題はスルーしてきた。企業利益に反するからだ。ウォーク企業が、聞こえの良い社会的大義によって資本主義の搾取的な性質を隠蔽し、資本主義を延命させようとするものでしかない。

(中略)

著者は、より公正な社会を願う人間の道徳心までもが企業に利用されている実態を告発し、読者に対し、抑圧や差別の真の所在に目覚め、その是正に向けた正しい行動を選択せよ、と説く。

※3

一部の海外メディアは、広告業界がこの問題から目を反らしていると指摘する。

去年のカンヌライオンズでは、パーパスを掲げた広告が大量に受賞した。(中略)しかし、バドライト、ミラーライト、アディダスといったブランドが「ウォーク」として反発を受けたため、ますます二極化する社会でパーパスを追求し続けることが正しいのかと、マーケター達は考え直しはじめている。それにもかかわらず、今年のカンヌで、この問題に焦点が当てられることはほとんど無かった。(中略)Code3のチーフ・アクティベーション・オフィサーのGreg Wolnyも、次のように語る。「とても偽善的だと思います。まぁ、その話をするのは止めておこうと、人々は目を背けているのです」

(※4・筆者訳)

また、ソーシャルグッド広告はアワード受賞などで自社の評判を高めるために作られることが多い、という問題もある。そのため利益になりにくく、広告会社が持ち出しで制作することもある。ソーシャルグッド広告だけで経営を維持している広告会社は、ほとんど無いのだ(筆者が知る、とあるクリエイティブ・エージェンシーの場合、カンヌライオンズを大量受賞しているものの、一番利益を稼ぎ出している仕事はスーパーマーケットのプロモーション広告制作だった)。賞レースで評価された広告が、実際には実施されていなかったという悪質なケースすらある(こうした広告は業界用語で「スキャム」と呼ばれ、アワードへの応募資格の剥奪など重いペナルティが課される)。

これは広告業界の人間なら誰もが知っている問題だが、誰もが目をそらしてきた問題でもある。しかし、ウォーク批判が高まる中、もうこのままでいることは難しい。ソーシャルグッド路線を押し進めてきたカンヌライオンズが来年、この問題にどう向き合うか、今から注目していたい。

※3 引用:朝日新聞 三牧聖子氏の書評(2023/7/15付)
※4 参考:DIGIDAY "Cannes Briefing: After anti-‘woke’ marketing backlash, purpose-driven messaging reconsidered — plus CMO video series"より筆者翻訳
https://digiday.com/marketing/cannes-briefing-after-anti-woke-marketing-backlash-purpose-driven-messaging-reconsidered-plus-cmo-video-series/
 

ソーシャルグッドの次に来るもの

この先、広告はどう進めばいいのか?偽善的なソーシャルグッドをかなぐり捨てて、ひたすらマシンのように利益を追求するべきなのか?

筆者の答えは、否だ。 

企業が#MeTooを支持する広告を出したり、マイノリティを経営層に登用したりするのは、確かに偽善かもしれない。しかし、職場でセクハラが横行し、マジョリティしか経営層になれない時代が続くよりはマシだ。

広告会社のソーシャルグッド広告は名声目当てで、それ単体ではビジネスとして成立し得ないのかもしれない。それでも、実利を追求する広告しかない世の中が、今より生きやすいものだとは思えない。

聖人君子がいないように、完璧な企業もいない。大切なのは、矛盾や問題を抱えながらも、ビジネスを通して少しでも世の中を良くするために、もがきつづけることではないだろうか。そういう意味で、ウォーク批判は広告が次のステージに進むためのチャンスでもある。

杉並区初の女性区長になった岸本聡子さんは、筆者が行ったインタビューで次のように答えている。女性大統領候補のドールを発売するなど、ソーシャルグッドの先駆者である「バービー」についてのコメントだ。

バービーはジェンダー平等、人種間の平等など、多様性を讃えるメッセージも出しています。しかし、バービーのスレンダーな体型は、女性たちに対して呪縛のような影響を与えてきたとも言われています。その罪は大きいですよね。しかし一方で、バービーは発信力やコミュニケーション力を活用し、そういった問題を改善していくメッセージを発信してもいます。そこで、皆の意識変革や行動変容が起こることは重要です。それは政治の役割であり、コミュニケーションやメディアの役割でもあるんですが、バービーについても私は決して否定的ではありません。

(※5)

ソーシャルグッドが、本当の社会善になるのか。業界人が持て囃すミーハーな流行として終わるのか。今こそ、真価が問われている。

※5 引用:GOOD INNOVATINO LAB「杉並区長・岸本聡子さんに聞く!より良い社会をつくるために、広告にできることとは?」
https://member.goodinnovationlab.jp/article/detail/interview/20230612

 

橋口 幸生
クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。最近の代表作は図書カードNEXT新聞広告、スカパー!堺議員シリーズ、鬼平犯科帳25周年ポスター、プリッツ新聞広告「つらい」、「世界ダウン症の日」新聞広告など。『100案思考』『言葉ダイエット』著者。TCC会員。趣味は映画鑑賞&格闘技観戦。
https://twitter.com/yukio8494

 

寄稿:橋口幸生
編集:Mizuki Takeuchi