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「感覚過敏」って知ってた?感覚過敏研究所 加藤路瑛さんに聞く、感覚の多様性

感覚過敏という言葉を聞いたことがあるだろうか。

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった感覚への刺激を過剰に感じる状態のことを言い、1つの感覚が過敏な人もいれば、複数の感覚過敏を抱える人もいる。

たとえば、多くの人は日々ワイシャツを着て会社や学校に行き、蛍光灯が煌々と照らす場所で、パソコンの画面に向き合ったり、キーボードを叩いたり、集団で食事を摂ったりしているだろう。それらは、ともすると「ただの日常生活風景」に見えるかもしれない。しかし、先に挙げたいずれかの感覚が過敏な人にとっては、眩しさやにおいといった部分から苦痛を感じたり、それによって体調を崩してしまったりと、とても生活ができる環境ではないことがありうる。

感覚過敏の原因は特定されておらず、病名ではなく、症状だとされている。脳機能や身体的疾患による場合もあれば、ストレスが影響していることもあるという。(※1)

感覚過敏の例:
【視覚過敏】スマホやPCの画面、太陽の光が眩しく感じ、辛い。白い紙が眩しい
【聴覚過敏】赤ちゃんの泣き声が苦手。騒がしい場所にいると体調が悪くなる
【嗅覚過敏】食べ物や給食のにおい、周りの人の香水や柔軟剤のにおいで体調が悪くなる
【味覚過敏】食べられるものが極端に少なく、味や調味料の変化に敏感
【触覚過敏】服のタグや縫い目に痛みを感じる、重さや窮屈さから服を身につけるのが苦手

※1 参考:感覚過敏研究所「感覚過敏とは?感覚過敏に関するさまざまな疑問にお答えします」
https://kabin.life/hyperesthesia

当時中学生の当事者が立ち上げた、感覚過敏研究所

そんな感覚過敏の人が生活しやすい環境を目指し、感覚過敏の研究や日常生活における困難へのサポートとなる活動を行なっている団体がある。現在高校3年生の加藤路瑛(かとう じえい)さんが所長を務める、感覚過敏研究所だ。

加藤さん自身も感覚過敏当事者であり、日常生活で困難に思う場面があるという。たとえば小さいころから食べられるものや着られる衣服が限られており、学校に通うようになってからも昼食のお弁当のにおいで気分が悪くなったり、休み時間の同級生の騒ぎ声で頭痛がしたりと、体調不良を訴えることが多かったそうだ。その理由はなかなか分からなかったが、中学1年生のときに「感覚過敏」という言葉に出会い、自身が感じていた様々な困難や違和感の理由が分かったという。

そんな自身の体験から、学校に通う傍ら2020年に立ち上げたのが感覚過敏研究所だ。研究所では、当事者やその家族を中心に構成するコミュニティの運営や、感覚過敏の方でも着用しやすい衣服の開発・販売、感覚過敏であることを周りに知らせるバッジといった様々な商品の制作・販売、当事者と研究者でともに取り組む研究など、幅広く活動を展開している。感覚過敏当事者だけでなく、アドバイザーとして精神科医や工学の研究者も参画しており、様々な分野の専門家と一緒に活動に取り組みを進めている。

感覚過敏研究所で制作・販売している、五感の過敏さにおける困りごとを伝える缶バッジ。
このほかにも、感覚過敏により、日常生活の中で抱く困難への対策グッズを様々に取り扱っている
https://kabin.life/archives/service/badges

あしたメディアでは、感覚過敏研究所代表の加藤さんにインタビューを依頼し、どんな風にご自身の感覚と向き合ってこられたか、また感覚過敏研究所ではどんな活動をされているのか、その軌跡と展望を伺った。

まだまだ知らない感覚過敏の症状がある

「自分の困りごと」を起点に起業し、感覚過敏研究所を立ち上げたと伺いました。どのように活動が始まったのですか?

まず、私と同じように困っている人がどれくらいいるのだろうと思い、SNSで「感覚過敏に困っている人はいますか?」と発信しました。すると驚いたことに、多くの方がコメントしてくださったんです。活動に協力してくれる方も20名ほど集まり、そこから活動がスタートしました。

それまで、同じような感覚過敏の人がいることを知らず「この辛さを自分以外の人も本当に抱いているのかな?」という不安があったんです。そんななかで「私もそうです」と言ってくださる方がいて安心しましたし、一層「感覚過敏による日常の困りごとを減らしていきたい」という気持ちにもなりました。

運営されている、感覚過敏コミュニティ「かびんの森」でも、多くの方と出会うのではないかと思います。どんなコミュニティなのですか?

感覚過敏当事者とその家族、当事者を応援したいと思う人が入ることのできるコミュニティで、いまは1000名弱の方が参加しています。そのうちの約90%は、当事者とその家族です。ありがたいことに本当にいろんな方が入ってくださり、年齢で言うと親のアカウント借りて参加している小学生の子もいれば、70代ぐらいの方もいます。コミュニティに入るきっかけもそれぞれで、感覚過敏の当事者の人が「周りに当事者がいないので入りました」ということもあれば、学校の先生が応援団という形で「感覚過敏について知りたいので入りました」という例もあります。

いまは、日々の感覚過敏に関する困りごとを話したり、聴覚過敏だったら「最近どんなイヤーマフを使ってる?」といった対策に関する情報交換だったり、主に情報共有の場として使われていますね。

コミュニティを立ち上げてから数年が経ちましたが、私自身が知らなかった感覚過敏の症状の方に出会うなど、新しく知ることがたくさんあります。ときどき開催している座談会では、同じような症状の方同士が出会って、そこから新しい繋がりが生まれるような動きもありました。

インタビュー中の加藤さん。感覚過敏研究所オリジナルの背景画像は、視覚過敏・聴覚過敏の特性がある方が
ご自身のオンライン会議中の不調を訴えやすいようなデザインになっている。

参加されている当事者の方は、日常のどんな場面に困難を感じていますか?

それは本当に人それぞれです。どんな環境で生活しているかによっても変わってきますね。

たとえば視覚過敏の方であれば、蛍光灯が眩しかったり、オンライン会議が増えてパソコンの画面が眩しかったり。聴覚過敏でいうと、電車の音や赤ちゃんの声、シャーペンをカチカチする音やパソコンのキーボードの音が苦手という声もあります。

触覚過敏でいうと、とくに4月に多くなるのが「制服が着られなくてどうしよう」という声です。対応について学校側と交渉されている方も多くて。学校側が感覚過敏を知らないと理解してもらえないことも多いので、「手伝ってもらえませんか?」と頼まれることもあります。そういうときには相談のったり、コミュニティ内で実際に学校と交渉した方の成功談を共有したりしています。また精神科医の先生にも協力してもらい、その人が着られる制服を探して、その制服で登校する承諾を得たこともありました。

いま、カンコー学生服さんと協力して、着るものに対する感覚が過敏な人でも着られるワイシャツを開発しようとしています。

いずれは「着心地の良いスーツ」も開発したい

感覚過敏研究所では、アパレル製品も作られていますよね。

パーカーやTシャツ、タンクトップなどはすでに販売をしています。いま着ているパーカーも、研究所で作ったものです。縫い目が外側になっていて、肌に当たらないデザインです。実際に購入された方からは「これしか着られないから、早くいろんな色を作ってほしい!」という声や、「息子が気に入って、離してくれません」といった声もいただいてます。


衣服を作る際には、どんな難しさがあるのでしょうか?

生地探しがすごく難しいですね。私自身も強いこだわりがあります。いま販売している服も、いままで触ったなかで1番良かったものを使っているのであって、100点にはまだ遠いと思います。デザインはすぐにできても、生地が見つからないことが多いですね。

加藤さんが感覚過敏研究所で開発したパーカー。
縫い目が外側になっており肌に触れる内側がフラットであったり、フード部分が顔を覆えるサイズになっており
音や光から自分自身を守ることができたりと、感覚過敏の方が着やすいよう工夫がなされている。

「感覚」となると言葉でも伝えづらいですし、理想の状態を周りの人に共有するのも難しそうですね。

そうですね。工場の方も感覚過敏という言葉を知らなくて、よかれと思って作ってくださった縫製方法が痛いと感じることもあります。意思疎通が難しいところは、課題の1つではありますね。


ただ、これからもアパレル商品には幅広く挑戦していきたいです。僕は小さいときから「早く働きたい」と思っていたのですが、それはサラリーマンのスーツ姿に憧れたからなんです。ゆくゆくは、着心地の良いスーツの開発もしてみたいなと思っています。

刺激があふれた社会でも、安心して過ごせる場所を

少し視点を変えて、「空間のあり方」という部分からは、もっと社会がこうなっていくと良いと感じる部分はありますか?

海外では、五感の刺激を少なくし、感覚過敏の症状がある人やその家族が安心して過ごせる「センサリールーム」や、空間の照明やBGMを落とし、感覚過敏の方が落ち着いて滞在できる時間帯を設ける「クワイエットアワー」といった空間が導入されています。これを日本でも普及させたいと考えていて、運営にあたって課題となる点を把握し、改善策を話し合うなどの実証実験を始めています。

街中は光や音であふれていると思うので、誰もが静かな空間を楽しんだり、落ち着いたりできる場所がもっと増えるといいなと思います。

2022年9月に1週間限定で有楽町マルイに感覚過敏研究所のショップが開設された際、体験展示されたセンサリールームの様子。感覚過敏の当事者や家族、センサリールームに興味を持つ方々が200名以上体験された。
https://sdi.kabin.life/archives/687

五感情報をマップに表す「センサリーマップ」の作成も進めていると伺いました。

場所ごとにどのような五感の刺激があるのか、その情報を可視化したもので、たとえば聴覚過敏から「うるさい場所を避けたい」とか、「静かなところで休憩しよう」といったニーズのある方に使っていただける、外出をサポートするマップになっています。

そのマップを通じて、感覚過敏のある人が「ここはこんな状況でした」「○○が過敏な私でも行けました!」といった投稿をし、似た症状のある方がそれを見て「私もいけるんじゃないかな」と勇気を得られるようなコミュニティにしたいと思っています。いま、10代のプログラミングができるメンバーと一緒に、ウェブで使えるサービスを開発しようと動いています。

僕自身もそうですが、これまではこういったマップがなかったので、どこかに出かけようと思ったときにはSNSでその場所の口コミを調べて、音や光などの情報から「行けそうな状況ではないな…」と諦めることもありました。また、実際に行ってみたけれどやっぱり駄目で、着いた瞬間にすぐ帰るようなこともあったので、こういったマップがあると出かける際の安心度が大きく高まると思います。

様々な活動をするなかで、感覚過敏自体の認知度も変わってきている印象ですか?

研究所を始めた3年前よりは変わってきていると思います。

学校の先生でも、感覚過敏について知っている方が多くなってきた印象です。その背景には、障害者差別解消法が改定され、合理的配慮が求められていることなどもあると思います。その対応を検討する文脈から、先生方も感覚過敏や発達障害について学ばれているという話はよく聞きます。また、私も含め感覚過敏に関する講演の機会も増えているので、そういったところから知ったという声もありますね。

ただ、それでもやはり「感覚過敏って何?」と聞かれることはまだまだあるので、やはりもっと伝えていく必要があると感じています。

「目に見えないこと」にも想像力を持てる社会に

2023年7月27日には、加藤さんが書かれた新刊『カビンくんとドンマちゃん - 感覚過敏と感覚鈍麻の感じ方 -』(ワニブックス)も発売になると伺いました。

「感覚過敏」のカビンくんと、特定の感覚に対する反応が鈍くなる「感覚鈍麻」のドンマちゃんという、中学生の2人の学校生活を描いた物語です。

カビンくんには、過去の辛かった経験など、私自身を投影している部分もあります。ドンマちゃんに関しては、感覚鈍麻当事者の方にアンケートを取り、様々な感覚鈍麻を勉強させていただきました。2人の中学生活を通して、感覚過敏や感覚鈍麻の辛さや悩み、クラスメイトとの関係など、「みんなと同じことができない」というもどかしさをストーリー形式で追体験できる本になっています。


学校における合理的配慮など、大人も学べるような本になっていると思うので、年代を問わずいろんな方に読んでほしいですね。

加藤路瑛著『カビンくんとドンマちゃん - 感覚過敏と感覚鈍麻の感じ方 -』(ワニブックス、2023年)

今後、感覚過敏研究所で取り組みたいことはありますか?

アパレル製品の開発や、センサリールーム・クワイエットアワーといった空間事業はもちろん進めていきたいですが、感覚過敏研究所の軸の1つでもある「感覚過敏の研究」にも力を入れていきたいです。

感覚過敏のメカニズム解明や過敏さのコントロール方法など、「感覚過敏の人に優しい環境」を研究し、当事者の方でも日常生活を自分の好みの環境に調整できるようなデバイスも開発したいと思っています。

感覚過敏は辛いものではあるのですが、味やにおいなどの少しの違いに気づけるという意味では、「才能」としても捉えられます。過敏さも1つの個性として活かせるような社会を実現したいな、と思っています。

最後に、日常生活のなかで「こんなことに少し気を配ることで、感覚過敏の方も過ごしやすい環境につながるんじゃないか」と思うポイントがあれば、お聞かせください。

感覚過敏に限る話ではないですが、まず「目に見える情報だけで判断しない」ということが大事だと思います。たとえば嗅覚過敏の方で、ガスマスクをつけて生活されている方もいます。もし目に見えた情報だけでその方を判断してしまうと、「何でこんなとこでガスマスクをつけてるんだ!」と違和感を覚えたり、不快に思い怒ってしまったりすることもあるかもしれません。目に見えた情報だけで物事を判断しないで、「何か理由があるんじゃないかな?」とまずは想像してもらえたらいいなと思っています。


人は目に見える情報だけで多くを判断していると思います。相手の悩みや感覚の辛さなどの「目には見えないこと」を想像できる力を、社会全体で身につけていけたらいいなと思っています。見えないことも、想像して考えてもらえたら嬉しいですね。

目に見えない。言葉でも伝えづらい。1人ひとりに異なる感覚について、相手の持つものは「自分と違う」ということを、日頃認識できていただろうか。加藤さんのお話から、その意識を改めて問われる機会となった。

どんなことでも、無意識のうちに「自分の感じ方」を基準にして、相手に押し付けてしまっていることがあるかもしれない。目に見えることだけで判断をせず、1度立ち止まってその背景を想像することからはじめ、情報や刺激にあふれたいまの社会環境がどうなっていくと良いものか、考えていきたい。

 

取材・文:大沼芙実子
編集:日比楽那
写真:感覚過敏研究所提供