フードバンクといった生活困窮者のための食糧支援の仕組みを、聞いたことがある人は多いはずだ。家庭や飲食店の余った食材などを集め、必要としている人・場所に配布する仕組みである。
世界各国で取り組まれている食糧支援の仕組みだが、その取り組みのあり方やスタイル自体も、徐々に広がりを見せているようだ。たとえば、コミュニティフリッジというものをご存知だろうか。"公共の冷蔵庫"を指すその概念は、2012年にドイツの市民がイニシアチブをとる「foodsharing(フードシェアリング)」(※1)という団体によってはじまった。
地元のレストランやスーパー、そして個人が、売れ残りや余った食品を特定の冷蔵庫=コミュニティフリッジに入れ、必要な人がいつでも自由に持ち帰ることができる。無駄な廃棄が減り、環境にも優しく利用者の心理的負担を減らす点が評価されている。
コミュニティフリッジが日本で本格的に広がったのはコロナ禍であり、国内ではまだかなり新しい取り組みだ。人と人とが直接会うことなしに「助け合い」の気持ちを繋げるこの仕組みは、いったいどのように共感を得ているのだろうか。そして、食糧支援の取り組みは、どのように広がりをみせているのだろうか。
※1 参考:foodsharing「Willkommen bei foodsharing Gemeinsam für mehr Lebensmittelwertschätzung」
https://foodsharing.de
コミュニティフリッジの歴史・フードパントリーとの違いについて
食糧支援の取り組みのなかでも、比較的新しい概念とされるコミュニティフリッジについて、紹介していきたい。
ドイツでスタートしたコミュニティフリッジは、その後スペインやイギリスでも導入され、イギリスでは国内だけでも90以上のコミュニティフリッジが設置されている。日本でも2020年に岡山県で、日本初の地域の人々が利用できる冷蔵庫として「北長瀬コミュニティフリッジ」が立ち上がった。(※2)
コミュニティフリッジとよく混同される「フードパントリー」についても、併せて紹介したい。フードパントリーとは、一人親家庭や生活困窮世帯など、様々な理由で日々の食品や日用品の入手が困難な人々に対して、企業や団体などからの提供を受け、身近な地域で無料で配付する活動や場所を指す。(※3)「余った食材を有志が寄付し、困窮者が受け取る」という概念は、コミュニティフリッジと同じだ。一方、「必要としている人に直接渡す」のがフードパントリーであり、その点「無人の場所に受け取りに来てもらう」というコミュニティフリッジの特徴とは異なるだろう。コミュニティフリッジは時間の制約がなく、24時間自由に利用可能なケースが多く、その点でも従来のフードパントリーよりも、利用者を絞らず、広く支援が提供できる仕組みだと言える。
※2 参考:JR東日本企画 恵比寿発、「商業施設のこれからを見据える、新たな取り組み(3) 北長瀬コミュニティフリッジ〜「困ったときはお互いさまの気持ち」をつなぐ、日本初の“公共冷蔵庫”〜」
https://ebisu-hatsu.com/6780/
※3 参考:埼玉県「『安心して子育てができる社会を目指して』NPO法人埼玉フードパントリーネットワーク」https://www.pref.saitama.lg.jp/b0104/npohoujin/saitamafoodpantry2021.html
日本全国各地のコミュニティフリッジ
日本でも、コミュニティフリッジを導入する流れが少しずつ見受けられる。いくつかの例を紹介したい。なお、今回紹介する事例は「コミュニティフリッジ」という名称で運営しているものに留まらず、広く多くの対象者に開かれた、常設型の冷蔵庫を設置している例を対象とする。
北長瀬コミュニティフリッジー岡山県岡山市
冒頭で紹介した、日本初のコミュニティフリッジがこの「北長瀬コミュニティフリッジ」だ。商業施設「ブランチ岡山北長瀬」の一角に設置されたコミュニティフリッジで、同施設内のコミュニティスペースを運営する一般社団法人北長瀬エリアマネジメントにより提供されているサービスだ。新型コロナウイルスの影響などで生活困窮に苦しむ方に対して、個人・商店・企業が寄付した食料品や日用品を、利用者は
(1)人目を気にせず
(2)24時間365日いつでも
(3)必要なものを選んで
持ち帰れるという仕組みだ。
2021年度のグッドデザイン賞を受賞し、ベスト100にも選出された。積極的に運営ノウハウを展開することで、すでに全国6ヶ所で開設されるなど、「助け合い」の輪が広まり始めている。
親切な冷蔵庫ー大阪府大阪市
「親切な冷蔵庫」があるのは、大阪市東淀川区のマンション内にある地下ショッピング街、「ショッピングタウン エバーレ」。運営するのは惣菜店「ばんざい東あわじ」の経営者だ。
冷蔵庫の中身は、主に惣菜店の売れ残った総菜を詰めたお弁当や、近隣住民の善意による余った食料品だ。消費期限や安全性を慎重に見極めながら活用している。
コミュニティフリッジひまわりー福島県福島市
NPO法人チームふくしまは、借りているアパート内の冷蔵庫や冷凍庫にて、個人、企業、商店などから預かった食料品・日用品を利用者に渡す仕組みを設けている。アパートの一室を活用しての運営は、日本初となる。(※4)利用者は、児童扶養手当や就学援助を受給している人、奨学金を受給している学生のいずれかに該当する人が原則となっている。
近年の生活困窮者の動向
多くの場合でコミュニティフリッジの対象に含まれる、生活保護受給者層の人数の推移をみてみよう。
2022年3月時点で203万6045人となっており、約10年ほど前のピーク時より徐々に減少している。(※5)減少傾向にあるとはいえ、この数字を見ても、一定数の生活保護受給者は日本各地におり、物資支援を必要としている人々がいると解釈できる。その方の中には「昼夜働いているため、物資支援の受け取りに行けない」「地域との交流が困難」といった悩みを抱えているケースがあると想定され、その意味でも、時間的な制約が小さいコミュニティフリッジといった支援の形はニーズが高いと考えられるだろう。
※4 参考:毎日新聞「『公共冷蔵庫』福島に寄付の食品など無料でどうぞ アパートで日本初子育て家庭ら支援」
https://mainichi.jp/articles/20220207/ddl/k07/040/027000c
※5 参考:厚生労働省「生活保護制度の現状について」p.5
https://www.mhlw.go.jp/content/12002000/000977977.pdf
取り残されている困窮者がいるかもしれない
昼夜問わず働いているため時間の制約がある方や地域の目が気になる方など、フードパントリーなどの既存の支援活動から支援物資を受け取ることが難しい人でも、コミュニティフリッジを活用することで支援を受け取る機会が得られるのではないだろうか。
コミュニティフリッジは、従来のフードパントリーのように「開催される日に、その場所に行かないと支援を受け取れない」という制約を取り払い、より柔軟に支援を受けられる体制を構築した仕組みだと言える。
そのほかに、「コミュニティフリッジ」として運営こそしていないが、従来のフードパントリーよりも柔軟な支援を提供する取り組みが出てきている。1例として、東京都板橋区の取り組みをご紹介したい。
食糧支援という役割だけで終わらせない
板橋区では、2023年7月から「街かどフードパントリー」という名前で食品貯蔵庫の運営を開始した。“フードパントリー”という名前がついているが、実体は従来のフードパントリーよりも柔軟な支援を提供している取り組みと言える。
このフードパントリーは、地域の目が気になるという利用者へ配慮し、区役所から約200m離れた「情報処理センター」に設置されている。また、受け取り時間は予約制にする等、利用者の都合に合わせた利用が可能である。板橋区がこのフードパントリーの設置に至ったのは、どのような背景からなのだろうか。
「板橋区では、コロナ禍における生活困窮者やひとり親家庭などへの支援の一環として、2020年から板橋区社会福祉協議会(以下、板橋社協)に委託し、食品配付会を実施しています。しかし、エネルギー・食品価格等の物価高騰の影響を受け、生活にお困りの方からは継続的な支援を求める声が寄せられていました。
こうしたことから、従来の配付会形式とは異なる、常設型のフードパントリー『街かどフードパントリー』を開設しました。利用登録を生活困窮者の自立相談支援機関を経由して行うことで、生活にお困りの方に対し、食品支援や相談支援を行うこともできる仕組みにしています」
これまで板橋区が行ってきた食品配布会では、実際の利用者から「食品配布会で受け取ったお米や食品が支えになっている」「対応してくれた支援者が元気で優しく、温かく迎えていただきうれしかった」「たくさんの善意の気持ちで心が温まった」といった声もあったという。
「街かどフードパントリー」は、利用者と支援を繋げる仕組みも兼ねているそうだ。
「街かどフードパントリーは、生活にお困りの方に対し食品等の支援を行うものですが、それだけではなく、困りごとを抱える区民と接点を持つことも事業の目的となっています。単に食品等を配付して終わりではなく、相談支援につなげるためにも、利用登録は自立相談支援機関を経由する仕組みとしています。
また、受け取りは事前に板橋社協から送付された暗証番号で解錠します。誰にも会うことなく受け取ることができるため、匿名性にも配慮されています」
「街かどフードパントリー」を、利用者と伴走できる存在に
街かどフードパントリーは、利用者に対してきめ細やかな配慮を行い運営されることが分かった。加えて、運営の一員として地域住民も携わることができるのだという。
「区民の方からお米や缶詰などの寄付をしていただくことで、この事業を継続的なものとしていけると考えています。ぜひ、多くの区民や企業の方にご協力をいただきたいです。
また、この街かどフードパントリーは、生活にお困りの方に対する食品等の物資支援のみでなく、地域との“繋がり”をつくる場としても活用いただきたいと考えています。具体的には、抱えている困りごとを解決するために、地域住民と接点を持てる場にしていきたいです」
自治体がこのようなパントリーを運営することで、生活困窮者と地域との繋がりづくりに寄与するという面も知ることができた。街かどフードパントリーは、ただ支援を行うのではなく、困りごとを抱える方にとって伴走者のような役割を果たすのではないだろうか。
では、街かどフードパントリーは今後どのように利用者に、そして地域住民に広まっていくと考えているのだろうか。
「開業時点では1か月あたり300人分の食品支援を予定しています。
今後、拡充を検討する場合、
①安定的な配付体制の構築
②保管場所の確保
③自立相談支援機関や板橋社協との連携にかかる運用方法の検討
など様々な課題があると認識しています。まずは、この事業を開始し、その実績や区民ニーズを把握するよう努めてまいります」
支援があっても生活が苦しい人はおり、そういった見えない貧困に寄り添う支援があるのは、とても重要なことではないだろうか。従来のフードパントリー事業では、利用者と対面することで各家庭の悩みなどを吸い上げてきた。今回、板橋区で始まった「街かどフードパントリー」も、従来のフードパントリーより柔軟に利用できる形態でありながら、支援者に寄り添うという側面を併せもつ。行政と協力し、地域の支援者と利用者の思いがつながるようなシステムを構築することで、時間的な制約にとらわれることなく、お互いがスムーズに関わり合うことが可能になった例だと言えるだろう。
「ちょっとした余裕」を集めることで、困っている誰かを支えることができ、自分が困ったときには支えてもらうことができる。そんな「困ったときはお互いさま」の社会になることを、目指していきたい。
取材・文:たむらみゆ
編集:大沼芙実子