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服づくりを体験できるサブスクリプション「服のたね」からエシカル消費を考える

服を買うときの決め手は、たくさんある。たとえば着心地やデザイン、手持ちの服と合うかどうか等が挙げられる。誰しも自分のなかで服を買うときに大事にしているポイントがあるだろう。しかし、その生産背景まで説明できる人はどのくらいいるだろうか。

いま、買い手が意識すべきエシカル消費。それは、服を買うことにも当てはまる。ファッション業界においても、環境への負荷や労働環境、フェアトレードかどうかなど、様々な社会課題が山積している。しかし、普段自分が着ている服の生産過程をゼロから説明できる人はほとんどいないのではないだろうか。また、生産背景や過程、素材のことまで自分でくまなく調べるには、かなりの労力を要する。

そんなときに、利用したいサービスがある。それは、岡山県のデニムブランドである株式会社ITONAMIと一般社団法人unisteps共同代表の鎌田安里紗さんが共同で企画・運営する、「服のたね」というサービスだ。

なんと自分が着る服ができあがるまでの過程を、種を植えるところから経験できるらしい。

種から服づくりを経験できる「服のたね」

「服のたね」は、「コットンのたねが服になるまでの生産過程に関わることを通じて、服づくりを体験するプロジェクト」だ。月額3,300円(税込)のサブスクリプションサービスで、参加者には自宅にコットンの種が送られ、各自で種をまき、1年かけてコットンを育てる。育ったコットンは回収され、最後に参加者の手元に届く服の原料の一部となる。期間中は定期的に、服に対する価値観を話すオンラインミーティングや、実際に服が作られる工場を見学するツアーなども行われる。参加者は1年間で1着の服ができ上がる工程を経験しながら、実際の消費について考えることになるのだ。

服づくりについて学ぶ方法が沢山あるなかで、1年という長い時間をかけて経験をすることに抵抗がある人もいるかもしれない。タイパ(タイムパフォーマンス)という言葉が流行するいま、時間をかけて服づくりを知る価値とはなんだろうか。

ここで「服のたね」のサービスが始まった経緯を、紹介する。

「服のたね」のはじまり

「服のたね」は2018年に開始し、株式会社ITONAMIを運営するデニム兄弟、山脇耀平さん、島田舜介さんのおふたりと、一般社団法人unisteps共同代表の鎌田安里紗さんが共同で企画運営している。今回はITONAMIの山脇さんに「服のたね」についてお話を伺った。

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「ITONAMI」はデニム兄弟が運営し、岡山に拠点を構えるデニムブランドだ。彼らがブランドを始めたきっかけは、大学生のときに訪れた岡山県児島にあるデニム工場で職人たちの丁寧な服づくりを見て、もっとみんなに知ってもらいたいと思ったからだという。素晴らしい作り手の製品をきちんと届けられるブランドを作りたいと「ITONAMI」の前身であるブランド「EVERY DENIM」を2015年に立ち上げ、2020年にブランド名を「ITONAMI」へとリニューアルし、いまに至る。

ゼロからブランドを始めるなかで、デニム兄弟自身、誰にとっても身近な存在である服について知らないことが多いことに驚いたという。素晴らしい工場の技術や、それにかける職人たちの誠実な思いを聞きながら、ずっと「商品の生産過程を消費者が知るハードルを下げたい」と感じていたそうだ。そこで、当時海外を中心としたアパレル関連工場のスタディツアーを実施していた鎌田安里紗さんに声をかけたところ意気投合し、2017年に岡山のデニム工場でスタディツアーを行うこととなる。

Webに書かれた情報だけで生産者を“知っていること”と、現地に赴き生産者との“繋がりを感じること”との間には大きな違いがある。ITONAMIの山脇さんは「本来、作り手と使い手は同じ立場にいるはずなのに、いまの消費社会は双方のコミュニケーションが希薄になっている」と話す。「作る人と使う人の距離を縮め、顔の見える関係性を作っていきたい」という思いがツアーのきっかけだ。たとえば友人から手作りのプレゼントを貰ったとき、貰い手は友人が作ってくれた思いを聞いて大事にするだろう。その関係性はブランドと消費者であっても変わらずにあるべきだと山脇さんは考える。そしてそんな思いが、ITONAMIの考えるエシカル消費の基礎となっていく。

岡山でのスタディツアーは好評に終わったが、ITONAMIはもっと長い期間をかけてこの服づくりを伝えることはできないかと感じていた。自分たちで詳しい情報を発信していくこともできるが、使い手が作り手に近いところで服づくりを体験することで、生産背景に興味を持ってもらいたい、という思いがITONAMIにはあった。そこで2018年から、場所を問わずオンラインを通じて一定の期間、生産過程を追うことできる「服のたね」のサービスを開始する。

「服のたね」で体験できること

スタディツアーよりももっと身近に、そして長い期間を通していろんな人に服の生産過程について知ってほしいと開始された「服のたね」。その募集は毎年4月に行われる。募集期間の終了後、参加者にはコットンの種、つまり文字通り「服のたね」が届けられる。送られてくる種は10〜20粒程度。参加者が各自で小さなプランターなどに種をまき、植え替えなどを行いながら1年を通してコットンを育てる。参加者たちで一緒に種まきをするオンライン会もあるそうだ。途中で生じる育て方のお悩みなどに関しては、オンラインを通じてITONAMIがフォローする。

12月ごろには、リアルの場で工場見学ができるスタディツアーも開催される。場所は年によって様々で、2022年度は岡山と和歌山の工場で実施した。原料の一部を育てたあとに工場を訪れると、また違った学びがありそうだ。

翌年の3月頃には、コットンが収穫できる。しかし、コットンの生育はなかなか難しい。届いた10粒以上の種をまいたとしても、その種全部が発芽するわけではなく、ひとりが収穫できる量はうまくいっても片手で収まるくらいだという。収穫できたコットンはITONAMIが預かり、工場へと届ける。人によっては枯らしてしまうケースもあるそうだが、もちろんそれでも問題ないとのこと。上手に育てることが目的ではなく、あくまでも生地づくりに関するリアリティを知ってもらうことが目的だからだ。コットンの収穫は種まきから約1年後で、そこから服などのアイテムづくりが始まるため、実際に参加者の手元に服が届くのはもっと後になる。コットンが服になるまでの期間の長さと苦労を、身をもって体験することができる。

「服のたね」で作られるアイテムは毎年違う。これまでにスウェットやソックス、スニーカー、Tシャツなど、コットンの種から様々なアイテムを作ってきた。どんなアイテムが作られるかは毎年募集時に発表しており、2023年はスウェットパンツの予定だそうだ。また、作るアイテムによって関わる会社や工場は異なる。コットンを糸にする工場、糸を生地にする工場、生地を服にする工場そう聞くだけでも、服作りには沢山の関係者が存在することが分かる。さらにアイテムによって生産過程が異なるため、もし複数年継続して参加した場合も、毎年違った発見や学びを得ることができる。

作るアイテムは募集時から決まっているものの、具体的なデザイン等、細部の検討はプロジェクトと並行してスタートする。コットンの生育時期と並行して定期的にオンラインで開催される「ものづくり会議」では、アイテムの生産過程を学ぶほか、実際に関わる工場の方のお話を聞いたり、一緒にアイテムのデザインを考えたりと、参加者もアイテムづくりの一部に携わることができる。ときにはトラブルでアイテムの生産が遅れるなどのケースもあるそうだが、そういったイレギュラーな事情をダイレクトに知ることができるのも「服のたね」の醍醐味かもしれない。

2018年の開始当初は20〜30人だった参加者は、近年は100人前後にまで増えている。2023年からは、運営者から一方的に情報を共有するのではなく、参加者同士もコミュニケーションが取れるようなツールも考えているそうだ。

「服のたね」をまくこと

ひとつの種が実をつけるまでには、長い時間がかかる。だが長い時間をかけるからこそ、服に対する学びはより深いものになるだろう。ITONAMIの山脇さんは「自分が少しでも生産過程に関わった服を持つことは、どこかで売られている服を買うことと全く違う体験になると思う。そういう特別な1着を大事にしてもらうことで、もしかしたらいままで服を大事にできなかった人も、これから大事にするきっかけになるんじゃないか」と話す。「服のたね」には、ただ服を買うこと以上の体験と価値があるだろう。

2023年の「服のたね」は、4月10日(月)〜30日(日)が募集期間となっている。詳しくは、「ITONAMI」のサイトより確認できる。

また「服のたね」に参加していない人も、「服のたね」を通じて作られたアイテムの購入が可能だ。1年間のプロジェクトとして参加することが難しい場合は、エシカル消費の選択肢の1つとしてアイテムを手にすることから始められる。ITONAMIでは「服のたね」のほかにも、不要になったデニムを改修して新しいデニムをつくる「FUKKOKU」や、インディゴ染めによって色褪せた衣服を染め直す「fukuen」など、エシカルな消費を促すための様々なサービスを展開している。

私たちはいま、欲しいと思えばすぐに服を買うことができる。だが実際は、その背景には想像を超えた努力や工夫の積み重ねがある。「服のたね」のサービスでは、1着のアイテムが手に届くまでにどれだけの労力をもって作られているか、“時間”をかけて知ることになる。それは本やウェブで知識を得ること以上の体験ができるだろう。きっとそのあとには服に対する価値観がガラっと変わるはずだ。

 

文:conomi matsuura
編集:大沼芙実子
写真:株式会社ITONAMI提供