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本間かなみプロデューサーに聞く、『SHUT UP』が示した社会の絶望と希望 

2023年12月から2024年1月末にかけて放送されたドラマ『SHUT UP』(テレビ東京系)。若者の貧困、性暴力、性的同意などを題材とする本作は、その丁寧な描写も相まって、放送終了後のいまでもドラマについての投稿をSNSで度々見かける。

本作が社会に訴えかけたメッセージは深く、重く、見ている人がいまの社会について考えるきっかけをくれた。まさに「いまだからこそ見るべきドラマ」ではないだろうか。

今回は、本作のプロデューサーを担当したテレビ東京の本間かなみさんに話を伺った。過去には『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(2020年)、『うきわ』(2021年)、『今夜すきやきだよ』(2023年)など原作のある作品の実写化を担当した本間さんだが、本作は初のオリジナル作品だ。『SHUT UP』を通して本間さんが伝えたかった社会のリアル、闇、そして希望とは。

『SHUT UP』

学費も生活費も自分で稼ぐ苦学生・由希は、同じ境遇である恵、しおり、紗奈の4人で共同生活をしていた。そんなある日、恵の妊娠が発覚、相手はサークルの先輩である悠馬だった。しかし悠馬は相談に乗らないどころか、馬鹿にするだけで向き合ってさえくれない。そこで中絶費用を稼ぐために恵以外の3人はパパ活をすることに。

中絶を無事に終えたのも束の間、今度は由希のパパ活の動画がSNS上に流出。動画を削除する為に必要な弁護士費用は100万円だった。そこで、諸悪の根源である悠馬からの「100万円強奪計画」を実行することに。しかし、その復讐はやがて思わぬ方向に進んでいく。

※第6話、第7話は性被害について語るシーンを含みます。ご懸念のある方はご視聴をお控えください。

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出演:
仁村紗和 莉子 片山友希 渡邉美穂
一ノ瀬颯 芋生悠 井上想良 野村康太
草川拓弥(超特急)
監督:児山隆 進藤丈広
脚本:山西竜矢 いとう菜のは 的場友見
音楽プロデューサー:鶴丸正太郎
音楽:坂本秀一
チーフプロデューサー:森田昇(テレビ東京)
プロデューサー: 本間かなみ(テレビ東京) 雫石瑞穂(テレパック) 山本梨恵(テレパック)
製作:テレビ東京 テレパック
制作著作:「SHUT UP」 製作委員会
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過去の本間プロデューサーの作品と異なる点

『SHUT UP』は本間さんにとって初のオリジナル作品でしたが、オリジナル作品を手がける上で挑戦したかったこと、伝えたかったことを教えてください。

これまでの作品では、“希望的世界であること”に重きを置いてきました。今回はその逆で、この社会の“絶望的な側面”をベースに作品を作ることに挑戦したかったんです。

いまの社会には、“自己責任ではない貧しさ”や性被害などに苦しむ人に対して、安全圏から浅はかな正論や自己責任論で口をふさいでくる人が少なからずいます。また、それが社会の風潮になっている部分もあると感じます。けれども、「その状況に置かれているあなたたちは絶対に悪くない」ということをこの作品を通じて伝えたかったです。

これまでの作品とは違い、“社会の絶望的な側面”をベースにしたことには何かきっかけがあったのでしょうか。

ここ数年、ポジティブで明るい理想的世界を描くドラマが増えたように感じていて。私もそういう作品が好きだし、大切な存在だと思いますが、ときとして社会に横たわる問題を覆い隠してしまってるんじゃないか、と感じることがありました。

なので、その社会にある問題に正面から向き合って描く作品を作りたいと思って『SHUT UP』を作りました。見た人が許されるべきではないことに対して一緒に立ち上がるエネルギーを貰える、変えなければいけない社会の構造を考えるきっかけになる作品にしたかったんです。そのためにいままでのアプローチから変えて、絶望的な側面をベースにすることにしました。

仁村紗和さんが演じる主人公・田島由希

本作では社会にある問題だけでなく、個人が抱えている悩みや主人公たちが行動に至る背景などもリアルに描かれていました。

いままでの作品とは、意識して変えたことがあります。これまでは見ている人に愛されることや、感情移入して見てもらうことを意識してドラマを作っていました。ですが、本作ではそれを最優先にするのはやめようと思い、脚本の山西さん、監督の児山さん、一緒にプロデュースをしてくれた雫石さんたちと話しながら制作を進めました。

“見ている人に愛されることや、感情移入してもらうこと”を、本作で最優先にしなかったのはなぜなのでしょうか。

人情と人権を混在させたくない、と思っていたからです。

愛されやすい、感情移入しやすい人物にしようと思うと、いわゆる健気だったり、いい子の比重が高い人物造形になることが多いです。ずるい言い方をすれば、人情に訴えかける表現手法だと言えます。

ですが、「この人はいい子だから助けたい」「この人は良い奴だから、社会が間違っている」というのではなく、あなたの理想の被害者や弱者じゃなくても、その困難が社会の歪みから生じているのならば、社会が間違っている。たとえば被害者に同情できる・できないに関わらず、性暴力は絶対にいけないこと、という目線を大事にしたいと思ったんです。なので、今回はあえて感情移入のしやすさ、愛されやすさ、という所から少し距離を置きました。

由希たちと敵対する悠馬という男性については、また別の理由になるんですが、彼を記号的な悪にはしたくない一方で、ミソジニー(女性蔑視)になった背景や、彼の葛藤や苦悩を掘り下げることはしないようにしました。伊月の台詞にもありますが、性暴力の加害者の事情なんて知る必要ない。作品として彼に寄り添うことは、作品が彼を許すことにも地続きになってしまうような感覚があって、彼の価値観が形成された背景はあえて掘り下げないようにしました。

一ノ瀬颯さん演じる鈴木悠馬

▼ミソジニーについて解説した記事はこちら

題材以上に、“女性の性”を消費をしたくない

本作が社会のリアルを描く上で、「SNS」は大きな役割を果たしていたと思います。SNSで動画が拡散され、由希たちが追い詰められていく一連の場面は非常にリアルでした。

SNSのことは、企画書の段階から扱うと決めてました。いまを生きる若者たちの物語を描くとなったらSNSの要素は必要不可欠だなと思ったんです。

昨今、SNS上での私刑が盛んですよね。著名人だけでなく一般の人でさえも晒しあげることが当たり前になってきました。なかには、正義感だけではないアテンション・エコノミー(※1)的なパフォーマンスが入ってるものもあるように感じます。そういう行いをする人たちがいること、さらにそのような姿を正義だと信じる層が一定数いる現実に、すごく怖さを覚えました。

その気持ちは山西さんや児山さんも共通して持っていたので、SNSの場面は制作陣のそういう感覚をベースに作り上げた側面が大きいですね。あと、物語のターニングポイントになる由希のパパ活の動画がSNSでさらされるくだりも、慎重に扱いました。

恵の中絶費用を稼ぐために由希たちはパパ活をするわけですが、その動画がSNSにさらされます。そこから、動画の削除を弁護士に依頼するための費用として、悠馬(恵が妊娠した時の相手)からの「100万円強奪計画」が始動するので物語上欠かせないシーンですよね。具体的にどこが議論のポイントになったのでしょうか。

動画がどれぐらい拡散される形で描くか、またどのような内容の動画が流出する設定にするかというところです。現実でこのようなことが起きてしまう場合、行為中の動画が流出するケースが少なくありません。ただ、さらされてしまうのが露骨な内容でなくたとえホテルに入っていく様子を撮影した動画だとしても、当事者である由希たちにとっては“お金を盗んででも消したい動画”に十分値するなと思ったんですよね。

拡散数やコメント数も同じで、たとえ動画が大勢の人に見られていなかったとしても、SNSにアップされた時点で「絶対に消してほしい」と思うのが被害者側の心情だと思います。本作は、貧困や格差社会なども含め女性が生きる上での苦難を描くからこそ、物語上で彼女たちを必要以上に追い込むことは避けました。

少しその話にも関わりますが、本作は性暴力や性的同意が題材ですが、性行為や性暴力の描写が1つもありませんでした。これらは意図的に加えなかったのでしょうか。

おっしゃる通りです。実際の性行為の場面もそうですが、“彼女たちの肌をどこまで見せるのか”というところは最初から慎重に考えていました。たとえば、彼女達は共同生活をしているので寮内で1人のシーンを描きたいと思い、お風呂のシーンを入れることも候補に上がったのですが、それはあえて外しました。

『SHUT UP』は妊娠・中絶・パパ活を題材にしているので、そもそも女性の性に焦点を当てています。それは言い換えると、“女性の性を消費している作品”だとも思ったんです。だからこそ、題材以上に女性の性を消費をしたくなかったんです。

残念ながら、性暴力を性的興奮を目的に消費する人が社会には少なからず存在します。劇中で性暴力を受けたことを告白するシーンがありますが、その回の脚本担当・的場さんとも相談し、絶対にそういう人たちには消費されたくないねと話しながら、一連の場面を作りました。

※1 用語:日本語で「関心経済」や「注意経済」と呼ばれる概念。情報過多の社会においては、供給される情報量に比して人々が支払えるアテンション(注意)ないし消費時間が希少となる。その背景から、人々の注目や関心が経済的価値を持ち、それ自体に貨幣的意味や重要性を持つという経済学の概念を言う。

“性的同意”はとても大切な人権の話

劇中には、実際の団体をモチーフにした、性被害当事者の人たちのための活動を行う団体「Sancti」が登場します。Sanctiの一連の場面は、恵が自分が受けていたことが性暴力だと理解し、自分の言葉にする点で重要な役割を果たしていました。かなりセンシティブな場面だと思いますが、この場面で気にかけたことがあれば伺いたいです。

Sanctiの場面に関しては、実際の団体の資料を拝見したり、実際に行ったことのある人に話を聞かせてもらったりしながら作り上げていきました。そのなかでも、野呂佳代さんに演じてもらったSanctiのスタッフ・高梨と恵のやり取りのシーンはとくに意識しました。

恵は性被害を「そういうもの」だと飲み込み、「自分が悪かった」と自分を責め、被害を被害だと思うことも、そのときの気持ちを吐き出すことさえもできませんでした。高梨はそんな恵の心を解きほぐすアプローチをするわけですが、恵に届く適切な強さの言葉を考えるのに苦労しました。ただ、恵が自分の受けたことを“性暴力”だと理解する場面を描くかどうかに迷いは生じませんでした。最終回に「性的同意とても大切な人権の話です」という高梨のセリフがあるように、性的同意は作品の1番大きなテーマとして扱うと、製作初期から製作陣全員で決めていたので。

野呂佳代さん演じる高梨塔子

講師役に野呂さんを起用した意図があれば伺いたいです。

性被害を受けた人のなかには“自分にも非がある”と思ってしまうことがあります。そうすると、受けた被害を自分の言葉で理解できるまですごく時間がかかるし、そこに至るまでにはいろんな咀嚼が必要です。その咀嚼を受け止めてくれそうな人に高梨を演じて欲しいと思い、野呂さんにお願いしました。

あとは女性がたくさん出てくる作品なので、ルック的なところでも女性の多様さが見えてくるようにしたいと思っていて、たとえば服装も人物ごとに系統を変えるように意識していました。年代で言っても野呂さんぐらいの方はあまり登場していなかったですし、柔和な雰囲気で親近感が感じられる話し方という点でも、本作において野呂さんは唯一無二の存在でした。実際に出演してもらうことで作品としての幅が広がったのではないでしょうか。

性暴力は勧善懲悪で終わらせていいものじゃない

本作は男性のミソジニー、ホモソーシャルにも切り込む描写が多かった印象です。さらには、それらの価値観から脱却しようとする伊月、現代的な価値観を兼ね備えている陽太など男性の価値観の書き分けも気になりました。男性の描き方で意識したことを伺いたいです。

男女の二項対立にしない、ということは意識していました。SNSを見ていると顕著ですが、女性が性被害の声を上げるとき男女の分断が起こりがちだと思います。けれども、伊月や陽太のようなミソジニー、ホモソーシャルから脱却した男性が増えて手を取り合えたら、男女ともに少しでも声を上げやすくなるのではないか、もしかしたら性暴力をなくせる未来だってあるのではないか、という希望を提示したかったんです。

あと、この2人は共通して由希たちに対して“恋愛感情”を抱かない設定にすると決めていました。恋愛感情があると、言動の理由が全部恋愛的なものに帰結されてしまいがちですが、男女が連帯するときに“恋愛感情は必要ない”という形も希望だと思ったんです。その上で、陽太は由希が屈託なく過ごせる唯一の相手にして、見ている人が「こういう男の人だっているよね」って思えるような存在にしたかったです。

草川拓弥さん演じる宇野陽太(左)

伊月に関しては、見ている人に1番身近に感じてもらえる人物にしました。性暴力が横行しているサークルに所属し、悠馬たちの暴力に見て見ぬふりをしていた伊月が立ち上がって由希たちの味方になることで、見ている人たちに“立ち上がることの大切さ”が伝わればいいなと思ったんです。多分、性暴力が起きてしまうときって、男女ともに傍観者はいるはずで、だから伊月は男性だけど男女限らず共鳴する部分があるようなキャラクターにしました。

野村康太さん演じる榎本伊月(右)

本作は、いわゆる勧善懲悪の結末ではないですよね。由希たちが対話を重ねた上で結論を出し、彼女たちはそれに基づいた行動を起こすわけですが、なぜこのような結末にしたのでしょうか。

最初は勧善懲悪の結末も考えました。もちろん見ていてすごくスッキリしますし、視聴者からすると1つの希望的展開でもあると思うんです。

ただ、いまは性暴力の重大さがまだまだ社会に浸透しきってないフェーズだと思っていて、被害の声を上げた人に対してセカンドレイプが平気で起こる社会です。少し強い言葉になりますが、性暴力を受けた傷は、加害者が死んでも無くならない可能性だってある。こういった背景を前提としたときに、性暴力は勧善懲悪で終わらせていいものじゃない、性暴力がいかに重いことなのか社会に伝わってほしいと思い、あのようなラストにしました。

あと、加害者が十分な裁きを受けないことに対して、見ている人に腹を立てて欲しいとも思っていました。日本は性暴力に対して、あらゆる面で遅れていると感じていて、性加害者に対する処罰にしても他の先進国と比べて遅れていると思うんですよね。

私は日本も海外の先進国と同じような認識になってほしいし、劇中にも登場する「Yes means Yes」の言葉に追いつける社会になってほしい。本作を見て抱いた怒りの気持ちが、社会を前に押し進めるエネルギーになってくれれば嬉しいですね。

男性同士の繋がり方に活路が見出せる作品をいつか作れたら

『SHUT UP』や他の作品も含めてですが、本間さんがプロデュースするドラマはセンシティブな題材でもそれを消費しているようには感じず、作品を通しての社会へのメッセージが伝わってきます。1歩間違えると消費していると捉えられかねない題材を取り扱うときに、気をつけていることがあれば伺いたいです。

そう言ってもらえるとありがたいですが、個人的には題材にする時点である程度消費してしまっていると思うんです。実際にドラマの登場人物に近い人が実在している場合、エンタメとして消費することはその人に対して加害行為をしていることと等しいことだなと思います。

なので、「ドラマの登場人物が実際に生きていたら」という気持ちで、当事者の方々に対してのリスペクトは必ず念頭に置き作品を作っています。ここは葛藤もありますが、ドラマだからこそ社会に提示できることがあるのではないかという思いもあります。

過去の作品やインタビューを拝見しているときから感じていましたが、今日お話を伺って本間さんがいかに真っ当に作品を作っているか改めて理解できました。そのために意識していることはありますか。

自分のことは全然真っ当だと思っていないです(笑)。ただ1つあげるとしたら、「自分には加害性がある」ということを常に自覚し続けることでしょうか。

どれだけ努力しても、生きとし生けるもの皆誰かを傷つける。それは自分も例外じゃないですし、自分が携わった作品も例外ではないです。そのなかで、作り手として何ができるかを考えて作品を作っています。

たとえば本作だと、恵の中絶費用を稼ぐためにみんなでパパ活をするときにルールを決めるシーンがあります。そのなかで「原則はお茶やご飯だけでホテルには行かない」と言うんですが、そこで「密室は危ないから」という言葉をつけ加えたんです。

細かいですが「ホテルには行かない」だけだと、文脈的に「体を売る人=悪」と一面的に受け取られかねないような懸念があって。だけど、生きていくために「体を売る」という選択しかできない人は実際にいます。当事者にとっては切実なサバイブで、否定すべきは女性の性が商売道具になってしまう社会背景や、そこまで追い詰められてしまう構造です。なので「密室で2人は危ないから」という、彼女たちが互いの身を案ずる言葉を加えることで、体を売らざるを得ない経験を持った誰かを一面的に否定するようなメッセージにならないようにしました。

本作が、誰かに寄り添いながらも社会に対する強いメッセージを持っているのは、1つ1つの気持ちの積み重ねがあってこそだと改めて実感しました。今後は、男性同士がケアする話にも挑戦したいそうですが、その考えに至った背景を伺いたいです。

以前、海外の男性が“有害な男らしさ”について語っているスピーチを見たのですが、そのなかに「私達男性に必要なのは、セックスではなくハグだ」と述べる部分がありました。そこから、男性同士のコミュニケーションや、ケアし合えない文化みたいなものが気になりだしたんです。

テレビ業界は男の人が多くて、学生時代よりも社会人になってからの方がホモソーシャルの有害な部分を感じることが多くなりました。なので、それを解体するきっかけになる作品が作れたら、誰かにとっての光になるんじゃないかなと思ったんです。

ホモソーシャルな関係で男性同士がケアし合えない文化というのは、男性自身を苦しめているようにも思うので、そういうものを解体して男性同士の繋がり方に活路を見出せればと思っています。

本間さんが作る「男性同士がケアする話」はいまからすでに待ち遠しいので、実現を楽しみにしています。最後に、このインタビューがきっかけで『SHUT UP』をこれからご覧になる人にメッセージをいただけますでしょうか。

一時期、「テレビドラマって恵まれた人たちの物語しかないじゃん」と思っていたことがありました。いまもたまに思います。そんな似た気持ちを持った誰かに寄り添えることを願って作ったのが、『SHUT UP』です。パパ活や貧困、性暴力という言葉の印象が強いかもしれませんが、女性たちの友情の話でもあります。そして、男女の連帯の話でもあります。「1人じゃない」と言葉で伝えると薄っぺらく感じますが、でもこの作品が誰かの居場所になれたらうれしいです。

個人的には、性暴力や貧困、女性の生きづらさなどを無縁に感じている男性にこそ本作をみてほしい。「生理の貧困」への理解を深めたり、「性的同意」の大切さに気づいたり、誰かと連帯することの大切さを理解することができるはずだ。

いまの社会では、被害者が声をあげて初めて可視化される問題が多い。しかし、被害者が矢面に立ち、戦わなければならない社会は果たして正しい姿なのだろうか。劇中の陽太のセリフを借りるならば「傷ついた人が直接戦わないといけないのはおかしい」。

誰かが声を上げようとしたときに手を取りあう、誰かが虐げられている場から逃げずにその問題と向き合う、それらの過酷さと大変さを『SHUT UP』は示した。社会の価値観は少しずつアップデートされているが、不平等な構造や制度は残り続けている。そんないまだからこそ『SHUT UP』を見て社会の絶望的な側面と希望について考えるきっかけにしてほしい。

『SHUT UP』は動画配信サービス「U-NEXT」「Lemino」にて全話見放題配信中
▶U-NEXT:https://t.unext.jp/r/tv-tokyo_pr
▶Lemino:https://lemino.docomo.ne.jp/

▼本間プロデューサー担当過去作『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(チェリまほ)に出演した佐藤玲さんのコラムとインタビューはこちら


 

 

文・取材:吉岡葵
編集:大沼芙実子
写真:SHUT UP製作委員会提供