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若者が見る“政治のいま”|政治学者に聞く。「一票の価値」を知った若者が選択する“ある行動”

インターネットやSNSを通じて情報が溢れた社会で、いま、若者は政治にどう関わり、政治をどう見ているのだろうかーー。

そんな疑問からはじまった連載「若者が見る“政治のいま”」。選挙権を持つ若者がどのように政治を捉え、関わっているのか、様々な角度から深掘りしていく。

2回目となる今回は、政治学の専門家である大阪経済大学の秦正樹准教授に、研究から見える若者の政治への向き合い方を伺った。

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秦 正樹(はた・まさき) 大阪経済大学情報社会学部准教授
1988年広島県生まれ。博士(政治学)。大阪市立大学法学部卒業後、神戸大学大学院法学研究科(政治学専攻)を修了。北九州市立大学法学部講師、京都府立大学公共政策学部准教授を経て、2024年4月より現職。専門分野は、政治心理学・政治行動論・現代日本政治分析。現在は現代日本における「野党」に対する有権者の認識、若年層の政治意識や投票行動、外交・安全保障政策をめぐる世論の変動、陰謀論やフェイクニュースが主な研究テーマ。

若者にとって「選挙に行って得られる利益」とは?

まず聞いてみたのが、投票率について。日本の投票率は総じて低いと言えるが、とくに顕著なのが若者の投票率の低さだ。これまでの衆議院議員選挙における投票率の推移を例に見てみると、20代の投票率が1番低く、その次が2016年から選挙権を持つようになった10代という結果だ。

総務省「国政選挙における年代別投票率について」をもとに筆者作成

特徴的に感じたのが、10代と20代の差だ。20代の投票率と比較すると、明確に10代の投票率の方が高い結果になっているが、これには何か原因があるのだろうか。

(以下、括弧内は秦准教授)

「10代、とくに18歳は結構選挙に行っていて、20歳になると行かないというのは、明瞭な傾向があると思います。

18歳には高校生が含まれます。大学生に比べると、高校生の方が入試の準備をしている影響などから政治に接する時間は明らかに多いんです。その政治に関わる時間数が、投票率に関連していると見て取れると思います」

社会人になると投票率が上がる傾向があるというが、秦准教授はそのなかでも「正社員の投票率が高い傾向がある」と言う。(※1)非正規雇用の人の投票率が比較的低い理由には、大学生の投票率の低さにも近い背景があるようだ。

「非正規雇用の人や大学生の投票率が低い大きな背景は、『何が自分の利益か分からない』というところだと思います。

たとえば、2024年10月の衆議院議員選挙では、とくに若い層の間で国民民主党が大きく票を伸ばしました。これには色々な背景があると思いますが、1つは『手取りを増やす。』と明確に掲げ、『103万円の壁(※2)』の対策を打ち出したこと。この『103万円の壁』に関係あるのは、大学生や非正規雇用の人たちです。

よく経済対策で『減税』が挙がりますが、収入が少ない人のなかには、非課税世帯である可能性だってある。そういう人たちにとっては、減税なんて関係ありません。これまで出ていた経済政策では、自分にどんな利益があるのか、分かりづらかったのではないかと思います。それに対して、分かりやすく焦点を当てたのが今回の国民民主党だった、という見方はできると感じています」

大学生の国民民主党人気は、授業をしている中でも感じているという。

朝日新聞「若年層の支持、国民とれいわが拡大 自民は激減 朝日出口調査」をもとに筆者作成

「自分たちに直接利益があると分かれば、やはり投票しますよね。反対に、利益が分からないと、なかなか投票に結びつかない。そう考えると、自分たちの利益になるような政党が『なかった』、だから投票に行かない、と言えるかもしれないです。

投票に行くのだって、事前に情報収集をしたり、当日投票所に足を運んだりと、手間がかかります。選挙に行く手間と自分が得られる利益を天秤にかけて判断するわけですから、その利益が下回れば行かない、という判断は理解できるかなと思います」

※1 参考:秦正樹 「ライフサイクルと政治意識:若年層への社会調査を用いた実証研究」日本選挙学会ポスターセッション(2013年5月)
https://hatam.sakura.ne.jp/article/posterele2013.pdf
※2 用語:「103万円の壁」とは所得税が課税される年収のラインのこと。給与収入が年間103万円を超えると、所得税の課税対象となり、家族の扶養から外れ、税負担が増える可能性がある

利益が分散する若者は「非言語情報」で候補者を選ぶ可能性も?

「選挙に行くことで、自分がどんな利益を得られるのか分からない」という感覚は、率直な意見のように感じる。そう思うとその「利益」にあたるもの、そしてその多寡には、世代による差もあるのだろうか?

「若者の特徴として言えるのは、『利益が分散されている』ということです。たとえば18歳にとっての利益は『大学無償化』や『奨学金』で、それが就職すると『賃上げ』になり、25歳以上になると徐々に『結婚・子育て支援』などに変わってきます。ライフステージの変化が大きく、10〜20代の間に利益の重点が次々に変化していくんです。

大学を卒業した途端『大学無償化』なんて関心外ですよね。数年前には必死に推していた政策が、どうでも良くなってしまう。なので票が分散しやすい特徴があります。それに対して定年退職した以降の世代は『高齢者の社会保障』といった1点に集中し、利益が明確です。そこは大きな違いだと思います」

目先の利益が変動する若者にとって、各政党が掲げる公約から「利益」の判断がつかない場合、それ以外の要素で候補者を選ぶ必要性が出てくる。そうすると、政策以外の「非言語情報」で推論し、候補者を選定するしかない状況も生まれてくるという。

その背景から、秦准教授は過去に「若年層はなんの要素から候補者を選定するのか」という研究の一環で、「政策」「見た目」それぞれが候補者選定に与える影響を実験したという。同じ政策を掲げる、世代の異なる候補者の顔を並べた際、10代・20代でそれぞれ候補者選定にどのような傾向が見られるか?を測った実験だ。その際には、とくに10代において「見た目」の要素が候補者選定に大きな影響を持つ、という結果が明らかになったそうだ。(※3

なるほど、自分の利益とマッチするかが分からない、あるいはそれを知るためのコストが大きいと感じられる場合には、それ以外の要素や「印象」で決めざるを得ない事実も想像できる。

また最近では、候補者選定へのSNSの影響も頻繁に聞く印象がある。若者に馴染み深いショート動画などを駆使し、自身の注目度を高めた候補者が増えている、といった声も耳にする。これらも「非言語情報」に該当すると思うが、秦准教授は「その因果関係は、慎重に語って行くべき」だと話す。

「都知事選や今回の衆院選において、SNSが若者候補者選定に効果を与えた可能性はありますが、因果関係ははっきりとは分からないと思います。

閲覧数というデータはあるとしても、『なんとなくSNSを見ていて、たまたまその候補者を知り、投票に繋がった』のか、『友達から聞いたなどの理由で元々知っていて、その情報収集のためにSNSを見にいった』だけなのかは調査が難しい。前者の場合には、SNSの効果が認められるとは思いますが、現時点でははっきりとは言えず、要検証だと感じています」

※3 参考:秦正樹 2018「若年層における候補者選択の基準:候補者の「見た目」と「政策」に注目したサーベイ実験より」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/pcstudies/2018/70/2018_45/_pdf/-char/ja

イデオロギーの捉え方も、世代によって差がある

ここで面白い調査がある。『選挙との対話』(2024年、青土社)に秦准教授が寄せた、世代ごとによって各政党を右派と左派、どう捉えるか、というイデオロギー調査だ。(※4

その結果では、世代によって少しずつ各政党の捉え方が異なるという結果が示されており、「20代は、伝統的な左右イデオロギーという点で、立憲民主党と日本維新の会の間に、ほとんど違いを見出していない」という結果も示されている。その背景についても、秦准教授に聞いてみた。

「いまの20代前半までの人は、当時の『民主党』を知りません。だからその上の世代と比べても、いまの立憲民主党に左派的なイメージを持っていない可能性があります。この調査でも、20代前半の若者は立憲民主党を『中道』と見ています。基本的に私たちは、過去の自分自身の政治的な経験を踏まえながら各党を判断している、と捉えられるかなと思います」

このようなイデオロギーの世代別の認識差について、同書で秦准教授は以下のように指摘する。

このように世代間で政党イデオロギー位置認識のギャップがあると、仮にその政党が政権を奪取したときに、「思っていた政党の姿と違う」という失望を生み出しやすくなる可能性があります。

「各党の捉え方」の感覚値が世代によって違うということは、今後の若者と政治の関わりを捉える上でもカギになりそうだ。

また、若者の政治参加に向けたアプローチとして「被選挙権の引き下げ」もしばしば話題に挙がる。ある調査では、20代候補者の比率と10〜20代の投票率との間に相関が認められ、若い候補者の存在が若者の政治への関心・投票率の向上に寄与する可能性を訴えている。(※5

それに対しては、また別の角度から検討の余地があると、示唆を与えてくれた。

「被選挙権引き下げについては、供託金の問題もありますが、それ以外にも考えるべきところはあるかなと感じます。

たとえば18歳だと、大学生をしながら政治家はできません。いわゆる“普通の大学生”みたいな生活はできなくなりますよね。また、政治家として長期的なキャリアを歩むことを決心しているならまだ良いのですが、仮に政治家を辞めてセカンドキャリアを歩みたいと思った場合、周りよりもかなり上の年齢でもう一度学生に戻るのか、あるいは新卒の年齢を過ぎてどう就職するのかとか、政治に関わらなければ生じなかったはずの大きな苦労はあると思うんです。さらに、若い人の利益を10代や20代の人にすべて代表させるには、少し重すぎる気もするんですよね。

被選挙権を引き下げ、若い人の声を反映したいと思うなら、候補者が数名出てくる程度ではインパクトは小さく、やはり一定数の候補者と当選者を出す必要があります。そうするともちろん、なかには選挙で負ける人もいるわけで、そういう人にも温かく再チャレンジができる場を社会が用意できるのか?ということも、一緒に考えて行く必要があると感じています。

『若者の政治参加のハードルを下げる』といえば聞こえはいいかもしれませんが、そもそも、若い人たちに負担を押し付ける前に、大人の側がしっかり若者の現状を理解して、政策的に取り組む方が先なんじゃないか、とも思います」

※4 参考:荻上チキ編著 社会調査支援機構チキラボ企画『選挙との対話』(2024年、青土社) 
※5 参考:日本総研「被選挙権年齢を18歳に引き下げることが必要な理由と期待される効果」https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=108685

「貴重な一票」がプレッシャーに?

最後に、大学で准教授も務めるなかで若者の特徴として感じていることを伺った。

「私の授業のなかで、学生に『SNSで政治の書き込みをどれぐらい見ますか?』というアンケートをすると、8割以上の人は『1回も見たことない』と回答します。やっぱり政治との接点は乏しいのだと感じます。

これは極めて印象論ですが、授業をやっていても『自分の立場を明かしたくない』という雰囲気は感じるんですよね。そうすると、SNSや友達とのやり取りの中で政治に関わる発言やリポストだってしないだろうし、政治的なものへのアレルギーはあると感じます」

一方で、また別の観点から面白い研究成果も話してくれた。2019年の参院選の際に行った実験の中で、選挙前に、若者向けに「1票の価値」や「いまの日本の投票率の低さ」「選挙の意味」などの啓発をランダムに行った上で、選挙後に「実際に投票に行ったか」を尋ねたところ、「1票の価値」の啓発をしたことで一部の層でむしろ投票率が下がったという。(※6

「若い人の最近の傾向として、『自分は政治的な能力が未熟だ』と思っている人が多いことが世論調査からも明らかになっています。実際にどうかは別として、どうやら主観として『自分はアホだから、普段からちゃんと政治を考えている人の投票を邪魔しちゃいけない』と思っている若者が相当数いるようです。

この実験では、そういう真面目な人たちが『自分なんて』と感じ、1票の価値を伝える啓発ワードがマイナスに働いて、『1票の価値が分かるからこそ、迷惑をかけてはいけない』という感覚が働いたと分析しています。

もちろん『大切な1票を!』というかけ声も大切だと思いますが、仮に若い人にこのような層が増えているのだとしたら、『そんな重く捉えなくて良いし、間違ったっていいんだよ』と言いたい。どの党に入れようが、正解も失敗もないんです。仮に間違っても、また数年後には選挙がやってきます。こういういまの若者のメンタリティに沿った声掛けも、これまでとは違う観点での『啓発』という意味では重要ではないかと感じています」

※6 秦正樹・Song Jaehyun「清き一票は重すぎる?:ーフィールド実験を通じた啓発効果の検証」日本選挙学会ポスターセッション(2020年5月)
https://hatam.sakura.ne.jp/article/2020_eleposter.pdf

連載2回目では、秦准教授に研究・データから見る、「若者と政治」の特徴を伺った。

ライフステージに応じて政治に期待する「利益」が変わること、「利益が分からない」から投票しない、あるいは非言語情報で候補者を選定する可能性がある、といった観点は「若者と政治」の外観を掴む上で大きな要素だと感じた。

最後にあった通り、仮に「1票の大切さ」をプレッシャーに捉える若者も一定数いるのなら、投票がもっと身近で、胸を張って関わりたいと感じるものになるには、何が必要なのだろうか。引き続き考えていきたい。

 

取材・文:大沼芙実子
編集:安井一輝

 

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