よりよい未来の話をしよう

他者理解のための美術鑑賞のすすめ

アート鑑賞の魅力を発信する機会を、再びいただけたことに感謝したい。

あしたメディアのコラムでは、現代アート作品の鑑賞を通じて見ず知らずの世界に対して想像力を働かせたり、関心を持ったりすることや、写真表現を通じて考える他者理解について執筆してきた。

その中で、アートを鑑賞することは

  • 見ず知らずの世界に対して想像力を働かせたり、関心を持つこと
  • 他者の存在や思考を認めたり、その多様性を楽しむこと

に繋がるのではないか、と提起してきたが、今回はこの後者「他者の存在や思考を認めたり、その多様性を楽しむこと」について、もう少し掘り下げて紹介したいと思う。

これまでにも述べてきたが、まず大前提として残念ながら筆者自身は、どんなに努めても他者を完全に理解することはほぼ不可能であると考えている。また、人は自分のことすらも完全に理解できているかといえば怪しいものである、とも考えている。しかし、他者という存在を理解するに至らなくても、「じゃあもういいや」と理解することを諦めるのではなく、あらゆる手段や場面を通じて、今よりも理解を深めることはできると思う。そして「他者に対し理解を深める」上で、やはり美術鑑賞を通じたコミュニケーションを強くお勧めしたいので、しばしお付き合いいただけるとありがたい。

今回はこれまで紹介してきた方法から、少し角度を変えた鑑賞方法を提案したい。内容をひと言で要約すると「美術鑑賞による対話のススメ」である。

VTSというアート鑑賞方法

対話型鑑賞方法って、何?

みなさんは「対話型鑑賞」という鑑賞方法をご存知だろうか。

これは、1980年代にMoMA(ニューヨーク近代美術館)の教育部部長のフィリップ・ヤノウィン氏と認知心理学者アビゲイル・ハウゼン氏が共同で開発した鑑賞教育のことで、VTS(Visual Thinking Strategy)とも呼ばれている。アート鑑賞を通して、「観察力」「批判的思考力」「コミュニケーション力」を育成するVTSは、成果が期待できる画期的な教育法として世界に広がり、「アート」の枠を超えて、欧米、中東、南米など各国の教育現場に採用されている。

特に発祥地アメリカでは300ほどの学校と100近くの美術館で導入されており、ハーバード大学医学部との共同プロジェクトも展開されている。

「む?教育?自分は子どもはまだいないしなあ…」
と読むのを諦めるのはもう少し待ってほしい。

実はこのVTSという鑑賞方法は子どもよりも、どちらかというと大人の方が楽しめると筆者は考えている。

会話の実例紹介

例えばこの2つの作品をみてほしい。

左:ヴァシリー・カンディンスキー「自らが輝く」1924年 油彩・カンヴァス 69.5×59.5cm
右:田中敦子「1985 B」1985年 アクリルラッカー・カンヴァス 218.5×333.3cm

以下に記すのは実際に私が知人のAさんとBさん、3人で、作品鑑賞をしている時に行われた会話の一部である。AさんとBさんはアートに対して造詣は特にない、いわゆるアート鑑賞の素人さんである。これを今読んでいるあなたも、もし余裕があればぜひ筆者の質問に答える形で鑑賞してみてほしい。

筆者(以下、筆):どちらかの作品で、気になった点はありますか?それは、嫌いでも好きでもいいです。とにかく真っ先に印象に残ったものがあれば教えてください。

Aさん(以下、A):左の作品かな。よく分からないけれども、とりあえず右よりはきれいだなって思いました。

Bさん(以下、B):え!そうなんだ!私は右だな!なんか元気出る!

筆:お!分かれましたね!Aさんは左の作品のどの辺にきれいさを感じましたか?

A:えーっと…やっぱり色かなあ。すごいカラフルなんですけど優しい。右はなんか強いです。私には強すぎる…。

B:確かに強い(笑)。でもなんかその元気さがいい!パワーもらえる感じがする!

筆:なるほど!確かに色の雰囲気全然違いますね。もし右の作品の色の調子が、左みたいになっていたら同じように好きになれそうですか?

A:あー、どうだろう?そう言われてみると、形も左の方が好きかも。なんか密度は小さいのに、全体のバランス感がいい気がします。

B:そっか。右はサイズも大きいし、密度も高い。物量でも元気になっているのか。

筆:実物を前にすると、まさにそんな感じがしますね!描き方も想像してみてください。2つの作品はそれぞれ、どんなふうに描かれたと思いますか?

A:左は多分普通に筆かな。薄塗りだし、筆の跡も残ってるように見える。

筆:そうですね!よく見る「イーゼルに立てかけて描く」画家っぽい感じの描き方です。

B:右はかなり大きいし厚塗りだ…。これってこんなに大きくても立てかけられるんですか?

筆:この厚塗りを立てかけている状態でやったらどうなるか想像してみてください(笑)

A:垂れてきそう…。

B:確かに…。じゃあどう描いたんだろう?地面に寝かせた?

筆:そうです!よく分かりましたね!これよりも少し前から寝かせて描く書道のような発想になっていったんですよ。結果、寝かせるのでどこからでも描けますし、画面の上に乗ったりもできます(笑)。

A:なるほど!だから強いのか。ダイナミックな感じ。

B:この激しさはそういうことか。なんか話していたらますます好きになってきた。

A:よく見ると、ダイナミックさの中にも、色を細かく変えたり、丸同士を繋げたり、丁寧な感じもある。その塩梅がいいね。

筆:鑑賞が深まってきましたね。このアーティスト他の作品に実は「電気服」という作品もあって…(続

このように鑑賞すると、2つの作品だけでも意見が積み重なって、かなり鑑賞を楽しめる。時には意外な言葉も出てきたりして、自分以外の作品の見方を話し合うのは楽しいものである。1つの作品だけでなく、たくさん作品がある美術館に行くとよりコミュニケーションが促されるはずだ。

なぜコミュニケーションにアート鑑賞を勧めるのか

アート鑑賞で得られること

アートを鑑賞すると、作者の思考に迫らずとも様々な気づきや感動がある。なんかきれい…!なんか不思議…!これ気持ち悪くて好きじゃないかも…。など、自分の感情のちょっとした動きを察知して、その正体についてぜひ語ってほしい。

好きな理由だけでなく、嫌悪感を抱く理由の方が、瞬発的な鋭い感情が湧き出てきて、言語化しやすかったりするので不思議だ。

  • なぜそれが嫌だと思ったのか
  • どの部分が気になったのか

何も頭で考えずに、ふと湧いてきた言葉をこぼすように話すだけでいいのだ。話し始めると、自分でも思っていなかったような、奥に眠っている正義感や倫理観、(場合によっては凝り固まった)信念のようなものが出てくるなど、想像もしないことが起こる。

普段の生活では中々目にしない絵画や、一見何を表しているか分かりにくいアートは、普段は注目していない潜在的な自分の感覚に触れ、自分自身でも知る由もなかった奥底に眠る無意識の感情や思想に到達するための起爆剤になるのだ。

また、このように対話をしながら美術鑑賞をすると、作品をきっかけにいろんな話に波及しやすくなる。

  • 相手の意外な好みにハッと気付かされる
  • 語りかたでその人の人柄がなんとなく分かる
  • 話が発展して、普段考えていることが自然と話せたりする
  • 言葉にして話すことで漠然としていたイメージが具体的になる

など、自分のことだけでなく他人の価値観をも知ることができるなど、いろんな面でのメリットがある。

私は、過去の美術の教員としての経験も含めて、これらの会話内容は「アート作品が目の前にあってこそ引き出されたものである」と考えている。つまりアート作品が“トリガー”になってこそ、新しく生まれる会話があるのだ。これこそがアート鑑賞で得られる醍醐味のひとつではないだろうか。

初めての鑑賞…迷った時はこれ!おすすめの質問集

とは言っても、一体どんな観点でアート鑑賞をしたらいいのか分からない、という人もいるだろう。そんな人のために質問集をまとめてみた。慣れると段々と楽しくなってくるのでぜひ1度試してみてほしい。

〈質問集〉

  • どの作品が1番印象に残ってる?(好きでも嫌いでもOK)
  • どの部分が気になった?(色・形・素材・大きさなどなんでも!)
  • それを見てどんなふうに思った?
  • 作者はなぜその表現にしたんだろう?(正解でなくていい。自分なりに考えたことでOK)

ひとまずこんなテンプレートがあれば、会話の始まりには十分なはずだ。あとは、出てきた言葉に対して、質問を重ねたり、自分が思うことを返したりすれば自然と会話が発展していくだろう。特に発展しなければ、次の作品にスタコラ移動しよう!

いかがだっただろうか?今回はVTS・対話型鑑賞方法と、他者とのコミュニケーションにアート鑑賞を勧める理由、アート鑑賞で得られること、について述べてみた。最後にまとめた質問集も含めて、ぜひ何かの機会に活用してほしい。

そして、会話を楽しみながら自分以外の他者の存在や思考を認めたり、その多様性を楽しむことにつながれば幸いである。

そして、ここまでせっかく盛り上がってきたが、残念なことに「現代アート」を鑑賞する際においては、また違った問題が出てくる。なんと!この最強の鑑賞方法であるはずのVTSが通用しない作品が多々あるのだ…!その理由や鑑賞の視点については、次回またもし機会があれば詳しく述べたいと思う。

美術解説するぞー 鈴木博文(すずき・ひろふみ)
東京学芸大学教育学部 美術専攻卒業。中学校美術科正規教職員歴9年 / 累計5,000名の生徒・児童を担当。大人向けのワークショップや講演も開催 / 累計600名以上と交流。美術の楽しさを子どもよりも、まず大人に伝えたいと一念発起。2022年2月退職・独立。現在はSNSでの発信を続けながら、企業とのタイアップワークショップや、展覧会解説アンバサダー、講演、執筆などを通じて、美術の楽しさを伝える活動を行っている。夢は「美術界のさかなクン的存在になること」。
初心者でも美術を楽しめる上野のアトリエBiju-美授-代表SNS総フォロワー数30,000名。
運営アカウント
美術解説するぞー
https://www.instagram.com/bijutsukaisetsu.suruzo/
Art Space Biju 美授 
https://www.instagram.com/bijuueno/
鈴木さんが主宰を務める、アートスペース「Biju美授」では、造形的潜在的なコミュニケーションを促す対話型鑑賞を、さらに深めたワークショップも開催中。(オンライン・オフライン問わず実施可能)各種SNSまたは下記メールアドレスにて受付中。メールの場合、「鑑賞ワークショップについて」とタイトルに記載ください。
bijutukaisetu.suruzo@gmail.com

 

寄稿:美術解説するぞー
編集:おのれい