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グリーフケアとは?悲しみに寄り添うその意味や役割などを解説

グリーフケアとは?

グリーフケアとは、大切な人が亡くなったことなどによる喪失感、悲嘆(グリーフ)を抱える人に対して、その声に耳を傾け、寄り添い、そのプロセスを見守ることでその人の回復や成長を支援することを指す。

悲嘆(グリーフ)とは何か

大切な人を喪失したとき、人は強い失望感や深い悲しみに見舞われる。「故人に対する思慕・思い出を中心とした心的反応(感情)」と「死別後の生活の変化という現実に対応しようとする志向性(認知)」が並存した不安定な日々を送ることになる。何かを失うことによって起こるこのような心身の反応を「悲嘆(グリーフ)」と言う。グリーフは、死別だけでなく、ペットの喪失やパートナーとの離別、失業・破産により安心できる環境を失った場合に起こる反応も指す。

悲嘆や喪失の中には、いくつか概念が示されているものがある。たとえば以下のようなものである。

公認されない悲嘆(disenfranchised grief)

重要さが認められず承認されづらい喪失(流産、中絶、ペットの喪失など)や不安を想起させるような死因(自殺や流行病による死別など)を指す。他者と分かち合う機会が乏しく、生き残ったものをより孤立させ、癒しの得られない悲しみに深化する可能性がある。

複雑性悲嘆(complicated grief)

その文化で通常期待される範囲よりも、悲嘆に関連する症状の強度と持続時間が過度であり、それによって実質的な生活の支障をきたしている状態を指す。葬儀を終えて数年経つが葬儀のときと変わらない悲しみがあったり、故人への思いが強すぎるために生活が立ち行かない状態であったりする場合は、複雑性悲嘆である可能性が高いと言える。現在では「持続性複雑死別障害」という名前がつけられ、精神障害の1つとされている。

あいまいな喪失(ambiguous loss)

アメリカの社会心理学者ポーリン・ボスが提唱した概念で、喪失が不確かなために悲嘆が長引くことを指す。身体的に不在だが心理的には実在感が強い「さよならのない別れ」(行方不明者の家族など)と、身体的には存在しているが心理的に不在である「別れのないさよなら」(認知症患者の家族など)の、大きく分けて2つの場合がある。

悲嘆によって生じうる影響

グリーフが生じたとき、人は身体的だけでなく、精神的な面など様々な影響を受けるとされる。1998年、世界保健機関(WHO)は健康の定義を再検討し、「身体的(physical)」「精神的(mental)」「社会的(social)」に加えて「スピリチュアル(spiritual)」の領域について良好な動的状態を「健康」と捉えることを提案した。グリーフが生じた場合にも、これら領域で様々な影響を受けると考えられる。

たとえば身体的な影響としては、極度の疲労や頭痛、睡眠障害や食欲低下などが起こりうるし、精神的な影響としては無能感や疎外感、うつ状態、焦燥感、自責感といった感情を味わうこともある。社会的な影響としては、対人関係の変化や過度な消費行動などが現れる場合があるだろう。スピリチュアルな領域への影響については明確な定義がなされていないが、生きる意味や目的を見失うことやありのままの自分を受け入れられなくなることなどが考えられる。これら全ての領域において、グリーフとどう向き合うかが重要となる。

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グリーフケアの歴史と社会的位置付け

それでは、グリーフケアはこれまでどのような変遷をたどり、現在の概念が形成されていったのだろうか。いくつかの観点から見てみたい。

グリーフケアの概念の変遷

悲嘆(グリーフ)という概念を遡ると、精神分析の創始者ジークムント・フロイトに行き着く。フロイトはうつ病と悲嘆の関連に注目し、死別の悲しみと向き合う中で生まれる心の動きを「喪の仕事」と呼んだ。フロイトの理論にはいささか曖昧さが残っていたものの、精神医学や臨床心理学の分野から「喪失に際する体験」を捉えようとしたとことでその後のグリーフケア理論の基盤となった。その後も様々な精神科学者や心理学者などが論理を展開し、徐々にグリーフケアの概念が発展していった。

その後、1960年代以降に盛んになったホスピス運動(※1)の高まりとともに、スピリチュアルケアの領域にも注目が集まるようになった。その動きの中で、「死別の悲しみ」の注目度も高まっていく。加えて、親しい人を亡くした子どもたちのケア施設「ダギー・センター」(※2)がアメリカに設立されたことも、グリーフケアの躍進に影響した。施設の設立に関わった精神科医のエリザベス・キュブラー・ロスは当時、死にゆく人の心のケアの重要性を著書のなかで述べ、世界から注目を浴びていた。この施設の存在が、世界に大きな影響を与えたことは言うまでもない。そのような流れにも後押しされ、「死にゆく人の心のケア」から「死別を経験する人の心のケア」にも関心が広がっていった。このように社会的な捉えられ方も変遷を辿りながら、今日のグリーフケアの考え方につながっている。

※1 用語:1967年にイギリスのデイム・シシリー・ソンダースが「セント・クリストファー・ ホスピス」を設立したことを起点に、世界中に広がった運動。​​アメリカ、カナダ、オーストラリア、日本など世界各国にホスピスが導入され、「よき死」を追求する個人の活動を基盤とした組織的な運動に発展していった 。
※2 参考:The Dougy Center/ The National Grief Center for Children & Families
https://www.dougy.org/about/our-story/our-inspiration

日本におけるグリーフケア

日本でグリーフケアが広まるきっかけとなったのは、2005年のJR福知山線脱線事故だと言われる。たくさんの人が犠牲となったこの事故では、遺族の悲しみは深く容易に癒せるものではなかったため、悲しみと向き合うグリーフケアの役割が重要となった。また、2011年の東日本大震災が発生した際も同様に、多くの人が悲しみと向き合わざるを得ない状況が生まれた。これらの痛ましい出来事は、悲しみに向き合うことの大変さや人に寄り添うことの大切さを、私たち1人ひとりが深く理解した経験になったと言えるだろう。多くのボランティアが現地を訪れ支援をしたが、支援物資の配達や被災エリアでの力仕事だけではなく、傾聴ボランティア(※3)などを通じた精神的な寄り添いも大きく機能した。

現代社会では、家族や親族、地域社会などを通じて「共同性」を得る機会が乏しくなっている。孤独死が珍しくなくなり、不登校の学生も増加するなど様々な場所で孤立が顕著になっている。そんな現代社会において、他者に寄り添うグリーフケアは社会のあり方を問い直す意味を持つかもしれない。

※3 用語:相手の話を否定しないで受けとめて聴くという聴き方について学んだ人たちが、学んだ聴き方を活かし、話す機会の少ない高齢者の方々や、悩みや不安を持った方々の話を聴くという活動。

文化的な立場から見るグリーフケア

実際に、文化的な見方でグリーフケアの社会的意味合いが論じられている事実もある。これまで宗教や民族的な行事、地域社会などが担ってきた、他者に身近な場所で寄り添うという機能が現代社会においては徐々に衰退している。それによって個人が悲しみを抱えなければならない状況が増加し、悲しみを抱いたまま生きていくことがより難しくなり、グリーフケアが改めて求められているのだ。

宗教学者で上智大学グリーフケア研究所元所長の島薗進氏は、著書で以下のように述べている。

「彼ら(先に述べた社会学者や心理学者)はいずれも現代社会が『喪の仕事』を適切に行う文化装置を失ってきているのではないかと考えた。人類文化という観点からすれば、悲嘆には積極的な意義があると捉えるのが自然である。それが失われてきたために、新たに意図的に『グリーフケア 』というような営みを立ち上げる必要が生じている。このように考えることができる」(※4)

本来個人が生きていくうえで必要としている「他者と共に悲しみに向き合う」という姿勢が、合理性を追い求める現代社会の中で軽んじられる傾向にある。しかし、グリーフケアの社会的意味合いが大きくなることで、改めてその姿勢を取り戻していくかもしれない。

※4  引用:島薗進『ともに悲嘆を生きる グリーフケアの歴史と文化』(2019年、朝日新聞出版)p.106

グリーフケアが必要となる状況

グリーフケアは、どのようなところで求められるのだろうか。また、どんな人が関わってケアを行なっていくのだろうか。

グリーフケアが求められる場所

グリーフケアは、死などの様々な喪失と向き合う場所において必要となる。たとえば、以下のような場所だ。

医療現場

大切な人の最期を看取った家族(遺族)はもちろんだが、ケアに対して手を尽くした医療従事者にもグリーフケアが必要な場合がある。

災害の現場、事故や事件の現場、介護など福祉の現場

災害や犯罪など予期せぬ理由で大切な人を失った現場には、グリーフケアが必要とされる。大切な人との別れ以外でも、災害や事故などを理由に生活の基盤を奪われた人もグリーフケアが必要な場合がある。

自死の遺族

家族が自死した遺族は、自責の念や罪の意識、また周囲からの視線に苦しむケースが多い。自死遺族にもグリーフケアが必要であると考えられる。

日常の生活環境

上記のケース以外にも、日常生活の中で様々な喪失に出会うため、グリーフケアが必要な場合がある。専門的なケアとしてのグリーフケアに限らずとも、日頃から学校や職場、地域社会などの身近なコミュニティの中でお互いに支え合い、悲しみに寄り添うことができる。

グリーフケアを担う人々

グリーフケアは、主に緩和医療や救命救急医療などの医療機関に勤める医療スタッフや、教員やカウンセラーなどの教育機関のスタッフ、事件や災害などの被害者と向き合う警察官や消防隊員など、悲しみに向き合う人と様々な形で関わる専門家が実践することになる。

また、ケアを担うのは専門家だけではない。東日本大震災のケアとして「傾聴ボランティア」が活躍したように、ボランティアとしても人の悲しみに寄り添うことができる。その他にも、日頃の身近なコミュニティでの小さなコミュニケーションが、ケアにつながっていることもあるだろう。

グリーフケアの内容

ここからは、実際に行われるグリーフケアの具体的なイメージを紹介していきたい。

ケアの方法

ケアの方法は一概には言えず、その人の置かれている状況に応じて対応することになる。一般的には専門家によるカウンセリングやワークショップがあるが、それ以外にも同じ悩みを抱える人同士が自主的に集まり、対話を重ねていく自助グループなどの形もある。いくつかの事例を見てみたい。

グリーフケア ・カウンセリング

傾聴を通じて行うケアがグリーフケア・カウンセリングである。相手が安心して話ができる環境を作ることや、悲嘆に伴い現れた身体・精神的症状に対する知識を提供すること、相手の話をよく聞き理解を示すことなどが重要とされている。

セルフヘルプグループ

自助グループと同じ概念として、「セルフヘルプグループ」がある。「セルフヘルプグループ」とは、共通の体験を継続的に分かち合い問題の解決を図るグループのことを指す。様々な団体が「分かち合いの会」という名称で、死別を経験した人同士が集い話をする場を設けているが、これもセルフヘルプグループにあてはまる。同じ立場の人同士で話すことで、自信と自尊心の回復につながるとされている。セルフヘルプグループが成り立つためには、「同じ悩みを持つこと」「自発的な参加であること」「継続的な活動であること」の3つの条件が求められると言われている。

立ち直るまでの時間

立ち直るまでの期間も一概には言えないが、ある調査では平均4年半ほどという結果が出ている(※5)。また死別の場合、親の死の場合には配偶者や子どもの死よりも立ち直るまでの時間が短くなる傾向も見られている。さらに65歳以上の高齢者は、立ち直るまでに約6年ほどかかると言われており、平均の約4年半よりも長くかかる傾向が指摘されている。

※5  参考:宮林幸江・関本昭治『はじめて学ぶグリーフケア』(2012年、日本看護協会出版会)p.13

グリーフケアに期待できる効果

グリーフケアを通じて期待できる効果は、悲しみと向き合い悲しみを和らげること、身体的・精神的な不調を予防したり回復したりすること、悲嘆に至る前の生活や自分自身を取り戻せることなどが挙げられる。大切な人との死別は人生における大きな出来事であり悲しみも大きいが、その悲しみと向き合った上で、改めて自身の人生と向き合い回復をもたらす力(レジリエンス)を発揮する機会にもなる。また、セルフヘルプグループなどで同じ経験をした他者と想いを分かち合い、他者を援助した経験が自らの成長につながる「ヘルパーセラピーの原則」が働くとも言われている。

心理的な効果

悲嘆は、うつ病、不安、そして長期間の悲しみなど深刻な心理的影響を与えることがある。グリーフケアはこれらの感情をコントロールし、克服するための助けとなる。特に、グリーフカウンセリングは悲嘆による心理的な影響をコントロールするための効果的な方法とされている。充実したサポート環境と専門知識を有するセラピストのカウンセリングにより、自身で感情をナビゲートし、理解し、対処するための思考回路の構築が期待できる。

また、グループセラピーや互助グループなど、同じような喪失を経験した人々と経験を共有し話を聞いてもらう場も、重要な心理的影響を与えることがある。境遇は違えど、感情を共有しあい、理解してもらうこと、その感情を受け入れてもらうことで、1人で抱え込んでいる孤立感や孤独感からの解放も期待できる。その結果、心理状態の改善、回復が見込め、そのことはより明るい未来への希望へと繋がる可能性がある。

身体的な効果

悲しみには、疲労、不眠、食欲不振などの身体的な影響もある。これらの影響は、悲嘆のストレスによって悪化することがあるといわれている。しかし、グリーフケアによってこれらの症状を管理し、全体的な健康と福祉を向上させることができる。

その方法の1つが、運動である。体を動かすことは、ストレスを減らし、睡眠を改善し、エネルギーレベルを高めるとされている。これらの効果により、悲しみからの気分転換につながり、自身で感情と体をコントロールすることの助けになる。

それ以外にも、瞑想や深呼吸などのリラクゼーションテクニックも不安を軽減し、血圧を下げ、睡眠を改善すること効果があるとされている。グリーフケアのルーティーンにこれらを取り入れることで、個人は身体的な健康の改善と、より落ち着きとリラックス感を体感することが可能だ。

社会的な効果

喪失による社会的な影響として、孤立、引きこもり、孤独感などが挙げられる。特に、親しい仲間や家族を失った場合は、これらの影響が顕著に現れることがある。これらの影響に対し、グリーフケアは、社会的ネットワークを再構築し、新しいサポートの源を見つける支援などの社会的な効果も期待できる。。

グリーフケアが社会的な効果をもたらす方法の1つは、互助グループだ。互助グループは同様の喪失を経験した人々が集まるため、心理的安全が保たれた偏見のない空間で経験を共有することができる。これにより、孤独感を減らし、共感してもらえたという感覚を得ることができ、その場そのものが新しい社会的つながりや友情を築く場にもなる。

また、ボランティア活動やコミュニティサービスを行うことも、グリーフケアの社会的な効果が期待できる方法の1つである。ボランティア活動に参加することで、個人は目的を見つけ、社会とのつながりを感じ、そのことが充足感につながる。また、新しいスキルの獲得や新しい趣味との出会いに繋がることも期待でき、その経験を活かして地域社会に貢献することもできる。グリーフケアのルーティンにボランティア活動を取り入れることで、個人はより社会的なつながりや貢献感を体験することが可能となる。

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まとめ

私たちは、生きていく中で様々な別れや、その別れに対する悲しみを経験する。悲しみを経験したとき、周りからは悪気なく励まされたり心配されたりするだろう。そんな周囲の雰囲気から、悲しみに無理に蓋をし前を向いて歩いていくこともあるのではないか。しかし悲しみは「克服する」ものではない。自分のペースで向き合っていく、それに尽きるのではないか。悲しみにどう向き合い、どう付き合っていくのか、それを他者とともに模索していく道がグリーフケアだ。この概念を知り、悲しみを「1人で抱えるもの」ではなく、「他者と分かち合って向き合えるもの」と捉えられるようになることで、私たちの支えになるはずだ。

参考文献:宮林幸江・関本昭治『はじめて学ぶグリーフケア』(2012年、日本看護協会出版会) 
          
島薗進『ともに悲嘆を生きる グリーフケアの歴史と文化』(2019年、朝日新聞出版)

 

文:大沼芙実子
編集:吉岡葵