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ガスライティングとは?その意味、精神的虐待の特徴、対処方法を解説

ガスライティングとは?その意味、精神的虐待の特徴、対処方法を解説

「ガスライティング」という言葉を聞いたことがあるだろうか。これは精神的虐待の一種で、意図的に間違った情報を与えたり嫌がらせを繰り返すことで、次第に被害者自身が自分を信じられないようにする手法である。この記事では、ガスライティングの詳しい意味や例、対処法を紹介する。

ガスライティングとは?

ガスライティングとはどんなものを指すのか、またこの言葉にはどんな由来があるのだろうか。まず、ガスライティングの特徴と、言葉の背景を紹介する。

ガスライティングの意味と特徴

ガスライティングとは、ひと言で言えば、精神的虐待の一種である。加害者は、被害者に対してわざと誤った情報を教え込んだり、被害者が不利な状況に陥りやすい環境を作り、次第に被害者自身が自分を信じられなくなるように仕向けていく。教え込まれた嘘の情報を元に行動する被害者は、「お前がおかしい」「常識がない」などと否定され続けることで、次第に自分の考えに自信を無くしていく。

ガスライティングは、恋人や夫婦、親子などの近しい関係性の中で起こることが多く、DVの一種として捉えられる場合もある。また、学校や会社などの集団の中で発生するケースも多い。上司と部下、先輩と後輩、親と子、年上年下など、対等ではない関係性において、ガスライティングの被害が起こりやすいとされている。被害者は気がつかないうちに誤った情報や行動を刷り込まれており、被害を受けていることを自覚していない場合も多い。さらに加害者も無自覚のうちにガスライティングをしてしまっているケースもあり、解消が難しいのも特徴である。

名前はアメリカの戯曲・映画に由来

ガスライティングとは?

このような行為がガスライティングと呼ばれるようになったのは、1938年のパック・ハミルトンの戯曲および、それをもとにした1944年の映画『ガス燈』が由来と言われている。『ガス燈』の作中では、夫婦間におけるガスライティングが描かれている。虐待的な夫が家の中で妻の持ち物を隠したり、奇妙な音をたて、不可解な現象が立て続けに起こっているように見せる。妻はそれに気づき、夫に相談する。しかし、夫は妻が勘違いしたり、記憶を失っているのだとして、妻を不安にさせていく。次第に追い詰められた妻は、自分の精神状態を信じられなくなっていく。
この作品がきっかけとなり、ガスライティングが心理的な虐待を表す言葉として使用されるようになった。現在ではこの用語は学術研究論文でも使用されており、さらに2018年にはイギリスで流行語にもなっている。(※1)

※1 参照:The Guardian「From gaslighting to gammon, 2018’s buzzwords reflect our toxic times」https://www.theguardian.com/commentisfree/2018/nov/18/gaslighting-gammon-year-buzzwords-oxford-dictionaries 

ガスライティングと心理操作の違い

ガスライティングと心理操作は、共に他者の感情や思考を操作する行為だが、その手法や目的には違いがある。ガスライティングは、特定の人々が他人の現実認識を混乱させ、自己疑念を増幅させるために行う精神的虐待の一形態である。主な目的は、他者を混乱させ、自身の権力を保つことであり、その結果として被害者の自信と自己評価を低下させる。ガスライティングの手口は巧妙で、時には被害者自身が自分が虐待を受けていることに気づきにくいことが特徴的だ。

一方、心理操作は広範な概念で、他者の行動や感情を変えるための多様な方法を含む。心理操作は誤った情報の提供、恐怖や罪悪感の誘発、その他の情緒的な戦術を利用することがある。心理操作の目的は多種多様であり、対象者の行動を制御することから、商業的な利益を追求することまで幅広く及ぶとされている。なお、ガスライティングは心理操作の一種であるとも言えるが、その特殊な手法と結果的な影響により、一般的な心理操作から区別される。

ガスライティングの目的

ガスライティングは、最終的に被害者の自立を奪い、精神的に追い込む。被害者に深刻な傷を負わせる行為だが、加害者はどのような目的でガスライティングをしてしまうのだろうか。

被害者を「破滅」へと向かわせる

大きな目的としては、何らかの方法で、被害者を「破滅」させることが目的とされているケースが多いと言われる。「破滅」とはつまり、一時的な嫌がらせや、気まぐれでする意地悪などとは異なり、被害者が限界を迎えるまで追い込むということだ。

物理的なショックではなく、精神的に追い込まれた被害者は、最終的には自分自身で「破滅」へと至ってしまう。例えば以下のようなケースだ。

  • 自死してしまう
  • 犯罪を犯してしまう
  • 孤立させられて、仕事を辞める選択を取る
  • 家庭に居場所がなくなり、家出する

被害者の精神的自立を奪う

さらに、家族や恋人といった関係性においては、相手の精神的な自立を奪い、依存させるための手口としてガスライティングが使用される場合もある。結果として、被害者は自分の判断で相手から離れることができなくなったり、相手の意見に言いなりになってしまう場合もある。苦しみを抱えながらも、加害者から離れるという選択肢が浮かばなくなってしまうのである。

ガスライティングを行う人々の心理と動機

ガスライティングを行う人々の心理と動機は個々によるが、大抵は他人を支配・制御し、自身の優越感を確保することが目的となっている。これらの行為は一種のパワーゲームと捉えることもでき、相手の混乱や現実の疑問を引き起こすことで絶対的なコントロールを手に入れ、自身の地位や権威を強化する。ナルシシスティックな傾向を持つことが多く、自分が常に正しいという信念の下、自身の行為に対する批判や疑問を許さない。

ガスライティングの根底には、深い不安や自己不信が潜んでいることもあり、他人を操作・コントロールすることでこれらの感情を抑制し、自己の安定を保つことが一部のガスライティング行為の動機となり得る。しかしながら、ガスライティングは関係の健全性を長期的に損なうものであり、真に他者と関係を築く能力が欠如していることが多いとされている。

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ガスライティングとDVの実態

前述の通り、ガスライティングは、恋人や夫婦、親子などの関係性において起こる暴力「DV」との結びつきが強い。その中でもガスライティングは精神的DVに当てはまるとされる。そもそもDVの中にはどんな種類があるのだろうか、日本におけるDVの発生状況はどうなっているのだろうか。

DVの種類

DVとは、ドメスティック・バイオレンスの略で、直訳すると「家庭内での暴力」を指す。配偶者や恋人、親子やきょうだいなどの近しい関係の中で起こる暴力のことを指す。DVには、大きく分けて以下のように分類できる。(※2

  • 身体的暴力:殴る、蹴る、髪を引っ張るなどの身体へ直接影響を及ぼす種類の暴力
  • 精神的暴力:大声で怒鳴る、無視する、非難し続けるなど心無い言動によって相手を傷つける暴力
  • 経済的暴力:生活費を渡さない、働くことを制限する、勝手に借金を作り返済を強制するなどの経済的な暴力
  • 性的暴力:避妊に同意しない、同意のない性行為などのセクシュアルな暴力

これらの暴力の被害者は女性だけとは限らず、それ以外の性別の人が被害者になることもある。また同性同士でもDVが発生してしまうことはある。

DVの発生状況

男女共同参画局の調査(※3)では、2022年6月時点で配偶者暴力相談支援センターやDV相談プラスといった相談窓口へ、月間1万4千件を超えるDVの相談があることがわかっている。さらに、内閣府の2020年の調査(※4)ではこれまでに結婚したことのある人のうち、配偶者からの暴力を受けたことのある人の割合は、女性25.9%、男性18.4%となっている。

DVがいかに深刻かつ、身近な問題であるかがわかる。さらに近年よく話題に上がるモラルハラスメントも、精神的DVに当てはまる。上記のような調査に数値として表れていない潜在的なDV被害者も数多くいるのではないだろうか。

ガスライティングと精神的DVの関係

ガスライティングは、ここまで紹介してきたDVのうち精神的DVとの結びつきが強い。被害者に対し嘘を教え込んだり、被害者を否定し続けたりするのは、精神的DVの手法の一つであると言える。ただし、日本ではDVはパートナー間で起こるものとされることが多いが、ガスライティングは職場や学校などのコミュニティ内でも発生するため、その点は少し異なる。

ガスライティングの社会的影響と法的視点

ガスライティングは個々の人間関係だけでなく、社会全体に対しても大きな影響を及ぼす可能性がある。その一例として、職場でのガスライティングが挙げられる。上司や同僚によるガスライティングが行われると、被害者は自己疑念を抱くようになり、自信を喪失してしまうことがある。これは組織の生産性を著しく低下させ、職場の雰囲気を悪化させる要因となり得る。

また、ガスライティングが家庭内で行われた場合、その影響は子どもたちにも及び、彼らの精神的な成長を阻害する可能性がある。法的視点から見ると、ガスライティングは慎重に取り扱うべき問題だ。一部の国や地域では、ガスライティングは精神的虐待とみなされ、法的に制裁されることがある。しかし、ガスライティングの行為自体を具体的に証明することが困難なため、法的な対策はなかなか進んでいないのが現状だ。そのため、ガスライティング問題に対する社会全体の認識向上と法的な対策強化が求められている。(※5)

※2 参照:男女共同参画局「DV(ドメスティック・バイオレンス)と児童虐待 ―DVは子どもの心も壊すもの―」
https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/dv-child_abuse/index.html(2022年10月20日閲覧)
※3 参照:男女共同参画局「DV相談件数の推移」
https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/pdf/soudan_kensu_r04.pdf(2022年10月20日閲覧)
※4 参照:男女共同参画局「第1節 配偶者等からの暴力の実態」『 男女共同参画白書 令和3年版』
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r03/zentai/html/honpen/b1_s07_01.html(2022年10月20日閲覧)
※5 参照:The National Domestic Violence Hotline「What is Gaslighting?」(2023年5月20日閲覧)
https://www.thehotline.org/resources/what-is-gaslighting/

ガスライティングの手口

ガスライティングの特徴として、加害者・被害者ともに、ガスライティングが起こっていることに気づきにくいという点を挙げた。特に被害者は長い時間をかけて徐々に価値観・感覚を変化させられていくため、自分の被害に気づきにくい。具体的にどんな手法でガスライティングが行われてしまうのだろうか。

ガスライティングの手口

言動によってコントロールする

ひとつ目に、加害者は被害者をコントロールするような言動をする。チグハグな言動によって被害者の精神的な安定を奪った上で、被害者自身が自分の感覚を疑うように仕向ける。加害者は平然としているため、被害者は初めは「何かおかしい」と思いながらも、自分自身を責めるようになっていくのである。次第に被害者は加害者の言動に従うようになっていく。例えば、加害者は以下のような言動をとる。

  • 被害者の発言を毎回否定する
  • 平気で露骨な嘘をつく
  • 過去の発言を「言っていない」と否定する
  • 被害者を褒めたあとに突然けなす
  • 暴力的な言動の後に、泣きながら謝る
  • 威圧的な態度をとる

加害者はこれらの行動を堂々とするため、いかにも「正しいこと」のように見える。その結果、被害者は「自分の記憶違いかな?」「自分が間違っているのかな?」と思い込むようになる。録音や動画などの記録が残っていたとしても、加害者は「そういうつもりで言ったわけじゃない」などと自分の正当性を主張する。そのため、加害・被害を自覚するのが難しいのである。

不自然な現象を起こしてみせる

日常的に不自然なことが立て続けに起こる様子を見せるケースもある。「ガスライティング」という用語の由来となった『ガス燈』の作中で見られるのもこのパターンだ。例えば、加害者は以下のような手法をとる。

  • 被害者のバッグの中身を勝手に入れ替える
  • 家具などの配置を勝手に変えて「入れ替えていない」と言う
  • 被害者のパソコンなどのパスワードを勝手に変更する
  • 音や匂いで不快感を与える
  • 偶然を装って、道で何回も被害者と遭遇する

これらの現象に対し、被害者は加害者に対し「何かがおかしい」と主張するが、加害者はそれを被害者の思い違いだとする。被害者は、自分の認識や記憶は信用できないと思い込むようになる。また、不快で不安定な環境に身を置くことにより被害者は判断力や集中力が落ち、他人に判断を委ねるようになってしまう。

被害者を不利な立場に追いやる

自分自身を信じられなくなった被害者を追い詰めるため、加害者は被害者以外の周囲の人間にも働きかける。まるで被害者が悪者であり、被害者が間違っているかのように見せる巧妙な手口だ。例えば、加害者は以下のような行動をとる。

  • 何かと被害者のせいにする
  • 周囲の人が被害者に反感を持つよう立ち回る
  • 被害者の悪い噂を流す

これによって、被害者はコミュニティの中でも孤立し、頼る先がなくなって「破滅」へと至ってしまうのである。

ガスライティングの典型的なパターンとその識別方法

ガスライティングには、一定のパターンが存在し、これを理解することで被害者自身や周囲の人々が早期に察知し、適切な対応をとることが可能になる。まず、ガスライティングの最初のステップとして、加害者は被害者の信頼を勝ち取ることから始める。親切や配慮を示し、被害者が自分に依存する関係性を築くことが多いとされている。その後、微妙な否定や疑問を投げかけることで、被害者の自信を揺るがせる。この段階では、被害者自身が自分の記憶や認識を疑うことはあまりない。

しかし、このような否定や疑問投げかけが繰り返されると、被害者は自己疑念を抱くようになる。さらに、加害者は被害者の感情や反応を誇大化したり、誤解していると責めたりしり。これにより、被害者は自分の感情や反応が間違っていると思い込み、自分を抑制し始める。

最終的には、被害者は自分の感情や認識を信じられなくなり、加害者の言動に完全に依存するようになる。この段階に至ると、被害者は加害者以外の人々からの助けを拒否する可能性が高くなる。

このようなパターンを識別することは、ガスライティングの初期段階で適切な対策を講じるために重要だ。自分自身が疑問を投げかけられたり、自分の感情や反応が否定されていると感じたとき、または自分の記憶や認識を疑うようになったときは、ガスライティングの可能性を考え、適切な対策を講じるべきであろう。(※6)

※6 参照:Psychology Today「11 Warning Signs of Gaslighting」(2023年5月23日閲覧)https://www.psychologytoday.com/us/blog/here-there-and-everywhere/201701/11-red-flags-of-gaslighting-in-a-relationship

ガスライティングの対処法

では、ガスライティングの被害に遭ってしまった場合、どのように対処すればいいのだろうか。自覚しずらいガスライティング被害に気づく方法と、対処法について紹介する。

ガスライティング被害を受けているかも?

前述の通り、ガスライティングを受けている状況において正確に自分の状態を把握することは難しい。しかし、以下のような傾向が強く見られる場合には、ガスライティングの被害を疑ってみてもいいかもしれない。

  • すぐに謝りたいという衝動に駆られる
  • 自分には何もできないと感じる
  • 絶望感や焦燥感が続く
  • いつも自分が間違っている気がする
  • 「こうすればよかった」と自分を責めることが増えた
  • 自分が神経質すぎるのではないかと感じる
  • 原因はわからないが、何かがおかしいと言う感覚が続く

このような傾向が見られる場合、自分だけで判断せずに次に紹介するような専門家に相談するのがおすすめだ。

ガスライティングの対処法

専門家への相談

ガスライティングの被害に遭っているかもしれないと感じたら、できる限り早く専門家へ相談するのが良いだろう。巧妙な手口を使った精神的DVからは自分だけで抜け出すのが難しい場合もあるからだ。ここでは2つの相談先を紹介したい。

心の専門家への相談

ひとつは、精神科医や心理カウンセラーなどの心のケアの専門家である。ここではカウンセリングを受けたり、治療を受けたりすることができる。
ガスライティングは、被害者自身が自分を信じられない状況に陥る。そのため自分が本当にガスライティングを受けているのかわからなくなってしまうケースが少ないだろう。専門家の視点から、被害者自身がどんな状況にいるのかを診てもらうことで正しい判断に近づけるはずだ。また、ガスライティングを受けた被害者は深い精神的ダメージを受けるため、ケアのためにもこれらの専門家を頼る手もある。

法律の専門家への相談

家庭や恋人間などの親密な関係性、また会社や学校などのコミュニティ内で発生する場合が多いガスライティング。「破滅」に向かう前に解決するためには、加害者とうまく離れる必要があるが、ガスライティングの実証を被害者1人でするのは難しい。コミュニティの中でも被害者が「悪者」に見えるようにされているため、協力者を見つけるのが困難なのである。

そんな時に、法律の側面から証拠集めや実証のサポートを依頼するのもひとつの手だろう。特にパートナー間のガスライティングの場合は、離婚の調停や慰謝料の請求などで法律家のサポートがあると心強い。また、海外では、ガスライティングが犯罪として裁かれる場合もあり、イングランドおよびウェールズではガスライティング行為は罰金刑、または最高5年まで懲役刑に科せられる。(※7)

※7 参照:Serious Crime Act 2015
https://www.legislation.gov.uk/ukpga/2015/9/section/76/enacted

まとめ

今回紹介したガスライティングも、社会的に深刻な問題として認知されてきたDVの一種であることがお分かりいただけただろうか。被害を自覚しづらいところが、ガスライティングを深刻化させてしまう要因と言えるだろう。しかし、ここで紹介したような少しの知識があれば、被害・加害を回避できるかもしれない。いざという時に、頼れる先があることもぜひ知っておいてほしい。

 

文:武田大貴
編集:髙山佳乃子

 

本記事に記載された見解は各ライターの見解であり、BIGLOBEまたはその関連会社、「あしたメディア」の見解ではありません。