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ノンバイナリーとは?その意味とクイアとの違い、ジェンダーの多様性について解説

ノンバイナリーとは?その意味とジェンダーの多様性、トランスジェンダーとの違いを解説

女らしく(もしくは男らしく)しなさい、と呪いのようなジェンダー観を押し付けることは非常識だという認識が広まり始めてから、しばらく経つように思う。筆者はその風潮を肯定的に受け止めるひとりだ。
筆者は、生まれたときに割り当てられたジェンダーは女性だったが、ピンクよりは青、魔法少女の冒険より戦隊ヒーローの活劇、のように「男の子が好みそうなもの」を好む子どもだった。中高時代もそれはあまり変わらず、指定の制服もスカートではなくスラックスを選びたかった。ただ周囲の友人たちはピンクや魔法少女が好きな子が多数派であったし、スカートがなんとなく嫌だという自分が少数派だということも薄々わかっていた。その一方で、同性と付き合いたいと思ったことはなく、別に男性になりたいわけでもなかった。ただもやもやと所在ない心地のまま時は流れ、2021年6月に宇多田ヒカルさんのInstagram Liveで「ノンバイナリー」という言葉を知ることになる。そして、ノンバイナリーについて調べるうちに、筆者もおそらくこの分類に該当するのでは?と感じるようになった。
本記事はノンバイナリーについて知りたい方、トランスジェンダーとの違いを知らない方、そして冒頭に記した筆者と似た経験のある方の一助になれば幸いだ。

ノンバイナリーとは?

ノンバイナリーの意味と定義

ノンバイナリーの意味と定義

ノンバイナリー(nonbinary)とは、自分のジェンダーアイデンティティ(=体の性ではなく、自分で認識している自分の性)や表現したい性が男性・女性という性別のどちらにも明確に当てはまらないという考えを指す。
バイナリー(binary)は、一般的に二進法や二項対立という意味で用いられることが多い。ジェンダーバイナリーは、性別を男性か女性の二択のみの出生時に割り当てられた性で分類する考え方であるのに対し、ノンバイナリーとは男女二元論にとらわれない考え方と言えるだろう。

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ノンバイナリーの歴史と文化的背景

ノンバイナリーは、21世紀に入ってから特に広く認知されるようになったが、その概念やアイデンティティは古代から存在している。

ノンバイナリーの起源

ノンバイナリーの起源を遡ると、古代の文明から情報を得ることができる。たとえば、古代メソポタミアでは、第三の性を意味するアッシニュア(Assinnu)と呼ばれる存在が確認されている。また、古代エジプトの神話では、アトゥム神が男性と女性の要素を持っているとされている。

これらの例からもわかるように、古代からさまざまな文化でノンバイナリーに近い、男女二元論にとらわれない性のあり方が認識されていた。

世界各地の伝統的なジェンダー表現

世界中の多くの文化で、伝統的に男性と女性の二元論に当てはまらないジェンダー表現が存在している。以下に、そのいくつかの例を挙げる。

  • 北アメリカ先住民のトゥースピリット(Two-Spirit) - トゥースピリットは、北アメリカ先住民の文化で見られるジェンダーの多様性を表す言葉。彼らは異性装やジェンダーを超越した役割を持ち、伝統的に精神的な指導者や治療者として尊敬されていた。

  • サモアのファアファフィネ(Fa'afafine) - ファアファフィネは、ポリネシアのサモア諸島で暮らす、生物学的に男性であるが、女性の社会的役割を果たす人々のことを指す。彼らは家族やコミュニティの一員として受け入れられ、敬われている。

  • インドネシアのブギス(Bugis)族のジェンダー表現 - インドネシアのブギス族は、5つのジェンダーを認識しており、バイナリーのジェンダーだけでなく、チャラバイ(Calabai)、チャラライ(Calalai)、ビッシュ(Bissu)という3つのノンバイナリーなジェンダー表現も含まれている。ビッシュは神聖な存在とされ、精神的な指導者として尊敬されている。

  • メキシコのムシェ(Muxe) - ムシェは、メキシコのオアハカ州で見られる、生物学的に男性だが女性的な役割を果たす人々。彼らは地域の芸術や伝統に関与し、コミュニティにおいて大切な存在とされている。

これらの伝統的なジェンダー表現は、ノンバイナリーの概念に共通点がある。それらは、ジェンダーが社会的・文化的に構築されたものであり、バイナリーに限定されないことを示している。

中には差別や迫害を受けてきた歴史もあるが、これらの文化は、現代のノンバイナリー運動やジェンダー多様性の理解に大きな影響を与えており、多様性を尊重し包摂する社会への礎になるといえるだろう。

ノンバイナリーのアイデンティティ表現

ノンバイナリーの人々は、ジェンダーに関する固定的なバイナリー制度に当てはまらないアイデンティティを持っているとされている。これらのアイデンティティは、個々人の経験や自己認識に基づいている。本章では、ノンバイナリーのアイデンティティ表現において重要な要素であるプロナウンの使用と、自己表現の多様性について説明する。

プロナウンの使用

プロナウンは、他者や自分自身を言及する際に使用される代名詞で、通常はジェンダーに基づいている。しかし、ノンバイナリーの人々は、従来の男性・女性に基づくプロナウンに当てはまらないことが多いため、代わりにジェンダー中立のプロナウンを使用する。

英語では、ジェンダー中立の代名詞として「they/them」が一般的に使用される。また、新たに作られたプロナウンとして「ze/hir」や「xe/xem」なども存在する。日本語では、伝統的にジェンダーに基づくプロナウンは少ないものの、「彼ら」や「彼女ら」のような表現を避け、「その人」や「本人」といった中立的な言い方が選択されることがある。

プロナウンの使用は、ノンバイナリーの人々にとってアイデンティティを尊重し、認識してもらう重要な手段である。他者が自分のプロナウンを正しく使用することで、ノンバイナリーの人々は自己肯定感や安心感を得ることができる。

自己表現の多様性

ノンバイナリーのアイデンティティは、外見や服装、振る舞いなどの自己表現にも反映される。ノンバイナリーの人々は、自分自身を表現するためにさまざまな方法をとる。これには、ジェンダーを意識したファッションやヘアスタイル、化粧、アクセサリーなどが含まれる。

例えば、一部のノンバイナリーの人々は、男性と女性の要素を組み合わせたファッションやヘアスタイルを取り入れることで、ジェンダーの二元論を超えた自己表現を行っている。また、中立的な服装や無性的なスタイルを好む人もいる。化粧に関しても、従来の男性・女性の役割に縛られず、自由な表現が行われている。

さらに、ノンバイナリーの人々は、社会的な期待や規範に対して独自の解釈を持ち、振る舞いや言葉遣いにもそれが反映されることがある。これにより、ノンバイナリーのアイデンティティは多様で豊かであると言える。

重要なことは、ノンバイナリーの自己表現は個人によって異なり、一概に定められるものではないということである。ノンバイナリーの人々は、自分にとって最も適した方法で自己表現を行い、自己認識を肯定し、社会的な理解や支援を求めている。

このような多様な自己表現を理解し、尊重することは、ノンバイナリーの人々にとって非常に重要である。社会全体が、ノンバイナリーを含むジェンダー多様性を認め、包摂することで、より健全で公平なコミュニティが形成されることだろう。

ノンバイナリーをサポートする方法

社会的な理解や支援が不足していることにより、ノンバイナリーの人々が差別や偏見に直面することがある。そこで、ノンバイナリーの人々をサポートし、理解を深めるためにできることを紹介する。

味方としての行動

ノンバイナリーの人々の味方となるためには、まず彼らのアイデンティティを尊重し、理解しようと努力することが重要である。以下は、ノンバイナリーの人々をサポートするための具体的な行動の例だ。

  1. 正しいプロナウンの使用:ノンバイナリーの人々が指定したプロナウンを使うことで、そのアイデンティティを尊重し、安心感を与えることができる。

  2. 差別的な言葉や態度を避ける:(ノンバイナリーの人相手に限ったことではないが)ジェンダーに関するステレオタイプや偏見に基づいた言葉や態度を避け、ノンバイナリーの人々に対して敬意を払う。

  3. 個人の経験を尊重する:ノンバイナリーのアイデンティティは個々人によって異なる。他者の経験や感情を尊重し、無条件に受け入れる姿勢が大切である。

  4. 連帯を示す:ノンバイナリーの人々が差別や偏見に直面した場合、声を上げ、彼らの権利を守るために行動する。

教育と啓発活動

ノンバイナリーの人々をサポートするためには、自分自身や周囲の人々がジェンダー多様性について理解を深めることが不可欠である。以下は、教育や啓発活動の一例だ。

  1. ジェンダー多様性に関する知識の習得:ノンバイナリーやジェンダー多様性に関する本や記事を読むことで、理解を深めることができる。

  2. セミナーやワークショップへの参加:ジェンダー多様性に関するセミナーやワークショップに参加し、専門家や当事者から直接学ぶことで、より深い理解や共感を得ることができる。

  3. 啓発活動に参加:ジェンダー多様性に関するイベントやデモンストレーションに参加し、ノンバイナリーの人々の権利や生活状況を改善するための取り組みを支援する。

  4. ソーシャルメディアを活用:ノンバイナリーの人々やジェンダー多様性に関する情報をシェアすることで、周囲の人々の意識を高めることができる。

  5. 学校や職場での取り組み:ジェンダー多様性に関する教育プログラムを導入し、ノンバイナリーの人々が安心して学んだり働いたりできる環境を整える。

  6. 当事者の声を尊重:ノンバイナリーの人々の経験や意見を聞き、彼らが直面する問題や課題に対して共感し、解決策を共に考えることが重要である。

ノンバイナリーの人々をサポートするためには、積極的な学習や啓発活動が欠かせない。個人やコミュニティがジェンダー多様性を理解し、包摂することで、ノンバイナリーの人々がより安心して生活できる社会を作り上げることができる。最終的には、すべての人々が自分らしいアイデンティティを誇りに思い、尊重される環境を目指すべきである。

宇多田ヒカルさんの告白

2021年6月、宇多田ヒカルさんがInstagram Liveの中で自身が「ノンバイナリー」であることを告白し、大きな話題となった。当時、「ノンバイナリーって一体なに?」と思った人も少なくなかったのではないだろうか。6月はセクシュアルマイノリティのプライド月間だったこともあるが、Google Trendsで地域を日本に設定して「ノンバイナリー」という言葉を調べると、2021年6月に最も検索が集中しており、宇多田ヒカルさんのInstagram Liveによって「ノンバイナリー」への関心が高まったことが考えられる。(※1) 

www.instagram.com

Instagram Liveでは、冒頭2分が経過したあたりで、宇多田さんは英語で  "I'm nonbinary, happy pride month!" と語りかけた(カミングアウトしたことはさまざまな媒体で報じられたが、アーカイブを見る限りはすんなりとした言葉運びではなく、慎重に吐露した、という印象を受ける)。
なお、この日のメインテーマは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版シリーズ』の庵野秀明監督との対談。宇多田さんが『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』に提供した『One Last Kiss』は、映画が公開された2021年3月以降街中で耳にしない日がないほどのヒット曲になっており、当然Instagram Liveにも多くのリスナーが集まることは予想された。結果として宇多田さんのカミングアウトは大きな話題となり、「ノンバイナリー」という言葉は広く知られることとなった。

※1 Google Trends 「ノンバイナリージェンダー」(日本)
https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all&geo=JP&q=%2Fm%2F01n86g

トランスジェンダーやXジェンダーとの違い

トランスジェンダーやXジェンダーとの違い

ノンバイナリーはLGBTQIA+のうち、Q(Queer・Questioning)に内包される概念だ。ここでは、クィア(Queer)・クエスチョニング(Questioning)について触れた後、ノンバイナリーと混同されがちなトランスジェンダー・Xジェンダーについて説明する。

クィア、クエスチョニングとは

まず、クィアに関してはヘテロセクシュアル(異性愛者)、シスジェンダー(生まれたときの性と自身の性自認が一致している)以外のすべての性的マイノリティを指す言葉だ。その点では、Xジェンダー、ノンバイナリーはすべて「クィア」という一語の中に含まれていると言える。次に、クエスチョニング(Questioning)とは、「自身のジェンダーアイデンティティ・性的指向(好きになる性)が決まっていないセクシュアリティ」を意味する。

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トランスジェンダーとの違い

トランスジェンダーとは、「出生時に割り当てられた性別と、ジェンダーアイデンティティが一致しない」セクシュアリティを指す。たとえば生まれた時に医師に判断された身体的性は男性だが、自身のジェンダーアイデンティティは女性と自認している人のことをトランスジェンダー女性、その逆をトランスジェンダー男性という。
トランスジェンダーはジェンダーアイデンティティが明確に男女どちらかに分かれることが多いのに対し、ノンバイナリーはジェンダーアイデンティティが分かれないという点が異なる。

Xジェンダーとの違い

Xジェンダーとは、「出生時に割り当てられた性別に関わらず、ジェンダーアイデンティティが男性にも女性にもあてはまらない」セクシュアリティを指す(なお、「Xジェンダー」は日本独自の言葉であり、海外では "Third Gender(第3の性)" に分類されるとされる向きもある)。(※2)
Xジェンダーもノンバイナリーもジェンダーアイデンティティが男女の枠組みにとらわれない点は共通している。ただ、Xジェンダーはジェンダーアイデンティティが次の4つに分類される点がノンバイナリーとは異なる。(※3)

①中性(男性と女性との中間地点に自身が存在する)
②両性(自分の性が男性でもあり、女性でもある)
③無性(自分の性が男性でも女性でもない)
④不定性(さまざまな性の間で自分の性が揺れ動いている)

※2 参考:HUFFPOST「"Xジェンダー" は日本人にしか通じない!? 外国人に"X Gender"を言ってみた結果」
https://www.huffingtonpost.jp/letibee-life/x-gender_b_8365960.html
※3 参考:「ノンバイナリーとは?【Xジェンダーやクィアとの違いは?】」
https://jobrainbow.jp/magazine/whatisnonbinary

ノンバイナリーの恋愛やファッション

ノンバイナリーの恋愛やファッション

ノンバイナリーはジェンダーアイデンティティと性表現に関する概念であり、性的指向(=好きになる性)に関しては多様だ。そのため同じノンバイナリーを自認する場合でも、異性を好きになる人、同性を好きになる人、両性とも好きになる人、あるいは恋愛対象として他者を好きにならない人など、さまざまな人がいる。一方で、男性だから常にエスコートしてほしい、女性だからスカートやワンピースを身につけねばならないなど、ジェンダー観が固定された言動や服装を常に強いることは苦痛だと考えた方が良いだろう。

世界と日本社会の法律や制度などの動きを比較

世界と日本社会の法律や制度などの動きを比較

海外での浸透

2021年にUCLA(カリフォルニア大学LA校)が行った調査によると、アメリカのLGBTQを自認する人口のおよそ11%にあたる121万人が、ノンバイナリーを自認しているという。(※3)以下、ノンバイナリーの人々を対象として、公的機関・民間がどのような施策を行っているのか事例を紹介する。

公的機関における動き

パスポートなどの公的文書の性別欄の表記について、 2019年1月、米国カリフォルニア州では、ノンバイナリーを自分の性別として選択できる法律「California Gender Recognition Act (SB 179)」が施行された。これにより、同州での出生証明書、運転免許証、身分証明書の性別欄には、男・女だけでなくノンバイナリーと記載できるようになっている。また、 2022年4月には米国全土においてパスポート申請者が自分の性別を自分で選択することが可能になった。米国市民はパスポートの申請時にX(男性でも女性でもない性別)を選択できるようになり、選択した性別が他の公的な身分証明書と異なる場合でも医療書類の提出が不要になった。(※4)
その他、オーストラリアを嚆矢(こうし)として、カナダ、ドイツ、デンマーク(※5)、ネパール、インド、パキスタン、バングラデシュなどにおいても公的文書における性別欄の表記に非二元的なジェンダー表記を導入していることがわかっている。(※6)

※3 参考:The Williams Institute "Nonbinary LGBTQ Adults in the United States"
https://williamsinstitute.law.ucla.edu/publications/nonbinary-lgbtq-adults-us/
※4 参考:the U.S. Department of State "X Gender Marker Available on U.S. Passports Starting April 11"
https://www.state.gov/x-gender-marker-available-on-u-s-passports-starting-april-11/
※5 参考:HUFFPOST「自由の国アメリカで性別『X』のパスポート発行が出遅れた理由」
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_61b015fce4b01fcf12b8fbe9
※6 参考:武内今日子「ノンバイナリーをめぐる法制化の現状――英語圏の文献レビューから」
https://researchmap.jp/take_kyo/presentations/35993455

民間における動き

ここで民間企業における例を紹介する。2019年6月、Mastercardはトランスジェンダーやノンバイナリーのユーザーが違和感なく利用できる「True Name ™ card」を発表。2020年10月には、大手グローバル銀行であるCityグループが初のパートナー銀行として同制度を実装した。ノンバイナリーやトランスジェンダーのクレジットカード保持者ならば、希望するファーストネームを記したカードを持つことができる。なお、この "True Name ™ card" キャンペーンは2021年6月におけるカンヌライオンズ Brand Experience & Activation Lionsにおいてグランプリを受賞している。(※7)

より身近な例だと、スマホユーザーであれば絵文字のバリエーションがアップデートされ続けていることに気がつくだろう。2019年5月、GoogleはAndroidユーザーに向けてジェンダーニュートラル/ノンバイナリーの人々の絵文字をリリース。同年9年にはAppleもノンバイナリーな人々の絵文字を採用するようになった。(※8)

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※7 参考:Forbes JAPAN「見た目と戸籍上の性別が一致しない人のために。『True Name』で登録できるクレカ」https://forbesjapan.com/articles/detail/43784
※8 参考:The Guardian "Apple introduces non-binary emojis with new set of inclusive faces"
https://www.theguardian.com/technology/2019/oct/29/apple-emoji-non-binary-lgbtq-gender-neutral

日本の現状と課題

ノンバイナリーをはじめとして、欧米におけるジェンダーアイデンティティ・性的表現に関する意識が変化しつつある。それを反映してか、日本の性別記入欄も少しずつ変化の兆しを見せている。たとえば、ウェブサービスでプロフィールを登録する際、男性と女性の他に「その他」や「回答しない」といった選択肢が増え始めた。また、少しずつではあるが地方自治体などの行政でもこうした動きが見え始めている。兵庫県明石市では、2020年12月から統計調査における性別記入欄を極力廃止。業務上、性別情報が必要な場合を除き、性別欄を設けないと定義した。(※9)ただ、これはごく一部の自治体の事例にすぎず、依然として男女二元論と硬直的なジェンダー観を前提としたシステムの改正には時間がかかることが予想される。

※9 参考:明石市ホームページ
https://www.city.akashi.lg.jp/seisaku/sdgs/seibetsuran.html

まとめ:ノンバイナリーに対する今後の社会や個人の向き合い方

ノンバイナリーに対する今後の社会や個人の向き合い方

白状すると、筆者はいわゆるジェンダーの話題に対して強い当事者意識を持てないでいた。古めかしいジェンダー観の内面化と自身のありたい姿との板挟みによって生じていた違和感に薄々気づいていたにも関わらず、自身が抱く違和感とLGBTQIA+を自認する人々が社会において被る不利益が、あまりにも重みが異なるように感じていたからだ。「ピンクは嫌」「戦隊ものが好き」という違和感は単なる感性レベルで片付く話であり、なんか嫌だなと押し殺したところで普通に生活は続いていく。

一方で、諸々の権利を認められていないがために進学・就職・結婚など重要なライフイベントの局面において自身の望む生き方が許されず、時には傷つきながら懸命に問題解決に取り組む人々がいることを筆者は知っている。このようななか、自分が抱いてきた違和感をジェンダーの話題として同列に語ることはおこがましいように感じていた。

しかし裏返すと、制度の線引きによる社会的不利益を被りにくい分、あえてリスクを取って積極的に違和感を口にする必要性は薄い。2021年に宇多田さんがカミングアウトをした後、急激にノンバイナリーという言葉を耳にするようになったのは、社会的関心の高まりとともに、もしかしたら筆者と同じような葛藤を水面下で抱えた人が多かったことの証左なのかもしれない。

そして今回取り上げたノンバイナリーを含め、近年にはさまざまなセクシュアリティを定義づける用語が知られるようになった。カテゴリーが生まれることで自分が属する場所を見つけられ、安心する人もいるだろう。ただ、それをカミングアウトすることにはある種の恐怖感を伴う。なぜなら、そこには常に過度なラベリングが発生する危険性がつきまとうからだ。しかし、あるひとつのラベルがその人の全てを表しているわけではなく、流動的なグラデーションのなかに他者が存在しているということを、私たちは認識しなければならない。そして、多様なグラデーションを認め合いながら他者と向き合うことが、真に多様性を尊重する社会実現に繋がるのではないだろうか。


文:Mizuki Takeuchi
編集:篠ゆりえ