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クリエイターと社会の架け橋をつくる。クマ財団の取り組みとは?

「クリエイティブ分野の学生」や「クリエイター」と聞いて、どんな印象を抱くだろうか。「職業に結びつかない=収入が不安定で非社会的」などといったマイナスなイメージを持つ人もいるかもしれない。筆者は美術大学に通う学生だが、周囲にはクリエイティブな力で人々に訴えかけたり、新たなイノベーションを起こしたり、豊かな社会をつくっていきたいと考えている学生も多いと感じる。しかし、制作や展示に費用がかかり思い通りに活動できない、または将来的にどう職業に結びつけていくか悩んでいる学生が多いのも事実だ。そのようななかで知ったのが、25歳以下の学生クリエイターに対して年間120万の奨学金を支給する、公益財団法人クマ財団(以下、クマ財団)(※1)だった。2016年に設立されてから約250名の学生を支援し、クリエイター同士ならびに社会とつながる場の提供も行ってきた。

お話を伺ったのは、クマ財団の事務局で働く野村善文さんだ。野村さん自身もクマ財団の1期生で、学生時代に財団の支援を受けながらアメリカの大学で舞台美術を学んだという。「クマ財団に所属する奨学生の一人ひとりの力を知っていたからこそ、それが重なったときにどんな新しいものが生まれるのか興味がありました。なので、財団の職員として働きたいと考えたんです」そう話す野村さんに、クマ財団の事務局という立場から見える、日本における学生クリエイター支援について伺った。

※1 クマ財団公式ホームページ
https://kuma-foundation.org

広い視野で学生クリエイターを支援する

まず、クマ財団が設立された経緯を教えてください。

株式会社コロプラ(※2)の創業者でクマ財団の理事長も務める馬場功淳がもともとゲームクリエイターだったこともあり、クリエイター支援を始めました。彼が学生だった頃、制作に集中したいけれど、制作にはお金が必要だから働く必要がありました。でもアルバイトをしているとクリエイションから離れることになります。「がむしゃらに作品をつくりたい」という気持ちや熱量はある種、若いうちの期間に最も湧いてくるものだと感じることもあり、馬場本人がそこにももどかしさを感じていたからこそ、社会に貢献する事業として若いクリエイターに対する奨学金を提供する形がしっくりきたそうです。

クマ財団1期生の集合写真

コロプラはゲーム会社ですが、クマ財団ではゲーム関連に限らず、さまざまな領域で活動するクリエイターを支援していますね。

クマ財団では、ジャンルを限らず、広く、クリエイションや文化活動を支援したいと考えています。HPでは、テクノロジーやメディアアート、絵画、音楽、芸能、食、建築、漫画など、29のジャンルを設置していますが、それも便宜上の側面が大きいですね。どんなジャンルだとしても、領域に対してどう向き合っているか、どういう部分に疑問を持って、その疑問にどう応えているか、どんな視点で新しいものを生み出そうとしているかを重視して、募集をするなかで結果的にジャンル数が増えていったという経緯があります。

クマ財団の学生クリエイター支援はどのような点がユニークなのでしょうか。

助成金や奨学金の種類によっては、そもそも申請をするときに使い道を決める必要があると思います。対して、クマ財団の奨学金はジャンルを問わない上に返済不要で使途自由です。それもさまざまな形のクリエイションを応援していければと思ってのことです。

※2 同社は2008年にクマ財団の理事長を務める馬場功淳氏によって設立された。オンラインゲームの開発や運営に加え、ベンチャー投資事業も手がける。
https://colopl.co.jp/company/summary/

異分野間の交流から、新しい知が生まれる

広く開かれた奨学金であることで、年々応募者数も増えていると思います。これまで多くのクリエイターに出会ってこられたなかで印象に残っている方はいますか?

基本的に全員それぞれが面白い取り組みをしていると思いますが、活動が目立っているという点でいうと、卒業後もクリエイターとして活動を続けている人たちは少なからずいらっしゃいますね。例えば最近だと、ルイ・ヴィトンなど数々の有名ブランドを持つLVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン社が全世界の若手ファッションクリエイターを対象に開催するLVMH YOUNG FASHION DESIGNER PRIZEというコンペでファイナリストに選出された岡﨑龍之祐さん。また、クマ財団で3期、4期、5期と採択され、ヒューマンビートボクサーとして根強いファンを持つSHOW-GOさんなど。

ファッションデザイナー 岡崎龍之祐さん

ヒューマンビートボクサー SHOW-GOさん

ただクリエイティブの世界で成功してほしいということ以上に、豊かなクリエイションの機会やコミュニケーションが生まれてほしいなと思います。そういう意味で言うと、クマ財団での出会いを新たなクリエイションに繋げていく人たちも印象的です。年間120万円という額は学生にとっては大金ですが、月10万円と考えると家賃やアトリエ代、場合によっては1つの作品の素材代で使い切ってしまう金額です。なので、財団生には奨学金を目的にする以上に友だちをつくってほしいと切に願っています。1プロジェクトや1クリエイターとして有名になるということ以上に、新しい知が生み出されていくような出会いを提供できるのもクマ財団の目指すところかなと思います。

最近だと、1期生で昆虫食をやっている篠原祐太さんと、3期生で3Dプリンターでの造形をやっている大日方伸さんがコラボレーションをしていました。3Dプリンターで出力した食器で昆虫食のコースを提供するという実験的なプロジェクトです。(※3)また、1期生で現代美術家のスクリプカリウ落合安奈さんがTERADA ART AWARDのファイナリスト展に出展されていたインスタレーションアートで、2期生のBATACOさんが音のディレクションをするというコラボレーションもありました。

篠原祐太さんと大日方伸さんのコラボレーションにより実現した
「EARTH COLOR 地球色を堪能するフードエキシビジョン」の様子

クマ財団では、通常の支援のほかに卒業生向けの活動支援も行っていますね。

卒業生に向けて、プロジェクトベースで最大500万円までの金額を支援をする活動も行っています。やはり、学校を卒業してすぐにクリエイターとして活動を続けるのは簡単なことではありません。クリエイションをするためのさまざまな場作りづくりをしたいが、それを実現するためのリソースがないというジレンマに対する支援です。これは、財団設立後、卒業生とコミュニケーションを続けるなかでわかってきたことを元に始めた事業です。学生が終わって、いわゆる新進や若手と言われる人たちのことも継続して支援することで、財団が目指すコラボレーションの機会の創出やクリエイティブが社会に広く開かれることにつながったら良いなという思いがあります。

※3 参考:クマ財団HP「活動支援生インタビュー Vol.13 大日方 伸・篠原 祐太『新しい 色/食 体験を。』地球色を堪能するフードエキシビジョンを終えて」
https://kuma-foundation.org/news/5980/
※4 参考:「TERRADA ART AWARD 2021ファイナリスト展」
https://www.terradaartaward.com/finalist#exhibition

日本のクリエイターは陸の孤島にいる

そのようにさまざまなつながりが生まれた先で、クマ財団としてはどんな世界を実現したいですか?

クリエイターたちが、既存のジャンルや所属に囚われず、さまざまな領域に積極的に関わって新しい価値を生み出せるようになると良いと思っています。それをどう実現していけるかは考え続けないといけないところですね。

現状、日本では学生クリエイターが他のクリエイターに出会う機会が少ないと感じますか?

あくまでも、私個人としての意見ですが、かなり少ないと感じます。日本のクリエイターと関わるなかで思うのは、芸大や美大にクリエイティブな力を持っている人が固まって陸の孤島のようになっているということです。芸大や美大でクリエイションをしている人たちと、実業家的なマインドを持って社会への貢献を志す人やエンジニア的に物事を構築していく人が交わる機会に断絶が生じているのは気になっています。

財団生の交流会の様子

クマ財団の「場作り」は、領域間における断絶の架け橋を目指す

ほかにも、日本のクリエイターを取り巻く環境で問題だと思うことはありますか?

クリエイションをはじめとして、社会全体の領域間における断絶が、新しいものが生まれない停滞感や(本来であれば)異分野間の融合から生じるであろう“連帯感”の喪失にもつながっているのではないかと思います。たとえば、美大で鋳造(ちゅうぞう・融点よりも高い温度で材料を熱し液体にしたものを型に流し込む加工方法)を専攻していた知人が、大学を卒業し一般職で入社した企業でカルチャーショックを受けた経験があったそうです。新入社員のグループワークでプレゼンを準備するとなった時にある人から「美大出身だから、スライドのデザインをよろしくね」と言われてしまったと。美大での専門が「デザイン」だったわけではない人に対して、専門分野への浅い理解からそのような発言がなされてしまう状況に、領域間の断絶を感じました。
これを「無関心」と片付けるのは簡単なのですが、きっと依頼した人も関心がないということではない、と思っています。問題は「領域間の断絶」が起きていて、異分野との交流をする機会がなかったということではないか、と。クマ財団の交流会でも、エンジニア系の学生がアート系の学生の話す内容が分からなくて戸惑うこともあります。領域が違えばそもそも言語が違うのは当たり前。そのなかで、わかり合おうとしたり、学び合おうとする姿勢が新しいものを生むきっかけになると良いという気持ちです。きっと領域間の横断がもっと必要なのだと思います。

クマ財団では、クリエイター同士がつながる場のほかに、クリエイターが社会とつながる場もつくっていますが、そこにはどんな思いがありますか?

1つは、支援を通じて生まれた制作物を社会に対して広く発表できる機会として活用して欲しいという思いがあります。もう1つは、来場された方々がさまざまなジャンルのクリエイターと接することで、クリエイションへの関心を持っていただきたいという思いもあります。これまでは、1年に1回「KUMA EXHIBITION」という展示会を開催していました。毎年少しずつ形が違うのですが、来場者のみなさんにいつも言っていただけるのは、「ジャンルが多様でおもしろいね」ということですね。展示会がコラボレーションのきっかけになるクリエイターたちもいるので、それも良い流れだと思います。

KUMA EXHIBITION 2022で展示された作品の一部

今年は六本木にクマ財団ギャラリーをオープンされましたね。今後はどのような形でこちらの場を活用される予定なのでしょうか。

パンデミックがあって、学生の発表の機会にも大小さまざまな影響が出てしまいました。自分たちの場所を持つことによって、通年で彼らの発表の機会や彼らが社会とつながる機会を確保したいと考え、ギャラリーをつくるに至りましたね。今年6期の展示は、新たにオープンしたギャラリーで、10月から順を追ってグループ展のような形で開催する予定です。

クマ財団のHPに掲載されている言葉を借りると、クリエイティブの力は世界のマーケットのいたるところで必要とされている。その力が最大限に発揮される環境が整うにはまだ時間がかかるかもしれないが、クリエイターによって新しい価値が創出される世界を思い描き活動する、クマ財団の活動にこれからも注目したい。


取材・文:日比楽那
編集:Mizuki Takeuchi
写真クレジット:公益財団法人クマ財団


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