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女性アスリートが安心して「プロ」を目指せる未来 サッカー選手 下山田志帆さんインタビュー

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2021年9月、日本で初めての女子プロサッカーリーグ、WEリーグが開幕した。なでしこリーグの上位に位置するリーグであり、日本における女子サッカーのトップリーグとなる。WEリーグはWomen Empowerment Leagueの略称だ。女性プロスポーツの発展や女性活躍の推進を目的として作られた。

女子サッカーといえば、2011年になでしこジャパンがW杯で優勝したりと、日本の中でも女性の活躍が目覚ましい分野だと感じている人も多いだろう。もちろん、実力を備え活躍する選手は多くいる。だが、冒頭でも触れた通り、今年まで「プロ」の概念が存在しなかった分野でもあるのだ。

これは他の競技にも当てはまる。スポーツには、えてして大きなジェンダーギャップが生まれがちだ。選手たちの活躍とは裏腹に、女性がプロとして活動するための土壌が整いきっていない。

そんななか、今回はサッカー選手の下山田志帆さんに話を伺った。下山田さんは、大学卒業後、ドイツに渡りプロサッカー選手として活動した後、現在はなでしこリーグ1部のスフィーダ世田谷FCに所属している。2019年には株式会社Reboltを立ち上げ、吸収型ボクサーパンツの開発にも取り組んでいる。海外でのプロ経験もあるアスリートとして、起業家として、また、セクシャルマイノリティ当事者としてさまざまな観点からスポーツ界のジェンダーギャップ解消に取り組む下山田さん。業界の内側から見るサッカー界のジェンダーギャップ解消の道標とは。

日本でプロになる選択肢がなかった

下山田さんがもともとサッカーを始めたのはいつ頃でしょうか。

小学校の時、休み時間に男子と遊ぶことが多くて、そこですごく仲の良かった子に「お前サッカー上手だから俺たちとやろうぜ」って言ってもらって、なんとなく始めました。

小学生の頃には女子チームと男子チームの両方に所属していたのですが、それぞれメリットとデメリット、気づきがあったんですよね。今でもそうだと思うのですが、男子は各小学校に少年団があって、学校のグラウンドで、お父さんたちがコーチになってやるようなサッカーチームがあるんです。だから、気軽に参加できる。でも、女子は人が集まらないので学校単位のチームはなくて、点々と存在する各地のチームの練習場へ私も2時間くらいかけて通っていました。その分、女子チームは芝生のコートで練習できたりちゃんとしたコーチがいたり、案外環境が整っていました。

実際に両方体験されたからこそわかる違いですね。そこから、どんな経緯でサッカー選手になろうと決めたのでしょうか。

最初にサッカー選手になりたいって気付いたのは、大学に入って就職活動が迫ってきたときでした。正直、今年からWEリーグが始まったように、日本には女性のプロリーグがなかったので、日本でサッカー選手になるっていう感覚はずっとなかったんですよね。でも、大学時代に周りのみんなが就職活動を始めていく中で、それが自分には合わないなと気付いて。せっかくこれまで頑張ってきたサッカーをどうにか仕事にする方法はないだろうか、と考え始めました。

その解の1つが海外に行ってプロサッカー選手になることでした。サッカーをするにも、ちゃんと環境が整っていて、お金がもらえる、そんな場所として、たまたまご縁がありドイツでサッカー選手になることになりました。

女性が仕事としてサッカーをすることは、確かに日本ではまだハードルが高そうですね。

そうですね。男子のように、Jリーグというちゃんとお金がもらえる場所があるとわかっていて下積みを重ねるのと、どれだけ頑張ってもちゃんと稼げるかどうかわからないところで頑張るのは、かなり違うと思います。朝から夕方まで仕事して、夜は練習、週末は試合みたいな生活が続くと、なんのためにサッカーをしているんだろうと思ったり、一方で、社会人としてのスキルを身につける時間が不足して焦ったりしました。女性がサッカー選手でいようとすると、サッカー以外のことに対して不安にならなければいけない場面が多いと思います。WEリーグも始まったばかりなのでなんとも言えないのですが、だんだん変わっていってくれればいいなと思っています。

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リーグが引っ張るジェンダー平等

海外だと、女性のプロリーグはどんな取り組みをしているのでしょうか。

ヨーロッパなどは特に、国をあげて男女平等に取り組んで、女性のプロリーグもどんどん増えていますね。スポーツ界の男女の賃金格差に対して選手が声をあげたり、それに伴ってしっかりとチームが整えたり。チームやリーグとしてちゃんと声明を出しているところもあります。完璧ではないけれど、日本よりもサッカー界のジェンダーギャップ改善の兆しがあります。

チームがきちんと環境づくりに応えていく姿勢は素晴らしいですね。ヨーロッパ以外だと、アメリカの登録選手のうち約40%が女性という情報も見ましたが、これもすごいですね。

アメリカは、1970年代に「タイトル・ナイン」という法律ができたのが大きいと思います。この法律で、奨学金制度が男女平等になったことによって、女性のサッカー競技人口が一気に増えました。アメリカは体育会系の生徒に有利に働く奨学金制度があり、「奨学金がもらえるなら」とサッカーを始めた女子学生も多かったのではないかと思います。

海外だと、選手の情熱とかやる気、あとは楽しい!っていう気持ちだけではなくて、国やリーグがきちんと整備をして、男女平等の名の下に競技人口増加や賃金格差を埋めようと取り組んでいます。日本とアメリカ、ヨーロッパだとそもそもの女子サッカーの捉え方が少し違うのかもしれません。

国や、チーム、リーグがかなりテコ入れをして改善されていっているんですね。その辺りは日本で競技人口が増えにくいこととも関係しそうですね。

そうですね。日本も、無理やりにでも選手を増やす方法を考えないといけないと思っています。たとえば、スペインでは男子クラブが女子チームを持つことがひとつのステータスとなっていると聞いています。そこまでやらなければ競技人口も増えないし、環境も整わないと思います。

残念ながら、日本だと、男子クラブが女子チームを作ることは「お金がかかるし、お金にならない」とリスクにとらえられてしまうことが多いです。でも、スペインでそれが実施されたのはジェンダー平等に価値があることがわかっているからだと思います。長期的に見れば、ジェンダー平等に取り組む組織であること自体が価値を持ってくると思いますが、日本だとまだその価値観は薄いですよね。

そんな中でWEリーグもできましたが、日本の女子サッカーも少しずつ変わっていきそうでしょうか。

日本はジェンダーギャップ指数がG7の中で1番低いです。いち選手の視点でしかないですが、それに対して声を上げられる1つの業界がスポーツ界なのではないかと思います。その中でも、女子サッカーが業界を引っ張れるのではないかという気持ちが、WEリーグに関わる人達の中にもあると感じます。指導者の割合も女性を増やしていこうとする取り組みがある。そういったことに、リーグをあげて取り組んでいくのはとても重要です。ある意味アメリカに追従するような形だと思うし、そういう情熱があるのは期待したいなと思います。

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選手に刷り込まれたメディアの価値観

指導者の女性が増えることによって、より選手が様々な問題を相談しやすい環境づくりにもつながりそうです。現状はやはり男性指導者の方が多いですよね。

まだまだ男性が多いです。男性指導者とのコミュニケーションにおいても、まだ色々と問題がありますが、大きく分けて私は2つの問題があると思っています。1つは生理だったり、女性特有の身体の悩みに対する知識がないために、何もフォローされないこと。指導者側もどうにかしたいと思っているだろうし、選手側も聞かれることに対してちょっと嫌だなと思っている人もいます。
あとは、悲しいことにセクハラやパワハラみたいなのが結構多いことです。起こったとしても、監督が辞めることで揉み消されたりしている現状もあります。特に高校生の年代なんて口答えできないですし、これからのキャリアを考えて声を上げられないことはよくあるかと思います。

セクハラと言うと、個人的にメディアの取り上げ方も気になっています。

以前よりは、問題視されるようになったとは思います。でも、問題視されたからと言って、記事の内容が変わったとはあまり感じられません。昨日も、ふとスマホでニュース記事を読んだらある選手の顔が可愛いっていう記事がトップに出てきました。記事に書かれていたご本人もそう書かれるのは嫌だって言っていたのですが…。

この問題には別の側面もあるなと感じています。選手自身も、「美人」「可愛い」というキーワードの方が記事として読まれるし価値があると思ってしまっているんです。例えば、チームで写真を撮るときに、ボーイッシュな選手や、いわゆる「美人」ではないとされる人が、「私なんかが出ても」「〇〇の方が可愛いから前に」とかって言うんです。これまでに刷り込まれた価値観が、選手自身の価値観にもなってしまっているところがある気がします。

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アイデンティティを横断するからこそ解決する

下山田さんは起業家としても活躍されていますが、吸収型ボクサーパンツ『OPT』(オプト)はどのような背景から生まれたのでしょうか。

『OPT』を作っている株式会社Reboltは私ともう1人の共同代表、内山でやっています。私たちは、セクシャルマイノリティの当事者でもあり、アスリートでもあり、女性の体の問題について取り組む起業家でもあります。それらの全ての要素を持っているのですが、これまでは全部、分断して語られることが多いと感じていました。セクシャルマイノリティの下山田さん、アスリートの下山田さん、フェムテックの下山田さんと。

でも、それらの要素を横断するからこそ、解決する問題ってたくさんあると思うんですよね。吸水パンツは様々なブランドから出ていますが、フェミニンなデザインが多いのでセクシャルマイノリティ当事者が手に取りにくかったり、アスリートはせっかくできたその商品を知らなかったり。だから、届いてほしい人に届けるべく、『OPT』を作りました。

実際に使ってくれた人の中には、「これが届いた日に、今まで捨てられなかったフェミニンなパンツがやっと捨てられた」と言ってくれた人もいて、やってよかったなと思いました。

下山田さんのように、社会問題について発信したり行動に移すアスリートの方はまだまだ少ないように感じます。より多くの人が社会を前進させるアイデアを発信しやすくするためにはどうすればいいのでしょうか。

アスリートが発言しにくい空気が生まれる背景には、2つの要因があると思っています。1つは、アスリートって何か発言すると、「お前は競技に集中しろ」と言われる。あともう1つは「なんかカッコつけてる」「急に真面目ぶっている」と内部から見られるという感覚もあります。業界の内外から発信を止められ、自分自身も億劫になってしまうという面があるかと思います。

でも、1歩外に出てみると世の中はアスリートの声を求めているし、その声をすごく価値のあるものだと言ってくれる人もいます。だから、アスリートの側としては、所属しているスポーツ界以外の人と話をするべきだし、交わるべきだと思っています。そして周りの方も価値を感じたら引き出して、伝えてほしいなと思います。

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スポーツ業界やアスリートたちが直面する問題は、情熱ややる気だけでは解決しない。下山田さんが示してくださったような、リーグやチームによる構造的な問題解決は、他の分野でもこれからもっと必要とされるはずだ。

そして、アスリート・女性・起業家・セクシャルマイノリティといった様々なアイデンティティの横断が問題解決の糸口となると言う指摘にはハッとさせられる。ついつい人の目立つ一面だけに目を奪われがちになってしまうが、複合的な視点を生かすことで、今まで見えていなかった問題が解決されていくのかもしれない。1つのことだけに集中するのが「プロ」という時代は終わった。下山田さんのように広く、そして深い視点が、ジェンダーギャップはもちろん、これからの社会を前進させる糸口となっていくだろう。


下山田志帆
女子サッカー選手。株式会社Rebolt CEO。慶応義塾大卒業後に渡独し、プロ選手として2シーズンプレー。2019年春に同性のパートナーがいることを公表した。現在はなでしこリーグ1部のスフィーダ世田谷FCに所属している。「どんな場所でも、今この瞬間がワクワクと誇りに溢れた居心地の良い社会」を目指し、現役アスリートとReboltのCEOとして走り続けている。

 

取材・文:白鳥菜都
編集:柴崎真直
写真:服部芽生