2011年3月11日に発生した東日本大震災から、10年が経った。
震災は悲惨な経験だが、東北という地方と都市部との新たなつながりを作る契機にもなった。当時大学生であった筆者が参加した岩手県のボランティアで、ボランティア団体の方が「都市と地方の関係性に新たな風穴が空いた」と、震災がもたらした思わぬ側面を話してくれたのを覚えている。
震災をきっかけに生まれた取組みは、10年が経過した今も新たな交流を生み続けている。今回は「食べる」ことを通じて東北と都市部をつなぐ、2つの取組みを紹介する。
食を通じて、都市と地方のつながりを可視化するーー『東北食べる通信』
1つ目は、株式会社ポケットマルシェが運営する、『東北食べる通信』だ。毎月1回、東北地方の生産者を特集した情報誌と、実際に紹介された食べものが届く「食べもの付き情報誌」だ。情報誌にはオススメの調理法だけでなく、生産者のインタビューや収穫の様子が掲載され、自分の手元に届くまでに辿ってきたストーリーを丸ごと知った上で実際の収穫物をいただくことができる。
『東北食べる通信』の創刊からこれまで、また今後の展望について、株式会社ポケットマルシェ代表取締役の高橋博之さんにお話を伺った。
分断された生産者と消費者が、「ありがとう」を言い合う関係に
『東北食べる通信』の創刊は2013年7月。現地でのボランティア活動が少し落ち着いた頃だという。
「がれきの撤去や泥のかき出しなどのボランティアが落ち着いてきた時期に、『知って、買って、食べて』という応援の方法があるんだということになって。復興支援のコミュニティを中心に訴求しお客さんが増えていったのが、始めた当時ですね。」
創刊から今年で8年を迎える。その間、購読者の層に少し変化が見られるという。
「震災からもう10年で、あのころの記憶が風化してきている印象もあります。それでも『東北のことを応援したい、復興をこれからも見守りたい』という方は一定数います。エシカル消費、応援消費の文脈で入ってくる方。もともとは地方出身で東京で子育てをしており、子どもに少しでもふるさとを知ってもらいたいと購読を始める方もいます。そのほか、コロナで東京から出られない中で、少しでもふるさとをリアルに感じたいと購読を始めた大学生もいました。このように購読理由は当初より多様化していますが、生きていくために必要な『真に価値があるものを応援したい』という動機は共通していますね。」
日本において食物の生産を担っているのは、主に地方の人々だろう。生産者に支えられてこそ、都市の豊かな生活がある。しかしその関係性は「地方で生産したものを都市が消費する」という形で定着し、結果として都市には人があふれ、地方は過疎高齢化に苦しむ現状がある。
ところが、そんな都市と地方の関わり方が変わってきていると感じる場面もあるという。
「いまはとにかく物が溢れているので、消費すること自体に意味を求め、それによって幸福や充足感を感じる人が増えている印象が強いです。生産と消費が分断されている中で生産者側の顔が見えると、『自分が何に生かされているのか』を知り、感謝としてお金を渡す形に消費の意味合いが変わりますよね。消費する側は、自分たちの食卓を支えてもらっている感謝で、生産者側も買ってもらった感謝で、互いに『ありがとう』の気持ちでつながる。『食べる通信』を通じて、こういった情緒的な関係が育まれているなと感じます。そして、若い人ほどこういった消費に惹かれている印象があります。」
秋田の祭りの存続危機を救った、都市の人々
『食べる通信』は、購読者と生産者をSNS上でつなぐ仕組みも設けている。『食べる通信』を通じてうまれた都市と地方のつながりについても、すてきなエピソードを教えてくれた。
「生産者と読者は、最初は『おいしかったです』というSNS上のコミュニケーションから始まり、自然と東京や現地で会うようになっていきました。秋田の漁師さんには、知り合ってから何年も経つ東京在住の読者からいまだに、『今日ちょっと手伝いに行って良いですか?』と連絡がくるそうです。飛行機で来て、浜で水揚げの手伝いをさせてくれ、と。その漁師さんは過疎高齢化が進む白神山地の麓の方なのですが、その地域には伝統的なお祭りがあります。ただ若い人がいないから神輿の担ぎ手が不足しており、お祭り自体が存続危機に陥っていました。なんと、そこをいま補っているのが、漁師さんから魚を買っている都市の人たちだそうです。僕も、担ぎ手として参加したことがあります(笑)。漁師さんが『担ぎ手が足りないから手伝いに来てよ』っていうとワッと集まって。関係人口という形で地域を支えてくれています。」
「都市と地方をかきまぜる」というコンセプトも掲げる『東北食べる通信』。まさにこの例は、コンセプトを象徴するエピソードだろう。このように、東北の疲弊している状況だけでなく、そこに向き合う生産者1人1人の具体的な物語を可視化し、都市から「生産地・生産者の力になりたい」という共感を引き出してきたことが、『東北食べる通信』の果たした役割だという。そして、これからもこのようなつながりを生み出していきたいと話す。
震災を通じて感じた。「日本もまだまだ捨てたもんじゃない」
「関係人口を増やす動きがもっと起きなきゃいけないと思っています。10年前、東日本大震災が起きて、東北に縁もゆかりもない人が何かしら力になりたいとボランティアに来たり、東北のものを積極的に買ったりしました。その時、日本もまだまだ捨てたもんじゃないなと思ったんです。10年経ったいまの復興は、東北の人たちの力だけではできなかったと思う。そして、僕は同じような都市の人間が地方に関わっていく動きを日本中で起こしたいなと思っています。どこも過疎高齢化で苦しんでいるし、いま気候変動の被害をダイレクトに受けているのは漁師や農家です。そのことが広く知られることで、10年前に東北の被災地で起きたことが日本中で起きるんじゃないかな。これが、僕の願いです。」
生産者と消費者、そして地方と都市の関係性を見える化し、地方の衰退を自分ごとと捉え関わっていく関係人口を増やしたいと話す高橋さん。現在は、『ポケットマルシェ』(※1)も運営し、全国規模で生産者と消費者がつながる仕組みも整えている。
※1:株式会社ポケットマルシェが営む、産地直送のオンラインマルシェ。
https://poke-m.com/
子どもたちにサステナブルな未来をつくる、それが地域の未来にもつながるーー『MORIUMIUS@Home』
2つ目はMORIUMIUSの事例だ。宮城県石巻市雄勝町の廃校を再生し、2015年から現地で子どもがサステナブルに生きる力を育む学び場を運営している(※2)。
2020年からは、自宅で現地とつながり、その土地や生産者から食の背景を学ぶ『MORIUMIUS@Home』を開始し、全国の小・中学生の子どもにおいしく楽しい学びの機会を届けている。
子どもたちと東北のつながりや今後の展望について、株式会社MORIUMIUS LEARNING代表取締役の油井元太郎さんにお話を伺った。
※2:子どもの複合体験施設『モリウミアス』
https://moriumius.jp/
日常生活の中で、もっと自然とのつながりを感じてほしくて
コロナ禍が後押しになり、『モリウミアス』で実施してきた宿泊プログラムに加え、食を中心に据えた『MORIUMIUS@Home』を始めたという。
「コロナ禍で宿泊の受け入れが難しくなったときに、食材を送りオンラインプログラムで体験してもらうことができるんじゃないか、という話が出たのがきっかけです。加えて、コロナ前だと年間1500人程が滞在していましたが、1〜2泊や1週間の滞在と限られた期間でした。未来につながる価値観を培う経験になっているとは思いながらも、家や学校では勉強やゲーム、習い事で忙しかったり、その経験が薄れてしまうんじゃないかなと懸念していました。雄勝町に来るよりも、『モリウミアス』でに実践していることを家や学校に届けることが大事なのでは、という課題意識は前々から考えていたので、オンラインによってその課題に取り組もうとと思い、サービスの開始を決めました。」
「近所の高台がどこにあるか、確認して帰ります!」
語り部を通じて防災意識の向上も
『MORIUMIUS@Home』は学校にもサービスを提供している。学校からの要望で、2020年には震災の語り部としての取組みも実施したそうだ。
「東日本大震災を知らない子どもたちに、小5で震災を経験した従業員が話をしました。生徒たちは震災を聞いたことはあるとかネットやニュースで見たことがあるという程度なので、現地の当事者で、しかも年齢も近いお姉さんが話すと、震災をリアルに感じたとか怖かったとか、インパクトが大きいようです。あとは、特に都会だと「地域」という考え方って薄いですよね。近所付き合いもあまりない中で、災害時に地域の人たちと助け合うにはどうしたら良いかとか、あるいは高台はどこにあるんだろうとか、自分ごととして考えるようになる。『今日家に帰るときに高台がどこにあるか確認して帰ります!』という感想をよく聞くので、当事者意識を持つ良い機会になっていると感じます。
学校向けのプログラムでは必ずしも東北や震災という出来事に意識が向いていない不特定多数の子ども達に話ができるので、すごく良い機会になりましたね。」
プログラムと食を通じて、家族が向き合う機会にも
家庭向けプログラムの参加者の中には、事前学習の教材でしっかりと準備をし、やる気満々でプログラムに参加する子どももいるという。また、後ろで見守る保護者にも影響があるようだ。
「頭がついた魚や、生きたホタテなど、普段行くスーパーからは得られない食材が届きます。都市部では産地や生産者を一切意識しないで生活ができますが、プログラムでは料理の体験ではなく『それが育まれている雄勝の自然はどんなだろう』とか、『そこで育っているホタテってどんな生き物なんだろう』といった科学的な視点まで関心が広がるようになります。また、具体的に漁師さんがホタテ漁をしている様子を動画で流したり、漁師さんに登場してもらい話をしてもらうこともあります。普段何気なく生活して食べているものが生き物であって、どういう人たち、どういう環境で育まれて家庭に届くのかということをリアルに感じられるので、子どもたちは劇的に変化します。生きていることを実感するというか、自然の有り難みを強く感じていますし、保護者からも『こんな話聞いたことがなかった』という感想も多いですね。
あと、おじいちゃんおばあちゃんが後ろで見ていることもあります。月に1度は『孫の料理を食べるデー』を作るご家庭とか、ご近所の友達も呼んで、プログラム終了後にどういう食材で何をしたかを子どもから話してもらいながら食べるご家庭もあります。我々も想定していなかった、新しい親子の関係や食に向き合う機会になっていると感じます。プログラムに参加するだけでなく、プログラム後にその時間をどう家族の中で共有するかという形で捉えていただいているのは、すごく良かったと思います。」
その中でも感動したエピソードとして、普段体調が悪くてあまり食べることができなかった祖父が、孫が作ったものは一生懸命に食べ本当に嬉しそうだったという話も教えてくれた。
参加者には、ネットで『MORIUMIUS@Home』を見つけ参加するご家庭も多いそうだ。そこから雄勝町を知り現地に訪れる人や、地方の生産物を購入する人も増えているそう。今後も『MORIUMIUS@Home』が広がることで、雄勝町、ひいては東北の未来にもつなげたいと語る。
「いま、地方は人口が減り関係人口を作ることが大事だと言われていますが、このプログラムはある意味、東北のファン作りにもなります。子どもたちとより多くの接点が生まれることで、最終的にはそれが『モリウミアス』や雄勝町のためにもなるので、そこにもいま、可能性を感じています。『モリウミアス』を継続するためにも裾野をもっと広げて、子どもたちがサステナブルな未来を作り、そして雄勝のまちの未来にもつながるきっかけづくりに、次の10年で取り組んでいけたらと思っています。」
『モリウミアス』や『MORIUMIUS@Home』を通じて、雄勝町のファンになる子どもたちは、どんな大人になり東北との関わりを続けていくのか。これから、そのつながりがどんな風に芽吹いていくのか、楽しみだ。
震災を通じて生まれた「つながり」は、未来へのお手本だ
食べることを通じて、自分が何に生かされているかを知り、その生産地を知り、自分が生きる中で関わっている「つながり」を学び直す。東日本大震災が契機になって生まれたこれらの取組みは、これからの日本の進むべき方向を示す、ある種のお手本だと言えるだろう。
都市と地方は分断される間柄ではない。そのつながりを改めて知ることは、未来への希望になると感じる。
取材・文:大沼芙実子
編集:竹内瑞貴