ここ数年、「シスターフッド」という言葉が注目を集めている。近年では漫画や映画、ドラマなどのカルチャーシーンでもよく使われる用語だ。多くのメディアでシスターフッド特集が組まれ、文字通り姉妹や、母娘、会社の先輩後輩などさまざまなパターンの組み合わせで女性同士の絆が描かれている。物語の中では、多くの場合、愛情や友情を伴った精神的な繋がりを指してシスターフッドと言われることが多いだろう。
「女性同士の連帯」と訳されることの多いシスターフッド、もとをたどるとどんな背景を持つ言葉なのだろうか。シスターフッドの始まりと、現代のシスターフッドについて調べてみた。
シスターフッドはいつから使われている言葉?
「シスターフッド」、岩波女性学事典では「女性同士の連帯・親密な結びつきを示す概念」(※1)とされている。
もともとは1960年代〜1980年代のウーマンリブの時代に誕生した言葉である。ウーマンリブとは、アメリカから始まった女性解放運動で、ウィメンズ・リベレーションの略だ。フェミニズムの第2波とも呼ばれ、性別で決められた役割からの脱却や、女性の自己実現などが叫ばれた。アメリカ以外にもこの運動は広がり、日本では1970年に初めて街頭デモが行われた。
現代とは異なり、スマートフォンもSNSもないこの時代、女性たちの繋がりはオフラインの場でコツコツと積み上げられてきた。デモを起こしたり、会合を開いたり、ポスターや活動の様子を記したzineやミニコミを作ったりといった活動の中で、女性たちが強い連帯を生み出していた。この強い連帯がシスターフッドと呼ばれ、女性解放という同じ目標に向かって動く女性の絆を指すようになっていった。つまり、シスターフッドは家父長制への反対を示す繋がりのことだ。
この時期、シスターフッドで結ばれた女性たちが、大きく社会を動かした実例もある。1975年、アイスランドで国内の女性の90%がストライキを起こし、職場における男女平等を訴えるといった動きがあったのだ。アイスランドは現在、ジェンダーギャップが世界で最も少ない国である。(※2)
※1 引用:井上輝子他『岩波女性学事典』(岩波書店、2002) p.171
※2 参照:世界経済フォーラム「Global Gender Gap Report 2021」p.6
http://www3.weforum.org/docs/WEF_GGGR_2021.pdf
#MeTooとSNSとシスターフッド
現代のシスターフッドといえば、#MeToo運動を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。2017年に投稿されたアメリカの歌手で俳優のアリッサ・ミラノさんのツイートをきっかけに始まった、SNS上のハッシュタグ運動のことだ。日本でも、ジャーナリストの伊藤詩織さんの告白を筆頭に、活発化した活動である。「私も」と声をあげる女性が現れ、#MeTooとともに、女性たちが受けるセクハラや性被害の現状が明るみに出てくるきっかけとなった。
セクハラや性被害は、2010年代以降に出現したのではなく、もっと前から社会にあった問題のはずだ。しかし、バックラッシュ(※3)の時代を経て、盛り上がりを見せた1970年代に比べフェミニズム運動も下火となると職場や学校など、社会を生きる中で起きるセクハラや性被害は、被害者側が声を上げにくい構造が強化されてしまっていた(現在も決して声を上げやすい環境ではない)。被害者側にも非があるとするような風潮や、上司や先生などとの権力構造の中で声を上げたことにより職や居場所を失う可能性があること、信頼できる相談先を見つけるのが容易でないことなど、被害者が被害を受けたことを告白するのが非常にハードルが高い状況になってしまっている。
そのため、同じような経験を保持していたとしても、痛みや苦しみを共有できる場所は多くはなかった。そんななかで起きた、SNSの登場と#MeToo運動の活発化により、女性たちは以前よりも経験の共有ができるようになったと言えるだろう。直接会ったことのない、顔も知らない誰かであっても、同じような経験をもとに、同じ目標に向かってツイートする姿は、現代のシスターフッドの1つの形と言えるだろう。
#MeToo運動以降、日本国内でもTwitterを通してフェミニズム運動が拡大してきた。「#WithYou」や「#WeToo」といったハッシュタグが使用され、性被害の当事者以外も、連帯を示す動きが広がった。そして、2019年4月には、当時連続して起こっていた性暴力事件4件の無罪判決を受けてフラワーデモが始まった。
東京駅での1回目のデモを起点として始まり、すぐに全国へと広まったこの活動は約1年間続いた。毎月11日、#WithYouの声の元に花を手にした参加者たちが各地に集い、経験を共有し、連帯を示す。現場だけではなく、当日の参加ができない人々からも、SNS上で連帯の声が多く上がっていた。2021年9月には、フラワーデモのきっかけとなった性暴力事件のひとつが逆転有罪となった。少しずつではあるが現代においても、シスターフッドには社会を動かすパワーがあるのではないだろうか。
※3 ある言説や思想が広まりかけたときに、起こる「反動」や「揺り戻し」のこと。アメリカでは1980年代の終わりには「フェミニズムは死んだ」と言われる状況であった。
シスターフッド・イズ・パワフルと言うために
ところで、一口に女性と言っても、さまざまな女性が存在する。肌の色も違えば、宗教も違う、年齢もセクシャリティも違うし、体の特徴も異なる。同じ女性でも、各個人が持つ特性によってぶつかる問題が異なってくる。この違いによって、本来よりもシスターフッドが弱くなってしまうといった一面がある。
全ての女性がフェミニストではないし、フェミニストの中でも主義主張が分かれている。例えば、黒人の女性と白人の女性では経験する差別が異なり、黒人女性は性差別に加えて人種差別も受ける可能性があるため、白人女性の権利を訴えるだけでは解決できない問題が発生し得る。また、トランスジェンダーの女性がシスジェンダーの女性から差別を受けるなどといった事例もある。(※4)
シスターフッド・イズ・パワフル。フェミニズム運動のスローガンの1つだ。この言葉に立ち返ろうとするのであれば、多様化が進み、複雑になった今だからこそ、女性たち自身も、自分の特権性や差別的な意識に気づくことが重要だ。
フェミニズムのブームとともに、フェミニストを自称する人や、ジェンダー平等を掲げる企業が急激に増えた。そしてシスターフッドも大きなブームを起こしている。これらの言葉を使う前に、シスターとは誰なのか、自らの目指すシスターフッドは誰かを排除していないか、振り返ることも必要なのではないだろうか。
※4 これらのような概念をインターセクショナリティ(交差性)という。さまざまな属性が複雑に絡み合ったなかで起きる差別に気づくための概念。
画面の中だけではないシスターフッドを
アイスランドの例や、フラワーデモの例のように、シスターフッドによって結ばれた女性たちの活動が、社会と政治を動かしていく。自身の特権性や差別意識と向き合いながら、できる限り多くの人々とシスターフッドを築くことは、社会を前に進める1歩となる。
日本ではまだまだシスターフッドの認識も実践も十分ではないし、他国に比べてもフェミニズムへの抵抗は大きいように感じる。しかし、選択的夫婦別姓への期待や、家庭や職場での性役割への違和感、セクハラを受けた怒りなど、フェミニストを自称していない女性からも数多く声を聞く。よく目を凝らせば、シスターはそこら中に存在する。
シスターフッドという言葉が生まれた当初から訴えられていた問題は、皮肉なことに現在でも完全には解決されてはいない。男女間の賃金格差は埋まっていないし、家庭内での性役割も根強い。数少ない声を上げる人を、1人で戦わせないために、今こそ連帯が必要なのではないだろうか。
シスターフッドは友情や愛情による繋がりだけを指すものではない。それ以上の意味を持つ言葉だ。ジェンダー平等という同じ目標に向かう人であれば、友達や家族、知り合いでなくともシスターフッドを結ぶことができる。そろそろシスターフッドをフィクションからノンフィクションで流行らせよう。
文:白鳥菜都
編集:森ゆり