よりよい未来の話をしよう

「クモの糸」が地球を救う? サステナビリティ時代における、企業と社会の向き合い方

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[Photo:dmitriyGo/Shutterstock]

深刻な環境問題の数々。「人工タンパク質」が解決の糸口になるかもしれない

普段、何気なく購入する衣類。その多くには化学繊維が使用されている。化学繊維で作られた衣類は軽く丈夫である上、安価なことから多く流通している。しかし、化学繊維は自然に分解されるまで膨大な年月を要する。そして繊維に限らず、石油を主原料とする製品はいまやわたしたちの生活に欠かせない。化石燃料には限りがあることから、地球と持続可能な形で共存するには新たな道を探っていかねばならない。

こうした課題に「クモの⽷」をはじめとしたタンパク質に着想を得て、多様なタンパク質を⼈⼯的に開発することで⽴ち向かっているのが、⼭形県鶴岡市に本社を構えるSpiber株式会社(以下、Spiber)だ。(※1)

今回は、公式ホームページを基にSpiberの取り組みを紹介するとともに、これからの企業と環境のありかたについて述べる。

※1 出典:Spiber株式会社 WEBサイト
https://www.spiber.inc

Spiberが開発した「ブリュード・プロテイン(TM)」は大きな可能性を秘めている

Spiberは関山和秀氏(以下、関山氏)と菅原潤一氏(以下、菅原氏)らによって2007年に創業された。その将来性が評価され、2020年には「事業価値証券化(Value Securitization)」と呼ばれる革新的な手法で250億円を資金調達している。

同社が開発した⼈⼯構造タンパク質素材は「Brewed Protein(TM)(以下「ブリュード・プロテイン(TM)」)」と名付けられている。この素材は、植物由来のバイオマスを主な原料とし、独自の微生物発酵プロセスにより人工的に生産されている。そして、この「ブリュード・プロテイン(TM)」は積み重なる環境問題への解の一つとなるポテンシャルを秘めている。枯渇資源である石油を主原料としないため、環境中に長く存在し続けるマイクロプラスチックを生み出すことがないのだ。そのため、ポリエステルやナイロンなど従来の素材よりも海洋生態系を含めた海洋汚染に対する影響を軽減することが期待できる。

クモの糸は地球を救うムーンショットとなるか。願いを込めて作られた「MOON PARKA」

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写真:外側は月を、内側は地球をイメージしたデザインの「MOON PARKA」 https://www.spiber.inc/tnfsp/mp/

Spiberは、2015年より「THE NORTH FACE」(ザ・ノース・フェイス) ブランドを販売している株式会社ゴールドウインと事業提携契約を締結している。現在、スポーツアパレルの多くは、石油を原料として製造された合成高分子材料(ポリエステルやナイロンなど)を使用している。しかし、これらの材料は⽣分解性に乏しく、⼟壌や海洋環境に影響を与える度合いが⼤きい。

同社は共同開発を通じてアパレル産業が抱える問題に立ち向かうと共に、生体適合性に優れ、持続可能な構造タンパク質素材を活用した衣類を提案することによって、人類社会に貢献したいと考えているそうだ。この取り組みで最も印象的なのが2019年に限定発売された「MOON PARKA」 と呼ばれるアウトドアジャケットだ。このジャケットの表地100%にも「ブリュード・プロテイン(TM)」の技術が使われている。通常、タンパク質は熱や水に弱い。したがって、従来はタンパク質素材が衣類に用いられることがなかった。その点「MOON PARKA」は耐久性が求められるアウトドアジャケットの表地にタンパク質素材を採用しているという点で「世界でも例を見ない製品だ(Spiber社員コメント)」。
また、「MOON PARKA」はその名の通り「月」を意識している。月は人類が到達した中で最も遠く過酷な極地だ。「MOON PARKA」は、未踏の極地を探求する強い意志と姿勢、そして「ブリュード・プロテイン(TM)」が有する無限の可能性を表現しているそうだ。

このように、Spiberが生産している「ブリュード・プロテイン(TM)」のような製品によって石油依存社会からの脱却を図ることは、人類が月に踏み出したのと同じく新たな一歩になり得るのではないだろうか。

「未来を良くしたい」という願いがユニークな技術を生んだ

一橋ビジネスレビューに掲載されたインタビューによると、関山氏と菅原氏は慶應義塾大学でのゼミ合宿をきっかけに同社を立ち上げたという。クモの糸を人工的に合成して何かに利用できないだろうか。そう考えたのが最初だった。(※2)

また、同インタビューで、菅原氏はSpiber設立の目的について以下のように語っている。

私たちは社会をよりよいものにするための手段としてSpiberを立ち上げました。構造タンパク質は、原料を石油などの化石資源に依存せずに製造できますし、その他にも環境問題のなかで既存の素材が抱えるさまざまな課題を解決できる可能性を感じていたのです。

実は、筆者も講義の一環で菅原氏の講演を聴いたことがある。同社は拠点のある山形県鶴岡市との連携、組織づくり(例えば、Spiberでは自分の給与は自分で決定する、という給与体系を採っている)においても画期的な取り組みをおこなっているそうだ。何より、菅原氏の穏やかながら芯のある言葉からは「本気で持続可能な社会実現に貢献したい」という想いが伝わってきたことを覚えている。

※2 出典:菅原潤一, 青島矢一, & 藤原雅俊. (2019) 「産業変革の起業家たち (第 1 回) 人工のタンパク質素材の用途開発と量産化でサステイナブルな社会をめざす」『 一橋ビジネスレビュー』, 第67巻3号, pp.156-163)

サステナビリティ時代における、企業と社会の向き合い方

かつてグローバリゼーションが広がりを見せた時代には、一部の企業や国がその恩恵を享受する一方で、さまざまな歪みが露呈した。具体的には経済格差の拡大、労働・人権問題の発生、今回取り上げた環境問題もその一つだ。

1980年代以降「持続可能な発展」についての議論が活発になり、そのような流れの中で企業にもSDGs(Sustainable Development Goals)が求められるようになった。今回紹介したSpiberの取り組みは、まさにその潮流に合致しているといえるだろう。

ここで重要なのはSDGsを意識して事業を開拓したのではなく、地球の未来を本気で憂う想いが事業に結びついた、という点だ。現在はさまざまな企業でSDGsに関する取り組みが行われているものの、その本気度には温度差がある。そこに思い入れがあることがSDGsというバズワードに囚われず「真の持続可能な社会づくり」に企業が貢献できるか否かの分岐点になるだろう。

そして、自分は未来をどうしたいのかを各個人が考えることも重要だ。一つ一つの取り組みは微細なものであっても、本当に強い想いを胸に行動する人が増えることで未来は良い方向に進むのではないだろうか。

 

文:竹内瑞貴
編集:中山明子