よりよい未来の話をしよう

「ルール」を、「デザイン」からポジティブに捉え直す 『ルール?展』ディレクター、水野祐さんインタビュー

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「ルール」…規則。通則。準則。例規。「—違反」(『広辞苑』より)

 

「ルール」と聞いて、なにを思い浮かべるだろうか。

まず間違いなく、世の中の秩序を保つために必要なものである。一方で、「縛られるもの」といった言葉が浮かんだり、新しいことを始めるときに阻害される印象が強かったりと、どうしてもネガティブな言葉ばかりを浮かべてしまう――。筆者のほかにも、そんな印象を持っている方は多いのではないだろうか。

そんな「ルール」のイメージを変えようとしている法律家がいる。水野祐さんだ。「法律の果たす役割」を「クリエイティブやイノベーションを加速させるもの」と提唱している。2017年には著書『法のデザイン−創造性とイノベーションは法によって加速する』(フィルムアート社)にて、法律が様々な分野のイノベーションを促進する存在として、ポジティブな可能性を秘めていることを著した。
執筆から4年経ったいま、水野さんは「世の中」と「ルール」の関係性をどう見ているのだろうか。自身がディレクションを務め、2021年7月より開催される21_21 DESIGN SIGHT企画展「ルール?展」に込められた想いと併せて伺った。

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21_21 DESIGN SIGHT企画展「ルール?展」 展覧会メインビジュアル

参考:21_21 DESIGN SIGHT企画展「ルール?展」(2021年7月2日より開催中)
http://www.2121designsight.jp/program/rule/

 

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水野祐(みずの たすく)

法律家。弁護士(シティライツ法律事務所)。Creative Commons Japan理事。Arts and Law理事。九州大学グローバルイノベーションセンター(GIC)客員教授。慶應義塾大学SFC非常勤講師。note株式会社などの社外役員。IT、クリエイティブ、まちづくり分野のスタートアップから大企業までの新規事業、経営戦略等に対するハンズオンのリーガルサービスや先端・戦略法務に従事。行政や自治体の委員、アドバイザー等も務めている。著作に『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』、共著に『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために −その思想、実践、技術』など。

大学受験は10個を受けて、2つ受かった。
それがたまたま法学部でした。

まず、水野さんと法律との出会いを教えてください。

法学部に行ったのは、たまたまです。高3の春までずっと部活でサッカーをやっていたので、受験勉強もそこからで。模試を受けるとE判定ばかりでした。E判定のところを見ると、「合格率20%以下」って書いてあるんですよ。それを、「20%ってことは、5回受ければ1回受かるんだ」って善意解釈しちゃって(笑)。10個くらい色んな学部を受けたら2つくらい引っかかるかなと思って受けたら、本当に2つだけ受かりました。その1つが法学部でした。

入ってみたらのめり込んだ、ということなのですね。

いや、入学してからますます法学からは離れていった感じでしたね。バイトして、酒を飲んで、映画を観て、音楽を聴いて。中学高校と体育会系の部活をやっていたので、その反発でサブカルチャー的な活動に勤しんでいました。いわゆるサブカルクソ野郎ですね(笑)。

そこから、どうして弁護士を志すようになったのですか?

当時は弁護士になるつもりもなく、サブカルチャーが好きで、周りにものづくりをする人が多かったので、そういう人たちを支えたいと思っていました。プロデューサーとか編集者になろうかなあ、なるのかなあ、と漠然と思っていました。
そんなときに、アメリカの法学者ローレンス・レッシグ※1という人の本をたまたま読んで、クリエイティブやインターネットが法律と深く関係していることを知りました。それによって「弁護士資格を持って、ものづくりをする人たちをサポートできたら良いな」という視点が生まれました。いろいろ調べていく中でアメリカには弁護士資格を持っている映画プロデューサーが結構いると知りました。本気で勉強すれば受かるかなあと思って、弁護士資格をとりあえず取っておこうくらいで始めたのが、弁護士を志すまでの経緯です。

※1 ハーバード大学法科大学院教授。柔軟な著作権を定義するライセンスシステム「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」を提供する非営利団体クリエイティブ・コモンズの創始者でもある。

当時のご自身から見ると、いまのような仕事をしていることは、イメージしていなかったですか?

全然なかったですね。僕が弁護士になったのは、クリエイターをサポートしたいというきっかけだったので。弁護士の資格を取った後から、自分が面白いなと思う人たちの範囲が、アートやサブカルチャー的な領域に加えて、インターネットを利用してサービスをつくる人とか、エンジニアとかに広がっていきました。文化的なことと、インターネットが自然にマージしていった。そういう新しいものごとをつくる人たちと、イノベーションをサポートしたいっていう想いがうまく繋がっていって、いまに至る、っていう感じですね。

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まさに「アフターインターネット時代の法律家」の視点で書かれたのが、水野さんの著書『法のデザイン−創造性とイノベーションは法によって加速する』でした。2017年に出版されてから4年が経ちますが、執筆当時と現在とで、大きく変わったことや、加速していると感じていることなどはありますか?

本の視点や内容に興味を持ってくれる人がこんなにいるんだとびっくりしたのはありますが、一方で、社会全体としてはぜんぜん加速はしていないですね(笑)。みなさん、「法」を身近に感じる機会は増えているけれど、自分のこととしてはどこか距離があると思います。誰もが抱えているこの感覚をどうにかしたい、という思いは執筆当時もいまも変わりません。まさに今回の『ルール?展』もそういう思いで企画し始めました。
『法のデザイン』を書いたときは、目の前のクリエイターやインターネットサービスの起業家たちがぶつかる課題を主に扱っていたんですけど、一般の人にももっと法律に興味を持ってもらいたいという思いがこの4年でより強くなりました。
とくに昨今コロナとかオリンピックの問題とかによって、色々なルールと自分との距離のとり方について、一人ひとりが考える機会が多くなっているように思います。ただ、日本人はそのような自分なりのルールとの付き合い方、距離のとり方が自分の中で整理されていない人が多いのではないでしょうか? 自分なりの「ルールとの距離のつくり方」は、『ルール?展』の中でも、大きなテーマになっています。

『ルール?展』は、ディレクションを3人の専門分野の異なる方が担当されていますね。

はい、同世代の3人で担当しています。まだ展覧会は始まってもいないんですが、今回この3人で担当できて本当によかったな、と思っています。(※)

わたしが発信している「法やルールにある可能性」については、もう自分の中からはあんまり新しい視点は出てこないのですが、菅さんやみゆきさんのフィルターを通して、新しい発見がたくさんありました。菅さんは、振る舞いとかアフォーダンスと呼ばれる、人の習慣的なものや「自然と人が動いてしまう」ところに対する目線ですよね。みゆきさんは、マイノリティとか、インクルーシブという文脈で出てくる、「排除しないように考える」眼差しっていうものが、すごくいい影響ありましたね。

あと、菅さんもみゆきさんも、とにかくサボらない人たちなので、ひとつひとつ、「これってなんでこうなってるんだっけ?」と、「ルール」というテーマに従って考え抜くことになり、時間と労力はかかりました。でも、サボらないで突き詰めて考えるという主軸がディレクター陣でぶれることがなかったのはよかったですね。

※本インタビューは6月に行いました

 

共にディレクターを務める、菅 俊一さんと田中みゆきさん

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菅 俊一

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田中みゆき(写真:Shiho Kito / Yahoo ニュース特集)

言葉で伝えても限界がある。それならば、自然と巻き込まれてしまう空間を――展示だからこそできること

これまで、文章を通じて発信されることが多かったと思うのですが、今回、「展示」だからできたと感じることはありますか?

そこは今回、一番のチャレンジでしたね。本や論文で書けばよいことを展示の形に落とし込んでも仕方がない。展示の形式で伝えることの意味を、ディレクター陣や21_21 DESIGN SIGHTのスタッフでかなり議論しましたね。

展覧会を見に行って、「これならネットで見ればいいじゃん」とか、「一冊の本を読む方が情報量が多いな」と思うことがあります。展示体験としては、その空間にいることとか、作品と対峙して触発されたとか、他の来場者の反応を覚えているだとか、「あの時あの空間で感じた熱」みたいなものが紐づいて思い出に残ることが多いんですよね。『ルール?展』も、来場者にとってそういう展覧会になっていたらいいなあ、と思います。来てもらって初めて、自分自身の体験になる、そんな仕掛けになっています。成功しているかはわかりませんが(笑)。

たとえば、「みんなで直接民主制的にルールづくりしていこうよ」って言うのは簡単なんだけれど、結局声が大きい人のルールが反映されてしまいがちです。それを「仕方ない」と捉える考え方もあるけど、いかにそれ以外の意見も排除しない仕組みをつくっていけるのか、その先を考えたい。民主主義の話って、結局「みんな意識高くいこうぜ」みたいな、リテラシーの問題とか教育の問題に逃げがちなんです。「大事だから、排除せずにやっていこう」という議論までで終わってしまう。そういう課題に対しては、作品の中にあるニュアンスとか、体験を通じて感じてもらうアプローチが重要なのだと思います。参加した方が面白いとか、なんか自然に巻き込まれてしまう、とか、今回の『ルール?展』では、そんな風に感じてもらう一歩になる仕掛けができたらと思っています。

どんなアーティストが参加しているのでしょう?

すでにある作品をキュレーションした作品もありますし、新作としてつくってもらったものもありますが、できるだけデザインの展覧会に参加する機会が多くなさそうな人、あるいは、デザインとかアートとかと全然関係ない人たちを選んだと思います。
作品それ自体が直接的にルールを扱っているものもあれば、直接的ではなくても、見方を変えてみればルールを扱っている、そういうものもあります。扱っているルールも法律だけじゃなくて、自然法則とか慣習、暗黙知や道徳、倫理など、さまざまです。

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佐々木 隼(オインクゲームズ)
「鑑賞のルール」(参考画像)

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葛宇路(グゥ・ユルー)
「葛宇路」

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NPO法人スウィング
「京都人力交通案内『アナタの行き先、教えます。』」
(撮影:成田 舞)

「ルールリテラシー」から、「ルールコンピテンシー」へ
「意識を高めよう」より、「関わった方が楽しくない?」という提案をしていきたい

『ルール?展』を通じて、伝えたいメッセージを教えてください。

「法」やルールというものを、自分のこととして面白がれる人がひとりでも増えたらいいなと思っています。

ルールに無関係な人はいないし、みんなルールに取り囲まれているんだけど、それを息苦しく思っているのがつらいなあ、と。その息苦しさは、誰かから押し付けられていると感じるからなんだと思います。でもそうではなくて、自分も納得してこれをつくったとか、一部参加したとか、そういう感覚や体験があれば少し変わってくるんじゃないかなと。
ルールに自ら関わっていくことを、「自分の意識次第で」とか、「意識を、リテラシーを高めよう」というより、「そっちの方が盛り上がるじゃん」とか「こっちの方が楽しくない?」という提案をするくらいの気持ちでやれたらいいなって思うんです。
巻き込み力というか、自らアクションを起こしていく行動変容を促すというか。だからね、最近はリテラシーという言葉ではなく、コンピテンシーという言葉を使っています。それを、「デザイン」という、基本的にはポジティブに捉えられる視点で提示したい。

あとは、来場者が『ルール?展』に来た道と帰る道で、街を見る視点やフィルターが少し変わっている、みたいな体験を提供できればと思っています。明確な答えや知識を持ち帰る展示ではないので、モヤモヤして帰ってほしい。この展覧会では持ち帰るものが、「社会を捉える眼差し」なんです。「きれいなものとか、かっこいいものをみたな」ではなく。お越しいただいた皆さんには、ぜひそれを感じて欲しいです。

「ルールを作る」とか「そのプロセスに一部参加する」という機会は、日常生活の中でなかなかないのでと感じています。そのような人でも自発的に参加していくには、どうするとよいでしょうか?

身近なところに、たくさんありますよ。自分は怠惰な人間なのですが、たとえば朝8時に起きると決める。そのことによって、自分のダメなところをカバーできるのもルールですよね。あるいは、ルール化することで、余計なことを考えず、他のところに自分の頭を使える、という面もあります。実はみんな、日常生活の中でルールをポジティブにも利用しているんですよ。

あとはSDGsだって一つの指標だけども、思いっきりルールですよね。SDGsって国連が「地球規模の新しい社会契約だ」って銘打っているのを知っていますか? すごいことじゃないですか? 地球環境や未来のために、ルールを決めて、みんなそれに向かっていいことをしよう、と世界的に機運が高まっているわけですよね。ルールの持つポジティブなパワーってすごいなあ、って思います。

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これまで弁護士としての活動や文章を通じて、法の新たな可能性を発信されてきた水野さん。そんな水野さんが、展覧会という新たなチャネルを通じて法やルールの面白さを発信するのが、今回の『ルール?展』だ。
今回のインタビューを通じて、筆者は自身が日常生活の中で、「ルール」をポジティブに活用していることに気づき、世界を見るフィルターが少し変わった。私たちの生活は、ルールによって守られているし、ときにそれは自分を高めてくれる相棒にもなるのだ。コロナ禍でたくさんのルールが生まれ、一人ひとりがルールに向き合うことを求められてきた。そんないまだからこそ、改めて様々な角度から「自分とルールの関係性」を問い直すことに、価値があるのではないだろうか。

一見ネガティブに捉えられがちな「ルール」と、ポジティブなイメージのある「デザイン」。水野さんは、「来場者がその空間に参加して初めて、この展覧会の価値が生まれるのだ」と言う。相反するように見える二つの要素が、展示空間の中でどのように作用し合うのか。
水野さんたちの仕掛けに巻き込まれ、「ルール」と私たちの日常の新しい関係性に出会えることが、ますます楽しみで仕方がない。

21_21 DESIGN SIGHT企画展「ルール?展」 概要

会期:2021年7月2日(金)- 11月28日(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2
休館日:火曜日(11月23日は開館)
開館時間:平日 11:00 - 17:00、土日祝 11:00 - 18:00(入場は閉館の30分前まで)
主催:21_21 DESIGN SIGHT、公益財団法人 三宅一生デザイン文化財団
後援:文化庁、経済産業省、港区教育委員会
特別協賛:三井不動産株式会社

 

取材・文:大沼芙実子
編集:おのれい
写真:服部芽生