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俳優・藤間爽子さんと考える日本舞踊の継承のカギ

古典芸能である日本舞踊。歌舞伎の舞踊技法を基本とし、男性だけの歌舞伎から女性の舞踊が加わった点が特徴であり、三味線、太鼓、琴などの和楽器による伴奏音楽に合わせて、滑らかな手足の動きと美しい着物を身に着け、踊る。日本舞踊の起源は江戸時代であるが、令和になった現在も趣味として日本舞踊を踊る人は多い。

今回は、日本舞踊・紫派藤間流の三代目家元であり、俳優「藤間爽子」としても活動する、藤間紫さんにインタビューを実施。藤間さんは、日本舞踊とわたしたちの距離を近づけよう日々試行錯誤し、「楽しむ人が増えれば自然と次の世代に繋がる」と語る。日本舞踊家として、そして俳優としての藤間さんの日々の活動や思い、日本舞踊の面白さについて、話を伺った。

日本舞踊の魅力とは?

まずはじめに、日本舞踊について教えてください。

いまの日本舞踊は歌舞伎から派生しています。出雲阿国(※1)が京都で踊った「かぶき踊り」と呼ばれる踊りが、いまの歌舞伎や日本舞踊の原型となっているんです。

歌舞伎は一部、世襲制が残っていて、男性しかできません。一方で日本舞踊は性別関係なく、誰でも明日からでもできる庶民的な芸能です。

藤間さんが考える日本舞踊の魅力はどういったところですか?

視覚的に美しい点でしょうか。細やかな立ち居振る舞いと所作に、着物の華やかさが加わり、美しさが際立ちます。踊りから溢れ出る、言葉にならない演者の感情に感動しますね。

日本舞踊には基本となる振りの「型」があって、稽古を重ねて「型」をまず習得します。そして、表現を膨らませるために、感情を「型」に肉付けしていくのですが、その過程で舞踊家の内に秘める感情が表出して、その人の「個性」が出てくる瞬間は、見ていて心が震えますね。同じ「型」を踊っているのに、こだわる動きや込められた思いによって、解釈が人それぞれ異なる点が、日本舞踊の面白いところですね。

紫派藤間流の特徴はどのようなところなのでしょうか。

歌舞伎と関わりが深い、宗家藤間流から派生して新しくできたのが、紫派藤間流です。歌舞伎舞踊を基盤としており、初代藤間紫も歌舞伎好きで、二代目藤間紫(二代目市川猿翁)ももともと歌舞伎役者だったということから、お弟子さんも歌舞伎が好きな人が多い印象です。

※1 用語:「出雲阿国」とは歌舞伎の祖とされる、江戸時代女性芸能者。

家元襲名と夢への挑戦

藤間さんは幼少期に初舞台を経験されたそうですが、当時から家元を継ぎたいという意思はあったのでしょうか。

小さい頃から踊りは好きでしたが、当時はいくつか通っている習い事のひとつというような感覚でした。特に将来のことなどを考えずに、楽しくお稽古に通っていたという思い出です。 ただ日本舞踊を習っている友人が学校でもほとんどいなかったせいか、日本舞踊は他の習い事とは少し違う「特別な習い事」として受け止めていたように思います。

俳優業にも挑戦しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

きっかけは紫派藤間流の家元だった祖母が14歳の頃に亡くなり、将来を選択しないといけないタイミングが周りよりも早く来てしまったことです。それから本当にこのまま日本舞踊の道へ進んでいいのかと葛藤したり、悩む時間が増えたりしたことで、日本舞踊が好きかどうかわからなくなってしまいました。

自分の将来を決められないまま学生生活を過ごしたのですが、大学を卒業するにあたって同級生が就職活動で将来を選択していく姿を見て、日本舞踊とは違う場所で認められたいという気持ちが強く湧き上がってきたんです。そこで、小学生のころからの夢だった俳優業にも挑戦してみようと思いました。

14歳から、俳優業へ挑戦を決意する大学卒業までの期間はずっと悩まれていたのですか?

そうですね。悩みを抱えていた分、自分に自信を持てなくて、周りの視線が怖く感じてしまったり、勝手に被害妄想をしてしまったりしたときもありました。そのような状況だったからこそ家元を継ぐという将来に窮屈さを感じる部分もありましたし、自分の力で道を切り拓きたいという思いもあって、思い切ってチャレンジしました。

2021年に紫派藤間流・三代目家元を襲名していますが、家元としての責任や期待をどのように感じていますか。

プレッシャーを感じず、いままで通り、ありのままで活動できていますね。継承する前は、これからの不安や家元としてのプレッシャーを感じていましたが、いざ継承してみると普段通りでかえって落ち着きました。

ただ、短い期間で見ると何も変わっていないけれど、10代の私と、いまの私を比べると、長い時間をかけて考え方や価値観は絶対に変わっていて、それが「成長」だと思っています。

日本舞踊の経験が俳優業の活動に活きたことはありますか?

「踊り」も「お芝居」も自分のなかで大きくは変わらないです。自分を表現する方法が「踊り」なのか「お芝居」なのかが変わるだけで、「踊り」に向き合う姿勢と、「お芝居」に向き合う姿勢は変わりません。

でも、俳優としてメディアに出ることで自分を知っていただく機会が増えることは嬉しいです。自分を知ってもらうことで、日本舞踊に興味を持っていただくことに繋がっていきますし、活動をしていてよかったと思います。

日本舞踊の新たな試み

コロナ期間には日本舞踊の動画作品を制作したり、YouTubeで化粧動画を配信されたりしていましたが、この作品や活動にかける思いや、その反響はいかがでしたか。

日本舞踊の動画制作については、尾上菊之丞先生が企画をしたので、私が主催したわけではないですが、気軽に日本舞踊に触れることができるので、映像作品を制作してよかったと思っています。

本当は劇場まで来てもらい、生で日本舞踊を見てほしいのですが、劇場では感じることのできない、映像ならではの迫力や美しさなど、日本舞踊の新たな可能性を私自身も感じることができ、それを多くの方にお届けできてよかったと思っています。


舞台化粧を披露した動画は、海外からの反響も大きくて驚きました。YouTubeのコメントも、日本人よりも外国人の方が多くて、日本文化が世界に愛されていることを感じました。

他にも、白塗りに興味を持って、私が主催した日本舞踊のワークショップに参加してくれた人もいましたし、ドラマを見て私を知り、それから私が日本舞踊家だってことを知って、そこから興味を持って、ワークショップに参加してくれた人もいました。興味を持っていただくきっかけやタイミングはいろんなところにあるなと思いました。

主催された日本舞踊のワークショップはどんな内容なのでしょうか。

日本舞踊未経験者を対象に参加を募りました。なのでまずは私がお手本として踊って、日本舞踊がどういうものかを参加者の方に見てもらいました。日本舞踊は言葉で説明するよりも、実際に見てもらうことが一番伝わるんですよね。そこから日本舞踊の大まかな歴史を話して、小道具にも触れてもらいながら、最後は皆さんで簡単な踊りを踊ってもらいました。

▼ワークショップ当日の様子

充実した内容ですね!なぜ日本舞踊のワークショップをやってみようと思ったのですか?

稽古に通うには一定のハードルがあるかもしれませんが、一日で完結すればやってみたい人も気軽に参加してくれるかもしれないという期待がありました。それで、まずは体験してもらおうと思い、実験的に始めました。インスタグラムだけの告知だけでしたが、多くの方が参加して楽しんでくれました。もちろん一日で日本舞踊の全部を教えることはできないけど、体験してもらうことで、皆さんと日本舞踊の距離が縮まることが大切だと考えています。またいつか企画したいですね。

大切なのは、いまの世代が日本舞踊を楽しむこと

日本舞踊を継承していくことも意識しながらの活動だったのでしょうか。

継承の意識がないわけではないですが、日本舞踊はあくまで文化・娯楽としてまず私たちが楽しむものだと考えていて、必ず日本舞踊を継承すべきだと私たちが考えるのはおこがましいと思っています。

一方で、見る人も踊る人も減っているため、日本舞踊を次の世代へ継承することにも集中しないと、いずれなくなってしまう文化だとも思います。先輩たちの努力のおかげで、いまも日本舞踊が存在していて、私たちが踊れていることに感謝もしています。

日本舞踊に限らずですが、私は次の世代へ継承するための特別な行動よりも、いま目の前の人が楽しむことが一番大切だと思いますし、いま楽しんでいるものが次に繋がっていくと思います。そういう世界になればいいなと思いながら、日々活動しています。

素敵なお考えですね。その通りだと思いました。

真っ先に「次に継承すること」に意識が向くと、日本舞踊の本当の楽しさを見失ってしまいそうな気がします。

需要と供給で成り立つので、いまの人が楽しむことができないのであれば、いずれなくなっていくと思います。現在も日本舞踊があるのは、日本舞踊を好きな人がいて踊り続ける人がいるから自然と残っているのではないでしょうか。まず私たちが楽しむこと、その楽しみを少しづつ拡げること、そしてその楽しさが継続して、自然と次の世代にも繋がっていけばいいなと思います。

いまの世代が日本舞踊を楽しむために

日本舞踊を鑑賞するうえで着目すると楽しめる点があれば教えてください。

演目の概要やあらすじ、いつの時代の物語か、何の役なのかなどを事前に調べておくと、さらに楽しめます。歌詞が江戸時代の言葉だったりするので、事前情報がないと鑑賞していても理解できない場合があります。

江戸時代に生まれた昔の文化を現在の令和にやっても、時代が離れ過ぎていて、江戸から令和までの時代の距離を縮められないと解釈するのは難しいと思っています。なので我々も引き続きワークショップなど、今後も新たな試みを考えながら、令和までの距離を縮める努力は行うつもりなので、皆さんも鑑賞される際は、少しでいいので歩み寄ろうという意識を持っていただけると嬉しいなと思います。

それから、根気よく見ていくことで気づくことや、理解が進む部分もあるので、一回の鑑賞で理解できなかったからといって諦めないでほしいです!

今後挑戦したいことがあれば教えてください。

いつか海外で公演したいですね!実現できるように、もっと頑張るしかないです!

 

藤間爽子(藤間紫)
1994年、東京都生まれ。2017年NHK連続ドラマ小説「ひよっこ」で俳優デビュー。2021年には三代目藤間紫を襲名。連続ドラマ「silent」(フジテレビ系、2022年)に出演。俳優としてドラマ、映画などに出演しながら、日本舞踊家として活躍中。
Instagram:https://www.instagram.com/fujimasawako_official/

 

取材・文:安井一輝
編集:日比楽那
写真:服部芽生

 

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