「嫌なおじさんになりたくない」
そう考える若年男性は増えているのではないだろうか。油断していると、いつか自分もそうなる可能性はあるし、周囲から知らず知らずのうちに嫌がられているかもしれない…。そうならないためには、どうすればいいのだろうか?そこで思いついたのが、自分が「こうなりたい!」と考える憧れのおじさんに話を聞くことだ。
そこで今回、嫌な感じが全くしないお笑い芸人・藤井隆さんに「嫌なおじさんにならないためにできること」をテーマに話を伺った。笑いをとるときに意識していることや、藤井さんにとっての“憧れのおじさん”、異なる世代の人たちと接する際に意識していること、さらに楽しく年齢を重ねる秘訣についても教えてもらった。
小さな積み重ねが「安心できる笑い」に繋がったのかも
藤井さんをテレビで見ると、いつも安心して笑うことができるのですが、笑いをとる際に、意識していることがあれば教えてください。
そう言ってもらえると嬉しいんですけど、そもそも自分では笑いを取れているつもりはないんですよ(笑)。吉本新喜劇みたいに、役割とセリフを自分でアレンジしながら面白いものを目指すのは好きだけど、テレビの司会を任せてもらえるときは、足を引っ張るんじゃないかと思うことがいまでもあります。なので、「害のない笑い」って言ってもらえても、自分では全く自覚がないんです…。
ただ、自分が昔された「嫌だったこと」は、人にはしないように心掛けていますね。92年にこの業界に入りましたが、当時はいまとは比べものにならないぐらい、テレビが大暴れしていました。80年代のように「テレビはお茶の間のど真ん中」という時代から変わりつつあったけど、まだまだテレビが大暴れしている時代だったので、「辛いな~」「厳しいなぁ~」っていうハードな場面もたまにありました。だからこそ、自分が番組にゲストをお招きする立場になってからは、スタッフさんに「僕が嫌だと思うことは番組ではしたくない」と伝えるようにしてきました。
もしかしたら、そういう小さな積み重ねが、先ほど言ってくださった「安心できる笑い」に繋がってるのかもしれないです。もしいま僕を応援してくれてる方が、僕で心地よく笑ってくれるなら、生意気なことを言い続けてきたことが報われたような気がします。
自分と「価値観が違う」と感じる人と関わるときに、意識していることがあれば教えてください。
僕は本当に恵まれていると思うんですけど、これまで心の底から価値観が合わない人とお仕事でご一緒したことないと思います。
ただ、長年お仕事をさせていただくなかで身をもって感じていることがあって、歳を重ねてくると“内面”がすごく重要になってくると思います。若いうちは1つの才能が突き抜けていることでお仕事を貰えることもありますけど、長く活躍している方たちは、みなさん内面も素晴らしい方が多いように感じます。
歳を重ねると、その人の内に秘められている人間性が滲み出てきて「この人と一緒に仕事をしたい!」と思わせるような存在になるのかもしれません。
ちなみにこれは逆も然りで、意地悪な性格をしている人は歳を重ねると、その内面がどんどん見た目にもで出てきて意地悪そうな顔してますよね!(笑)
藤井隆 - ナンダカンダ / THE FIRST TAKE
2000年にリリースした藤井さんの楽曲を、2023年にリテイクした動画。演奏が始まる前に、キーボード奏者やコーラスさんに丁寧に挨拶する姿など、藤井さんの素敵なお人柄も垣間見れる。
藤井さんの憧れのおじさんは?
ここまでは“嫌なおじさん”について伺ってきました。今度は逆に、藤井さんが若い頃に憧れていたおじさんはいますか?
長い人生で見たら年齢は大して変わらないし、大先輩に対しておじさんって言うのも失礼な話ですけど、関根勤さんですかね。
関根さんはいつだって軽やかなんですよ。たとえば、生放送中にトラブルが起こってもそんなに深刻にとらえず、どうしたら面白くなるかを考えて柔軟に対応されているな~と、関根さんを見てそう思ってます。
テレビに出ている以上は、“面白いこと”が求められることもあり、先輩方は猛獣のような方から、なにがなんでも面白くしてくれる方など個性的で心強い方が多いですが、そんななか、関根さんはいつも「君はどう思う?」と、みんなに気配りしてくださいます。それは出演者やスタッフの皆さんにもそうですし、視聴者の皆さんにも「面白いですか?」と気配りされているように思います。「関根さんみたいな人になりたい」というのは、芸能界に入る前にテレビで見ていたあの頃から、今日までずっと思ってますね。
「いいとも」のそっくりさんの一言芸もそうですが、関根さんの笑いも安心して見てられる気がします。
そうですね(笑)。関根さん、ピンマイクに入らないように「嘘でしょ…?!」みたいなとんでもなくセクシーなことを、本番中にボソッと言ってくださることもあるんですよ!僕だけに面白いことを共有してくださるそんな特別な瞬間も、すごく好きです。
誰かのことを嫌ったり、爪弾きにしたりすることは一切せずに、みんなが楽しめる空間を作りつつ、「君は特別だよ」という人にだけ見せる違った側面がある。関根さんから学んだ「関根イズム」は今後も大切にしていきたいですね。
井上咲楽さんの書籍に関する投稿。「ぐるぐる何重にも考えて考えてしている咲楽ちゃんは複雑だから最高なんです」というコメントから、井上さんに対する尊敬の思いが伝わる。
いつまでも昭和の話をしていても仕方がない
若い頃に、「こんなおじさんにはなりたくないよね」というような話を、友人とされたことはありますか。
僕が若い頃はそんな話をした記憶がほとんどなくて…(笑)。ただそれは「嫌な人がいなかった」ということではなく、「本当にかっこいい人が多かった」からかもしれないです。若い頃にテレビはもちろん、音楽やドラマ、映画など色んな現場で出会う先輩たちは本当に素敵なお兄さん・お姉さんが多かったです。バブルの残り香もあってか、先輩たちから聞く話はキラキラした話が多かったんです。
ただ、いよいよ自分が若手では無くなってきたときにやってきたのがリーマンショックでした。そのときに「自分たちの世代は、上の人たちのようにはいかないかも?」と思いました。さらにそこから何年か経ち、「コロナ禍」になって、社会に様々な影響がありました。そのなかで「当たり前と思っていた価値観を疑わなきゃいけない」ことを、全世代が経験したことがすごく大きいと思うんですよね。
ただそんな社会の変化のなかでも、価値観が変わらない人も当然います。たとえば、きらびやかなバブルを経験した人たちのなかには、同じ価値観のままでこの先も走り切る人がいるかもしれません。もちろん、いまの時代を知ることは大切ですけど、変わらない人たちがいることは、ある程度は仕方がないことかなと思うんですよね。実際、その時代にはその時代の良さがありますし。
具体的に、どのようなことが「その時代の良さ」なのでしょうか。
たとえば、映画や写真のフィルム撮影でしょうか。フィルム撮影の場合は、デジタルみたいに簡単にやり直しできないので、本番が始まるまで入念に準備を重ねます。リハーサルだって何十回もやりましたし、現場には独特の緊張感が流れてました。ただ、だからこそ撮れる瞬間があったと思うんです。なので、あの時代を全否定することはできないですよね。
この話を踏まえて言いたいことは、昭和のやり方をいまの時代の人たちも味わった方がいい、ということではなく、「昔といまの人たちは育ってきた環境が全く違う」ということです。どっちの時代が良い悪いとかではなく、「そういう時代だった」ということ。
僕も油断すると「いや、昔はね〜」とか若い人たちに言っちゃいそうになるし、言おうと思えばいくらでも言えます。ただ、価値観が違いすぎるので伝わるわけがないと思っていて、なかでも「携帯電話/スマホ」の存在は大きいんじゃないかな。
藤井さんが学生の頃といえば、家の固定電話が主流だった時代ですか。
そうなんですよ。僕が学生の頃に誰かと遊ぶとき、時間と場所を決めての待ち合わせが基本だったので、風邪をひいた場合は、遊べないことを這ってでも伝えにいきました。それが、携帯電話やスマホがあれば電話で済みますよね。これは僕にとってはテレパシーで会話できるぐらいの衝撃だったんです。
携帯電話を「テレパシーと感じる世代」と、「当たり前に使いこなせる世代」。この違いはとても大きいと思うし、それぐらい違いがある環境で育った人たちが、同じ価値観を持つわけがないと思っていて。そう考えたら、「いつまでも昭和の話をしてても仕方がない」かなって。
それでも、いまの若い人たちのなかにも「昭和のシティポップが好きだ」と言ってくれる人もいるし、面白いですよね。好きと言ってくれる人たちのためにも、良いも悪いも経験した世代の人が、できるだけいまの時代に適した形に変換して発信していけばいいですよね。
昔お世話になったスタッフさんに裏でお会い出来て嬉しかったです。とても楽しかったです。ありがとうございました! https://t.co/i7pf5UOI4w
— 藤井隆 (@left_fujii) 2024年11月30日
2000年に発売した楽曲「ナンダカンダ」を、藤井さんは2024年11月にも地上波で披露。前向きな歌詞に救われたり、覚えやすいダンスを楽しんだりした人も多いはず。
自分の根本を変えるのはとても難しいこと
いまの若い人たちに、どのような印象を抱いていますか?
インターネットやスマホが普及して、色々なコンテンツにアクセスしやすい環境というのは、純粋に「羨ましいなぁ」と思いますね。
僕が若い頃は、最新の音楽や映画の情報を知るために、本屋さんに行って感覚を研ぎ澄ませて情報を得ていたし、分からないことがあってもすぐに調べることはできませんでした。でも、いまの若い人たちはスマホ1つあればすぐに情報にアクセスできる。これって、人生における「時間の使い方」が圧倒的に違うと思うんです。
もちろん、コンテンツ・情報過多になっていて良い面ばかりじゃないかもしれないけど、「色んな情報が手元にある」っていうのは本当に憧れます。だから僕が「最近の若い人は〜」と話すときは、ネガティブな要素は一切なくて、憧れの気持ちが大きいですね。
いまの時代の価値観を知るために、取り組まれていることがあれば教えてください。
ここまで40分ぐらい話してきて申し訳ないんですけど、僕、あんまりアップデートに興味がないのかもしれないです…(笑)。というのも、色々学んだとしても、自分の根本の部分が変わらないと意味がないと思うし、そこを変えることはとても難しいことだと思うんですよ。アップデートした気になっても、それがうわべだけだと、その人の根っこの部分はどうしても滲み出てくるんじゃないかなって。
若い人たちから頼られたときは「ウェルカム!」精神
藤井さんが「歳を重ねる」うえで、心掛けていることはありますか?
「楽しみの沸点を低く保つこと」ですかね。若いうちは自分の思うままに生きたらいいと思うんですけど、歳を重ねると喜びや楽しみに対する感覚が鈍くなってしまうんですよね…。
たとえば、ご飯に行くことを想像するとわかりやすいかもしれません。ご飯を食べている最中に、「この前行ったお店の方がおいしかったね」と言う人とは、一緒にいて楽しくないですし、次もご飯にいきたいと思わないですよね。それだったら、お皿まで舐めちゃいそうなぐらい満足してくれる人と一緒にいる方が、僕は楽しいんですよね。自分の沸点が低いと、僕の周りにいる人たちもきっと楽しんでくれると思うので、楽しみの沸点を低くすることは心掛けてますね。
沸点を低く保つことは取り入れてみたいと思います!
ただ、逆に言うと怒りの沸点が低くなる可能性もあるので要注意です。僕もいまだに「藤井くん、そんなことで怒ったらあかんよ」と言ってもらうこともあります…。楽しいことは低く、怒りは高い沸点を心掛けたいですね。
最後に、「年長者がすべきこと」だと感じていることがあれば教えてください。
基本的には、年長者が若い人たちにできることって何もないと思うんですけど、強いて言うならお支払いぐらいじゃないですかね…?僕は若いとき、先輩とご飯に行ったら「ご馳走様です!」って感じだったので、払う=感謝されることだと思ってたんですけど、最近はその考えも疑わないといけないなと思っていて。
というのも、若い人たちのなかには、「ご馳走してもらった次の日にお礼するぐらいなら、自分で払う」とか「そもそも年長者だから払うっておかしくない?」と考えている人がいるかもしれません。実際、若い人たちとご飯に行っても「ぜひ割り勘で」と言われることもあります。なので、「自分が嬉しいことでも、そうじゃない人がいるかもしれない」ということは、常に心に留めて疑いの目を持つようにしています。
あとは、今日の取材のように、若い人たちが自分を頼ってくれたときに、全力で「ウェルカム!」って心を開いて、たとえふりだけだったとしても自分ができる限りのこと精一杯で期待に応えること。それは、年長者ができることの1つかもしれないですね!
藤井隆(ふじい・たかし)
1972年、大阪府生まれ。1992年に吉本新喜劇に入団し、以後芸人、歌手、俳優として幅広く活躍する。2000年には『ナンダカンダ』で歌手デビューしヒット。2014年には自身が主宰する音楽レーベル「SLENDERIE RECORD」を設立し、音楽プロデューサーとしても活動する。TV番組『新婚さんいらっしゃい!』の司会としても知られる。
取材・文:吉岡葵
編集:大沼芙実子
写真:吉本興業提供
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