よりよい未来の話をしよう

小林涼子|道を切りひらくこと~失敗のススメ~



NHK連続テレビ小説「虎に翼」出演中の写真

近年、女性の社会進出はますますめまぐるしく進展している。現在放送中で、私も出演しているNHK連続テレビ小説『虎に翼』では、女性として初めて弁護士・判事・家庭裁判所長という3つの仕事を務めあげた三淵嘉子さんをモデルに、女性の活躍や女性同士の絆模様が、オリジナルストーリーで描かれている。

本作への出演を経て、女性の活躍、そしてその苦悩について、当事者から話をうかがい、自分自身も話しをする機会をたくさんいただいた。また、戦前から戦後にかけての時代の動きを描いたこの作品自体が、今なお私たちが感じてるモヤモヤや、うまく言語化できないけれどスンっとなる感覚…。様々な女性との対話を経て、そういった深い共感を得ているように感じた。

実は、オーディションを受けた当初、私の配役はとくに決まっていたわけではなかった。そのため、はじめて「久保田聡子」へのキャスティングの話をいただいたとき、その役柄を知って驚いた。彼女は、女性で初めて法廷に立った先駆者的な存在。もちろん彼女の持つ「切り拓く力」には憧れるが、今までのキャリアで演じてきた役柄と近いキャラクターではなかったし、私自身もそんな原動力が自分にあるとは思えなかった。

しかし、彼女が歩んだ時代背景をたどり、どんな思いで法律を学んでいたのかを書籍や資料から知り、事前準備として明治大学で受講した授業から学びとり、脚本を読みすすめるなかで、彼女は決してスーパーヒーローではなく、苦悩をしながらも必死で前を向いている1人の女性なのだとわかった。その姿勢に共感し尊敬し、私にとって大切な人となった。
今回は、彼女を通してみえてきた世界や、私自身の経験から、「道を切り拓くこと」について考えてみたいと思う。

「挑戦」とは

いきなりだが、挑戦とは結局何なのだろうか。『広辞苑』によると、挑戦とは「困難や危険を承知で新しい事に取り組むこと」と定義されている。この定義が示すように、挑戦は困難を伴うものでありながら、その先に成長と成功が約束されているものではない。

その後の成果や結果はどうであれ、未知の領域に足を踏み入れ、自らの限界を超えようとする意志自体に意味があるのではないかと思う。その限界を超える過程で得られる成長や、困難に立ち向かう過程で培われる精神力こそが、私たちにとって真の財産となるのだろう。

戸惑いや躊躇(ちゅうちょ)

一方で、「挑戦」と聞くと、多くの人がまず感じるのは「不安」や「恐れ」ではないだろうか。「なんだか無理そう…」「やっぱりやめておこうかな…」と心の中でつぶやく瞬間が、誰しもあるはずだ。

新しいことに取り組むときは、「失敗するかもしれない」という不安や、「自分にはできないのでは」という疑念や心配がつきものだ。それでもなお、なぜ人は「挑戦」を求めてしまうのだろう。ひとつに、挑戦することによって得られる達成感や満足感があると思う。新しいことに挑み、新たな視点や価値観を得て、世界が広がる。目標を達成したり成功したときの喜びや、ふと自分の成長を実感する瞬間は、何物にも代えがたい。

同時に、「もしかして、私はもっとできるのでは?」と自らの可能性を感じ、自分の未来に期待してしまう。この感覚には、ある種の中毒性があると思う。何歳になっても、年齢や性別を問わず、人は誰しも自分自身に期待したい。前回のコラムでも書かせていただいたように、「何者」かになりたがるのだ。だからこそ、挑戦を通して成長を求め、もっと自分を高めたくなるのだろう。

▼前回コラム『何者かになりたい私たちへ。』

さらに、社会的な要因もあるのではないだろうか。周囲の人々の挑戦や成功を目の当たりにすることで、自らも挑戦したいという意欲がより刺激される。また、「あの人は○○だから」「Aさんより○○だ」と、他者との比較や社会的な評価を通じて、自分の価値を再確認する傾向があるのではないだろうか。挑戦そのものの価値以上に、挑戦することで得られる社会的な承認や尊敬もまた、大きな動機となるだろう。

結局のところ、挑戦した先の不確実な未来や、困難に対する恐れを抱えながらも、人はその先にある新たな可能性、自己実現、社会的評価を求めて、挑戦してしまうのだ。

社会課題の解決と経済性の両立を目指す人々が集まるカンファレンス「ZEROBRAHOOD」での登壇風景

キャリアと社会的障壁

このように、「挑戦」には多くの魅力がある一方、時に厳しく、例えようのない達成感や満足感を与え、私たちの人生を豊かにしてくれる。しかし、とくに女性が挑戦する場合は、年齢、結婚、育児、社会的環境といった多くの壁に直面する。むろん、私自身も俳優業や起業と挑戦をするなかで、年齢や性別の壁を感じることも多くあった。

俳優業の場合、駆け抜けた10代から20代を迎え、その後30代と年齢を重ねると、求められる役柄が変わっていく。常に新しい役者さんが増え、売れていく方々を横目でみながら、年齢を理由に「これ以上は無理かな…」と感じる瞬間がなかったわけではない。俳優としてのキャリアを求めるなかで、周りからは「結婚は?」「子どもはどうするのか?」と聞かれるたびに、「そんなこと、私だってわかっている」と感じながら、これで本当にいいのかと、自問自答したりもした。

30代で起業をしたときには、起業をした際にはさらに拍車がかかった。中長期の計画を立てると、それとは別に結婚や出産についての質問をいただくこともあり、女性経営者としても同様の悩みを抱えた。私も日々模索している。自分が選んだ道が正解かはまだわからない。もしかして、将来死ぬ間際に自分の人生を振り返って、寂しく思うかもしれない。けれど、少なくとも今は自分の人生に納得している。

だからこそ会社という組織作りを行う際には、スタッフが育児による壁を感じずに働けるようにも心がけている。少し前に出産した妹を間近でみて、育児はとても大変で、時間もエネルギーも想像以上に奪われることを知った。育児とキャリアを両立させようとする場合、「どちらかを諦めるしかないのかな…」と感じることもあるだろう。

社会には、未だに「女性は家庭を守るべき」という古い考え方がはびこっている。その空気は、女性が新しいことに挑戦する意欲をそぎ、選択肢を狭めてしまう。しかしながら、育児の現場をそばで見てみると、24時間逃げ場もなく、まだ言語の通じない子どもと向き合い、感情を汲み、コミュケーションをとるお母さん達の忍耐力や気づき、マルチタスクの技量は本当に素晴らしいと感じるのだ。

AGRIKO FARMで一緒に働いてくださるお母さん達も、私が共有を忘れていても、気づいて先回りをして準備をしてくれたり、リマインドをくれたり、予算に応じて代替品を探してくれたり…。ピンチの局面にはいつも、子育て世代の女性たちの知恵に救われて、今日まで来れたと感じている。私には、社会の空気そのものを払拭する力はないかもしれない。けれど、今ここに彼女たちの雄姿を書くことで、少しでも可能性が広がり、挑戦の障害を減らすことが出来ればと、心から思う。

転ぶ。「失敗」のススメ

私が演じた久保田は、途中、家事や育児とキャリアとの壁を超えられず、弁護士を諦めてしまう瞬間があった。先駆者のいない道を「切り拓く」。それは、どこまでも続くゴールなき戦いだ。道なき道を切り拓き、前に進み続けるためには、次々に現れる新たな壁に挑戦し、常に乗り越えていく必要がある。ほとんどの場合は思ったようには進まずに、ときに心が折れても不思議ではない。実際に私も、なりたい!と想像したストイックな役者像や、スマートな社長のイメージと現実は、少しどころか全然違う。完璧を目指そうと頑張っていたときもあるが、120%の力で挑んでも、その通りの結果がでることは決してないと、経験を重ねるなかで知った。

俳優業と農業、どちらの道でも、成功したと感じることなんてほとんどない。失敗や恥ずかしい思いを沢山しながら、今日まで進んできた。でも、これで良いと思う。なぜなら、失敗をしないのはとても怖いことだと思うからだ。赤ちゃんの頃から小さく小さく沢山転んでいれば、転ぶことに慣れて、転んでもすぐ立ち上がれる。

そして、「なぜ転んだのか」を学び、次は転ばないようにと考えることができる。しかし、転び方を知らないと受け身が取れず、大人になって初めて転んだときに、下手すると致命傷に繋がるし、立ち上がれずに挫けてしまう恐れもある。一生転ばない人なんていないなら、早く転んだほうが楽でいい。困難な道を進むなかで転びながら、何度でも立ち上がり、もはや転がりながらでも前に進めばいいのだ。

挑戦は結果ではなく、その姿勢そのものだから。だからこそ、どうか安心して挑戦してみてほしい。沢山転んで、それでも前に進もうとしていれば、道は勝手に開けていくものだ。

 

 

小林涼子
俳優・株式会社AGRIKO代表取締役
13クール連続でドラマに出演し話題を集める。近年の主な出演作品は、映画「わたしの幸せな結婚」、テレビドラマ「ハヤブサ消防団」など。現在放送中のNHK連続テレビ小説「虎に翼」に出演中。
様々な経験を活かし、J-WAVE『EARLY GLORY』毎週日曜日6:00~9:00にてラジオのナビゲーターとしても活躍している。
俳優業の傍ら、家族の体調不良をきっかけに株式会社AGRIKOを設立。農林水産省「農福連携技術支援者」を取得し、自然環境と人に優しい循環型農福連携ファーム「AGRIKO FARM」を運営。

 

文:小林涼子
編集:たむらみゆ