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「ゴロゴロしながら学べる」Duolingoは何がユニークなのか?世界No.1の語学アプリの秘密に迫る

「もっと手軽に言語を学べたら良いのに...」そんなニーズにマッチするアプリケーション「Duolingo」が世界中で人気を博している。

誰しも経験があると思うが、往々にして、語学学習には困難が伴う。語学学習は、段階を踏んだ学習が大切であるが、継続することのハードルがとても高いように感じる。そんなハードルを下げるのがDuolingoだ。

ゲーミフィケーションを取り入れ、1回5分程度のレッスンを提供することで、手軽に継続できるユニークな語学学習ツールであるDuolingo。話者が減りつつあるマイナー言語の継承の役割も果たしているというから驚きだ。今回はその魅力について紐解くとともに、後半では、Duolingo Global CMO(Chief Marketing Officer)のマニュー・オーサード氏と人気Podcast・Off Topicの宮武徹郎氏のトークセッションの模様をお届けする。

テクノロジーの登場によって、学習の方法は変化しつつある

オンライン教育の歴史

まずは、オンライン教育の歴史についておさらいしたい。1990年代半ば以降、インターネットの普及が本格的に進んだことを受け、2000年代にパソコンとインターネット環境があれば誰でも原則無料でオンライン講座が受けられる「MOOC(Massive Open Online Courses)」が登場した。先鞭をつけたのはMITの「OpenCourseWare」プロジェクトで、2001年に開始されたという(※1)。その後、Coursera、edX、UdacityといったMOOCプラットフォームが次々と登場し、インターネット環境が整っていれば、世界中の学習者が無料または低価格で高等教育にアクセスできるようになった。

そして、2020年に発生した新型コロナウイルス感染症のパンデミックを機に多くの学校や大学が対面授業を中止。ZoomやMicrosoft Teamsといったビデオ会議ツールが教育現場で広く利用されるようになり、教育のオンライン化を一気に加速させた(※2)。

※1 参考:MIT Faculity Newsletter "On the 20th Anniversary of OpenCourseWare: How It Began"
https://fnl.mit.edu/may-june-2021/on-the-20th-anniversary-of-opencourseware-how-it-began/
※2 参考:UNESCO(2023)"Technology in education A tool on whose terms?"
https://gem-report-2023.unesco.org/technology-in-education/

世界で最も人気がある語学学習アプリ・Duolingo

Duolingoアプリを開くと、マスコットキャラクターのDuoが表示される

オンライン教育のうち、語学学習は重要な分野のひとつだ。世界のデジタル語学学習の市場規模について、2023年時点では225億USD(約3兆5,269億円)の市場が年間平均で18.8%成長し、2033年には1,259億USD(19兆7,290億円)に到達すると推計されている。(※3)

なかでも著名な語学学習アプリがDuolingo(※4)だ。「誰もが利用できる、世界最高の教育を開発すること」をミッションに、2012年にルイス・フォン・アン(Luis von Ahn)とセヴリン・ハッカー(Severin Hacker)によって設立された。(※5)創業者のルイス氏の生誕地であるグアテマラでは、貧富の差によって教育格差が生じていた。この体験を基にして「誰もが平等に教育にアクセスできる」ことを目指し、無料で言語を学べるアプリであるDuolingoがローンチされたのだという。

2024年5月時点で、世界中の42の言語を対象として100種類以上のコースを提供するDuolingo。MAU(月間アクティブユーザー)数は9,700万人を超えており(※6)、なんと世界の語学学習アプリのシェアの9割を占有している。また、2020年に日本に上陸した後、2年連続で「最もダウンロードされ」「最もアプリ内収益をあげた」教育アプリとして、日本国内でも急成長を遂げている。

2022年9月から2023年9月にかけて、世界のiOS Store/Android Storeでダウンロードされたアプリ上位5位をピックアップ。他4アプリと比較して、DuolingoのDL数が圧倒的に多いことが読み取れる

Duolingoは、レッスン回数によりコマが進んだり、学習スコアに応じたランキングが付けられたり、ランキング上位者は次のレベルに進むといった、ゲームのような要素を取り入れることで、楽しみながら語学を学べる環境を提供している。

セッションは1回5分程度であり、忙しい学習者にも好評を博しているという。基本的なサービスは無料で提供され、レッスン終了後に短い広告を視聴することで利用可能だ。広告無しで利用したいユーザーには、Super Duolingoというプレミアムサブスクリプションを利用することで、広告オフ機能に加えてパーソナライズドレッスンなどの追加機能が利用できる仕組みになっている。

Duolingoのユニークさとは?

世界で最も使用されている語学アプリ・Duolingo。そのユニークさはどこにあるのだろうか?

「教育」の幅広さ

Duolingoではミッションである「誰もが利用できる、世界最高の教育を開発すること」に沿って事業が展開されている。とはいえ「教育」の範疇は英語やフランス語といった主要言語教育に留まらないようだ。Duolingoには少数言語学習コースも設けられている。2014年にアイルランド語のコースを公開してから、ウェールズ語やハワイ語など、話者が減少しつつある言語学習コースも追加してきた。

ユネスコが2010に発表した消滅の危機に瀕している言語についてまとめたレポート「Atlas of the world's languages in danger」では、世界にある2,500の言語が消滅する可能性がある、と述べられている。

ベストセラーとなった『翻訳できない世界のことば』(創元社)でも紹介されているように、言葉にはそれを用いる人々の文化が息づいている。話者が減れば、それを継承する方法もどんどん限られてくるため、その継承がすなわち教育だと考えると、Duolingoは文化保全の領域にも貢献している稀有なアプリケーションと言えるのではないだろうか。

一度見たら忘れられないキャラクター「Duo」

さまざまな取り組みがなされているDuolingo。そのユニークさをビジュアルからサポートするのは、マスコットキャラクターの「Duo」だろう。緑色のフクロウの見た目をしており、Duolingoのアプリウィジェットや各種SNSアカウントのアイコンにも使用されている。時には穏やか、時にはレッスンを行わない人を執拗に追い回すクレイジーさも兼ね備えたキャラクターであるDuo。公式アカウントでは、トレンドになっているコンテンツとのコラボレーションを積極的に試みる様子も確認できる。

Dua Lipa "Radical Optimism" ジャケットのパロディ?

もはやネットミーム化すらしており、一見突飛にも見えるDuoのキャラクター。確かに、フリーミアムモデル(※7)を採用するDuolingoにとってはライトユーザーの獲得がそのまま収益拡大に繋がるため、SNSで注目を集め、認知を拡大してライトユーザー獲得を図る戦略は非常に合理的とも言える。

実は、この「Duo」にまつわるマーケティング戦略は、Duolingoをユニークな教育アプリとして押し上げている要因のひとつなのだという。遊び心がありつつも合理的なDuolingoの施策については、後半のマーケティング最高責任者のマニュー・オーサード氏のトークセッションレポートで触れたいと思う。

※3 参考:Global Insight Services "Digital Language Market Analysis and Forecast to 2033"
https://www.globalinsightservices.com/press-releases/digital-language-learning-market/
※4 用語:日本語版では英語・中国語・韓国語・フランス語の4言語を学習可能。英語・スペイン語・フランス語・ドイツ語等のメジャーな言語に加えて、話者の少ないナバホ語等のコースも用意されている点もユニークな特徴のひとつ。また、Duolingoは語学学習アプリ以外にも「Duolingo English Test」と呼ばれるオンライン英語能力認定テストも提供している。現在5,000以上の教育機関で導入されており、受験費用は65US$と他の英語能力認定テストの相場からすると半額以下の価格で設定されている
※5 参考:ルイス・フォン・アン氏は、CAPTCHAとreCAPTCHA(スパム防止の画像認証)の考案者としても知られており、これらの技術をGoogleに売却した後、新たな教育プロジェクトに取り組むことを決意したという。
Forbes "Game of Tongues: How Duolingo Built A $700 Million Business With Its Addictive Language-Learning App"(2019年7月23日)
https://www.forbes.com/sites/susanadams/2019/07/16/game-of-tongues-how-duolingo-built-a-700-million-business-with-its-addictive-language-learning-app/
※6 参考:Duolingo 2024(Q1) Shareholder letter
https://investors.duolingo.com/static-files/f781ccbe-115a-43ee-90fe-d3db784220e5
※7 用語:フリーミアムとは、「フリー(無料)」と「プレミアム(割増料金)」の造語で、基本的なサービスや製品を無料で提供し、さらに高度なサービスや機能に関しては有料で行う事により収益を得るビジネスモデルを指す。

Duolingo CMO トークセッションレポート

写真:左からDuolingo CMO マニュー・オーサード氏、Off Topic株式会社 代表取締役 宮武徹郎氏

ここからは、2024年5月9日にTokyo Innovation Baseで開催されたトークセッションを基に、Duolingoのユニークさを読み解く。トークセッションのテーマは“「Duolingo」のマーケティング戦略から学ぶ事業拡大と、愛されるブランドづくりについて”。Duolingo CMOのマニュー・オーサード氏と共に、海外の最新テック・カルチャー情報を伝える人気Podcast「Off Topic」(Off Topic株式会社)の代表・宮武徹郎氏がモデレーターとして登壇した。

「元々自分自身もDuolingoユーザーだった」オーサード氏のキャリアについて

オーサード氏はSony PlayStationのデジタルマーケティング、Spotifyでグローバルマーケティング戦略をリードしたのち、2020年からDuolingoに参画した。過去20年に渡るマーケティングのキャリアを通じて試みてきたのは、カルチャーと密接に繋がるコミュニティ形成であり、Duolingoはそれにマッチしていたという。

「マーケティングの観点から見ると、本当に興味深いのは、どのブランドも文化とつながる方法を持っているということですね。Spotifyは音楽のプラットフォームですし、言語も文化と密接に結びついています。元々、自分自身もDuolingoを愛するユーザーの一人でした。

Duolingoには、"誰もが利用できる、世界最高の教育を開発すること"というミッションがあります。ビル・ゲイツ氏からシリア難民まで、幅広い人々が使うアプリケーションを提供していることを非常に誇りに思っています」

マスコットキャラクター「Duo」とソーシャルファースト戦略

Duolingoのマーケティングは、「ソーシャルファースト戦略」と呼ばれ、ソーシャルメディアを軸に展開されているという。実際に2023年の年間ソーシャルメディア上でのインプレッションは30億を超え、現在はTikTok・YouTube Short・Instagram等の短尺動画をキーにユーザーとのタッチポイントを図っている。過去にはSuper Bowlでの5秒間のCMと連動したプッシュ通知、恋愛リアリティショーを模したエイプリルフールキャンペーンなど、SNS上で話題になりやすいキャンペーンを実施していたという。

『Barbie』(2023)とのコラボレーション。劇中でも、登場人物がDuolingoを使用するシーンが挿入されていた

「ソーシャルファースト戦略が策定される前までは、強い意欲を持って言語を学びたいというマインドセットの人々をターゲットにしていました。しかし、Duoのキャラクターと物語を作り、発信する方向に変更してからはより広い人々にリーチできています。より多くの人々が生活の中でDuoを見れば見るほど、私たちのブランドを思い出してくれ、それが他の語学学習アプリケーションとの差別化要因になっています」

「デュオリンゴロゴロ、デュオリンゴロゴロ、ゴロゴロしながら英語が学べる...」TV CMは日本のみの施策

TVCM「デュオリンゴ ゴロゴロ言語が学べる」篇

「デュオリンゴロゴロ、デュオリンゴロゴロ、ゴロゴロしながら英語が学べる...」というテレビCMを耳にしたことがある人もいるだろう。2022年5月から開始されたこのCMについて、実は日本だけで放映されたものだという。

「日本では、テレビに出ていたら信頼できるブランドだという考えが未だに残っていますが、それは他国ではほぼ起こらず、テレビは日本ほど効果的ではないと思います。そのため、日本進出時にテレビCMはDuolingoの認知度を高めるのに非常に役立ちました」

そもそも日本の教育には、何かを学習する際にストレスがかかるものだという印象を抱いていたと指摘する。「デュオリンゴロゴロ」というキャッチコピーには、リラックスしながら自分のペースで学べるという意味を持たせているのだという。

数学・音楽...言語のみに留まらないDuolingoのメニュー

また、最近Duolingoでは数学と音楽のコースが開始されたという。最後に、言語学習に留まらないこの取り組みについて、オーサード氏は次のように語った。

「先ほど、私たちのミッションは"誰もが利用できる、世界最高の教育を開発すること"と申し上げました。実のところ、これは言語学習に閉じられたものではないのです。ゲーミフィケーションを使いながら、それを数学や音楽に適用できることを非常に楽しみにしています。今はまだこれらのコースを広げている段階ですが、より豊かでエキサイティングなものにするために、新しいタイプのエクササイズを構築しています」

おわりに

世界で最も使用されている教育アプリ・DuolingoはSNSも駆使しながらより良い教育の方法を模索していることが分かった。Duolingoはこれからも教育の裾野を広げ、誰もがアクセスできる質の高い学習体験を提供し続けることだろう。

 

取材・文:Mizuki Takeuchi
編集:おのれい
写真提供:Duolingo・Off Topic共催、Manu Orssaudトークセッション