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ワーキングプアとされる年収や手取りって?生活保護との関係や課題について考える

毎日フルタイムで働いているのにも関わらず、生活が苦しい…。そんな状況に陥っている層のことを、ワーキングプアという。本記事では、ワーキングプアの定義から、その年収や状況、生活保護との関係性やどのような改善策があるか、考えていきたい。

ワーキングプアとは

ワーキングプアとは、働いているにも関わらず生活水準以下の収入しか得られず、健康で文化的な最低限度の生活を送ることが難しい状態にある人びとのことを指す。では具体的に、どのような年収・職業の人がワーキングプアに当てはまるのだろうか?

ワーキングプアの定義と背景

厚生労働省は、一般的にワーキングプアに含まれる者を「年収192万円未満の者」と定義している。(※1)この言葉は1960年代に日本に導入され、格差の広がりとともに深刻な社会問題視されるようになった。

▼ワーキングプアの定義についてより深く知る※1 参照:厚生労働省「非正規労働者データ資料」p.41
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001ja05-att/2r9852000001ja67.pdf

日本におけるワーキングプアの現状

日本の最低賃金は、2023年時点で岩手県の時給893円。(※2)一方、日本の成人ひとりが暮らす際の平均的な支出は、約17万円。(※3)それを稼ぐには、時給にして約190時間働くこととなる。単純計算で、週に5日8時間、4週働いた際の労働時間は160時間。フルタイムで働いても必要な支出に満たない。

これは極端な例かもしれないが、現在およそ就労者の6〜7人に1人がワーキングプアの状況にあると考えられている。厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2021年度)によると、就労者のうち相対的貧困線(※4)を下回る割合は15.4%となっている。(※5)また、OECD(経済協力開発機構)は、2017年時点で日本の相対的貧困率は先進国35ヶ国中7番目に高いということを明らかにしており、日本のワーキングプア問題の深刻さがうかがえる。(※6)

所得が増えない一方で、物価高騰に歯止めが効かず生活費が上昇し続けているため、ワーキングプアの問題がより深刻化している。さらに非正規雇用の拡大や最低賃金の伸び悩み、女性の非正規雇用率の高さや高齢化が、ワーキングプアを増加させている。

▼ジニ係数についてより深く知る

※2 参照:日本労働組合連合会 最低賃金
https://www.jtuc-rengo.or.jp/activity/roudou/chingin/
※3 参照:総務省統計局「家計調査 家計収支編 単身世帯
https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003000798
※4 用語:相対的貧困とは、手取り収入をもとに、世帯員の生活水準を表すように調整した「等価可処分所得」の中央値の半分に満たない状態のこと。
※5 参照:2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況 II 各種世帯の所得等の状況https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/index.html
※6 参照:マイ・ワールド・ビジョン「相対的貧困とは?絶対的貧困との違いや相対的貧困率についても学ぼう
https://www.worldvision.jp/children/poverty_18.html#d0e9d87eb78fa54e47cd213ca7606442

ワーキングプアに該当しがちな職種

ワーキングプアに該当しがちな職種には、以下のような職種が挙げられる。

  1. サービス業:ファーストフード店や小売店、清掃業など。一般的に賃金が低く、非正規雇用が多い傾向がある。

  2. 介護・福祉業:高い負担と長時間労働に対して低い賃金が支払われることがあり、ワーキングプアのリスクが高い。

  3. 建設業:非正規雇用が多く、季節労働や日雇い労働が一般的で、賃金が不安定であり、労働条件の安定性も低い場合がある。

  4. 農業:季節労働や日雇い労働者が含まれており、賃金が低く、労働条件が不安定な場合がある。

これらの従事者がすべてワーキングプアに該当するわけではないが、一般的に賃金が低く、労働条件が不安定であり、非正規雇用者の割合が高いケースが多い。気象状況や社会情勢に左右されやすい不安定な業種においては、人手を募集する際に正社員ではなく一時的に正規雇用者の雇用を増やす傾向にあり、結果としてワーキングプア層が生まれやすくなる。

ワーキングプアの年収実態

次にワーキングプアとされる人たちが、実際にどのような特性や状況にあるのか、年収の観点から見ていく。雇用形態や男女比、年齢でもワーキングプアとなりやすい傾向があることがわかった。

ワーキングプアに該当する一定年収

ワーキングプアに該当する年収は、一般的にその国の平均的な生活費や最低生活水準と比較して定義される。日本の場合、先述したように年収192万円未満がワーキングプアに該当する。これは、年収200万円程度では十分な生活を送ることが難しく、基本的な生活費や住居費などを賄うのが困難な場合があるからだ。

ただし、この基準はあくまで一般的な目安であり、地域や家族構成などによって異なる。また、都市部など全国平均でみて物価の高い地域などでは、この上記の年収でも生活保護水準を下回る可能性も考えられる。

雇用形態等による年収格差とワーキングプアへの影響

2022年度の日本の平均年収をみると、正社員が523万円であるのに対し、正社員以外(非正規雇用)は201万円となっている。(※7)労働時間や状況は人によって異なるため一概には言えないが、正社員ではない非正規雇用者がワーキングプアに該当する確率が高いといえるだろう。

また、先述した年収192万円のラインを超えていても、ワーキングプアに陥る可能性もある。例えば、ひとり親世帯では年収200万円を超えていたとしても、生活費や子育て費用をひとりの収入だけで賄うのが難しい場合もあるだろう。

また、再雇用やシニア向けの低賃金の仕事をしている高齢者も、配偶者や親の介護、医療費などの支出によりワーキングプア層に含まれることがある。2012年に内閣府が発表した男女別・年齢別の相対的貧困率をみると、25歳から女性のほうが貧困率が高く、また男女ともに高齢期になるにつれ貧困率が上昇する傾向があることがわかる。

内閣府「平成24年版 高齢社会白書」
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2012/zenbun/s1_2_2_08.html を元に筆者作成

年収が低い要因と生活への影響

ワーキングプアの年収が低い要因は多岐にわたるが、格差の拡大や経済の不均衡が社会的な要因のひとつとして挙げられる。就労者の労働環境やスキル、居住地域によっても雇用機会や賃金が左右されるだろう。職業の選択肢が限られ、結果的に低賃金の仕事に就かざるを得ない状況が生まれる。低賃金の職種は非正規雇用やパートタイムの仕事が多いため、収入が不安定であることも大きな要因だ。

これらの複合的な要因が組み合わさって、低い収入のために基本的な生活費を賄うことが難しくなり、住居や医療、教育などの必需品に十分なアクセスができない状況となる。また、経済的な不安やストレスが精神的な健康に影響を与える可能性もあるだろう。

ワーキングプアと生活保護

ワーキングプア層は収入が生活保護水準をわずかに上回るため、保護の適用を受けられない場合が多い。しかし、実質的な生活水準は保護対象と変わらない困窮世帯も多く存在する。生活保護を受けている人の方が、かえってワーキングプア層よりも手厚い手当を受け取り、生活しているというケースもある。

それなら生活保護を受ける方が良いのではという意見もあるが、長期的にみると当人の就労の可能性を奪うことにもつながりかねない。自身が希望している職種の給与水準が低いため、結果としてワーキングプアに陥る人もいるだろう。全体的な労働環境の改善と、給与水準の底上げが求められる。

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ワーキングプアについての解決策

ワーキングプアに陥る理由は、社会的な問題と密接に関わり合っている場合が多く、当事者だけでなく、社会としてどのような解決策があるか模索していくことが重要だ。政府や自治はもちろん、企業・団体が改善策を講じることが必要となる。

最低賃金の継続的な引き上げ

政府は継続的に、全国の最低賃金引き上げを試みているが、OECDが推奨する「フルタイム労働者の賃金の3分の2以上」を満たすためには、さらなる引き上げが必要不可欠だ。 現在、地方によって最低賃金が800円代から1000円代のところまで大きく差が開いているため、全国的に賃金を底上げしていくことも必要だろう。

非正規雇用の正規化と待遇改善

多くのワーキングプアが非正規雇用であることから、企業による正規化の取り組みが欠かせない。厚生労働省の提案する「同一労働同一賃金ガイドライン」(※8)に基づき、正規・非正規の賃金・労働条件の格差是正が求められる。 加えて、人手不足分野への非正規から正規への転換支援や、正規雇用の拡大インセンティブの創設など、積極的な施策が必要だ。企業としてもそういった支援制度を積極的に活用していく姿勢が求められる。

※8 参照:厚生労働省「同一労働同一賃金特集ページ」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144972.html

ジェンダー平等の推進と女性の正規雇用促進

2021年度の非正規雇用の男女比は男性が652万人(21.8%)、女性が1,413万人(53.6%)と、圧倒的に女性が多い。(※9)こうした背景としては、女性はライフステージによって妊娠・出産・育児などで仕事の現場を離れる一定の期間があり、どうしても男性に比べて雇用時間や範囲が限定されることが挙げられるだろう。

日本は、仕事への参加時間や関与度が待遇に直結する企業が多く、時間などに制約がある一般職よりも、総合職に対する待遇が良くなる。また、一般職は女性が多いことも特徴だ。一方で海外では、その個人に与えられた仕事のパフォーマンスを相対的に評価する制度を採用している企業は多くある。日本でもその考え方を積極的に取り入れていくべきだろう。

政府の「女性活躍推進法」を受け、企業は女性管理職比率目標の設定と実績開示、男女差別的な扱いの解消に取り組む必要がある。 また、正社員への積極登用や、復職支援、働き方改革による長時間労働是正など、女性が活躍できる環境整備が不可欠だ。

※9 参照:男女共同参画局「男女共同参画白書 令和4年版」
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r04/zentai/html/honpen/b1_s02_01.html

生活保護制度の拡充と手続き簡素化

先述の通り、現行の生活保護制度においてワーキングプア層は一定収入が生活保護水準よりもわずかに上回るケースが多く、受給対象から外れがちだ。要件を見直し、稼働収入の控除額を引き上げるとともに、資産基準の緩和が求められる。 また、生活保護の手続きが煩雑であるため、本来受けるべき控除を受給者が見落としてしまう懸念も考えられる。申請手続きをオンライン化するなど簡素化を進め、受給へのハードルを下げることが重要だ。また、前提として制度の恒久的な財源確保も併せて検討する必要があるだろう。

ワーキングプア関連の支援制度

前章では、社会的に政府や組織としての解決策を述べたが、こうして出来た制度や仕組みをワーキングプア層が積極的に利用できる環境が整って初めてワーキングプアの解決へと繋がるだろう。実際に自治体によって対策に取り組んでいる場合も多く、自身の住む地域での支援を調べてみることも大切だ。

住宅手当および医療費助成

高額な住宅費や医療費が家計を直撃するリスクを軽減し生活を下支えするために、収入に応じた住宅費補助や、一定所得以下世帯への医療費助成制度は必要不可欠だ。制度は自治体によって異なるが、自治体の窓口や電話サービスで確認することができる。

児童手当およびひとり親世帯への支援強化

子育て世帯、特にひとり親世帯はワーキングプアに陥りやすい。児童手当の対象世帯の拡大と手当額の引き上げ、ひとり親家庭への現金給付やカウンセリング、学童保育の充実といった総合的な支援策は必要不可欠だ。こども家庭庁は、ひとり親家庭等に対する支援として、「子育て・生活支援策」、「就業支援策」、「養育費の確保策」、「経済的支援策」の4本柱により施策を推進する、という方針を示し、ひとり親世帯のための支援制度をサイトにまとめている。しかし、政府や自治体の支援に頼りきるだけでなく、地域全体が一体となり、こども食堂など地域に開かれたコミュニティを形成していくことも大切だろう。

就労支援体制の充実

スキルアップやキャリアチェンジによって個人の収入増加を目指すことも解決策のひとつだ。これまでに学びの機会を得られなかったワーキングプア層のために、ハローワークの人員増強とキャリアカウンセリング機能の強化、民間との連携による職業訓練コースの設置など、就職支援体制を一層充実させる必要がある。

現在、厚生労働省では、再就職や転職・スキルアップを目指すための求職者支援制度があり、毎月生活支援金を貰いながら、無料で職業訓練を受けることができる。(※10)リスキリングに対する関心も高まるいま、一度就労支援を受け、再就職することが収入の向上に繋がるだろう。

※10 参照:厚生労働省「求職者支援制度のご案内」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyushokusha_shien/index.html

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まとめ

このように、賃金・雇用環境の改善、社会保障制度の拡充、就労支援の強化など、ワーキングプア対策には多角的なアプローチが必要不可欠だ。ワーキングプアの問題からは、働くことに対する様々な課題が浮かび上がる。社会情勢が揺らぐなか、いつ誰が急に職を失ってもおかしくない。政府をはじめ、企業、自治体、NPOなど、あらゆる関係者の取り組みが求められる。現在ワーキングプアに陥っている人だけでなく、社会全体が当事者意識を持って取り組むことで、全体のベースアップにも繋がっていくだろう。

 

文:橘くるみ
編集:吉岡葵