いま地方は、医療資源の不足、バスや電車の減便に伴う交通手段の減少など複数の問題を抱えている。その中でも人口流出や少子高齢化に伴う人口減少は、町自体の存続に関わる深刻な問題だ。
その一方で、コロナ禍をきっかけにテレワークが推進されたこともあり、地方への移住やUターン転職への関心が高まっている。地方自治体としては1人でも多く移り住んでほしいと考えているはずだ。ここで重要になるのが「関係人口」の考え方。将来的な移住につながる可能性を見越して、自分たちの住む町に関わりを持ってもらおうという取り組みだ。
そこで今回は、関係人口創出のために、サウナやNFT、AIを活用した謎解きなどユニークな取り組みを行う山形県西川町の菅野町長に話を聞いた。関係人口を増やすために必要な取り組みは何か、地方への移住の際に選ばれる自治体になるためには何が必要だと考えるのか。
そもそも関係人口とは?
そもそも関係人口とはどのような人たちを指すのだろうか。総務省のホームページでは以下のように定義されている。
「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す言葉
(※1)
「地域と多様に関わる人々」とは、自分や親族の出生地などで地域にルーツがある人、その土地が好きで何度も訪れる人、過去に勤務・就学経験があるなどで何らかの関わりがある人を指している。
高齢化や人口流出により年々人口が減少している地方自治体にとって、地域外の人材で地域づくりの担い手となる可能性を秘めている関係人口は欠かせないというわけだ。
地方活性化の鍵を握る関係人口だが、日本に関係人口は何人ぐらい存在しているのか。株式会社ブランド総合研究所が行ったある調査によると、現在の居住地と異なる出身地がある人(以後、出身人口)は、47都道府県合計で 4,230 万人。居住地や出身地とは別に「応援したい」と思う都道府県がある人(以後、応援人口)は7,497万人。日本には、これらを合計して1億1,728 万人の関係人口がいるそうだ。(※2)
また関係人口は年々増加しており、2022年の同調査と比較すると1,088万人多くなっている。要因として、コロナ禍の規制緩和や全国旅行支援により、各地に足を運んだことが影響しているのではないかと考えられている。さらに関係人口のうち約20%の人が移住意欲を持っていることが同調査で明らかになった。
ここで、同調査の関係人口の多い都道府県ランキングをみてみたい。1位は沖縄県で出身人口が349,000人に対し、応援人口は9,229,000人。合計9,578,000人の関係人口が存在する。2位は北海道で出身人口1,306,000人に対し、応援人口は6,958,000人。合計8,264,000人の関係人口が存在している。これらの結果から、北海道や沖縄など出身人口が多くなくとも国内旅行で選ばれやすい場所は、関係人口も比例して多いことがわかる。
つまり、関係人口を増やすためには「そこの町に足を運びたい」と思うような施策やきっかけを作ることが大切だ。
※1 参考:地域への新しい入り口 関係人口ポータルサイト「関係人口とは」
https://www.soumu.go.jp/kankeijinkou/about/index.html
※2 出典:ブランド総合研究所「地域ブランド調査2023」
https://news.tiiki.jp/data/upload/結果リリース2023.pdf
「サウナ」「AI謎解き」「NFT」で関係人口を創出
沖縄や北海道など、国内旅行の定番スポットとして選ばれる場所ならまだしも、大きな観光資源のない地方自治体はどのようにして関係人口を創出してるのだろうか。そこで、以前「方言翻訳AI」で話を伺った山形県西川町・菅野大志町長に改めて話を伺うことにした。
▼西川町が取り組む「方言翻訳AI」に関する記事はこちら西川町は関係人口創出のために、道の駅での「サウナ」、町独自の自然文化や山岳信仰を取り入れた「AI謎解き」、温泉入浴券やオンラインイベントなどの特典がついている「デジタル住民票NFT」など、他の自治体でみられないユニークな施策を行っている。これらの試作の数々は、2つのある考えに基づいて実行されているそうだ。
「まず1つは、西川町がターゲットにしている“若者かつ資産に余裕がある人”にリーチできる施策かということです。
いま、地方移住を検討している人は20代や30代に多いことが調査でわかっています。また西川町に足を運んでもらう、ひいては移住してもらうことまで見据えると、ある程度資産に余裕のある人たちでないと厳しい現実があります。例えばNFTは、SNSをやっていないと買えませんし、購入しようと思う人たちは資産に余裕がある人たちであることが多いです」
地方移住に関心がある層が若者であることは、内閣府が2023年に実施した「第6回新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」でも明らかになっている。東京圏に暮らす人を対象に地方移住への関心を聞いた調査項目では、全年齢で関心があると回答した人は30.2%だったのに対し、20代に限定すると39.2%の人が移住に興味があるのだ。(※3)
▼テレワークや飲みニケーションの変容など、コロナ禍による働き方改革の記事はこちら
「2つ目は、町が持つ“強みを活かせる”もしくは、“弱みをカバーできる”かということです。前者でいくと、サウナがそれに当たります。実は西川町は水に強みを持っていて、夏でも13度ぐらいの湧き水が水道から出ます。今まではこれをペットボトルに入れて販売してました。
そこから、この水をより注目度が高く人の目にも留まりやすいことに活かせないかと考え、閃いたのがサウナでした。この湧き水を利用した水風呂を作れば、サウナ好きの人たちの目に留まるんじゃないかと考えたんです。現在はサウナをさらに盛り上げるため、『サウナ推進係』という役職も存在しています」
「後者でいくと、AI謎解きがわかりやすい例です。どこの地方も何か施策を打とうとした時に直面するのが、人手不足の問題です。広場などでの小さなエリアであればなんとかなりますが、範囲を町全域に広げるとなかなか難しい。
そこでデジタル技術×謎解きをやることにしました。舞台が広いので、通常であれば多くの人手が必要ですが、そこはAIでカバーする。西川町を舞台にしているので周遊してもらうことで町の魅力も知ってもらえるのです」
これらの施策はどれも「根強いファン」がいることも重要であったそうだ。根強いファンは趣味に対する造詣が深いため、常に最新の情報にアンテナを張っており、行動力も高い。つまり、それらのファンに施策が届けば、話題になる可能性が高く、そこから西川町の名前が広がり、関係人口につながる可能性が高いというわけだ。
※3 出典:内閣府「第6回 新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/covid/pdf/result6_covid.pdf
関係人口ד〇〇”=定住人口の増加
ここまでは関係人口を増やす施策について話を伺った。ただし、関係人口が増えるだけでは直接的に人口減少を防ぐことはできない。関係人口から定住人口に繋げることが大切なのだ。
現在、西川町では移住したいと考えた人がスムーズに移住できるよう、住宅やテレワーク施設などのハード面の拡充を進めている。ハード面を整えるのは大切である一方、定住人口の増加に向け、より大切なことがあると菅野町長は語る。
「一言でいうと“おせっかい町民”です。例えば町外から人が来てくれたときに、町の魅力を伝えるのが役場職員だけでは、リソースに限界がある。そこで、喜んでおせっかいをしてくれる町民=おせっかい町民に町外の人と交流してもらう。例えば自分たちが作った農作物を味わってもらうなどです。来訪者からするとおせっかいをしてもらいつつ住人と会話をすることで、町の魅力や暮らしが想像しやすくなります。
そうなると、全く知らない町に移住するよりはぐっとハードルが下がりますよね。おせっかい町民のおかげで、“関係人口と町の繋がり”がより強固になり、その先の定住人口につながると考えています」
おせっかい町民が増えることにより、旅行などで西川町に訪れた人が気軽に町民と会話を楽しむことができる町になってきたそうだ。またこれらの会話を通して、町外の人が西川町を楽しんだり、西川町産の農作物を褒めてもらえたりする。これらは町民たちの喜びにも直結するため、町全体のウェルビーイングにも繋がる。
菅野町長曰く、おせっかい町民の輪を広げるために必要なのが、“役場の職員同士がつながること”だ。
「役場職員は、西川町をなんとか盛り上げたいと思って活動しているので、それと同じ気持ちを持った町民を可視化して、町民同士で繋がっていくことが大切です。そのためには、町民と対話して想いを理解することも重要ですが、その情報を役場職員同士で共有することが大切なわけです。すると、役場職員が町民同士を繋げるきっかけを作れるかもしれない。地道な作業ですが、愚直に町民同士を繋げることでおせっかい町民の輪が広がる。この繋がりこそが、何にも変え難い“町が持つ大きな魅力”につながるわけです」
町が繋がり出した西川町には実際に、数字上の効果もでている。生産年齢人口の統計を見ると、2021年度は106人、2022年度は87人の減少だったが、定住人口が増加したおかげで今年度は19人の減少に止まっている。(※4)2029年には生産年齢人口の増加を目指す西川町。関係人口×おせっかい町民が、町に新しい風を呼び込んでいる。
※4 参考:人口推移の数値は2024年3月1日時点の数値。
町が抱える課題は“対話”を経て可視化される
ここまで話を聞いて気になることが1つある。それは西川町の取り組みに“ある共通点”が存在することだ。NFTや謎解きなどの信頼できるパートナー選びに重要なこと、おせっかい町民を繋ぐこと、そのどちらの根底にあるのは“対話”である。西川町が対話を重んじる理由はなぜなのか。
「経済産業省に勤めていた時や、一般社団法人で活動している時の経験から“対話の価値”を理解できたことが大きいと思います。組織として何かを決定するとき、会議を行う場合が多いですが、会議の意見だけでは人の思いが可視化されづらい。人の思いは、心理的安全性が担保された対話の中でこそ可視化されます。
例えば国の政策もそうですけど、官僚が自ら考えても課題に直結するような政策はできなくて、結局は生活者のリアルな声が必要です。そこで地方が抱える課題を国会議員が吸い上げ、それを各省庁が受けて政策を練る。つまり、効果的な施策を行うためには人の思いやリアルな声が必要不可欠ということです。
一方、自治体の職員は自分のステークホルダーとしか関わらないことが多いので、それだと見える範囲も狭いし、自分たちができることも限定される。そこで、役場職員が部署の垣根を超えて繋がることで、具体的な町の課題が見えてくる。繋がることで解決できる問題もあります。例えば農家の後継問題ですが、いまは跡継ぎがいなくても移住希望者の中に農業をやりたい人がいるかもしれません。このようなマッチングも部署間をまたいだ対話を通すことで実現することができる」
菅野町長の就任後、役場の業務を円滑にするため職員同士が気軽に連絡できるチャットツールなどを導入し、働き方を“対話ベース”にシフトした。縦割りだった組織が徐々に横断してつながり始め、町の課題や解決策が浮き彫りになる。
地方の強みを活かした“市民の生活に身近な自治体”
今後、さらに関係人口及び定住人口を増やすために重要なのが、西川町との“関わりしろ”をつくり続けることだという。
「日本には700以上の自治体が存在しますが、認知度は千差万別です。だから少しでも興味を惹かせて、まずは知ってもらうことが重要です。例えばNFTは“NFTを発行する初の自治体”ということで注目を浴び、NFT推しの人たちの目に留まりました。そこからNFTを購入し、実際に西川町に訪れてくれた人もいます。このように“関わりしろ”を作ることが大事です。
さらには、SNSやインターネットを使ってこれらの情報を発信することも大切だし、色々な取り組みを継続することも必要だと思います。NFTも1回だけではなくて何度も発行したり、イベントも継続的に活動したり、応援したいと思ってもらえるようにすることが大事ですね」
この”関わりしろ”の一環として、デジタル住民票NFT購入者向けの、“防災訓練”を行う予定だ。一部のNFT購入者から、「有事の際に西川町でできることがあれば事前に知っておきたい」という声があり実施することになった。西川町としても、普段から町に馴染みのある人たちがボランティアとして来てくれるのは、町の勝手を知ってくれているためありがたい。
サウナ、謎解き、NFTなど多様な”関わりしろ”を作り出してきた西川町。さらに今後は「自治体が暮らしの身近な存在になれるか」が重要だと菅野町長は語る。
「自治体が暮らしの身近な存在になると、住民の声を行政に反映しやすいというメリットがあります。これは、都市部よりも地方の得意分野だと考えていて。例えば人口が多いと、住人1人ひとりの特性を自治体が把握できないため、行政からフォローできることが少ない。すると、自治体が自分のために何をやってくれているのか、実感を持ちづらくなる。
一方、地方であれば1人ひとりのやりたいことや想いを把握して行動に移すことができる。そうすると支援された側も町と繋がってる感覚を得やすい。そういうところに人は感動するし、どうせ住むならそういう町に住みたいと思うのではないでしょうか」
西川町に「つなぐ課」という部署が存在することからも、いかに町と住人の繋がりを大切と考えているかがわかる。西川町の関係人口を増やし、西川町の暮らしの魅力を知ってもらう。その人たちがいま住んでる自治体よりも、西川町が身近な存在になれば移住する可能性も低くないだろう。
対話により町全体が繋がり、その繋がりが町の魅力になる。地方ならではの強みを活かす西川町がこの先どのように進化していくのか、今後も注目したい。
まとめ
コロナ禍の影響で一時は東京の転入超過に歯止めがかかったものの、ここ直近は2年連続で転入超過になっている。ただし、地方移住への関心が高まっていることも事実で、人口密度が低く自然豊かな環境に魅力を感じた人の移住が増える可能性もある。
それぞれの町が、商業施設や観光資源だけではないそれぞれの魅力を持つことで、独自の町になる。テレワークが進んだいま、自分が住みたい町に住むことも昔よりは難しくないはずだ。
地方が独自の魅力を発信し、個人が自分の生活スタイルに適した町に住む。今後は、利便性や文化資本だけでなく、自治体の取り組みや住人同士の距離感、自治体と自分との距離感などを重視して居住地を選択する日が来るかもしれない。
文・取材:吉岡葵
編集:森ゆり
写真提供:山形県西川町