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119番をかけるとき、あなたは何ができる?みんなで考えたい救命処置

「火事ですか?救急ですか?」

「母が、ご飯を喉に詰まらせて…」「祖父が、お風呂で意識を失っていて…」「娘が、急に倒れて…」

そんな言葉が、電話口から聞こえる。NHKの番組「エマージェンシーコール〜緊急通報指令室〜」でのワンシーンだ。119番の通報をかけた先に繋がる救急指令室の様子に密着するノンフィクション番組である。鬼気迫るその声に、見ているこちらも思わず息を飲む。指令室からの声は冷静に、電話の向こうの人たちに寄り添う。緊急度が高いとわかった場合には、直ちに救命処置を行うことが求められる。

「ひとりですか?救急車が来るまでに、心臓マッサージはできますか?」

そんな声に戸惑いながらも、懸命に救命活動を始める人びと。あまりにもリアルなその様子を見て、もし目の前で人が倒れた際、自分なら適切な救命行動ができるだろうかと考えた。そんな人のために、全国の自治体等で救命処置について教えてもらえる講習が開かれているという。今回は、筆者が実際に講習に行って体験した内容から、救命活動について考えていく。自信を持って救命処置ができないかもしれない…という人は、ぜひご一読を。

救急車が来るまでに、できることがある

目の前で人が倒れたとき、119番をかけてから救急車が来るまでの時間が、年々延びているという。

これは、救急車の稼働率が増加していることが原因だ。2022年は全国で約723万件の出動があり、対2021年比で約103万件増加した(16.7%増)。(※1)

そのなかで、急病患者の割合は60%と最も多い。特に一刻も早い救命を要する心筋梗塞や心臓麻痺などもこのなかに含まれる。

しかし、救急車の稼働が増え、到着までに要する時間が延びた結果、2022年の調査では到着までの平均時間は約10.3分。前年度は約9.4分と、その分数は、稼働率に比例して年々増加している。2002年は約6.3分だったが、この20年でなんと4分増加している。(※2)

たった4分と思うかもしれないが、心肺停止した患者は1分刻みで生存率が下がっていく。救急車が10.3分後に到着するまでに、その生存率はぐっと下がる。一方で、その間に胸骨圧迫(心臓マッサージ)やAEDによる電気ショックを続けることで、その生存率は何倍にも高くなるという。

総務省消防庁『令和5年版 救急・救助の現況』によると、心肺停止による119番通報のあと、救急隊が来るまでの処置の有無で1ヶ月後の生存率が変わるという。

何もしなかった場合の生存率が6.6%であるのに対し、胸骨圧迫をした際は12.8%、AEDを使用した場合は50.3%にまでその生存率が上がる。心肺停止から、一刻も早い救命処置が求められるのだ。

今もなお、救急車は逼迫している。日常生活をおくる私たちにとって、死は隣り合わせにある。救命処置は、いまを生きる私たちの問題である。

※1参照:総務省 「令和4年中の救急出動件数等(速報値)」の公表https://www.fdma.go.jp/pressrelease/houdou/items/230331_kyuuki_1.pdf
※2参照:総務省 「令和5年版 救急・救助の現況」の公表
https://www.soumu.go.jp/main_content/000924645.pdf

いざという時のためにできること

胸骨圧迫やAEDの使用は、基本的には誰でも資格等なしに出来る救命処置とされている。インターネットで調べてみると、胸骨圧迫(心臓マッサージ)の方法や、AEDの使い方を見ることができる。しかしその文章だけを読んでいても、不明点が残るのも事実だ。

「胸骨圧迫の際は、胸を5cm沈むくらい押してください」

実際5cmくらいってどのくらいだろうか…?そのくらい、思いっきり押してもいいのだろうか?頭では理解できても、実際にやるイメージがつかない。

ページを良く読むと、そんな市民を対象に、全国の消防局や自治体、日本赤十字社では救命講習を定期的に実施しているという。参加費は無料のところが多いようだ。早速、電話して参加してみることにした。

講習について

参加したのは「普通救命講習I」。心肺蘇生方法やAEDの使い方、その他簡単な応急手当について学ぶことのできる3時間の講習である。他にも幼児に対する救命処置の講習や、火傷や怪我などの応急手当について学べる講習もあるようだ。

その日、土曜日の午前中の講習参加者は、筆者含めて2名。もう1名の方は、過去に学校の事務員をしており、これまでも講習を受けたことがあるという。処置を忘れないためや最新の情報を学ぶためにも、定期的に受講することは大切だそうだ。

最初に、映像を80分ほど視聴。この映像は全国どこでも同じ内容だ。2020年からは感染症対策版として、マスクの着用の場合の救命方法についても説明が加えられている。ケーススタディで進められる動画は見やすく、手元のパンフレットを参照しながら学ぶことができる。大学の講義を思い出した。

いざ、実技演習

動画視聴後は、別の部屋に移動して救命方法を実践する。最初に、動画の内容を踏まえて救命方法をおさらいした。また教室内にある人体模型を用いて、胸骨圧迫をする原理についても教えていただいた。

心臓、といえば左にあるイメージだが、実際は真ん中に近いところにある。そのため、肋骨の真ん中を通る骨の中心を圧迫することが心臓マッサージとして必要だという。間違ってみぞおちを押さないようにと注意された。まさか、と思うが、実際に人形を前にするとわかりづらい。

胸骨圧迫(心臓マッサージ)

人形に向けて胸骨圧迫を実践する。人工呼吸については、あるとなお良いが、感染症が流行してからは、実施は任意としているそうだ。その代わり、絶えず胸部圧迫を続ける必要がある。

教えてもらった胸の位置へ、垂直に手のひらの付け根の部分を押し当てる。両手を重ねて、重ねた上の手でくいっと下の手を引き上げることで、手の付け根に力が集中する。腕は曲げず、胸部と垂直になる位置から、体重をかけて、一定のリズムで圧迫を続ける。今回は、1分間に110回のリズムで実施した。

人形とはいえ、押して見ると弾力があり、全体重をかけてもなかなか胸が沈まない。1分間、一定のリズムで圧迫し続けるのは結構力がいる。最初の方は5cmも沈んでないと言われた。1分だけですでに体が疲れていた。現場に人がたくさんいたら、力のある人にお願いするなど、交代でやることも必要だろう。

よく出る質問として、「そんなに強く押して骨が折れないの?」と聞かれることが多いようだ。救急隊員の方の話によると、実際、折れてしまうこともあるそうだ。もちろんその人の状況にはよるが、1分1秒を死の淵で彷徨っている人を前にして、死の恐れか骨折の恐れかを考えるなら、骨折を恐れずに死の危険をまず救って欲しいということだった。

また、心肺停止しているかどうか判断がつかず、胸骨圧迫をためらうケースもあるが、そんなときもためらわずに処置してほしいという。迷っている間にも刻一刻と時間は過ぎる。もし間違いでも、処置をしていたことを咎める人はいないだろう。死のリスクを防ぐことを第一優先してほしいと教わった。

実は民法や刑法でも、悪意または重大な過失がなければ、善意の救助者が処置対象者から損害賠償責任を問われることがないという記載があるそうだ。指導員は、救命活動による迷いが少しでも減ればいいと話す。

AEDによる電気ショック

その後、AEDの操作についても実習を行った。基本的な仕様はどの機械も同じだが、メーカーによって若干の違いはあるそうだ。現場で操作に迷わないためにも、落ち着いて、その機械から出るアナウンスに従うことが求められる。

また、現場でAEDを扱う人は患者の頭の先付近にいることが望ましいとも教わった。大勢の人が患者を取り囲んでいる場合、患者に触れたままの人がいる状態でAEDの電気ショックがかかりその人が感電してしまうことを防ぐために、なるべく広く見渡せる位置にいるべきだという。こういったことは、動画ではなく実際にやりながら教わっていく。

また、AEDを必要とする心臓の状態はどのようなものか、どういった状態になることを目的とされているのか、なども細かく教えていただいた。実際の使い方だけでなく、その原理まで教えてもらうことで、必要性をより自分のなかで腹落ちさせることができた。

身近に広げる輪

今回教えていただいた方は消防局の職員で、実際は救急の場には立っていないが、救急隊員や救命士の話を定期的に聞き、その現場の声をこうした講習の場で伝えているという。

筆者が講習を受けた地域では、昨年2023年の救急車の出場は約2万4千件。うち約400件が心肺停止などの心肺蘇生を必要とする患者だったが、そのなかで救急車の到着までにAEDが使用された件数はわずか約3%だったそうだ。年々、高齢化などに伴い救急車の要請件数が増え稼働率が高まるなかで、第一発見者や近くにいた人が適切な胸骨圧迫やAEDの使用をすることの必要性も高まっている。いざというときに備え、多くの人が講習を受けておくべきである。

普通講習は中学生から受講することができ、学生から高齢者まで、様々な年代の人が無料で受けることが可能だ。講習は土日も開催されており、場所も多くの市町村区で実施されているため、誰もが気軽に受けることができる。講習の最後には「修了証」を手渡される。この証を持って、身近にいる人たちにも講習の輪を広げていきたい。

進化する、救命活動

最後に、現場での救命活動を支えるためのインターネットやアプリを活用したサービスをいくつか紹介する。

東京消防庁では、応急手当の実施率と救命率の向上のため、2020年9月より映像を活用した口頭指導「Live119」を導入している。通報した人のスマートフォンを用いて、救急現場の映像を災害救急情報センターに送信できる仕組みだ。音声だけではわかりづらい情報を映像で見ることで、管制員がより正確な応急手当の方法を指導したり、応急手当のやり方が分かる動画を通報者に送信したりすることができる。

全国約34万件以上のAED設置場所を網羅した投稿型のサイトとアプリ。日本では2004年に一般市民によるAEDの使用が認められて、現在その設置数は60万台を超える。しかし、ある調査では「身近な行動範囲に設置している場所」を知っていると答えた人は45%だった。(※3)このアプリでは、緊急モードにすると、すぐに取得した位置情報に近いAEDの場所を教えてくれる。アプリをインストールしておいて、身近な場所にあるAEDを探すことを習慣づけておけば、いざという時にすぐ思い出すことができるだろう。

京都大学と株式会社ドーンが共同開発した、AED利用を促進させるためのアプリ。アプリに事前登録したボランティアは、119番が通報された現場付近にいると通知が来る。アプリ内に表示されたAEDの場所と通報現場を繋ぐマップを見て、いち早く救命処置の現場に駆けつけることができるのだ。愛知県尾張旭市消防本部と千葉県柏市消防局で実証実験が進められているほか、全国でも導入を進める自治体が増えているという。

2024年1月19日に公益財団法人日本AED財団よりリリースされたばかりのアプリ。講習には忙しくて行けない…という人も、自宅で動画を見ながら15分で救命処置を学ぶことができる。胸骨圧迫の際は、1分間に100〜120回の圧迫が必要となるが、実際やってみると1分間の圧迫のテンポを測るのは難しい。だがこのアプリではスマホのカメラで頭の動きを捉え、適切なテンポかどうかを判断してくれる。

このように、デジタル化が進むなかで救命活動の助けとなるサービスが日々開発・公開されている。定期的に講習を受け、新しい情報をキャッチしておくことも重要だろう。

また、救急車が適切な場所に早く向かうためには、命に関わる場合以外の通報に関して、本当に必要かを一度考える必要もあるだろう。無料で相談ができる救急安心センター事業につながる電話番号「♯7119」を活用したり、該当する症状を選択することで取るべき対応を教えてくれるアプリ「Q助」を利用したりすることもひとつだ。(※4)

※3 参考:増えるAEDの設置、課題は利用率の向上
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000539.000080271.html
※4 参考:総務庁消防局 救急車の適時・適切な利用(適正利用)https://www.fdma.go.jp/mission/enrichment/appropriate/appropriate007.html
https://www.fdma.go.jp/mission/enrichment/appropriate/appropriate003.html

おわりに

救急車を呼ぶシーンは、前触れもなくやってくる。日頃から健康を意識し、予防ができていればいいが、自然災害や交通事故など、防ぎようのない事故が起きてしまうこともまた現実だ。しかし、そうなったときに命を繋ぐことができるかどうかは、対処法を学ぶことで、だれもが実施することができる。人は、経験したことに対する意思決定は、より迅速で自信を持って行われる傾向にある。一刻を争う救急の現場で落ち着いて対処ができるよう、ぜひ救命処置について、興味を持ち、学んでみてほしい。

 

取材、文、写真:conomi matsuura
編集:篠ゆりえ