前作『市子』での壮絶な演技が国内外で非常に高く評価され、毎日映画コンクールの女優主演賞を受賞した俳優・杉咲花。同作は、居場所と選択肢を持たない女性を描く中で、制度の狭間に陥ってしまった人々の存在を明らかにする社会性の高さも話題となった。そんな彼女は、続く新作でも、再び理不尽な事情によって困難にさらされた女性を演じ、現代社会に対して声なき声を届けようとしている。杉咲花を主演に迎えた新作『52ヘルツのクジラたち』(2024年3月1日公開)は、2021年本屋大賞を受賞した町田そのこのベストセラー小説を映画化した作品だ。ヤングケアラー、児童虐待、トランスジェンダーの⼈々に対する差別や偏⾒など、社会が抱えた課題を重層的に描く本作に挑んだ彼女の意図はどこにあるのか。
社会を前進させる情報発信を行う「あしたメディア」では、『52ヘルツのクジラたち』の劇場公開を前に、本作主演の杉咲花へのインタビューを実施、掲載する。今回は、杉咲花と映画解説者・中井圭との対談形式でお届けする。
『52ヘルツのクジラたち』
ある傷を抱え、東京から海辺の街の一軒家に移り住んできた貴瑚。
虐待され「ムシ」と呼ばれる少年との出会いが呼び覚ましたのは、貴瑚の声なきSOSを聴き救い出してくれた、今はもう会えないアンさんとの日々だったー。
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杉咲花
志尊淳
宮沢氷魚 / 小野花梨 桑名桃李
金子大地 西野七瀬 真飛聖 池谷のぶえ / 余貴美子 / 倍賞美津子
監督:成島出 原作:町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」(中央公論新社刊)
主題歌:「この長い旅の中で」Saucy Dog(A-Sketch)
脚本:龍居由佳里 脚本協力:渡辺直樹 音楽:小林洋平
製作:依田巽 堤天心 今村俊昭 安部順一 奥村景二
エグゼクティブプロデューサー:松下剛 東山健
企画・プロデュース:横山和宏 小林智浩 坂井正徳
共同プロデューサー:楠智晴 ラインプロデューサー:尾関玄
音楽プロデューサー:佐藤 順
撮影:相馬大輔 照明:佐藤浩太 美術:太田仁 装飾:湯澤幸夫
録音:藤本賢一 特機:奥田悟 衣裳:宮本茉莉 江頭三絵
スタイリスト:渡辺彩乃(杉咲花)
ヘアメイク:田中マリ子 須田理恵(杉咲花) 特殊メイク:宗理起也
小道具:鶴岡久美 スクリプター:森直子
編集:阿部亙英 音響効果:岡瀬晶彦 VFXスーパーバイザー:立石勝
助監督:谷口正行 制作担当:酒井識人 スタントコーディネーター:田渕景也
トランスジェンダー監修:若林佑真
LGBTQ +インクルーシブディレクター:ミヤタ廉
インティマシーコーディネーター:浅田智穂
キャスティング:杉野剛 特別協力:大分市 大分市ロケーションオフィス
製作幹事・配給:ギャガ 制作プロダクション:アークエンタテインメント 製作委員会:ギャガ U-NEXT 朝日放送テレビ 中央公論新社 日本出版販売
(C)2024「52ヘルツのクジラたち」 製作委員会
2024年3月 TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー
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中井:今回の『52ヘルツのクジラたち』はもちろん、前作『市子』(2023年)もそうでしたが、最近の杉咲さんの作品選びが社会性を強く帯びていることを感じています。杉咲さんの作品選びの基準について教えてください。
杉咲:私は、どんな作品にも社会というものは透けてくるように感じています。だからこそ、社会性のある作品を優先的に選んでいるというよりは、⾃分⾃⾝が⽣活との接点を感じられたり、俳優として挑戦したいと思ったものに携わっていたいんです。
中井:俳優として挑戦したいと杉咲さんに思わせる要素は、なんでしょうか。
杉咲:作品を通して描きたい価値観に対して、監督やプロデューサーの中に、現時点での答えがあるのかどうかを知ることができたとき、(自分の心が)突き動かされることがあります。
中井:ここでおっしゃる、現時点での答えとは、具体的にはどういうことでしょう。
杉咲:私は、揺るがないものと変わり続けていくもの、という相反する感覚がどちらも映画作りにおいて必要だと思っています。軸として「これを⼤事にしたい」という感覚と同時に、参加する⼈が増えていっても議論を⼤切にできる現場に関われたら嬉しいです。その中で、⾃分⾃⾝が違和感を伝えることもあれば、相⼿が懸念を共有してくださることもありますが、「こうじゃないとだめ」という感覚が何よりも危険であるという認識を持っています。だからこそ、他者からの意⾒を受け⼊れられる体制でいたいし、そういった価値観に共振できる現場に携われたら嬉しいです。
中井:杉咲さんのキャリアがまだ浅かった頃は、映画制作の実情に疑問を持っていても、未熟な私がこんなことを言っていいのだろうかとか、この業界には逆らえないヒエラルキーがあるんじゃないだろうかという気遣いで、言えなかったこともたくさんあると思うんです。ご自身の中で、その感覚が変わってきたと思う時期は、どのタイミングだったのでしょうか。
杉咲:決定的にここだったということはなく、ゆるやかに変化が起こっていたように思います。確かに、この仕事を始めた当初は、求められたことに応えるのが俳優の仕事だと思ってきたし、娯楽として物語を楽しんでいる感覚が強かったんです。しかし、たとえば選挙に参加できる年齢になったり、コロナ禍をはじめ世界の様々なニュースを⽬にする中で、今の社会をどう解釈していて、⾃分が何を求めているのかが少しずつ理解できるようになってきた感覚があって。すると、⾃分は物語を通して社会と関わっていることを実感するようになってきて、つまり作品選びというものは、⾃分⾃⾝がどういう視点で世界を⾒つめているのかという態度を表明する場でもあるんだと、責任の重みを感じ出しました。
中井:これは、とても大事なことだと思うんです。キャリアを積んで知名度も上がり、社会的な影響力が発生し始めたときには、望むか望まないかは別にして、ノブレスオブリージュ(持てるものの義務)が必ず付随すると思います。だからこそ、ぼくは近年の杉咲さんの作品選びは、とても鋭いなと思いました。
中井:今回の『52ヘルツのクジラたち』は、ヤングケアラー、児童虐待、トランスジェンダーの⼈々に対する差別や偏⾒など、現代社会の問題を重層的に描いています。作品に挑むにあたり、杉咲さんは、撮影の前段階から深く関わっていったと聞いています。具体的には、どのようなことをされていたのでしょうか。
杉咲:様々な痛みを描いている作品だからこそ、この物語のどこに重点を置いて描き/届けていくのか、という価値観のすり合わせを⾏いました。(作品出演の)オファーを受けたときは、まだ作品の⽅向性が定まっていない時期だったので、⾃分が参加できるかどうかも含めて、制作側の現在地や⽬指している⽅向性を確認していたんです。私は、⼩さなト書きやたった⼀⾔のセリフで作品の⽅向性が崩れてしまいかねない、という緊張感を抱いていました。たとえば、ある事象に対して、それを起こした⼈と起こされた⼈、そしてその状況を⾒つめている⼈がいます。それぞれが、その事象に対して何を思っているのかを描き切る必要がある、といった観点から、⼈物造形を深めていきました。(原作の媒体である)⼩説は⾔葉を尽くせるものだと認識していますが、映像表現では、上映時間を2時間前後に収め、時には⾔葉を発することができない展開もあります。その上で、結論に⾏き着くまでに、登場⼈物たちがどういう感覚で物語を過ごしてきたのかを、観客に理解してもらえるように描かなければいけません。だからこそ、原作がどのように脚⾊されていくのか、とても気になっていました。
中井:監督やプロデューサー、制作チームとは、具体的にはどのようなお話をしましたか。
杉咲:主に、横⼭和宏プロデューサーと成島出監督、エグゼクティブプロデューサーの松下剛さんも交えて、話し合いを重ねていきました。当時はまだ、私が演じる貴瑚役のオファーしか⾏われていない段階だったので、キャスティングにおいて、安吾という役をどなたが演じるのか、ということも気になっていました。その役を演じるのがトランスジェンダー男性の当事者の⽅なのか、そうでなければ誰に託すのか、多くの議論がありました。そして、映画を作ることだけが観客に届けることではない、と私は思っています。あらすじにどこまでの内容を組み込んでいくのかなどの詳細も含めて意⾒交換を続けました。この映画は、とても繊細な領域にタッチした作品だと思うんです。だからこそできる限り安⼼できる状態で観客に届けていく責任があるのではないかと。そのためにはセンシティブな描写があることを伝えていく必要性も感じ、トリガーウォーニングを⾏うことにもなりました。ポスタービジュアルに関しても、⼀番最初の情報として受け⼿に⾶び込むものだと思うので、何を伝えたくて、誰がどのような構図で撮るのかもとても重要で、それらに対しても議論を尽くしました。
中井:一定以上の規模感の商業作品で、ここまで深く具体的に関与していく俳優は、現状ぼくが知る限りでは、国内にはあまりいないように思います。海外であれば、たとえば『バービー』(2023年)で主演のマーゴット・ロビーがプロデュースに参加しているように、俳優が俳優以外の役割を兼ねるケースとして、プロデューサーや製作総指揮に名を連ねることにより、権限を広げている場合はあります。
杉咲:私個⼈としては、そのような関わり⽅をされている⽅と出会ったこともあり、もともと尊敬を抱いていました。しかしそれは、やはり⼀般的な体制ではないし、こういった形で表⽴って話すような機会も少ないことだと思うんです。そういった意味で、このようなケースは⾃分⾃⾝でも珍しいことだと認識しています。従来は、制作側が脚本について精査をし、俳優はカメラの前に⽴ってお芝居をするもの、という割り振りがスタンダードだったと思いますが、今回のように、その垣根を超えることを受け⼊れてくださる体制があることを新鮮に感じていますし、本当に感謝しています。そして今回は⾃分だけでなく、成島監督をはじめ、横⼭プロデューサー、アソシエイトプロデューサーの新⽥晶⼦さん、脚本協⼒の渡辺直樹さん、トランスジェンダー監修の若林佑真さん、LGBTQ+インクルーシブディレクターのミヤタ廉さん、インティマシーコーディネーターの浅⽥智穂さんも含めて、皆が⾃分の役割だけではなく、ひとりの⼈間としてこの作品をどう捉えているのか、意⾒交換する時間が⼤切にされていたんです。それによって、⾃分だけでは気付けなかった多種多様な視点をもらって、作品がブラッシュアップされていくことを感じていたし、そんな現場のあり⽅はなんて健全なんだろう、と思いました。この先も、そういった柔軟な制作体制が浸透していったら良いのではないかなって、私は思っています。
中井:アメリカでは各職域にギルド(組合)があり、自分の領分を超えてどんどん作業をすると衝突が発生します。それは、個人の権限を侵してはならない、という考え方があるからですが、ぼくは、それも時に善し悪しがあると思っています。映画をひとつの船として捉えるならば、嵐が吹き荒れて船が沈むか否かの大変なときに、「いや、自分は料理長だから関係ないよ」みたいな顔はしていられないじゃないですか。この『52ヘルツのクジラたち』という船が、港からお客さんのいるところに良い形で届くように、キャストやスタッフのみんなが一丸となってそれぞれの範疇をも超えてチャレンジしたんだ、ということを深く理解できました。
中井:先ほど、浅田智穂さんのお名前が上がりましたが、近年インティマシーコーディネーターの存在が、日本でも普及してきている印象があります。この作品に浅田さんが加わることになったきっかけを教えてください。
杉咲:私がオファーをいただいた段階で、既に浅⽥さんの起⽤は決まっていました。成島監督とは以前『ファミリア』という作品でご⼀緒されていて、そのご縁があって今回も参加されたと聞いています。
中井:杉咲さんは、浅田さんからどのような支援を受けられたのでしょうか。
杉咲:インティマシーコーディネーターとご一緒すること自体が初めてだったので、何もかもが画期的でした。これまで現場で、俳優の肉体的、精神的なケアを主な役割とされる方はいなかったんです。自分ができない/やりたくないと思うことを素直に提示してもいいんだ、という驚きがありました。たった一言のト書きやセリフから、まずはインティマシーシーンにするかどうかの選択肢を与えてくださるところから始まりました。そして、インティマシーシーンになったところ、たとえばキスシーンだったら、どこまでの温度感でアプローチしていくかを、映像資料を交えてOKラインを作っていくんです。現場が始まってからも、「撮影当日になっても、俳優はノーと言える権利があるんです」と言っていただきました。個人としての意思を尊重しようとしてくださることの、なんとありがたいことか、と感じました。浅田さんがいてくださるだけで安心感があるし、それによって現場もスムーズにクローズドな環境が作られていくんですよね。何度もできるシーンではないし、ひとりの人物を大切に捉えていく時間なんだという認識で緊張感が生まれることも、現場にとってとても良い作用を生んでいたのではないかと思います。
中井:素晴らしいですね。昭和の頃から、日本映画界でも「体当たり演技」といった正直よくわからない評価のもと、俳優に無理を強いるような悪しき伝統がありました。先日、『夜明けのすべて』(2024年)の取材で三宅唱監督にインタビューした際に「ぼくにとって性愛描写は心が動く場所じゃない」といったお話を伺い、今の映画の中に、本当に必要のある性愛描写って、はたしてどれくらいあるんだろう、と改めて考えました。日本にインティマシーコーディネーターが登場したタイミングから、そのことをより深く考えるようになりました。演じる方々の人権がきちんと見つめ直されなければいけない時代だと強く思います。
杉咲:そうですね。そういった意味でも、本作は関わる⼈々に対して尊重のある、優しくて建設的な現場でした。
中井:本作に参加しているLGBTQ+インクルーシブディレクターのミヤタ廉さんについても伺いたいのですが、ミヤタさんとご一緒した経緯と、ミヤタさんから学んだことを教えてください。
杉咲:私が本作のオファーをいただいてから、どのように向き合っていけば良いのだろうかという壁に直⾯していたタイミングで、『エゴイスト』(2023年)を拝⾒しました。この作品には、LGBTQ+インクルーシブディレクターやインティマシーコレオグラファーといった、これまで⾒たことのない肩書きを持つ⽅が参加されていて、⾮常に真摯に作られた映画なんだということを、さまざまな記事から感じていたんです。その時に⾃分⾃⾝が⼤切な気付きや影響をいただいたからこそ“こういう形でもの作りが⾏われていました”ということをメディアで発⾔していく⼤切さを感じました。なぜなら私は、傲慢かもしれませんが、この作品での制作体制や、受け⼿から⽣まれる感想や議論などに対する気付きを、今度はこの先作られていく作品へ橋渡ししていきたい気持ちがあるんです。
『エゴイスト』にも、性的マイノリティの登場⼈物がいました。『エゴイスト』の松永⼤司監督とは、以前『トイレのピエタ』でもご⼀緒していたので、劇場を出てすぐ、どのように映画が作られていたのかをお聞きして、当時⾃分が不安だったことを相談しました。すると「ミヤタさん、いつでも紹介するよ」と⾔ってくださったんです。そこでまず、ミヤタさんにお電話で当時の状況をお伝えしました。ミヤタさんが、この物語をどのように感じるかを聞きたかったんです。インクルーシブな視点からこの作品に何が必要だと思うかをお聞きする中で、プロデューサーの横⼭さんともお話しして、ミヤタさんにも現場に⼊っていただくことになりました。
ミヤタさんはプロフェッショナルとしての知識や情報をもとに、マイノリティにもマジョリティにも、この物語を届けていくためにはどうしたらいいのか、ということを突き詰めていってくださり、数々の豊かなアドバイスをくださいました。ミヤタさんの視点には厳しさと鋭さがあって、本当にハッとさせられるんです。さらに、クィアな表象に関わらず、作品全体を俯瞰した意⾒も多くありました。たとえば、この物語を掘り下げていくことで、既存のコミュニティや価値観への問いかけになるんじゃないか、ということや、トランスジェンダー男性という⽴場や経験はもちろんベースにありつつ、安吾個⼈の感情を描くことが⼤事なんじゃないか、といったご意⾒をいただきました。
中井:描かれる個⼈を過度に⼀般化しないように、ということですね。
杉咲:そうですね。
中井:大変お恥ずかしながら、ぼくは今回、LGBTQ+インクルーシブディレクターという肩書きを初めて目にしました。LGBTQ+インクルーシブディレクターの役割とは何でしょうか。
杉咲:本作では、クィアな表象について、包摂的な視点から、どのように物事へと落とし込み、観客へ届けていくことがベストなのか?を⼀緒に探していってくださいます。
中井:その点では、俳優の若林佑真さんが、トランスジェンダーをめぐる表現の監修としても作品に参加されています。若林さんは、この作品においてどのような役割を果たされていたのでしょうか。
杉咲:主に安吾という⼈物をどう描いていくか、そして時代の価値観は変わり続けているからこそ、今の時代にこの作品を届けていくにあたって、どのように表現していくのがベストなのかということを、⼀緒に考えてくださいました。ひとつのセリフであっても、「てにをは」までも神経を注いで、安吾という⼈物を突き詰めていく。その熱量はすさまじかったですし、佑真くんなくしてこの作品が完成することはなかった、と思うんです。当事者だからわかる気づきというものがあって、⾮当事者が想像だけで描けるような物語ではないと思うんです。安吾を演じた志尊くんと⼆⼈三脚で、安吾の⼈物造形を深く掘り下げていらっしゃいました。撮影に⼊る前も、東京レインボープライドに監督や横⼭さんと⾏かれたり、志尊くんとトランスジェンダー当事者の⽅の経営するバーに⼀緒に⾏って意⾒交換をされたようです。
中井:ここまでお話を伺ってきて、杉咲さんがこれだけセンシティブなテーマの映画化においての懸念を持ち、⼼を配りながら、作品ができるだけベターな形になっていくよう動いてこられたことを前提に、先ほどお話に出た「当事者性をどう考えるか」という点は、もう少し伺いたいです。
当事者じゃないけれども当事者を演じなければならない場合、俳優の演じる能⼒とは全く違うところで、何かしら影響を及ぼすこともあるだろうと思います。しかし、今回、トランスジェンダー監修で若林さんがきっちり⼊られて、志尊さんとそこまで深く⼆⼈三脚で⼀緒に歩むことによって、できるだけ当事者に寄り添えるような表現になっていた、ということが素晴らしいと思いました。
杉咲:撮影中、私は祈るように⾒つめることしかできなかったのですが、この作品に取り組むにあたって、志尊くんにとっての佑真くん、佑真くんにとっての志尊くんが、互いに救いのような存在だったのではないかな、と感じていました。本作で志尊さんが演じた安吾は、本当に素晴らしかったと思いますし、⾝を捧げて演じていた姿に、⼼から敬意を抱いています。
そして同時に、当事者が演じられる環境が広がってほしいという思いも、私の中に確かにあります。ひとりでも多くの⼈に作品を届けていきたいと考えると、もちろん実績や知名度のある俳優が起⽤されやすいとは思いますが、そもそも影響⼒を持つ俳優にどうして当事者が含まれないのか。それは、当事者に実⼒がないのではなく、当事者が活躍できる環境が整えられてこなかったからで、映像業界側の問題だと思うんです。だからこそ、この先、当事者が活躍できる場がもっと増えていってほしい、という思いを持っています。
中井:そうですね。状況は一気には変わらないかもしれないですが、段階的に少しずつ変化すると思います。杉咲さんが今おっしゃった課題認識を、心ある人はおそらくみんな持っています。アカデミー賞も元々は、会員属性が白人男性9割という世界線でしたが、年々、多様性を求めていく状況になっている。日本もきっと変化していくだろうし、そのために、今この取材で伺っている内容を、世の中にきちんと伝えていかなきゃいけないと思っています。なぜなら、映画の画面の内側に映ってるもの以外のことは、なかなか人には伝わらないと思う。だけど、かなり大変な中、こうやって非常に丁寧にメディア対応をすることで、画面には映らない映画の裏側に確かにある、「きちんと考え抜き、できることから変わろうとしいてるんだ」という作り手の意志や行動を発信することには大きな意味があると思います。
杉咲:ありがとうございます。私もそう思います。
<『52ヘルツのクジラたち』杉咲花インタビュー後編へ続く>
取材・文・編集:中井圭(映画解説者)
撮影:熊谷直子
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<本作をめぐる表現について>
映画『52ヘルツのクジラたち』製作にあたり、下記の監修者が参加しています。
■トランスジェンダー監修:
脚本から参加し、トランスジェンダーに関するセリフや所作などの表現を監修
■LGBTQ+インクルーシブディイレクター:
脚本から参加し、性的マイノリティに関するセリフや所作などの表現を監修
■インティマシーコーディネーター:
ヌードや性的な描写において、俳優の同意と⼼体の安全を守りつつ、監督の希望する描写を最⼤限実現するサポート
また、作品および本稿の、より正確な理解のため、以下の説明を記載します。
■トランスジェンダー:出生時に割り当てられた性別と性自認が異なる人
■トランスジェンダー男性:出生時に割り当てられた性別が女性で、性自認が男性の人
■アウティング:本人の性のあり方を、同意なく第三者に暴露すること
■ヤングケアラ―:本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っているこども(こども家庭庁HPより https://kodomoshien.cfa.go.jp/young-carer/about/)
■児童虐待:親や親に代わる教育者などが子どもに対して行う身体的・心理的・性的虐待及びネグレクト(認定NPO法人児童虐待防止協会HPより https://www.apca.jp/about/childabuse.html)
■DV(ドメスティックバイオレンス):配偶者や恋人など親密な関係にある、又はあった者から振るわれる暴力(男女共同参画局HPより https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/dv/index.html)
■クィア:もともとの英語(Queer)は”奇妙な”⾵変わりな”という意味で、かつては性的マイノリティへの蔑称として使われていたが、現在では「ふつう」とされる性のあり⽅に当てはまらない⼈を包括的に表す⾔葉として使われている
■東京レインボープライド:性的マイノリティの権利や尊厳を求め、多様な性を祝福する⽇本最⼤級のイベント
■トリガーウォーニング:フラッシュバックに繋がる/ショックを受ける懸念のあるシーンが含まれる旨の警告
本作には、フラッシュバックに繋がる/ショックを受ける懸念のあるシーンが含まれます。
ご鑑賞前にこちらをご確認ください。
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