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イギリスのパブと飲酒文化【連載・佐藤玲のロンドン滞在記】

中学生の頃から芝居の世界に入り、現在映画やドラマ、舞台まで幅広い場で演技を続ける佐藤玲。2023年からは俳優としてだけでなくプロデュース業として作品づくりに関わったり、ワークショップを企画したりと、さらに演劇の輪を繋ぐ活動を広げている。『あしたメディア』では、現在ロンドンに短期留学中の彼女からレポートを寄せてもらうことにした。

この連載では、彼女の真っ直ぐな目線を通して見えてきたロンドンの現状をもとに、その背景を紐解き、社会との繋がりや、日本との違いについても考えていく。この旅が人生のターニングポイントと語る彼女の等身大な姿も、同時にレポートする。

これまでの記事はこちら

イギリスのパブ文化

皆さん、お酒はお好きですか?

私は近頃、嗜む程度ですがお酒を飲む機会が増えました。30歳までに飲んだお酒の量はきっと缶ビール1缶にも満たない私ですが、お食事ごとにお酒を合わせてみたり、お酒のことを話しながらそして飲みながら楽しい時間を共有すること、とっても素敵な時間の過ごし方だなと思います。

さてそんなお酒初心者な私ですが、イギリスのパブにはすでに何度か足を運びました。というのもイギリスはパブ発祥の地。街中のいたる所にパブがあります。それはコンビニの数を上回るのではないかというほど。パブはイギリスの文化の1つとも言える象徴的な存在です。

Fashion and Textile Museumにて、The Fabric of Democracy: Propaganda Textiles from the French Revolution to Brexit展で見たスカーフ。パブのシーンが描かれている

実際にパブに行ってみた

2024年1月20日(土)、とあるパブへ。

17:30だというのに超満員で、人がひしめき合っています。ぎゅうぎゅうの1階を抜けて地下へ行くといくつかテーブルがあり着席。常連客たちは立ちながら飲むのが好きな様子で、いつもパブの周りの外壁に沿って立ち飲みをしています。

土曜日だから混んでいたのでは?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、イギリスの飲み始めはいつも17:00過ぎ。定時にお仕事が終わってそのままパブへ、そして20:00頃には一度お店から人が減ります。会社員たちはサクッと飲んでお家にきちんと帰るようです。

そのあとは夕食を終えた人たちが入れ替わりで二次会として利用するような雰囲気。お店は23:00頃に閉店するところが多く、日本の"飲み"スタイルとは大きく違うように思います。もちろん深夜2:00頃まで空いているお店もあります。都心部では2:30ごろまで終電があり、始発は4:00過ぎにはあるので遅くまで飲み明かす人が多くても不思議ではないのですが、古いイギリス文化では、みなさん夜はお家に帰るようです。

こちらは世界最古のパブと言われているお店「Ye Olde Cheshire Cheese」。歴史を感じる店内の雰囲気で、ここではたくさんの種類のビールが楽しめます。

ハリーポッターに出てきそうな薄暗い照明で雰囲気のある店内。こちらではイギリスの伝統的なお食事も楽しむことができ、以前もクリスマスのときにお話しした"プディング"の種類でもある、Traditional Steak & kidney Suet Pudding などもあります。

先ほどの店とは少し雰囲気の違うこちらは「The Old Bank of England」というお店で、その名の通り元は銀行だった建物を改装したパブ。この2軒は比較的近いのでハシゴ酒を楽しむこともできます。

こちらはパブではないのですが、フードコートのような施設の「Mercato Mayfair」。観光名所の1つになっている教会のセントマークスチャーチを改装しています。祭壇の辺りにバーカウンターがあり、そこでお酒を購入したり、また別のお店でお食事を購入したりできる、まさにフードコート。フードホールと言うようです。皆さんお酒と一緒にそれぞれ好きな食事を楽しんでいました。

イギリスにおけるパブ

パブは、パブリック・ハウスの略なんだとか。飲み屋というよりも社交場という方が意味合いが強く、催し物の開催をしたり、朝からオープンしたりして、日中は軽い食事やカフェとしても利用できるお店も多いようです。

例えば、曜日ごとに様々な催しを設けているパブがあります。とあるお店の例だと火曜日 はQuiz Night、水曜は KARAOKE Night、木曜日 Poker Nightなどなど。

ロンドンのパブに貼ってあった、催しの案内

平日に人を呼び込む商戦としても役立つようですが、パブの語源を調べてみるとこういった催しにも意味があることが分かります。

パブの歴史は、9世紀頃エール・ハウスという名称でエールビールを売る居酒屋のようなスタイルのお店から始まります。その後、11世紀には中世の都市の発展と旅行者の増加に伴ってインと呼ばれる宿泊施設が街道沿いに並ぶようになりました。このインとエール・ハウスが今日のパブの走りと言えるようです。そして、パブという略称が文献に現われたの1865年頃とのこと。イギリス国民とパブ…ひいてはビールとのつながりが非常に強いことが伺えます。(※1)ビールについて触れてしまうと記事がとんでもない分量になってしまうので、今回は割愛させていただきます。

※1 参照:パブとエールの素敵な関係 〜イギリスとビールの歴史〜
https://www.british-made.jp/stories/gourmet/202208040054421

サイダーはお酒?

ビールについて深く触れない代わりに、サイダーと呼ばれる人気のドリンクについて少しだけ紹介したいと思います。

こちらでのサイダーは、シードル、つまりリンゴの果汁から作られるお酒のことを主に指すようです。リンゴ以外の果実から作られたサイダーもあり、アルコール度数が比較的低くジュースのように飲みやすいことも人気の理由。サイダーと聞くと日本では、ノンアルコールの炭酸飲料を指す傾向にありますが、イギリスだと別物。代わりにノンアルコールの炭酸飲料はfizzy drink、carboznated drink、pop、sodaなどと言います。とにかく、イギリスでノンアルコールの炭酸飲料を購入したい場合はサイダーというのは間違いであることを覚えておくのがベターかなと思います。

アップルサイダーもビールも、味やアルコール度数にかなりの種類があるので、パブでトライする際にはハーフパイントから注文して好みのものを探すのもアリかもしれません。

お酒を飲めない人のために。

ところで、モクテルという言葉をご存知ですか?少し前から流行り始めたこの言葉。ノンアルコールのカクテル、という意味です。

例えば、お酒のモヒート「ジン・ソーダ・ミント・ライム」で構成されているカクテルですが、モクテルバージョンの一例としては、「トニックウォーター・ミント・ライム」があります。こうやってお酒の部分をノンアルコールの何かで代用するのです。これはお酒を飲むことができないタイミングやお酒が合わない体質の方には、素敵な商品ですよね。

モクテルという名称でなくてもノンアルコールのドリンクは色々とあります。冒頭でお話ししたパブではこんなメニューが。私はジンジャービールを注文しました。

味は、ビールテイストのドリンクに、ウィルキンソンジンジャエール辛口の後味だけを追加したような雰囲気。甘味はほぼなく、スッキリとしていて飲みやすかったです。

日本の居酒屋文化とは異なるイギリスのパブ文化。サクッと立ち寄り、一杯飲んで帰るから立ち飲みで構わない…としながらなんだかんだ何時間も立って飲み続けるイギリス人のパブ好きがとてもかわいらしく思えます。また、お酒が飲めない人にもソフトドリンク・モクテル・カフェメニューと色々揃っているところも素敵だなと思います。

イギリスのお酒のお値段

ちなみに、ハーフパイントから注文することができるお店が多いものの、1パイントのオーダーが基本の様子。1パイントは約570mlです。多いですね!コスパが気になるところ…。

私が行ったパブでの価格は1パイントのギネスビールで£6.9。2024年2月4日(日)時点で £1=187.397円なので、一杯約1,239円。日本の中ジョッキに換算すると1,000円ほどでしょうか。330mlの瓶のコーラは約663円でした。しかもここからチャージが入るので、お酒をたくさん楽しみたい人はパブのみならずコンビニなどで瓶ビールを購入するのも手だと思います。もちろんサーバーから注いだお酒の方がおいしい!という声もあるので、一概には言えませんね。

コンビニなどで購入できるお酒のお値段についても少しだけ紹介します。

ワインは、一番安いものは約1,000円程度から購入することができ、約2,500円前後のものが多いようです。ビールは中瓶サイズで売っているのが主流で、ヨーロッパ諸国のものも含め常時15種類前後のビールから選ぶことができます。スーパーやコンビニによっては3つで約1,500円弱というようにセット購入が可能。先ほど紹介したサイダーは、サイズによって値段はまちまちながら、ビールよりもかなり安価な印象。ビール中瓶サイズで約280円です。

さらに、スピリッツ系のカラフルなお酒も並んでおり、デザインがかなりかわいいのでお酒とは思えないほど。カクテルは、アルコール度数0.5%のものからあるのでかなり手に取りやすいと思います。一回り大きなリアルゴールドの缶くらいのサイズが多く、値段は約400円強ほど。夏になるとイギリス人達はこういったスピリッツ系のアルコール缶を大量に購入し、氷を入れたグラスに注いでピクニックしながら飲むそうで、コンビニのスピリッツ系の棚はガラガラになるとのこと。パブで飲むビールも、エール系などは常温で飲むので、夏にはシュワっとスカッとジュースのように飲めるお酒が人気なようです。

日本では、キンキンに冷えたビールを飲むことも多いためビアガーデンが流行るほどですよね。お酒の文化が異なるところもありつつ、お酒を冷やして飲むということに関しては各国変わらない点でもあり、非常に面白く感じます。

日本でも近年自宅で割るためのお酒が多く出たり、アルコール度数の低いお酒が人気があったりするのは、体への負担を少しでも軽くできるだけでなく、経済的でもあるという合理的な面で自ずと傾向が高まっているのかもしれません。

それにしてもイギリスでも、日本のメーカーのビールをパブでもコンビニでもよく見かけるので非常に人気があることが分かります。それはエール系の多いヨーロッパのビールと、日本のビールの味わいが異なるからでしょう。とあるパブではノンアルコールのアサヒビールとギネスビールを置いていることを外の看板でアピールしていました。ノンアルコール、おいしいビール、というのはかなり前から日本で開発が進められていたように思いますが、こうやって海を越えて、イギリス代表のギネスビールと肩を並べているのを見るとそのクオリティが認められていることを実感します。

変化する飲酒文化とパブ文化

一方で、イギリスの2017年の調査で、過去10年間で人々の飲酒量が低下傾向にあるというニュースがありました。(※2)記事ではいわゆる"休肝日"を設けることが医学的にも健康維持のために推奨されていますよということが書いてあります。

最近は日本でもアルコールを飲まない人も多いそうですね。アルコール度数の高い缶チューハイやストロング缶は研究者からの「依存度が高い」との指摘もあり問題視されるようになっています。アサヒビールが、ストロング系のアルコール飲料の発売を控えることにしたというコメントを出したのも記憶に新しいです。(※3)日頃からお酒を飲む方でも、モクテルやノンアルコール飲料の台頭はお酒を控えるためにも功を奏するかもしれません。

▼他の記事もチェックまた調べていると、2022年の調査でイギリスのパブの倒産が前年比で8割増しになったというニュースも。(※4)当たり前ですが、経営にはさまざまなコストがかかります。さらにイギリスはかなりのインフレ状態で、今の日本とは正反対ともいえるような状況。当然国内でも買い控えや酒控えが起こり得る状況でありますし、観光客が減るとロンドン市内の飲食店・パブは経営が悪化していくという悪循環に陥ってしまうのかもしれません。

パブが"パブリック・ハウス"を語源としているからこそ、文化的背景からしても倒産するお店が増え続けていることはロンドンっ子からすると悲しい現実です。しかし、私が見る限りのパブは、夜になるといつでも栄えていて、人々が陽気にお酒を楽しんでいるように見えます。1人につき3〜5杯飲むのなんか当たり前。こういうロンドンのパブカルチャーが愛され続け、利用され続ける交流の場として残って欲しいなと思います。

※2 参照: 日本貿易振興機構『節度ある飲み方をする人が長期的に増加傾向(英国)』https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2018/2c13250224aebadc.html
※3 参照:東洋経済ONLINE『アサヒが撤退「ストロング系」はなぜ広がったのか』
https://toyokeizai.net/articles/-/730873
※4 参照:時事通信ニュース『英国でパブ倒産8割増=インフレで客足遠のく』
https://sp.m.jiji.com/amp/article/show/2895089

今回は、イギリスのパブ文化を通して、現在のアルコール事情について考えてみました。最後は日曜日のランチにパブでお酒とサンデーローストを囲んだ日の写真。

ところで!最後に告知をさせてください。

2024年3月15日・16日・17日に、東京のザムザ阿佐ヶ谷にて、"名作に触れる"シリーズ 第1回『江戸川乱歩 短編集』という朗読劇を行います。私のプロデュースとしては2回目となる今回も素晴らしいキャストの皆様にお集まりいただき、私の大好きなミステリー作品に挑みます。美しく緻密な日本語と不思議な物語を、耳で、お楽しみください。

"名作に触れる"シリーズ 第一回『江戸川乱歩 短編集』 2024.3/15-17 @ザムザ阿佐ヶ谷https://r-plays.com/produce/edogawa_rampo

それでは、またお会いしましょう!

 

佐藤 玲
俳優・プロデューサー
1992年7月10日東京都生まれ。15歳より劇団で演劇を始める。日本大学芸術学部演劇学科在学時に故・蜷川幸雄氏の「さいたまネクスト・シアター」に入団し、演劇『日の浦姫物語』でデビュー。演劇『彼らもまた、わが息子』(桐山知也)などに出演。また出演ドラマとして『エール』(NHK)『架空OL日記』(読売テレビ)、出演映画に『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(石井裕也)『死刑にいたる病』(白石和彌)『チェリまほTHE MOVIE』(風間太樹)などがある。2023年3月 株式会社R Plays Companyを設立。初プロデュース作品『スターライドオーダー』(北野貴章)を上演。現在、出演ドラマ『30までにとうるさくて』(ABEMA)がNetflixで配信中。

 

文:佐藤玲
編集:conomi matsuura