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コピーライター橋口幸生氏が特別講義を実施。広告から考える、ソーシャルメディア時代のモラルとは?

2023年10月11日、ビッグローブ株式会社にて特別講義企画「マスタークラス by あしたメディア」が実施された。この企画では、あしたメディアにゆかりのあるさまざまな分野で活躍する方が、ビッグローブ社員向けに講義を実施する。

1回目となった今回は、コピーライターの橋口幸生氏が登場。橋口氏はあしたメディアでも、広告を切り口に、世界中のソーシャルグッドな取り組みを紹介するコラムを連載中だ。そんな橋口氏による「マスタークラス by あしたメディア」第1回目の内容をレポートする。

「知らない」ことで人権を侵害する可能性がある

今回、橋口氏は講義のテーマとして、次の問いを掲げた。「広告から見えてくる、ソーシャルメディア時代のモラルとは?」。この問いの答えを考えるためのヒントとして、橋口氏が最初に挙げた事例は、2022年10月11日「カミングアウトデー」に投稿され多くの批判を集めた、企業のPRポストだ。そもそもカミングアウトデーとは、1987年にワシントンD.C.でゲイ・レズビアンのワシントンマーチが行われ、多くの性的マイノリティの活動団体が生まれるきっかけとなったことを記念して作られた。

性的マイノリティの人々が置かれている現状を鑑みると、このような記念日に企業が的外れな投稿をすることは、避けるべきである。しかし、このような投稿が生まれてしまうことを、投稿者の人間性に帰結してしまうのも問題だと橋口氏は指摘する。

橋口氏「このような投稿をした人が悪人かというと、全然そんなことないと思うんですよね。一生懸命、話題になる投稿を考える中で、記念日に乗っかることは自然なこと。問題は、『知っているか、知らないか』だけだと思います。知らないと、意図していなくても、結果的に人を差別してしまうことがあって、それが誰かの命を奪ってしまうこともある。非常に恐ろしいことです」

橋口氏は、同じような例として「Wi-Fi難民」「ランチ難民」「飯テロ」のような言葉も挙げる。現実世界では、命の危険に晒されている人・状況を指す言葉が、日本では面白半分に使われてしまう場合がある。本来の言葉の意味を知らずに使ってしまうことで、当事者を傷つけるだけではなく、冒頭に紹介した例のように、企業活動にも影響を与える可能性がある。

橋口氏「差別に加担しないため、そして自分の身を守るためには、何がアウトなのか、何は言ってもいいのか、つまりモラルを学ばなければいけない時代になりました」

モラルは「気持ちの問題」ではない

では、モラルを身につけるには、どうすればいいのか。橋口氏は、広告の事例とともに、モラルを学ぶためのいくつかの切り口を紹介した。たとえば、下記のようなものがある。

ヒューマン・ライツ

まず初めに挙げられた事例が、日経新聞に掲載された漫画『月曜日のたわわ』の広告。多くの批判を集めた広告だが、問題点は「人権侵害である」ことだと橋口氏は語る。

橋口氏「こういった賛否両論の議論って、気持ちの問題になりがちですよね。私も勉強するまで、気分や感情の問題だと思っていました。でも、本当は問題はそこではなくて、人権を侵害していることです。制服を着ていて、明らかに未成年のキャラクターを性的搾取の対象として描き、それを公共性の高い新聞に掲載してしまったことが問題なんです。

人権は世界人権宣言で規定されていて、それにのっとって各国が法律を作っている。だから、右派であろうと左派であろうと、法治国家である以上、人権は守らなければいけません」

性的モノ化

次に挙げられたのが、女性を起用した広告の数々だ。たとえば水着姿の女性が登場するビールのポスターや、若い女性が出演する交通安全運動や火災防止運動のポスター、若い女性と中年男性がコンビで登場する選挙広告。商品やイベントなどと関係なく、なぜか若い女性が記号的に使用されている広告が数多くある。このような現状に対し、橋口氏は次のように語った。

橋口氏「女性は生きているだけで性的なモノとして見られてしまう側面があると思います。とりあえず若い女性を出して人目を引こうというのは、女性差別という点でも良くないし、クリエイティビティの点でも良くない。歴史的に、広告は女性を性的記号として描いてきました。それが転じて『女の敵は女』『若い女性は時事問題に興味がない』といったジェンダーバイアスを再生産してきたと思います」

一方で、近年の広告は、現実的な女性の姿を描くことも増えてきている。多様な肌の色や体型のモデルを起用した広告、整った顔のモデルだけではなく一般的な女性を起用した広告、グレーヘアの女性を起用した広告など、自然な姿が描かれる広告が増加しているという。そして、それらの広告は商品の売り上げの面からも結果を出しており、海外を中心に取り組みが加速している。

有害な男性性

女性性を利用した広告が数多くある一方で、男性性を押し出した広告も多く作られてきた。しかし、そうした広告は、「男性は寡黙」「男性は荒っぽい」などといった有害な男性性のバイアスを押し付ける可能性もある。橋口によると、有害な男性性が定着することには、次のような問題がある。

橋口氏「男性だけではもう労働力が足りないので、男性中心の地域や社会は立ち行かないんですよね。でも、女性に家事育児を押し付け、女性が活躍しにくい状況を作り出しているのも男性。DVや性暴力も大半は男性から女性に振るわれている。一方で社会に出て働かなければいけないというプレッシャーから、男性の自殺者や引きこもり、孤独死の多さなどの問題がある。『男らしさ』の有害な部分は男性の不健康や生活の質の低さをもたらしているんですよね」

「おもしろい」「話題になる」より大切なこと

上記にあげた「ヒューマン・ライツ」や「性的モノ化」「有害な男性性」以外にも、「SDGs」「多様性」などの切り口も取り上げられた。いずれも意識が高い人だけが気にするトピックだと考えられがちだが、実際には現実社会・経済に大きな影響を与えている。橋口氏はかつて、市民運動に取り組む知人から言われた言葉を取り上げ、次のように語る。

橋口氏「『市民運動は、すごく力があるけれど、どうしてもスケールしない。 なかなかメジャーになりにくい。そんな時に、広告や大企業の持つ力は大きい。広告や大企業の力をポジティブに使うことについて、自分はすごく前向きに捉えている』と言われました。 こういった捉え方をすれば、広告だってポジティブなものになると思います」

AIの利用も増え始めた現代において、広告やクリエイティブの現場は刻々と変化し続けている。そんな状況の中で、橋口氏は「モラルだけが、人間の仕事になる」と話す。

橋口氏「テクノロジーの時代、AIの時代はモラルの時代になると思います。面白いとか話題になるということよりも大切なことで、モラルがあるかどうかを判断するのが人間の最後の仕事になる可能性があるのではないでしょうか。そんな時代に向けて、日々知識をつけ、間違いが起こらないようにしなければいけないと感じています」

本講義にはオンライン/オフライン合わせて、約300人のビッグローブ社員が参加した。業務に直接的に関わるテーマではないかもしれないが、多くの人が現代社会にある問題や社会を前進させるための視点に関心があることがわかる。

講義の最後には、会場の参加者からもいくつかの質問やコメントが寄せられた。「短期的な結果を求められがちな会社員は、どのように数値的結果と社会的な取り組みを両立すればいいのか?」「過去に、猫の写真を使う際に動物の権利について議論になったことがある」「無形商材を扱う会社では、本業と社会貢献活動を両立させながら展開していくためにはどうすれば良いのか」など。

講義後に質問をするビッグローブ社員

いずれも短期的に解決できる問題ではない。しかし、最後に橋口氏は次のように語り、企業の活動は、ソーシャルグッドと経済効果の両方を目指すことができることを示唆した。

橋口氏「ソーシャルグッドなものやクリエイティブなものは、短期的なリターンがないというバイアスがありますよね。でも、実はそうとも言えないんですよ。たとえば最近、とあるクライアントに販促広告ではなく、ソーシャルなブランディング広告を提案したんです。一見青臭いかもしれないけれど、結果、ものすごく売れたんです。だから、まずは良いと思う取り組みがあるのであれば、やってみるのが大切だと思います」

 

▼橋口幸生氏の最新コラムはこちらより

 

取材・文・写真:白鳥菜都
編集:森ゆり