よりよい未来の話をしよう

小川紗良さんが「とおまわり」でも目指す豊かさ

俳優、映像作家、文筆家などさまざまな肩書で活躍する小川紗良さん。近年は、保育士資格を取り、自身の拠点としてスタートした「とおまわり」では、“ときめく遠回りをしよう”をコンセプトに、読みもの・映像作品・暮らしの道具を届けている。ソーシャルグッドな活動へとシフトしているような印象もある小川さんに、それぞれの活動の背景や、大切にしている思いについて伺った。自身の道を切り拓きながら、他者の声にも耳を傾ける彼女が考える「豊かさ」とはーー。

「表現が好き」から、俳優、映像作家、そして保育まで広がった活動

もともと、今のお仕事を始めるきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

なにかを作ったり表現したりすることは小さい頃から大好きでした。歌を作ってみたり、劇を作ってみたり、絵を描いてみたり。そうやってなにかを作って、身近な大人に見せては褒めてもらっていたのが原点だと思います。

その後高校生になり、文化祭や学校行事のときに映像を撮って学校のみんなに見せたら、喜んでもらえたのも表現にのめり込んでいったきっかけの1つですね。そこから高校在学中に俳優業を始めたことと、大学に入って本格的に映画作りを始めたことで、より広い場で自分の表現を見ていただけるようになりました。

10代の頃から、雑誌、ドラマ、映画、舞台、CMなど、幅広く活躍されている印象があります。

10代から20代前半まではいただいたお仕事をとにかくやってみようと思っていました。でも、雑誌も映像も舞台も、それから映像制作も、いろいろやってきたからこそ20代後半になった今、自分の道を整理したい気持ちが出てきたんです。これからは自分なりに軸を持ってやっていこう、という思いが芽生えたのが最近のことです。

最近は、一見すると表現の世界と少し距離のあるような保育にも関わっていらっしゃいますね。

2019年に鹿児島県阿久根市で撮影した監督作『海辺の金魚』(21)で、現地の子どもたちに出演してもらったのがきっかけです。それまでは子どもと関わることがあまりなかったので現場はてんやわんやだったのですが、真っ直ぐな子どもたちと向き合うなかでコミュニケーションの原点に立ち返ったり、予想外の言動が面白かったり、気付かされることがたくさんありました。

それからちょうど1年が経った頃、出演していたドラマの撮影がコロナ禍の影響で中断してしまいました。そこで一度立ち止まって自分に向き合う時間ができ、子どものことをもっと学びたいという思いが強まって保育士資格を取るに至りました。

これまでのお仕事と保育のお仕事のつながりを感じることはありますか?

ご縁もあり、たまに保育の現場にも入らせてもらっているのですが、俳優業や映画制作と違って保育はケアワークで、かつエッセンシャルワークといわれる分野です。一方で、保育にはクリエイティブな側面もある。子どもたちと絵を描くとか創作をする時間もあるし、ひとりひとり違う子どもたちそれぞれの成長に合わせて、言葉のかけ方や見守り方を日々考える必要があります。絵本や生きものに関する知識も必要ななかで、これまでのクリエイターとしてのキャリアが活かされていると感じる場面も多いですね。なので今後、クリエイターと保育の仕事のマッチングは案外可能性があるのかもしれないと思っています。

子どもたちと関わることで創作への刺激をもらう場面もたくさんあります。宮﨑駿さんがスタジオジブリに保育施設を作って創作の合間に保育の現場を見ていたと聞いたとき、すごく納得しました。1人でPCの前に座って創作するのと比べて、子どもたちと関わると体も動かすし、発見に満ちているんです。

直感を大切に、生き方や居場所は1つじゃないほうが心地いい

さまざまなお仕事を両立させる難しさもあると思います。新たなことを始めるとき、踏みとどまってしまうようなことはないのでしょうか?

むしろあまり踏みとどまれない性格で、やりたいと思ったらすぐに飛び込んできました。よくいえば思い切りがあって、悪くいえば計画性がないんですよね。もちろん飛び込んだあとで大変なこともありますが、私にとっては生き方や居場所がいろいろあるほうが心地いいです。

「俳優の小川紗良です」と1つの在り方で生きるよりも、いくつかの在り方それぞれで刺激を与え合うほうが生きやすい。新しくなにか始めることや複数の仕事を並行することも楽しんでいます。

複数のお仕事の組み立て方はどのように考えているのでしょう。

組み立て方を考えるよりも、やるほうが先かもしれない。本当に直感です。マルチタスクというふうに見ていただくことも多いのですが、実際はシングルタスクで、目の前の1つのことに集中しています。あと、マルチにやろうと思ってこうなったわけではなく、1つ1つやりたいことをやっていたら自ずと広がっていったという感覚ですね。

1つ1つに集中することを続けるために、意識していることはありますか?

日々、ギアを上げすぎないように気をつけています。たとえば「これを絶対にやりきるぞ」と思って無理をして徹夜してまでやったとして、電池が切れてしまったら立ち上がるのがきつくなる。私は基本的に日が暮れたら仕事を終え、夜はおいしいご飯を食べて、次の日の朝、早起きをして仕切り直すようにしています。どこかで区切ったほうが結果的に長続きするという考えです。

自分の拠点を作ることで、作り手も豊かでいられる方法を探る

今年3月には創作の拠点として「とおまわり」を設立されました。背景にはどのような思いがありますか?

自分の活動が広がっていったこともあり、映像業界のいろいろな面を見て、限界を感じることがありました。もちろん素晴らしい作品もたくさんありますが、サブスクリプション型の配信サービスが普及した影響もあって、ハイペースで作品が生み出され、消費サイクルに飲み込まれてしまうような危機感を覚えたというか。人の心を豊かにするための芸術作品を作る人たちの心身が豊かでない、という矛盾を感じていました。

多くの人が夢を持って入ってきたであろうこの業界で、心をすり減らす人がいるようないまの構造に加担し続けるのは嫌だな、という気持ちにもなり、自分の拠点を作ることで作り手も豊かでいられる方向性を探りたいと思いました。

「とおまわり」はコンセプトを考えるなかでふと浮かんだ言葉です。時短や低コストを重視する価値観が根強い今、あえてその流れに逆行して、地に足をつけて、地道でも一歩一歩、自分なりの道を作りたい。私自身、意識しないといろいろやりたくなり、忙しなくなってしまうので、自分への戒めも込めて「とおまわり」をプロジェクト名にしました。

これまできらびやかな世界も経験されてきたと思いますが、その上で現在ソーシャルグッドな活動にシフトしているのも、そのような気づきがもとになっているのでしょうか。

20代前半くらいまでは自分もキラキラしたキャリアを目指していたというか、わかりやすくいったら「売れたい」みたいな欲望もあったんです。でも、コロナ禍を経て気持ちが変化しました。保育やラジオのお仕事で、社会とのつながりや心が豊かでいられる暮らしとのバランスを考えながら、誇りを持って仕事をしている人たちに出会えたのも大きかったですね。

心豊かでいるためには働く環境も大切だなと思っています。たとえば俳優の多くは事務所に所属していますが、基本的には個人事業主なので労働基準法は適用されないんです。作品に呼ばれれば呼ばれるだけキャリアは華々しくなるけれど、スケジュールがハードなことも少なくありません。もちろん、その道を追求することも素敵だと思います。ただ自分は心や体を壊してまで表現するより、1本ずつ、作品にとっても自分にとっても豊かだと思える形で作品と向き合っていきたいと考えるようになりました。

「暮らし」に目を向ける、活動を一度自分の手元に引き寄せる

「暮らし」は近年の小川さんの活動のキーワードのようにも感じます。暮らしに目を向けるきっかけはどのようなものだったのでしょう。

保育士資格を取ったことと同じなのですが、コロナ禍で立ち止まったのがきっかけになりました。それまでは仕事でバタバタしていたけれど、立ち止まらざるを得なくなったとき、暮らしを楽しむことに助けられたんです。ご飯を作って友人と食卓を囲んだり、季節の移ろいに目を向けたり、身近すぎて当たり前になってしまった小さなことをもっと楽しめたら、豊かさや幸せを感じられるんじゃないかと思うようになりました。

「とおまわり」では創作活動のみならず、暮らしの道具の販売もされています。

「とおまわり」で届けているものの1つに、地方の農家さんや職人さんたちを取材して制作している映像があります。そこで農家さんや職人さんたちの思いを届けるだけでなく、実際に手に取ってもらえるものがあると、見てくださる方の暮らしにもっと寄り添うことができると考えて小売業を始めました。

小売業を始めた理由はもう1つあります。今後「とおまわり」では、映像制作や執筆などの芸術家業を1つの軸にしたいと考えているのですが、その他にもう1つ軸を作れないかと考えました。会社のなかに、芸術家業と小売業の2軸があることで、それぞれが支え合える仕組みになればと。

自社の2つの事業で支え合う仕組みを作った背景には、将来的に自社制作で映画を撮りたいという考えもあるんでしょうか。

そうですね。今の日本の映画界では製作委員会方式が主流で、クリエイターではなく資金を出す人たちがさまざまな権限を持っています。そのスタイルだと作品の興行収入も資金を出した人たちに還元されるのでクリエイターにはなかなか還ってこない。それとは違った形で、創作をしていきたいという思いがあります。まだまだ時間がかかるかもしれないのですが、たとえ遠回りになったとしてもやっていきたいです。

今年10月には所属事務所から独立されました。今のお話とあわせて、ご自身の活動に関わることは自分で判断できるようにしたい、というような意志が感じられますね。

事務所に所属して俳優業やタレント業をしていると、自分のコントロールが及ばない範囲や見えない部分がたくさんあります。もちろんそういったところを担ってくださる人たちのおかげで、これまで本当にたくさんのお仕事をさせていただきました。その上で、一度活動全体を自分の手元に引き寄せて、1つ1つに自分で責任を持ちたいという気持ちが出てきました。

時間をかけること、耳を傾けること、そして豊かさのバランスを保つこと

SNSや、ナビゲーターを務めるラジオ番組「J-WAVE ACROSS THE SKY」での発信についても伺いたいです。たとえばSNSでは、告知のみならず日々作ったご飯やフィルムのお写真を投稿されていますが、発信において心掛けていることはありますか?

時間をかけることも大切にしているかもしれません。写真でも文章でも作ってすぐに出すことはできるかもしれないけれど、時間や手間をかけたからこそ届くことがまだまだあると思っています。「ちょっと面倒くさいな」とか「時間がかかるな」と思ったら、あえてそっちを選ぶようにする。それも、遠回りですね。

あとは、とくにラジオで話すときは、なるべく一方的な強者の視点にならないように心掛けています。弱い立場に置かれてしまっている人がいることを常に頭に置いておきたいんです。

Instagramの投稿で「今は自分を見せるより、他者の姿を見つめたり、声に耳を傾けるのが楽しい」と書かれていたことがありました。現代は誰でも簡単に発信ができる一方で、「聞くこと」はより難しくなっているように感じることもありますが、小川さんは「聞くこと」についてどうお考えですか?

最近は自分が話すことより、ラジオでゲストの方やリスナーさんのお話を聞くことに力を注ぐようにしています。他者の思いに耳を傾けることは、巡り巡って自分を見つめ直すことにもなるんですよね。

あと、今の社会はSNSでは誰しも思ったことが言えるけれど、その思いを受け止めてもらえたと感じられる場所は意外と少ないんじゃないかなと思います。たとえば先日、抱っこ紐「Konny」のブランドムービー制作しました。実際のご家庭にご協力いただき、子育てをするお母さん、お父さんのリアルな日常に密着したムービーです。

そのムービーを公開したところ、全国のお母さん、お父さんからたくさんの声が届いたのを見て、それぞれの日々の思いを受け止められるような映像にできたのかな、と思いました。これからも自分が関わる作品やラジオで、そういうふうに「自分の思いが受け止められた」と感じてもらえる瞬間を作れたらいいなと思います。

最後に、小川さんにとって「豊かさ」とはどのようなものでしょうか。

最近、私もよく考えていることなんですけど、経済的な豊かさ、心身の豊かさ、そしてもっと広い視点で見た地球環境の豊かさ、この3つのバランスが自分のなかで上手く取れている状態が豊かだと言えるのかなと思います。

もちろんお金も大事だけど、お金を稼ぐために心身の調子を崩してしまったら意味がないし、お金があって心身が健やかでも環境に悪い在り方だったらやっぱりよくない。だからといって環境のためを考えるあまり自分が無理をするのもよくないですよね。どこか「調子悪いな」と思うときって、3つのどれかが欠けていたり、多すぎたりするときだと思うので、三角形のバランスを意識しています。

たとえそれで遠回りな生き方になったとしても、その過程で新しい発見や楽しいこともあるんじゃないかと思います。結果を追い求めるばかりでなく過程も大切にしながら、自分なりに豊かだと思える生き方を目指していきたいです。

小川紗良
1996年、東京生まれ。文筆家・映像作家 ・ラジオナビゲーター・俳優。2014年より俳優として活動を始め、NHK朝の連続テレビ小説『まんぷく』(2018〜2019)、ひかりTVオリジナルドラマ『湯あがりスケッチ』(2022)等に出演。文筆家としては小説『海辺の金魚』(2021)、フォトエッセイ『猫にまたたび』(2021)を手がけるほか、雑誌やウェブメディアに多数寄稿している。映像作家として初の長編監督作である『海辺の金魚』(2021)は韓国・全州国際映画祭にノミネートされ、劇場公開した。2023年1月からはJ-WAVE「ACROSS THE SKY」にてラジオパーソナリティを務めている。同年3月、新たなものづくりの拠点として「とおまわり」を設立。作品づくりやオンラインストア、イベント等を通して「遠回りだからこそ味わえるときめき」を表現している。

 

取材・文:日比楽那
編集:吉岡葵
写真:服部芽生