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パラレルキャリアを歩む雅楽芸人・カニササレアヤコさんインタビュー

「雅楽 ロボットエンジニアリング お笑い芸人」

一見、なんの繋がりもないように見えるこの3つのキーワードだが、カニササレアヤコさんについて話すとき、これらはどれもなくてはならない大事なピースとなる。

似ても似付かないこの3つの分野を横断して活躍するカニササレアヤコさんは、社会人としてロボットエンジニアの仕事をしながら、2018年のR-1ぐらんぷりでは雅楽器の笙(しょう)を使ったネタで決勝進出。現在は東京藝術大学音楽学部邦楽科で雅楽を学んでいる。

仕事と興味関心のバランスをうまく保ちながら、社会との繋がりを大切にキャリアを歩む姿は、パラレルキャリアを持つ人もそうでない人にとっても、学びたい要素が沢山ある。

舞台に立つ際は高尚な平安貴族姿が印象的な彼女だが、取材に現れた普段着の彼女はとても気さくで、等身大のように感じられた。現在29歳のそんな彼女がいま考えていることについて、お話を伺った。

ずっとお笑い芸人を目指していたとのことですが、これまでのキャリアについて教えてください。

もともと中学生からお笑いが好きで、お笑いに強い大学に入ろうと思って有名なサークルがあった早稲田大学を受験しました。笙を用いた雅楽芸人としての芸風はこのときにできました。自分にしかできない武器を探していたときに、元々趣味でやっていた笙とお笑いを組み合わせてみたんです。大学在学中に養成所に通い、そのまま事務所に入ってお笑い芸人として活動していましたね。

日本の古典音楽である雅楽の管楽器のひとつ、笙。

大学卒業と同時に、在学中にインターンをしていた会社でエンジニア職として就職し、一度お笑いの事務所を退所しました。でも芸人を続けたいという思いはあったので、社会人2年目のときにお笑いの活動を再開し、2018年の「R-1ぐらんぷり」にエントリーしました。すると、笙を使った芸風で決勝に進出することができたんです。そこで、普段は人型ロボットPepper(通称ペッパーくん)のロボットエンジニアとして働きながら、お笑い芸人の活動も並行するようになりました。

笙のケースにはお笑い大会のエントリーナンバーが貼られている。

ペッパーくんとM-1に出たこともあるそうですね!お笑い芸人とロボットエンジニアという全く別の仕事を掛け持ちするようになって、切り替えが難しくはなかったですか?

ロボットエンジニアの仕事も、お笑いに繋がっているなと思うんです。私がエンジニアリングをしているペッパーくんというロボットは、人と喋り、楽しませたりご案内をしたりすることを前提に作られています。そのコミュニケーションスキルがお笑いのお仕事にも活きています。

コミュニケーションの点でお笑いのお仕事とエンジニアのお仕事が繋がるのですね。一方で、伝統的な雅楽と最新技術を使うロボットエンジニアリングは対極にある気がします。

そうですね。実際、雅楽の業界はIT系に長けている人がまだ少なくて、未だにコンサートや集まりの申し込みがハガキで行われていることもあります。だからこそ、自分が仕事で取得してきた技術を活かしたいと思っています。過去には、五線譜を笙のための楽譜に変換することができるソフトを作りました。雅楽や笙は、ギターやピアノと違って、楽譜の数が限られています。でも、笙でクラシックやJ-POPを弾きたい!という人もいる。そんな人のために、変換してくれるアプリがあればいいなと思ったことがきっかけです。他にも、AIで雅楽を作りたいと思っているのですが、現状はそのために私がまずは音を全部打ち込まなければいけない。そこはもっと簡単にできる技術が発達するのを待っています(笑)。


笙でJ-POPを弾きこなすカニササレアヤコさん。

雅楽の分野でも、エンジニアのお仕事が活きているんですね。カニササレアヤコさんのYouTubeを見て、J-POPを笙で弾いてみたい!という人もいるのではないでしょうか。

雅楽を趣味で始める人はまだまだ少ないと思います。でも、意外と始めやすいんですよ。雅楽は日本の伝統音楽として国が助成していることもあり、無料の演奏会があったり、地域のカルチャーセンターや神社、お寺で教室があったりと、体験できる場所は多いです。楽器も、横笛や篳篥だと4,000〜5,000円で買えちゃいます。

雅楽の歌詞は、現代語に訳してみると、今でもあるような何でもない出来事を歌っているんです。紅葉が綺麗だな〜とか、馬が草を食べているな〜、とか。今の私たちでも古臭く感じない、普遍的な感覚を昔の人も持っているんだなと思うと楽しくって。雅楽の魅力のひとつだと思います。

現在は雅楽を学ぶために東京藝術大学に通われているそうですが、どういった経緯だったのですか?

お笑い芸人として笙を用いた活動を続けるなかで、もっと雅楽を世界に広めたいと思うようになりました。そこで実は一度旅芸人になって世界をまわろう!と決意してイギリスに渡航したんです。しかし移住した矢先、世界的にコロナ禍となり外出自粛生活を余儀なくされました。半年くらいそのまま住んでいたのですが、流石にこのままでは何もできないと思って帰ってきて、雅楽を学ぶために大学に入りました。


イギリスに移住するも、外に出られなくなったカニササレアヤコさん。

旅芸人になるという決意もすごいですが、そこから大学生になることも一大決心だと思います。なぜそのタイミングで大学に入ろうと思ったのですか?

コロナ禍でどうしても自宅にいなければならないとき、笙の練習時間が増えたんです。笙の世界が面白くって、より深めたいと思いました。また、外出自粛の生活が明けて演奏会に参加する機会が増え、そこで出会う方々に大学進学を勧められたこともひとつです。私自身、雅楽をより多くの人に知ってもらいたいと思っていたので、そのためにはきちんとした基礎を学ばないといけないと感じました。

もちろん、大学に入ることに不安はありました。お金も凄くかかりますし…。

でも、大学に入った自分と入らなかった自分、どっちが理想の姿で、好きになれるかと考えると、大学に入った自分だったんです。

そのときは勇気がいりますが、カニササレアヤコさんにとって必須の決断だったのですね。現在はどのような大学生活を送っていますか?

いまは週4で大学に通って勉強しつつ、残りの平日1日はお笑い芸人やロボットエンジニアの仕事をしています。午前にエンジニアの仕事をして、午後大学に出て、夜は演奏会やお笑いの舞台に立つこともあります。

大学では、雅楽専攻として笙を深めつつ、合奏や舞、糸ものと呼ばれる琵琶など、雅楽にまつわる様々なことを学んでいます。今後は、琵琶を使ったあるあるとかもやれたらいいですよね(笑)。雅楽は大陸から渡ってきたものなので、資料を辿っていくと世界の神話にたどり着くこともあって面白い。雅楽の背景をより深く探っていきたいです。

通っている大学図書館の退館音楽を笙で生演奏することも。

学業をメインにしながらも、忙しい日々を送られているようですが、大変ではないのですか?

皆さんが応援してくれているのでこの生活を続けられていますね。頭がいっぱいになり、わ〜っとなることも多々あります。でも切り替える時間を作ることを大事にしています。一回全部捨てて旅行するとか、信頼している人と話すとか。結局、自分のことって自分より周りの人のほうが見えている。迷ったときは積極的に人に聞くようにしています。ひとりで悩むより、聞いてみると道が拓けることのほうが多いので、音楽家や芸人の先輩など、その分野において自分より経験がある人に相談しています。

自分自身、人から頼られて嬉しいと思うので、頼るときは頼ります。依存先を増やすことも、ときには大事だなと思います。

あとは、もうやるしかない!という流れを作ってしまいますね。大学を受けると決めたときも、先に周囲の人達に宣言したんです。皆が応援してくれて、楽器を譲ってくれる人もいました。そうやって頑張るしかない状況に自分で追い込んでいきました(笑)。

忙しいなかで、周囲に頼れる環境をつくることは大事ですね。これまでに挫折したと感じる経験はありますか?

うーん。あまり挫折と思ったことはないですね。合わない環境であれば、すぐに別の方法を考えます。エンジニアの仕事でも、新卒で入った会社から一度転職しました。最初の会社は、横にいてもパソコンからチャットで会話が飛んでくるほど、リアルなコミュニケーションのない会社でした。でも、もっとエンジニアとして自分の性格が活かせる場所があるんじゃないかと思い、コミュニケーションの盛んな今の会社を見つけました。今も、お笑い芸人や学業を応援してくださっている会社だからこそお仕事を続けられています。合わないと感じたら、変えてみる。やりたいことを諦めるのではなく、違う環境で試してみるということは大事だなと思います。軸さえあれば、自分のやりたいことを叶える方法は沢山あると思います。

挫折を挫折と思わず、より良い方法を探しておられるのですね。今後やっていきたいことはありますか?

あまり先のことを考えている方ではありませんが、この数年でやってきたことがやっと一本柱になってきた気がしますね。自分がいま、ロボット技術を始めとした最先端のIT業界と、長い歴史文化をもつ雅楽の世界、両方にいることに意味を感じています。色々と種をまいていたことが、やっと刈り取れるようになってきたというか。

いつかコロナ禍で果たせなかった、海外で雅楽を広めることもやってみたいです。吟遊詩人みたいに、ストリートで笙を演奏しながら旅ができたらなと。今の時代キャッシュレスだから、投げ銭とかもうないんだろうな、と思いますが(笑)。やはり、雅楽を知らない人にも、分かりやすく伝えるということは必要だと感じています。そのためにお笑いも雅楽を広めるために大事なエッセンスになっています。

2022年には、次世代を担う「30歳未満の30人」を選出する「30 UNDER 30 JAPAN」に選ばれているカニササレアヤコさん。自分が1年後に何をしているのか分からないと話す彼女だが、築いてきたものが実を結んでゆく様子は容易に想像できる。

不確実な社会のなかで、何をしていれば正解という人生計画は存在しない。

彼女は、自分のキャリアについても、周りの環境においても、依存先をたくさん作ることが大事、と話す。

沢山のことに興味を持っていて、ひとつに絞れないという悩みを持つ人もいるだろう。しかし、振り返ってみれば、それも大切な自分だけの強みになっていくのかもしれない。

 

取材・文:conomi matsuura
編集:日比楽那
写真:服部芽生