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【連載 季節と紡ぐ】第二回 日本草木研究所・古谷知華さんからの便り

日本は世界の中でも数少ない、四季の移ろいを感じられる場所にある。しかし現在、季節感は薄れつつある。適切に温度調整され、一足先の装いが飾られたショーウィンドウが並ぶ街で暮らしていると、今がどんな季節なのかは感じづらいだろう。意識して一度立ち止まって、身の回りの季節について、耳を傾ける時間も必要なのかもしれない。

季節の温度や移ろいには、人それぞれの視点や愛着がある。この連載では、様々な方が日常を通して体感した、季節の便りをお届けする。

今回、日本草木研究所の古谷知華さんから便りを頂いた。古谷さんは、日本草木研究所の活動を通して、日本の野山に分け入り、全国に眠る植生の「食材としての可能性」の発掘を行っている。

今回は、飛騨の山間で見つけた季節の植物について。秋の山には、嗅覚を刺激するたくさんの植物が生い茂っているという。

古谷さんからの、四季の便り〜2023年・中秋〜

富山からゴロゴロ岩が堆積する宮川の渓流沿いを1時間半ほど南下する。飛騨に到着した。

飛騨は広葉樹が自生する天然林が豊富な地域だ。季節は10月頭。紅葉直前の森にひんやりとした空気が流れ始める時期である。日本草木研究所(以下、草木研)という活動をはじめて以来、私たちは全国の山主さんと繋がって、必要な森林資源があった時に彼らに収穫をお願いする。そのひとつに「かつら」という植物がある。かつらは落ち葉の時だけキャラメル香を放ち、その香りを使って草木研は「かつらの落ち葉酒」というリキュールを作っている。出来上がったお酒は、落ち葉が原料になっているのが信じられないほど甘い香りがする。今回飛騨にきた理由の1つが、この落ち葉を去年から収穫してくださっている山主さんに会うことだった。

私がかつらの落ち葉に注目したのは、2021年の秋。飛騨の森ではなく、青森の十和田湖周辺の森でのことだった。森を散策をしていると、突然テーマパークで販売されるキャラメルポップコーンのような甘ったるい香りが漂ってきた。国立公園に指定されている十和田湖周辺にまさかお菓子工場はあるまい....足を進めるごとに香りがどんどん強まるが、その正体が何かは突き止められずにいた。立ち止まりくんくんと地面に近づいてみると、香りはより強まりその正体が一体に広がるかつらの落ち葉だとわかった。調べると、かつらは落葉の際にマルトールというまさに糖がもつ芳香成分そのものを生成し、甘い香りになることが分かった。かつらの落ち葉は、マルトールを発生させることによって他の植物を「除草」しているらしい。人間にとって魅惑的な香りが、他の植物にとっては脅威の源になっている所も趣深い。

赤・茶・黄色がパッチワークのように広がる落ち葉の絨毯。美しくしっとりと冷たい森で、私は思いがけぬ自然の宝物に出会ったのだ。この原体験は、あまりに強烈でロマンチックなものだった。1年のうち森がこのような表情を見せてくれるのは1ヶ月に満たない。その時の感動を伝えたくて草木研はかつらの落ち葉酒を作った。

過去に日本草木研究所より発売されていた、かつらを使ったリキュール

そして幸運なことに、飛騨のかつらの群生地にて、この甘くてロマンチックな落ち葉を収穫してくださる山主さんが見つかったのだ。その名は安江さんである。安江さんは草木研には欠かせない重要人物で、かつらの落ち葉以外にも黒文字はじめ多様な植物を飛騨の森で収穫している。飛騨という広葉樹が広がる多様性のある森だからこそ、少量多品種で様々なものが収穫できるのだ。広葉樹は建材としては人気がないが、食の切り口から見れば宝庫である。

安江さんは私を連れて飛騨の森に入ると、真っ先にかつらの落ち葉を渡してくれた。私は2年ぶりの生かつらの落ち葉との再会に高揚し、やっぱり最高だ...と改めてこの香りを多くの人に伝えられたらと思った次第である。飛騨の森では他にも初秋ならではの収穫物を沢山得た。黒文字の仲間でレモングラス のような清涼感ある香りがするアブラチャンという木の実や、赤く熟した山椒の実、和製アーモンドのようなカヤの実、サロンパスの香りがするミズメの樹皮、よもぎの花。和製ヘーゼルナッツであるハシバミの実は時期既に遅く、発見することができなかったのは残念であった。

広葉樹林はこのように多様な植物が一年を通して咲き、実り、散っていく。自然のサイクルが複雑に混じり合う場所だ。だから熊も年中食糧に困ることはなく、特に冬眠を控えた秋の時期は木の実を中心に養分を蓄えていく。飛騨の森を歩くと、熊たちが木の樹皮を蹴破って(いや爪だ)剥き出しになった樹木がいくつも目に入る。食糧不足により森から街に降りてついには射殺されてしまう熊のニュースを聞くと不便でならない。人工林が増えたことで食不足になっており、彼らだって好きで街に降りているわけではない。飛騨の森はそんな事態に直面している熊たちからしたらきっと移住したい森ナンバーワンだろう。

編集後記・これからの季節に寄せて

かつらから漂う甘い芳香の成分であるマルトールは、緑葉のときは香らず、紅葉の季節になると含量が多くなるそうだ。自然は、パッと眼に映る紅葉の変化だけでなく、香りからも季節の移ろいを知らせていることに驚く。

だんだんと街にはハロウィンの飾りが増えてきた。そんなイベントもまた秋の風物詩だが、それがどれだけの廃棄物を増やすかということも、一度考えてみたい。毎年、ハロウィンで人が集中しごみ問題などに悩まされる渋谷区は、2023年その対策費に4790万円をかけるという。本来ならば、もっと別の仕組みに投資できたかもしれない額が、不本意な対策に使われてしまう。

家でハロウィンのお菓子を作ったり、山に出向いて秋の香りを感じてみたり。そんな秋の楽しみ方のひとつとして、自然環境に想いを馳せてみても良いかもしれない。

 

寄稿:古谷知華
文・編集:conomi matsuura