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音楽イベント「Candlelight」が目指す、誰かにとっての心地よい空間とは

11月21日、渋谷WWW Xでライブイベント「Candlelight」が開催される。出演者は、さらさ、HomeComingsの2組。このイベントは、日本ではまだあまり見られない、手話パフォーマンス、手話通訳つきのライブになっているのだ。

イベントのコンセプトは「こころに豊かさを満たしていく光であり、時に生活に不可欠な灯ともなりうる。誰かにとってのちいさなキャンドルのような時間と空間を」「生活に密接に寄り添う『音楽』を介し『社会性・政治性』を新たに見出すプロジェクト」と銘打っており、他の音楽イベントとはどこか違う空気を感じる。

そこで今回は、Candlelight主催者の廣松直人さんとアリサさんにお話を伺った。このようなイベントを開催しようと思った背景、音楽を介し社会性・政治性を見出すとはどのようなことなのだろうか。

あないすみーやそこさんによるイラストが使われたイベントのフライヤー

あらゆるマイノリティが想定されている空間があってもいいんじゃないか

早速ですが、Candlelightを開催しようと思ったきっかけを伺いたいです。

アリサ:最近、企業がクィアフレンドリーを公言したり、街でそのような記載を見かけたりすることが増えてきていますよね。それは当然、悪いことではないです。

ただ、私がクィア当事者ということもあってか、マイノリティがプラスアルファの存在のように捉えられていることにすごく違和感を抱いていました。この社会で何をするにしても、そもそもその想定に自分が入ってないような感覚です。ただ本来は、「社会で生きているであろう人」のなかにあらゆる存在が想定されるべきだと考えています。

同じような境遇の仲間に出会えたり、自分が想定されていると感じたりする空間もあるんですけど、そういう空間は抗議デモや勉強会が多いんです。そういった場でも楽しい瞬間もある反面、危機迫るなかで声を上げていることも多いので、「安らげる空間」で自分が想定されている場所って少ないなと感じていました。

それらの経験から、あらゆるマイノリティ性を有している人も、歓迎されていると感じられる空間を日常のなかに作れないだろうかと課題感を持ったのが、今回の企画のきっかけです。

廣松:そういう話を2人でしていて、安らげる空間を作りたいと考えていたときに、とある海外フェスの話を耳にしました。客席にいたドラァグクイーンが、レインボーフラッグを掲げて突如としてパレードを始めたという話です。しかも、他のお客さんもフェス関係者もそれを止めることなく、パレードに続いたそうなんです。

音楽フェスは、自由やダイバーシティが担保されやすい場ということもあって、空間を作るのに適しているのではないかと考え、音楽を中心に据えてCandlelightを開催することにしました。

「あらゆるマイノリティ性を有している人が歓迎される空間」を作るためにさまざまな施策を考えていると思いますが、そのなかでも「手話」を取り入れようと考えたのはなぜでしょうか。

アリサ:すべての立場や背景の人たちを考慮できると断言することは、おこがましいし不可能だと思ってます。それでも、自分が想像し得る範囲ではなるべく努力したいと考えているんです。そこから、音楽は聴覚で楽しむことがメインであることから、手話をつける発想が出てきました。

手話つきのライブを実現できると感じたのは、海外のライブや思い出野郎Aチームのライブなど、実現してる人たちの取り組みを目にしたことが大きかったです。あと、自分にとっては身近である抗議デモで、スピーチに手話通訳をつけているのを目にしたことにも影響を受けました。

インタビュー時の廣松さん(写真左)とアリサさん(写真右)

「本来は当たり前であるべきことが、当たり前にデザインされている」空間

安らげる空間でも社会的・政治的なことに思いを馳せるのが可能なことを伝えるのは、今の社会に必要な反面、難しいことだと感じました。そのために何か工夫されていることはありますか。

アリサ:差別に反対してることや社会課題について考えることをCandlelightの1番の価値にしないことですかね。

それはなぜなのでしょうか。

アリサ:それらは当然のこととして社会に存在するべきだと考えているからです。

差別に反対していることや、社会課題について考えることを1番のバリューにして「来てください」っていうのは、冒頭のクィアフレンドリーの企業の話ではないのですけど、違和感があるんです。なので、日常の続きにあるイベントのなかに、「本来は当たり前であるべき差別に反対する姿勢が、当たり前にデザインされている」空間を目指しています。

CandlelightのInstagramで「息をするように『社会的・政治的活動』も私たちの生活の一部に馴染んでいくこと」という記載を拝見しました。そのために、何が必要だと考えていますか。

アリサ:社会について考えることと、自分自身に対するケアの視点を両立させることだと思います。

私はSNSで発信することを通して自分を認知してもらうことが多いのですが、だんだんと抗議の声を上げていないと自分の価値を認めてもらえないんじゃないかという焦燥感を抱くようになってしまっていました。ただこう感じる人って、社会に対して何かしらのアクションを起こしてる人たちのなかには少なくないと思います。

そんなとき、中村佑子さんの『マザリング 現代の母なる場所』(集英社、2020年)という本に出会い、自分自身にもケアの目を向けていいっていうことに気づいたんです。

そのことに気づいてからは、社会について考えるときに、自分の感覚も蔑ろにしないようになりました。社会について考えるとき、自分にとって無理のない方法かも考慮して、選択できるようになってきたと思っています。

アーティストも私たちも同じ社会に生きている、同じ存在だと知ってほしい

ここからはライブ当日の工夫についてお伺いできればと思います。チケットの券種が「一般チケット」と「手話優先観覧チケット」に分かれている工夫を拝見しました。他にもなされている工夫があれば、お伺いしたいです。

廣松:フロアの明るさは工夫しようと考えています。手話を見えやすくすることはもちろんですが、優先観覧チケットの購入者には、歌詞カードを貸し出す予定なので、歌詞カードも見られる会場の明るさを検討しているところです。

また転換アクトのDJには歌詞がなく、手話通訳をつけることが難しいので、選曲理由と併せて、プレイリストの共有をすることを検討しています。

アリサ:他にも、当日のスタッフさん向けのガイドラインを作成している最中です。

どう配慮すれば傷つく人が少なくなるのかをサポートするものになればと思って作っているんですけど、難しい文章になりがちなんです。ただそこは、どういう言葉であれば伝わりやすいかを考え、私たち2人の異なる視点から意見を出し合ってますね。

Homecomings

過去の発信のなかで、「立場によって入れる場所に格差がないよう、ゲスト席も一般席に開放」という記載を拝見しましたが、これにはどのような意図があるのでしょうか。

アリサ:アーティストとお客さんの境界をなるべくぼやかしたい、と思っていることが理由としてあります。音楽以外の芸術にも言えることですけど、壮大な作品を作ってる人を見ると、「作り手」と「受け手」という風に、分けて考えてしまうことがあるなと思っていて。

でも本当はそうじゃなくて、その空間に自分の存在が影響を与えることが必ずあると思うんです。それは、Candlelightの空間でも同じことが言えて、その日のアーティストの演奏に、来てくれるみなさんが影響を与えるはずなんです。アーティストも私たちも同じ社会に生きる、同じ存在であることを感じて欲しいですね。

さらに、発信する側と受け手に分かれてしまうことは、社会全体でも起きていると思っていて、課題だと感じています。

あと少し別の観点になるのですが、仮にゲスト席を設けたとしても、そこに行ける人はある種の特権性を有している人だと思うんです。ゲスト席を設けることは、私たちが課題に感じている社会の構図の再生産になる可能性があるなと思ったので、それは避けるためというのもあります。

自分の感覚を大切にして、自分自身を取り戻すような空間になれば

今回は、さらさとHomecomingsの2組にお声かけしたそうですが、どのような想いからこの2組に声をかけたのでしょうか。

アリサ:さらささんの歌を聞くと、自分が何者なのか、自分がどういう感覚なのかを素直に考えることを許してくれるように感じます。

社会にあらゆる障壁がある以上、社会で生きることに傷つきやネガティブな感情を抱く人は多いと思うんですよね。そんなときに、それを否定せず、揺れ動いていく様も含めて自分だということを体現するさらささんの作品は、多くの人に寄り添っていると思うんです。

さらさ

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Homecomingsさんは、あらゆる人たちが安らかに過ごせるようにという想いを込めて、音楽を届けている点に惹かれて、お声かけしました。

ジェンダーを特定しない歌詞の作り方を含め、1つ1つの楽曲が緻密な意図や背景をもとに作られていて、さまざまな立場の人の、穏やかな日々に対する願いが込められていると思っています。だからこそ聞いたときに「自分のための歌だ」って思えたんです。

あと、Homecomingsのグッズにぬいぐるみがあるんです。バンド社会って男性中心的だと感じることも多いのですが、そんななかでも、有害な男性性から遠い場所にある、ぬいぐるみをグッズとしてつくっていることに、今までどれだけのことを考えてきたかが表れてるなと感じました。

Homecomingsグッズのぬいぐるみ

アーティストの方々にお声かけした背景にも、お2人の意思が反映されているのですね。それらの想いは来場者の方にもきっと伝わると思います。最後に、来場者にメッセージがあればお願いします。

廣松:大前提として、さらささんとHomecomingsさんの音楽は素晴らしいので、2組の音楽を楽しみに来るという目的で大丈夫です。

来てもらえれば、何か持ち帰るものや感じるものがあると思ってもらえることを前提に空間作りをしていますので、気軽に来てほしいです。

アリサ:今回のイベントは、アーティストのファンや、手話つきのライブに価値を見出している人、私たちの取り組みに賛同してくださる人など、いろいろな人が来てくださると思うんですけど、どんな立場の人でも、その場を楽しめたという共通項は見つけられるんじゃないかなと思っています。なので、緩やかに手を差し伸べるような気持ちを持ち合わせてくれたら嬉しいです。

あと、普段は自分のマイノリティ性を理由に傷つくような事象が多い人や、自分のための場所がないと感じている人たちに、安らいでほしいなと思っています。他の人の足を踏まないってことを1番の選択の軸にしたい場所なので、だからこそのびのびと、自分の感覚を大切にして、自分自身を取り戻せるような空間だと思ってもらえたら嬉しいです。

 

イベント情報
live event 「Candlelight」

日程:2023.11.21(火)
会場:渋谷WWW X 
時間:OPEN 17:30 / START 19:00
料金:¥4,500+1ドリンク
チケット:https://eplus.jp/candlelight/

アーティスト:
さらさ(band set)
Homecomings 
中嶋元美(手話パフォーマー) 
Kuniy(手話パフォーマー) 

DJ:
kaolinite

ショップ:
雑貨と本gururi
twililight
vegan cafe PQ’s

アリサ
YouTubeチャンネル<ありさきちゃんねる>で包括的性教育を妹と発信。その後、性やジェンダーに関するテーマを中心に表現活動を続けている。
Instagram:https://instagram.com/arisa_kodomo_

廣松直人
ロックバンドSeukolのギタリストとして下北沢を中心に活動中。作詞作曲、CD流通、主催ライブの企画運営などを担当している。他バンドのサポートギターとしても活動中。
Instagram:https://instagram.com/naro_330

 

取材・文:吉岡葵
編集:日比楽那