よりよい未来の話をしよう

【連載 季節と紡ぐ】日本草木研究所・古谷知華さんからの便り

私たちの住む日本のほとんどは温帯であり、世界の中でも数少ない、四季の移ろいを感じられる場所にある。しかし現在、季節感は薄れつつある。ビルに囲まれ、適切に温度調整された交通機関に乗り、一足先の装いが飾られたショーウィンドウが並ぶ街で暮らしていると、今がどんな季節なのかは感じづらいだろう。意識して一度立ち止まって、身の回りの季節について、耳を傾ける時間も必要なのかもしれない。

この連載では、様々な方が日常を通して体感した、季節の便りをお届けする。季節の温度や移ろいには、人それぞれの視点や愛着がある。今回は、日本草木研究所の古谷知華さんから便りを頂いた。古谷さんは、日本草木研究所の活動を通して、日本の野山に分け入り、全国に眠る植生の「食材としての可能性」の発掘を行っている。

自然や植物に隠れる、その季節ならではの現象や風習について、古谷さんならではの視点で綴られている。ぜひこの夏を思い返しながら読んでいただきたい。

古谷さんからの、四季の便り〜2023年・夏〜

夏の森には青い霞(ブルーヘイズ)がかかるという。確かに夏の森の光線は、青い。柔らかい新芽から固い真緑の葉に移り変わっていくせいで森全体が一層深い緑色となるわけだから、それは当たり前でしょうが、という意見もあるだろう。全く同意である。

けれどこの青い霞はまた別の原理で生じるらしい。これは『調香師の手帖(中村祥二著)』という本で教えてもらったことなのだけれど、葉が成長して大人になると沢山の精油を含み、そして空気中に発散する。精油内に含まれる主要物質であるテルペン”が大気中に漂うと、それらが核となって細かい水滴ができ太陽光をさらに乱反射させ、青が一層強調されるという。なるほど?理科がめっぽう弱いなりにも、色々疑問は湧いてくる説明ではあるが(笑)、まあよいではないか。

さらにこのテルペン物質は、森林浴の効果として挙げられる<鎮静効果>や<中枢活動の活発化>に関与する物質でもあるという。もしや、テルペンが大気中にもっとも放出される夏の森林浴は、段違いに癒しの効果があるのではなかろうか?

加速する猛暑にすっかりうなだれ、家に籠もっているばかりであったが、夏だけの森セラピーの効果を試すには籠ってばかりもいられない。そんなこんなで石川県は輪島のアスナロ群生林までやってきた。なんてことだろう!青い霞が...!(そんな気がした。)前情報によるプラシーボ効果も相まり、東京のストレスは瞬く間に吹っ飛んでいった。なるほど、これが森林浴の骨頂・真夏の森。こうしてGW明けからの長い夏を「冷房の間」に自己幽閉していた私は、輪島の森で身体性と人間性を取り戻したのであった。

私の夏休み記はさておき、せっかくなので森林浴に話を戻そう。世界にはテルペン物質をはじめとする木や葉の中に含まれる有効物質に注目し、積極的に治療としての森林浴を実践する人たちがいる。最近聞いた話で今一番トライしてみたいのが、ウズベキスタンの「肺を浄化する朝の森林浴」である。乾燥地帯に生える「アルチャ」と呼ばれる日本のヒノキに似た植物がウズベキスタンの森には生えており、肺にトラブルを抱えた人達が、このアルチャの森の中を朝陽が昇ると同時に歩く。

なぜ朝かというと、最も植物たちが精油成分を放出する時間だからのよう。植物達が与えてくれる癒しの大気を、胸いっぱいに膨らますことができる施しの時間。そんな神聖な体験があるだろうか。この話と先述を照らし合わせると、夏の朝の森が最も青い霞を出し、体にも良いということになる。ついでにウズベキスタンの話をもう少しすると、アルチャ森の散歩以外にも、草木の力で癒しを与える民間療法の考えが多く存在する。こうした民間療法はライトなプログラムとして全国のスパ施設で提供されているらしい。(ちなみに草木を使った民間療法が今なお盛んな国には共通した特徴がある。それは国民皆保険が無いもしくは最近施行された国だ。あれ…アメリカは…?)

日本人がスーパー銭湯に家族で通うがごどく、病人だけにあらず家族でレクリエーションがてら草木の民間療法を受けるウズベキスタン人。その国民の余暇スタイルを羨ましいと思うのは私だけではないだろう。さすがにウズベキスタンまでは行かぬとも、人工林のおかげでヒノキやスギの立派な森が日本中どこにでもある。木々の元気が減っていき、気温も下がっていく秋までの時期に、朝の森でめいっぱい呼吸をしてみるのはどうだろうか。

日本草木研究所・古谷知華

編集後記・これからの季節に寄せて

人間は、日光を浴びることによってセロトニンを生成するというが、植物は朝の時間帯にもっとも精油成分を放出するという。朝の時間に森林浴をすることは、良いことづくしのようだ。

「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉を知っているだろうか。彼岸とは、毎年3月20日頃の春分と、9月20日頃の秋分のことを指す。夏の暑さも、冬の寒さも、彼岸を過ぎれば和らぐだろうという慣用句だ。

今年2023年7月、国連のグテーテル事務総長が「もはや地球温暖化(global warming)ではなく地球沸騰(global boiling)だ」と述べ話題となった。今後より激しさを増すといわれている気候変動。暑さも寒さもエアコンのスイッチをひとつ押すだけで簡単にコントロールできてしまう現代だが、気候変動の危機を前にした私たちにとっては、季節の変化に目を向けて自然と共に歩む視点を持つことが大切かもしれない。

古くから「二十四節気、七十二候」というように、日本にはそれぞれに二十四、七十二の四季以上の季節の変化を表す言葉が存在している。季節を感じるヒントは、日常に隠れている。例えば秋は「紅葉を見る」「松茸を食べる」といったことだけではなく、「朝のひかり」や「鳥の鳴き声」など、生活の些細なことでも、古来の人々は夏を感じてきた。季節の変化に目を向けて共に歩む視点を持つことも、今の私たちに必要なことかもしれない

二十四節気では、9月初旬を「白露」(はくろ)と呼ぶ。夜の大気が冷えることで朝露が白く濃くなり、秋の気配が感じられる頃だからだ。霜が降りると晴れるということわざがある。

森林浴とまではいかなくとも、木や植物の茂った公園は都会にも多く存在している。

夜更かしして動画配信を見続けたい気持ちもある。だが、熱帯夜に遅くまでクーラーや電気をつける生活では、人間のエネルギーも、電気のエネルギーも限界がある。涼しい時間に、まずは外にでて、朝露を探しにいくのもいいかもしれない。

寄稿:古谷知華
文・編集:conomi matsuura