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「生の私たち」で対話する理由|惠愛由さん・井上花月さんインタビュー

海外ではアーティストが自分の考えや、社会に対する違和感をライブやSNSで発信することが多く、来日時のパフォーマンスでの発言がネットニュースになることも多い。発信方法は楽曲、SNS、ライブパフォーマンスとさまざまだが、この流れは国内アーティストの中でも徐々に増えつつある。

そんななか、「Call If You Need Me」というPodcastの番組に出会った。BROTHER SUN SISTER MOONのベースボーカル・惠愛由(めぐみ・あゆ)と、Laura day romanceのボーカル・井上花月(いのうえ・かづき)の2人が、政治や社会、性、カルチャーなど、さまざまなテーマについて、ありのままの想いを語る番組だ。

言葉になる前のモヤモヤした気持ちまで含めて発信するこの番組からは、「正解は無いんだから、とりあえず語ろうよ」という2人のスタンスが伝わってくる。

何をきっかけにPodcastで発信を始めたのだろうか、Podcastで自分たちのパーソナルな部分を開示するのはどうしてなのか、2人に話を聞いた。

パーソナルな部分を出してくれる人たちに、救われてきた

Podcast収録風景
左:井上花月さん、右:惠愛由さん

元々はインスタグラムで行っていた交換日記を、Podcastに切り替えて番組が生まれたと聞きました。

惠:交換日記を始めたのは、コロナ禍で花月ちゃんと気軽に会えなくなりそうだなと思ったことがきっかけでした。会えなくなるけど、話したいことは山ほどあるし、2人の会話を記録したいよね、って話してたんです。コロナ禍で何を考えていたか、何をしていたかを記録しないと、この時間のことはいつか忘れてしまう。それがどうも心許なくて。

私の感覚として「書く」と「話す」の違いって結構大きくて。書くのは時間がかかるし、色んなことを考えてしまう。それよりも、あまり意識が介在することなく言葉が出てくる「話す」方が次はいいんじゃないかって。

井上:パーソナルすぎる内容や人間関係のことを書いて発信するのはハードルが高いのですが、Podcastだと最初の一歩が踏み出しやすかったですね。

国内のアーティストで、言いづらいことやパーソナルな部分を発信している人はそこまで多くはないと思うのですが、Podcastでそれらの内容を発信するのはなぜなのでしょうか。

井上:ある意味で弱さとも言えるパーソナルな部分を出してくれる人たちに、私たち自身救われてきていて。私たちもそういう風に語りだしてみようと思ったんです。

惠:Podcastは私たちのセーフスペースだよね。自分たちは変わり続けていく存在だから、この年はこの話をしてたんだっていう日常の記録をしたい。そのなかで、パーソナルなことも話している、ただそれだけなんです。

でも、そんな私たちのセーフスペースが、誰かにとっての安心な場所になったらもちろん嬉しいなと思っています。聞いてくれている人たちと手をつなぐ感覚というか。リスナーの方がお便りをくれたときにも、友だちの話を聞くみたいに真剣に考えていますね。

一緒に考えてくれる人がいるって確認したい

Podcastを始めたことで、アーティストとしての活動に変化はありましたか。

井上:とくにはないですね。それは「アーティストとしての私たち」ではなくて、「生(なま)の私たち」として始めたからだと思います。“たまたま目の前にマイクがあって、話をしている・聴いているのが私たちであるだけ”って感じだよねって、よくPodcast内でも言っていて。「誰もがきっと同じように考えたり悩んだりしてるよね」という感覚で発信しています。

アーティストとリスナーの関係というよりは、ただ生の私たちがそこにいる、そのうえで、もし誰かにとっての話し相手になれるのなら嬉しいですね。

井上花月さん

惠:番組に届くお便りはパーソナルな内容ばかりで、みんなの人生を目の当たりにする瞬間が多くあります。私たちの会話がきっかけで、人生の舵をこう切ってみることにしました、みたいな手紙をいただくこともあります。

Podcastを介して、私たちの人生と誰かの人生が接続されていく感じもあるし、接続先が無限に広がっていくのはわくわくしますね。

どこかタブーと思われがちな選挙やジェンダーの話も積極的にされてますよね。ただ、現実に、世の中の“当たり前”はなかなか変化しないものだと思っています。それでも発信を続けられるのはなぜなのでしょうか。

井上:たぶん、「何かを発信すること」が先にあるんじゃなくて、自分がふだん生活の中で悲しかったり、怒ったり、疑問に思ったりすることを「友だちと話したい」という気持ちが先にあるからだと思います。

惠:うん。政治やジェンダーの話って、話し相手やコミュニティによって話せる内容が変わりますよね。たぶん、話したくても周りに話せる友だちがいない人もいると思います。そういう人が、私たちと話すような感覚でPodcastを聞いて、時にはお便りをくれるのかなって。誰かにとって、自分の考えを伝えてもいいと思える場所になれているのかも、と思うことはあります。

ただ、それは私たちのためでもあるんですよね。

お手紙をくれる人がいること、聞いてくれる人がいることは、結果的に私たち自身のセーフスペースを広げることにつながっていて。「自分たちが考えたいことを一緒に考えてくれる人がいる」って確認できる場所なんです。それはすごく心強くて。そんな存在がいること自体が、発信を続ける原動力になっていると思います。

惠愛由さん

相手のパーソナルな部分にも共鳴する

自分たちのセーフスペースが広がることが、誰かにとってのセーフスペースにもなり、結果的に誰かが救われることになればいい、という感覚でしょうか。

井上:そこまで大それた気持ちではやってないです(笑)。

一同:(笑)。

井上:やっぱり「自分たちのためにやってる」っていう方が1番正直な気がするし、実際そうだし。

惠:そうだね。自分たちのためのセーフティネットを、何重にも張り巡らせる感覚というか。でもその網が、落っこちそうになった誰かをぽよんってキャッチすることはあるかもしれない。

私たちにはアクティビストのような冠がついていないけど、だからこそ開ける、親密で安全な場所というのもある気がしていて。

パーソナルな話は具体性が高いからこそ、どこかで自分と重なると思うんです。全く違う悩みを抱えていたとしても、話を聞くことで心が軽くなるのではないかと思いました。

惠:ヴァルネラブル(※1)な人たちにずっと救われてきました。その理由って、私たちは人の話を、自分の話として聞くからだと思うんです。

私のパーソナルな話は、どこかで相手のパーソナルな部分にも共鳴する。それがきっかけで、自分の中で言語化されていなかった感情や思いが言葉になることもあると思います。

※1 用語:無防備な状態、傷つきやすい状態を意味する。

自分の内側を人にさらけ出して対話することを難しく感じる人も多いと思います。その一歩を踏み出すために何が必要なのでしょうか。

井上:相手に受け入れられるかが怖いんだと思うけど、それでもやっぱり「無防備でいること」「自分のことを話す」ことですかね。

損得勘定が前提の関係、みたいなものが世の中に蔓延(はびこ)りすぎて、そういう感情を抜きにして誰かと心からつながるというのは思ったよりも難しい時代だと思います。でも、それをしていくには「対話」を始める、話し続けていくしかないなということは身に染みて感じていて。

惠:誰かに話してほしいなら、話し始める役割は「私」が引き受ける。自分が先に内側を開くことで、そこが相手にとっての安全な場所だと伝わるんだと思います。話すのが難しかったら、私たちに手紙を送ってもらってもOKだしね。それだけでも大きな一歩だと思います。

人の記号化が進んでしまったからこそ、生を投げ続けたい

このPodcastを聞くと、連帯について考えることが多いです。生きづらさを感じる人や自分の声が届きづらい人も多い世の中だからこそ、連帯することが大切だと思うのですが、お2人は連帯に関してどのように考えますか。

井上:「連帯」って色々なところで使われている言葉だと思うんですけど、実際は使われている以上に大事な意味を持つ言葉のような気がします。「連帯」以外で「連帯」を表すもっと意味のぎゅっとした言葉がほしい(笑)。

「連帯」「手をつないでいくこと」「セーフスペースを広げること」って全部イコールで、もはやそれがないと生きづらいとかじゃなく、生きていくことそのものが難しくなるような気がする。

惠:連帯という言葉が大きすぎて少し難しいけど、「ケアする責任を互いに感じられるコミュニティ」のことを連帯できていると言うのだと思います。

目の前にいる人と私の生はつながっている。その人が困っていたら、その人のために何かをする責任を持つ、そういう「健やかな責任感」をみんなが持っていることを、連帯と呼ぶんじゃないかな。

井上:それぞれにとって安全に思える場所が色々なところにある状態がいいですよね。誰かとセーフスペースでつながれることで、孤独感とか、自分は誰とも理解し合えないのかも、という類の不安を感じることが少なくなると思います。

Podcastを始めたときに、「私たちの声は小さいけど、届けていこう」と話していました。そのときから感覚的に、連帯しているという気持ちはあったと思います。

例えばですけど、地方から東京に出てきた人がセーフスペースを自分で作ることというのは、大学とかバイト先とか、コミュニティが限られてしまうこともあって、なかなか難しい気がするんです。実際に私も上手くできていたかは分からない。

だからこそ「連帯したい」という気持ちを少しでも持つ人が、このPodcastで私たちの生身の声を聞いて、「ここには聞いてくれる、話せる人がいる」と安心してくれるのなら嬉しいです。

安心しながら誰かと生きていくには、「相手と向き合う」ことが大切なんですね。今の社会では目の前にいる人以外にも、「見えない誰か」と向き合うことも時には必要かと思います。その場合、何が必要だと考えますか。

惠:「想像すること」ですかね。相手が生身の人間だと理解できたら、ケアの責任は勝手に芽生えると思うんです。ただ、人の記号化が進む現代ではなかなか難しいことだと思う。

井上:人の記号化が進んでしまったことの1つにSNSの普及がありますよね。なので、逆にSNSやPodcastを通じて私たちは生の姿を投げかけ続けたいです。記号化に抵抗するじゃないけど、「誰しも、ちゃんと生きている」っていうことのアピールになるんじゃないかなと。

アーティストとしてではなく、今の時代を生きる「ある2人のひと」として、自分たちが社会に対して思うことや、悩みや疑問を話し続ける惠さんと井上さん。

自分たちのためにやっていますと笑いながらも、彼女たちは「何かあったら電話して」と、誰かのためのセーフスペースを広げ続けている。

言葉になっていない感情があったり、話したいけど話せる人が周りにいない。そんな時は「Call If You Need Me」を聴いて欲しい。きっと2人なら、友だちの話を聞く感覚で優しく包み込んでくれるはずだ。

 

惠愛由|Ayu Megumi
1996年生まれ、水瓶座。好きな食べ物は水餃子。BROTHER SUN SISTER MOONのベースとボーカルを担当するほか、文筆や翻訳業も。訳書に『99%のためのフェミニズム宣言』(人文書院)など。

 

井上花月|Kazuki Inoue
1996年生まれ、双子座。好きな食べ物はビリヤニとラーメン。Laura day romanceのボーカル。アートワーク、作詞などを担当。モデルや文章を書くことも。

 

取材・文:吉岡葵
編集:おのれい
写真:服部芽生