よりよい未来の話をしよう

環境問題解決のために。stoopingという選択肢を

「ご自由にお持ちください」

こう書かれたダンボールに家具や食器、雑貨が入っているのをみたことはないだろうか。

現代社会はモノに溢れている。不要になったモノは気軽に捨てられるし、価値がありそうなモノはフリマアプリで売ればよい。

ただ、「ご自由にお持ちください」と地域にモノを循環させる行為には、「使えるものは無駄にしない」「他の人の役に立ってほしい」という美徳があらわれているように思う。

このように、不要なモノを他人へ譲り渡すカルチャーが、SNS文化の浸透と共にニューヨークのミレニアル世代を中心に人気を集めているのはご存知だろうか。まだ使えるが、誰かに拾ってもらうことを期待して玄関前に放置されたモノを通りがかりに拾って持ち帰る行為は、「stooping(ストゥーピング)」と呼ばれる。stooping は、stoop(ストゥープ)と呼ばれる、ニューヨークの建築構造に多い、道路から玄関へと繋がる階段を指す言葉からきている。

stoop(ストゥープ)

ニューヨークの家具処分方法

stoopingの仕組みを知るために、中でも良く取引される「家具」の処分方法について知りたい。不要になった家具の処分方法としてニューヨークで盛んに行われているのは、主に以下の3つだ。

・Yard Sale(ヤードセール)やGarage Sale(ガレージセール)といった形で売却

家の敷地内で、主に地域住民に向けて不要な家具や雑貨・衣類などを販売する行為を指す。毎月決まった日にヤードセールを行う地域もあり、買い物客はもちろん地域の交流の場としても親しまれている文化である。

・慈善団体への寄付

教会や慈善団体をオンラインで探して、寄付するモノを紙袋やビニール袋にまとめて持ち込む。もしくは、家具やアート、衣類などを寄付によって集め、再販し、その収益を慈善活動や寄付にあてる「スリフトショップ」に寄付する場合もある。

・粗大ゴミとして回収

ニューヨークでは、日本とは違い、粗大ゴミの回収費用が無料である。粗大ゴミとして回収場所に置いたモノを、回収されるまでの数日間で他の人が拾っていく行為が州法で認められているため、stoopingは主にここで行われている。

以前からニューヨークでは当たり前にstoopingに準ずる行為が行われていたが、コロナ禍以降、SNSを中心に急速に人々の間で広まっている。近年stoopingが注目を浴びているのは、まだ使える家具を廃棄場から救い出し、環境や消費に与える影響を減らそうという気運の高まりもあるのではないだろうか。

何かを拾う行為がもたらす充実感

現在、フォロワー数約44.5万人を誇るInstagramアカウント「Stooping NYC」では、ニューヨークの街中にあるモノが、「どこで拾うことができ、どんな風に使うことができそうか」というコメントと共に、1日に約5~10件ほどシェアされている。アカウントを運営しているのは、ニューヨークのブルックリンに住む匿名のカップルだ。(※1)

家具や日用品を置いていった本人から直接アカウントに報告があることもあり、おおよそ半日以内に大抵のモノはstoopされ、誰かのもとで再利用される。stoopingは、捨てる人と拾う人を繋げ、アップサイクル(※2)を促す。実際、このアカウントを通して5000件以上のstoopingが行われている。「StoopingNYC」を運営する2人は、VOGUE誌の取材でstoopingについて「意識的であろうとなかろうと、人々はこれらのアイテムを再利用するチャンスを与えるために出している...。その結果、人々は自分の家を飾り、見つけたもので新しい思い出を作るチャンスを与えられるというコンセプトは素晴らしい」と語っている。(※3)

stoopingは、タダで家具や日用品を手に入れられるだけでなく、モノのやりとりを通じて近隣住民との繋がりを形成するきっかけを得ることができる。有事における地域コミュニティの重要性が叫ばれる現代社会において、stoopingは今後も人びとの関心を集めるだろう。不要な家具を処分するにしても、予算内で新しいインテリアを探すにしても、stoopingは大小さまざまなアイテムのライフサイクルを延ばし、間接的に過去や未来の所有者とつながることができるのである。

※1 参考:COSMOPOLITAN「NYの文化!?道端に捨てられた“お宝”を紹介するSNSに注目」
https://www.cosmopolitan.com/jp/trends/trend-news/a35770138/one-persons-trash-anothers-treasure-stooping-new-york/

※2 用語:使わなくなったり、古くなったりして本来であれば捨てられるものに、新しい価値を付与したり、全く別の製品へと生まれ変わらせること※3 参考:VOGUE「An Inside Look at Stooping NYC,the Instagram That Highlights New York’s Best Stoop Finds」
https://www.vogue.com/article/stoopingnyc-instagram-new-york-sidewalk-treasures

ファストファニチャー産業が抱える課題

stoopingは、家具業界を根本的に変える可能性を秘めている。米国環境保護庁(EPA)の報告によると、アメリカ国内における家具の廃棄量は、1960年には220万トンだったものが、現在は年間1,200万トンを超え、その80%がゴミ処理場に行き着くという。(※4)

また、ファッション業界で問題視される「ファストファッション」と同様、家具業界も「ファストファニチャー」が大きな問題となっている。コロナ禍では家で過ごす時間が多いため、家の模様替えをする機運が高まり、ファストファニチャーはかなり流行した。ファストファニチャーは流行にもとづいたデザインの製品が多く、それらの殆どがリサイクルしづらく耐久性も低い。また、以下のような課題も抱えている。

・サプライチェーン問題・人権侵害

北米やヨーロッパでは、家具の製造に関して、より厳格な法律が定められている。だが、インドや中国、バングラデシュなどの国々では、ファストファニチャーの流行がサプライチェーン(※5)にとって深刻な問題となっている。例えば、労働者が有害な化学物質にさらされたり、不当な賃金を支払わされたり、その他にも危険な状況に置かれる可能性がある。

・環境汚染

ファストファニチャーと有害な汚染は密接な関係にある。例えば、ファストファニチャーとされるソファのほとんどは、ポリウレタンが主原料として使われている。また、ファストファニチャーには難燃剤が使われていることもよくある。なかでもPBDEs(臭素系難燃剤)は非常に一般的な難燃剤である一方、有毒な粉塵を家庭に放出する可能性があるのだ。ほとんどのファストファニチャーがプラスチック製であるため、廃棄物について考えると、大きな問題がある。また、プラスチックは分解するのに何年もかかり、その過程でマイクロプラスチックやマイクロファイバー、有害な化学物質が環境に放出される可能性があるのだ。

・水の使用

ファストファニチャーを作るのには、大量の水が必要だ。ファストファニチャーが布製である場合、その大部分は染色工程で必要とされ、1ポンド(約0.5kg)のプラスチックを作るのに22ガロン(約100リットル)の水が必要となる。(※6)

・森林伐採

ファストファニチャー産業は、多くの原生林の犠牲の上に成り立っている。毎年70億本の木が伐採され、その代わりの植樹は殆どない状況だ。(※7)伐採した木の代わりに新しい木を植えるという企業もあるものの、その植え替えはモノカルチャー(※8)のプランテーションであることが多く、森林を元の状態に再生するには数十年かかるため、持続可能とは言い難い。

stoopingを行うことで、間接的にではあるが、これらの課題解決に貢献できる可能性があるのだ。

※4 参考:The NewYork Times「Fast Furniture’ Is Cheap. And Americans Are Throwing It in the Trash.」
https://www.nytimes.com/2022/10/31/realestate/fast-furniture-clogged-landfills.html
※5 用語:製品の原材料・部品の調達から、製造、在庫管理、配送、販売、消費までの全体の一連の流れのこと
※6 参考:FEAT.BLUE PRINT「What are The Impact of The Furniture Industry on The Environment」https://featblueprint.com/blogs/news/what-are-the-impact-of-the-furniture-industry-on-the-environment#:~:text=What%20are%20The%20Impact%20of%20The%20Furniture%20Industry,Have%20A%20Negative%20Impact%20On%20The%20Environment%20

※7 参考:WATER FOOT CARICULATOR「The Hidden Water in Everyday Products」https://www.watercalculator.org/footprint/the-hidden-water-in-everyday-products/
※8 用語:一つの作物のみを重点的に育てる農業

stoopingが流行した要因

ではなぜ、stoopingは流行したのだろうか。この章ではその要因を探ってみたい。

・人流の増加

アメリカは「人種のるつぼ」と呼ばれており、多様な人種や民族がひとつの場所で溶け合い一つの文化や社会が形成されている。中でもニューヨーク州は、移民の流入率が高い。一方で、コロナ禍の2021年から2022年にかけて、65万1,742人の純国内移住流出が発生し、記録的な人口減少率となった。(※9)

stoopingの対象となるのは、主に家具である。人が出ていく数が多いほど、家具が放棄される数や、人々がstoopingの対象物と出会う機会も増え、コロナ禍でのstoopingの流行は起こったと言われている。

・ミレニアル世代の台頭

stoopingは、「stoopingしてよいモノがSNSでシェアされる」→「モノを拾う」→「モノを拾った人が、モノを拾ったことをSNSでシェアする(#stooping successのハッシュタグなど)」という工程で行われることが多い。

このように、SNSで何かをシェアするという行動はミレニアル世代の大きな特徴でもあり、stoopingの特徴とうまく合致したことが、流行した要因となったと言われている。またアメリカのミレニアル世代は、初めてマイホームを購入する年齢が遅いのだという。だが、早い時期から親から子へ家具を引き継ぐ場合が多く、マイホームを購入していない段階では、親から受け継いだ家具や思い出の品、服を置くスペースはないケースが多い。そのため、ミレニアル世代を中心にstoopingをはじめとしたリサイクルへの関心が大きいのである。(※10)

・「スリフトショップ」が少ない

先ほど、家具の処分方法の1つに「スリフトショップ」があると話した。だが、ニューヨークはスリフトショップの数が他の地域に比べてかなり少ないのだという。また、ニューヨークは家賃が高く、車の所有率もかなり低いため、気軽に行える、玄関先でモノを拾う行為が流行ったのだ。(※11)

※9 参考:EMPIRE CENTER「New York’s post-pandemic population drop continued into 2022」
https://www.empirecenter.org/publications/new-yorks-post-pandemic-population-hangover-continued-into-2022/

※10 参考:The New York Times「Aging Parents With Lots of Stuff, and Children Who Don’t Want It」
https://www.nytimes.com/2017/08/18/your-money/aging-parents-with-lots-of-stuff-and-children-who-dont-want-it.html

※11 参考:green matters「One New Yorker’s Trash Is Another’s Treasure, Thanks to “Stooping” (Exclusive)」
https://www.greenmatters.com/p/stooping-nyc

stoopingを一過性のモノとしないために

捨てられているがまだ使えるものを回収しようという多くの人の情熱のおかげで、古くからあったstoopingという習慣は、現代社会で改めて注目を集めている。この流行は、持続可能性や循環型経済の観点から多くのポジティブな側面を持つゆえに、今後も支持されるべきものであろう。

道を歩いていると、突然自分の家にぴったりな家具があったり、まだ読んでいない無数の本や、欲しかったフィギュアなど、見つかるものの可能性は無限大。まさに毎日がお宝探しである。

また、不要になったものをゴミとして捨てるのではなく、それらをより必要としている人のもとに引き継いでいくというのは、ものを無駄にしないことに加えて、人の役に立っているという充実感が得られる。これは、stoopingならではの感覚ではないだろうか。

「ご自由にお持ちください」の文言を街中で見かけた際には、ぜひ一度どんなモノが持ち帰えられるのか注目してみてほしい。そこにはきっと、誰かにとってのお宝が入っているはずだ。

 

文:たむらみゆ
編集:柴崎真直