共働き世帯が増え、「男性は仕事、女性は家事・育児」という価値観は時代遅れになりつつある。しかし、日本の多くの家庭では、いまだに女性が家事・育児のほとんどを負担している。Googleで「夫 家事」と検索すると、「夫 家事しない」「夫 家事中途半端」というネガティブな検索候補を勧められるのが現状だ。
「おじいさんは山へ芝刈り、おばあさんは川へ洗濯」と昔ばなしで語られても、この分業体制に違和感を覚えない人も少なくないはずだ。これは長きに渡り、家事をするのは女性という価値観が染み付いてしまったことが原因ではないだろうか。
そんな日本だが、男性の家事・育児にかける時間は都道府県ごとに差があるようだ。積水ハウス株式会社が2022年に発表した「男性育休白書 2022」によると、男性の家事・育児力を都道府県別にランキングした調査で、全国1位に輝いたのは高知県だった。(※1)
なぜ高知県男性の家事・育児力は高いのだろうか?
高知県で独自の政策が行われているのか、県民性に由来するものなのか。いずれにせよ、理由が明確になることで、男性の家事・育児力を向上させるために必要なことが見えてくるのではないだろうか。そう考えた筆者は、高知県の取り組みについて調べることにした。
※1 参考:積水ハウス株式会社「男性育休白書2022」
https://www.sekisuihouse.co.jp/ikukyu/research/
数字からも分かる、家事・育児に積極的な高知県男性
高知県では、2018年から「育児休暇・育児休業の取得促進宣言」を行っている。仕事と育児を両立しやすい環境作りを支援し、子育てを社会全体で支えていくために官民協働で取り組んでいるようだ。
2023年4月30日現在では、969団体がこの宣言に賛同している。また、2020年には県のトップである濵田省司知事が、部下の仕事と家庭の両立を後押しする上司という意味を込めて「イクボス宣言」を行い、県庁でも男性職員の育休取得を進めている。
これら取り組みの効果もあってか、2021年の高知県男性の育児休業取得率は15.8%(※2)で、同年の全国平均13.97%を上回っている。そして地方公務員の男性職員においても育児休業取得率は34.5%で、全国3位である。(※3)
では、高知県の男性は具体的にどれぐらいの時間を家事や育児に費やしているのだろうか。
厚生労働省が2021年に実施した「社会生活基本調査」に「子どものいる世帯の夫婦の生活時間」の調査項目があり、都道府県ごとに調査結果が記されている。この結果を見ると6歳未満の子どもがいる世帯において、夫が1日あたりに家事、育児にかける時間の全国平均はそれぞれ30分と65分だ。それに対し、高知県は36分と94分で、いずれも全国平均を上回っている。(※4)
※2 参考:令和3年度 高知県労働環境等実態調査の結果についてhttps://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/151301/files/2022031000314/gaiyou.pdf
※3 参考:総務省「男性職員の育児休業等の取得促進に向けた取組の着実な推進について」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000857800.pdf
※4 参考:e-Stat 「令和3年社会生活基本調査 都道府県,行動の種類別総平均時間-週全体,6歳未満の子供がいる世帯の夫(夫婦と子供の世帯)」
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200533&tstat=000001158160&cycle=0&year=20210&month=0&tclass1=000001158164&tclass2=000001158180&tclass3=000001158181&stat_infid=000032262891&tclass4val=0
全国3位の女性有業率、高知県の女性は働き者?
高知県の男性の家事・育児について調べていると、他にも分かったことがある。それは育児をしている女性の有業率の高さだ。
日本では20代前半に就業していた女性が、結婚・出産期に当たる年代に就業を中断し、育児が落ち着いた時期に復職することが多い。そのため、女性の労働率を年齢別にグラフで表すと、M字曲線を描く。
一方で、高知県は育児をしながら働いている女性が多いのが特徴だ。2017年に総務省が行った「就業構造基本調査」(※5)では、育児をしている女性の有業率を都道府県別にまとめている。全国平均が64.2%であるのに対し、高知県は80.5%で全国3位の有業率なのだ。そのためグラフも全国平均に比べて緩やかになる。
他にも、会社役員や会社管理職員で女性の占める割合が全国3位というデータもある。(※6)高知県は女性の社会進出が全国トップクラスで進んでいると言えるだろう。
また、高知県の男性に関して興味深いデータも存在する。実は高知県の男性は他の都道府県の男性と比べて、勤務先での昇進を希望する割合が低いというのだ。
全国平均では、30代が約70%、40代前半が60%近くの人が昇進を望んでいるのに対し、高知県では30代が39.4%、40代になると24.5%まで下がっている。(※7)
この統計が女性の有業率や、男性の家事・育児への参加度の高さに影響しているかは分からないが、高知県男性の特徴の1つといえる。
※5 参考:総務省統計局「平成29年就業構造基本調査結果」https://www.stat.go.jp/data/shugyou/2017/pdf/kyouyaku.pdf
※6 参考:男女共同参画局「12管理的職業従事者(会社役員、管理的公務員等)に占める女性の割合(都道府県別)」
https://www.gender.go.jp/policy/mieruka/pdf/kanri12.pdf
※7 参考:高知新聞Plus「高知の男性...出世欲薄い?妻の稼ぎ期待は全国の3倍 家事意識高いが行動伴わず」
https://www.kochinews.co.jp/article/detail/504548
「女性の就業と男性の家事・育児」のニワトリタマゴ問題
ここまで調べてみて高知県男性の家事・育児力について、1つ気になることがある。
「女性が働くから、男性の家事・育児力が向上したのか」それとも「男性が家事・育児を行うから、女性の就業率が向上しているのか」。一体どちらなのだろうか?
筆者は、この疑問を解消するため、生活経営学・ジェンダー問題を研究する高知大学の森田美佐教授に話を伺うことにした。森田教授に先ほどの疑問を投げかけたところ、おそらく前者が正しいのではないかという回答が返ってきた。
「高知県以外の地方都市も抱える問題だとは思いますが、大阪や東京などの大都市圏と比べると地方は所得がそこまで高くありません。そのため、夫の所得だけでは家族を養うことが難しく、共働きで家計を支えるという考えが高知県では多くみられます。
妻が働くということは、妻ばかりが家事をするわけにはいかないので、夫も家事をする。よって他県と比べると男性が家事・育児に時間をかけているのではないかと推測します」
所得の差はデータにも表れている。高知県で働く男性と全国平均の所得を比較したグラフを見てみよう。
全国平均で、1番多いのは500〜699万円の階級で全体の22.5%を占めている。一方、高知県で見てみると1番多いのは200〜299万円の27.1%で全体の4分の1以上がこの階級に属することになるのだ。
ただ森田教授の話にもあるように、所得の問題は高知県だけが抱える問題ではない。では、なぜ高知県男性の家事・育児力が高いのか。その理由に、「高知県男性の価値観」が関わっているのではないかと森田教授は推測する。
「同じような地方都市でも、北陸や東北などでは、祖父母を含めた三世代で暮らしながら夫婦が共働きをする世帯があります。そうなると家のことは祖父母がやってくれるという場合が多くなり、父親は積極的に家事・育児を行う必要がなくなるわけです。
一方、共働き文化が根付く高知県では、自分が小さい時から家事・育児をする父親や、働く母親の姿を見ています。そうすることで性別役割分業意識が子どものうちから刷り込まれにくく、大人になってもそれが当たり前の価値観が形成されているのではないでしょうか」
重要なのは「お互いに困っていること」を想像し合うこと
男性の家事・育児力が高い高知県だが、手放しで喜べることばかりではない。その理由は、育児の内容によっては、女性が実施すると考えられているものが残っているからだ。
2019年11月~2020年1月に高知県自治研究センターが実施した「高知のはたらく男性の調査」(※8)を見てみよう。この調査は、高知県で働く男性に対して「子育て実践」に関する9つの質問を行い、「よくある」「時々ある」「ほとんどない」「まったくない」の4段階の回答を得ている。
その中で、おむつを替えたり、食事をさせたりする項目は、「よくある」「時々ある」で90%近い回答率になっているが、一方で、子どものために会社を早退・休む、夜泣きの世話をするという項目は「ほとんどない」「まったくない」が30%以上を占めているのだ。
森田教授はこの課題を受け、家事時間の長さよりも評価されるべきことがあるのではないかと語る。
「子どもと遊んだ、ご飯を食べさせたからそれで良いというわけではないのです。大切なのは、夫婦でお互いに困っていることを想像し合い、『〇〇は妻の仕事』などと決めつけず、必要であれば夫も対応することです」
依然として性別役割分業意識が強く根付いている日本。意識が変わる鍵を握る1つに、「家庭科」があるのではないかと森田教授は語る。
「学校教育では受験で使われる科目が基本的には重視される傾向にあります。ただ一方で、それらの科目だけでは学べないこともありますよね。
そこで鍵を握るのは家庭科ではないかと考えます。授業を通して、ご飯の作り方やボタンの付け方などの生活力を磨くと同時に、人と関わりながら生活するということを肌で理解できますよね。それによって共助力を磨くことや、相手が困っていることを想像する力を身につけることができるのではないかと考えています。
そうした力を身につけた世代が社会に出ることが、少しずつ社会に蔓延る『当たり前』を変えていくのではないでしょうか」
高知県では、男性が育児家事に取り組みやすいように高知県版父子手帳「パパの本」を作成し、Webから無料でダウンロードできるようになっている。育児や家事を手伝いたいが、自分が何をしたらいいかわからない場合、自分の自治体が掲載している情報を頼りにするのも1つの手だろう。
※8 参考:公益社団法人 高知県自治研究センター「高知のはたらく男性の調査 報告書」
https://kochi-jichiken.jp/wp/wp-content/uploads/2022/01/高知のはたらく男性の調査報告書.pdf
自分たちの当たり前に疑問を持ち、少しでも行動を変える
今回の調査を通して、男性の家事・育児参画を促すためには子どもの頃からの環境や当たり前とされる社会の空気が関わっていることが分かった。
無意識のうちに当たり前になっている価値観を変えることはなかなか難しいが、日本でも女性の社会進出を推進する機運は確実に芽生え始めている。実際に女性の就業者数も2012年から2021年の間に340万人増加している。(※9)
既存の価値観が社会に当たり前の空気を作っているため、即座に社会を大きく変えることは難しいだろう。だからといって、行動しないのでは今の社会が続くままだ。
男性が積極的に家事・育児を担うことは女性の社会進出につながるだけではなく、性別で分け隔てなく活躍できる子どもたちの未来を作ることにもつながる。
自分たちの当たり前に疑問を持ち、少しでも行動を変えることで、次の世代の当たり前が変わるかもしれない。いつの日か、おばあさんだけが川に洗濯にいく物語に違和感を覚え、本当の意味での「むかし話」になる日が来るかもしれない。
※9 参考:男女共同参画局「 男女共同参画白書 令和4年版 第1節 就業 第1図 女性就業者数の推移」https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r04/zentai/html/zuhyo/zuhyo02-01.html
取材協力:森田美佐
高知大学 教育研究部 人文社会科学系 教育学部門 教授
取材・文:吉岡葵
編集:篠ゆりえ