よりよい未来の話をしよう

歌人・上坂あゆ美さんに聞く「生きること、働くこと、つくること」

撫でながら母の寝息をたしかめる ひかりは沼津に止まってくれない

メイド喫茶のピンクはヤニでくすんでて夢なんて見ない自由があった

母は鳥 姉には獅子と羽根がありわたしは刺青(タトゥー)がないという刺青(タトゥー)

上坂あゆ美さんが発表してきた短歌やエッセイには、「ない」を見つめる視点や「ない」に「ある」を見いだすような視点が感じられる。そんな上坂さんは、どのように日々の暮らしやその連なりである人生に向き合い、仕事や創作活動をしてきたのか。「地獄だった」と語る10代の頃のお話から、あしたメディアの読者へのメッセージまで、伺った。

のちに原動力となる、怒っていた10代

上坂さんの短歌とエッセイには10代の頃の怒りをもとにした作品も多いですね。

10代の頃は家族と価値観が合わず、学校でも浮いていて、地元・沼津のすべてを憎んでいました。でも自分は悪くない、世界が悪いんだと思い込んでいましたね。今になって考えるともちろん自分のせいなんですけど、家にも学校にも居場所がないのは結構地獄で、周囲や環境が悪いのだと思わないとやっていけない部分がありました。

たしかに、10代までは家と学校が世界のほとんどすべてですよね。そんな10代を過ごした沼津という街をどう捉えていましたか?

東京にあるような刺激的なスポットもないし、かと言って地方らしい文化もない。沼津にはカルチャーが何もないと思っていたんですよね。大人になってみると、当時自分の視野が狭かっただけで、沼津は普通にいい街だったんですけど。当時はとにかく沼津を出たい一心で、大学進学を機に上京しました。

25歳で転生した感覚。呪いに向き合って、短歌をつくる

沼津を離れ、上京して、20代ではどのような変化がありましたか?

大学を卒業して会社員になり、25歳のときに転職したのが自分にとっては大きな転機でした。転職先で出会った上司が、とても仕事ができるのに一切驕らない人で、周りの人のこともすごく大切にしていて。そういう生き方の方がかっこいいと気づきました。それまでは自分のなかに怒りの感情が大きかったけれど、その上司の姿を見て人を憎むのはやめようと思いました。これに気づいてから「転生した」くらい人生観が変わりました。

最初に新卒で就職した会社はかなり忙しいところで、たくさん働いていたからそれなりに金銭的余裕はあったのですが、時間と心の余裕がなかった。なので、転職でそれらの余裕が生まれたのも大きな変化だったと思います。余裕がないと人は優しくなれないので。

過去にあったつらいけれど忘れられない出来事を私は「呪い」と言っているんですけど、このとき余裕が生まれたことで私は自分の生い立ちや孤独感などの呪いに向き合えるようになりました。呪いと向き合うには深い自己探究と自己開示が必要で、短歌はその過程で始めました。短歌をつくる人のなかには師匠のような存在がいる人や、学生短歌会や短歌結社と呼ばれる団体に入っている人も多いのですが、私は今までどこにも所属せずにやっているので、いわば「ストリート育ち」って感じですね。

短歌のどのような部分が気に入って、続けるに至ったのでしょうか。

短歌はひとりぼっちでも、時間やお金がなくてもつくれるところが好きです。

美術大学に通っていたのでほかの表現方法もいろいろと試しましたが、たとえばキャンバスは大きくて重いし、画材費がかかるし、完成までにたくさんの時間と、それを描くための作業スペースだって必要になる。昔、集団で踊るコンテンポラリーダンスを習っていて、今でもまたやりたいなと思うほど楽しかったのですが、そのためには一緒に踊ってくれる気の合うメンバーが必要です。私は昔から協調性が低く集団行動が苦手なところがあって、一人でもできる表現方法の方が気が楽でした。短歌だったら、他の方法に比べてお金も時間もかからず、ひとりぼっちでもつくりたいと思った瞬間につくることができる。いろんな意味でコスパがいいと思いました。

短歌はもちろんつくり続けますが、もっと細部まで自己開示したいと思ってきて、最近はエッセイも書いています。以前は怒りや呪いを昇華させることが目的でしたが、表現において自分が重きを置くポイントは変わってきているのかもしれません。

短歌はあくまで副産物。「人生をちゃんとやる」のが先

そんな短歌やエッセイを始めてから、普段の生活との向き合い方に変化はありましたか?

できれば「あんまり変化ないです」って答えたいです。

作家の諸先輩方には叱られるかもしれないですが、まず私の人生があって、創作物はあくまでその副産物だと思っています。だから創作活動のために生き方を変えるというよりは、いいものを書けるようにいい生き方をしたい。実際は文筆家になってから変わってしまったことはいろいろありますが、私は「短歌やってんじゃねえ、人間やってんだよ」と一生懸命自分に言い聞かせながらやってます。

すごく興味深い考え方ですね。人生が変化していくなかで、書きたいことも変化しているのでしょうか。

これまでは怒りを原動力に創作をしてきたので、これからは楽しかったことや、喜びや愛おしさといった感情からも短歌をつくりたいという気持ちがあります。でも、「どうしてもこれを書きたい」というテーマは今はあまりないんですよね。やっぱり自分の人生をちゃんとやるのが先で、その過程で書きたいことができたら書くというスタイルでありたいです。

2022年に出版した『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)は、私が人生で経験してきたことが詰まった1冊です。今までの人生30年分はこの短歌集で書き尽くしたという感触もあるので、また人生をやっていくなかで次なるテーマが見つかるのが楽しみです。

上坂さんにとって、生きることとつくることが密接であると感じられますね。つくることと発表することについては、どのように考えているのでしょうか。

インターネットのない無人島にひとりで行かされたとしたら、私はそこで創作活動をするのかということをよく考えていて、そういう環境で誰にも見てもらえなかったとしても、それでもつくり続けるということに、すごく憧れがあります。本当はそういう人でありたい。

だけど私はどうしても、せっかくつくるなら多くの人に見てもらいたいという欲求が抑えられない。最近やっと、そういう自分のことも認められつつあります。

欲求を抑えつけすぎると、それは自分に対する暴力になるから、欲求はまず認めてあげた方がいいと私の尊敬する人が言っていました。もちろん人に害がある欲求の場合、行動に移すかどうかは別ですけど、まず他でもない自分が認めてあげることが大切。人に暴力を振るってはいけないのと同じように、自分にも暴力を振るってはいけないから。

自分の欲求と向き合うなかで、うまく満たせなかったり、周囲の人々に影響されてしまったりすることもあるかと思いますが、上坂さんはどのように考えますか?

欲求の優先順位を考えたらいいと思います。たとえば友だちが欲しいと思って創作を始めたとして、それが第一優先であることを忘れなければ、仮に周囲の人が自分より評価されたとしても、素直に「おめでと〜!」って思えますよね。うまくいかないと思ったり誰かになにかを言われたりしても、自分の中で1番大事なことがわかっていれば軸はぶれないんじゃないでしょうか。私の場合は「かっこいい人間になりたい」という欲求が一番大切なので、批判や意見に対しても「人生の改善点教えてくれてありがとう!!」って思います。

労働が自由と自信をくれた。大人になると楽になることもあるから、生きて

2022年末までは広告代理店で働かれていたそうですが、退職のきっかけはどのようなものだったのでしょう。

コロナウイルスが流行ったとき、貧困で明日生きるのも難しいという人たちがたくさん可視化されて、そんな中で広告業界には五輪にまつわる不祥事や色々な問題があって。別に自分が五輪の仕事をしていたわけではないし、お世話になった会社には大変感謝していますが、それでも「自分、何やってんだろう」と思ってしまいました。

そんな中で尊敬する上司が転職したので、それをきっかけに辞めました。「作家として食っていく覚悟を決めたんだね」と言われることもありますが、全くそんなことはないです。サラリーマンという職業が好きなので、しばらくしたらまた就職すると思います。

会社員として働くことや労働について、どう考えていますか?

生まれつき労働が得意な人と苦手な人がいると思うのですが、私はたまたま得意なほうです。学生のときは、例えば数学の授業でなぜ私はxの値を解かなければいけないのかとか、ずっと目的がよくわからなかったんですけど、仕事には明確な目的がありますよね。「あなたは営業だから売り上げをあげてください。なぜなら会社に利益をもたらして、社員に給料を払うためです」って、目的がすごく分かりやすかった。それに学校の授業でXの値を求めても誰も褒めてくれませんが、会社で業績を上げたら褒められます。努力して結果を出すことができるという自信がつきました。

10代まではずっとこの世界でどう生きていいかがわからない感覚があったんです。生まれた瞬間から女っていう性別を与えられて、沼津に生まれることも、自分の家族のもとに生まれることも、私が選んだわけじゃないのになんで決まってるんだよと思ってました。苦学生だったので、大学時代も選べることはあまり多くなくて。社会で働くようになってからは自分で選べることが増えたので、やっと自由を手に入れた感覚がありました。

あしたメディアの読者であるZ世代はまさにこれからどうしていこうか、迷いながら歩んでいく世代だと思います。なにかメッセージをお願いします。

とにかく死なないでほしいですね。

今、この瞬間死にたいと思う人からしたら無責任な発言かもしれないけど、今はつらくても、大人になったら楽になることもあるよ、と伝えたいです。私も10代の頃は死んでしまいたいくらいに思うことがあったけど、なんとか生きていたら、呪いが解けたり、自信がついたり、自由になったりすることがあるのは知っていてほしいです。『老人ホームで死ぬほどモテたい』も、自分のように10代でつらい思いをしている人に届いてほしいという願いを込めています。届くといいなと思います。

上坂あゆ美
歌人、エッセイスト。1991年生まれ、静岡県出身。東京都在住。
2022年2月に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)刊行。他、『無害老人計画』(田畑書店)、『歌集副読本』(ナナロク社)など。
銭湯、漫画、ファミレスが好き。

 

取材・文:日比楽那
編集:森ゆり
写真:服部芽生